<きちたび>大阪府の旅2025🇯🇵 中学生以来となる万博見物!馴染みのない国々が集まる「コモンズ館」を集中的に巡り自分の視野を広げる

🇯🇵 大阪府/大阪市 2025年5月14日~15日

1970年の大阪万博に行ったのは中学1年生、まだ12歳の夏だった。

あれから半世紀以上の時が流れた。

その間に私の人生の主要期間は終わり、日本人の平均的な暮らしも価値観も大きく変わったのは間違いない。

「1970年の熱狂を再び」と大阪の活性化を狙って万博を誘致した人たちの思惑はハズれ、当初前売り券の販売は苦戦したと報道されている。

それでも、エンターテインメントの世界で生きてきた私にとって、万博は一応見ておきたいイベントであり、高野山への参拝の帰り、東京に戻る妻と別れて一人で万博会場まで足を運んだ。

まずは、チケットの確保から。

今回の大阪・関西万博では「並ばない万博」を掲げ、デジタル技術を活用しての事前予約を積極的に導入した。

そのため、万博の入場券も現地の窓口ではなくあらかじめネットで購入し、そのうえでパビリオンやイベントの事前予約をする仕組みだ。

私は、高野山から戻った14日の夜間券(3700円)と翌15日の平日券(6000円)を購入、パビリオンやイベントの事前予約も申し込んだが抽選の結果すべてハズれた。

事前予約なしで万博に行って果たして何が見れるのだろう?

そんな疑問を抱いたまま、高野山から戻ったその足でOsaka Metro御堂筋線に乗り、本町駅で中央線に乗り換えて、終点の夢洲駅で降りる。

この駅は万博に合わせて開業したばかりのピカピカの駅。

改札を出ると、そこはまさに万博会場だった。

夜間券で入場できるのは午後5時から。

私が入場ゲートに辿り着いたのは入場時間の直後だったけれど、特段混雑する様子もなく、手荷物検査を受け入場券のQRコードを読み取り機にかざすだけでスムーズに会場内に入ることができた。

大阪湾の埋立地に造られた広大な敷地。

入場ゲートを抜けると、万博のシンボルとなる「大屋根リング」の向こうに夕陽が沈みつつあった。

1970年の大阪万博では少年雑誌にも万博の事前情報がふんだんに掲載されて、どのパビリオンに行けば何が見られるという情報を私も熱心に読み耽った記憶がある。

しかし、今度の万博ではメディアの報道ぶりも冷ややかで、紹介される展示内容にも絶対に見たいと感じさせるものはない。

ということで、ほぼ何の知識も持たないまま乗り込んだ万博会場で行き先に迷った私は、とりあえず「大屋根リング」の登って全体像を俯瞰してみることにした。

万博会場を取り囲むように円形に築かれた「大屋根リング」の全周は2025メートルもある。

歩いてひと回りするには30分ほどかかるという大きさだ。

日本産のスギ・ヒノキを中心に太い木材を組み上げたリングの高さは12メートル、「世界最大の木造建築物」としてギネス世界記録にも認定されたそうである。

しかし、大屋根リングに登って私の印象に残ったのはその大きさではなかった。

吹き抜ける風の気持ちよさ。

そして、会場に来るまで想像もしていなかった美しい植栽。

多層的なリングの間にモザイクのように配置された植栽はとてもシックで、担当したガーデナーのセンスの良さを感じさせた。

大屋根リングの上をゆっくり歩きながら、会場の全体像を把握する。

1970年の大阪万博に比べると、パビリオンのデザインは洗練され、奇抜な形やダサい色彩の建物は少ないように感じる。

人気のアメリカ館の前にはやはり長蛇の列。

日本館など人気のパビリオンの多くは事前予約の客しか入場できないようだが、海外のパビリオンの多くはどうやら予約なしでも並べば入れるらしいと理解した。

大屋根リングを半周すると、リングが海上に突き出した部分に出た。

三日月型の入江では、夜になると人気の噴水ショーが催されるらしい。

大屋根リングの上からは、大阪湾に沈む壮大な夕陽が眺められる。

今回の万博ではどこのパビリオンよりも、この大屋根リングが来場者に最も評判の良いというのもわかる気がする。

大屋根リングを半周して大体の様子を掴んだところで、エスカレーターを降り、どこでもいいので予約なしで入場できるパビリオンに入ってみることにする。

馴染みの薄い国旗が並ぶパビリオンが目に止まった。

外壁には「COMMONS-D」の文字。

自前のパビリオンを建てない国が共同で利用するパビリオンは「コモンズ館」と呼ばれ、A・B・C・D・Fの5館あるらしい。

そのうちのD館の中に入ると、カリブの島国「アンティグア・バーブーダ」、アフリカ沖の大西洋に浮かぶ国「サントメプリンシペ」と、私がまだ訪れたことのない国々の展示ブースが並んでいた。

私がこれまでの人生で訪問した国の数は100を超えているけれど、世界にはまだまだ知らない国がたくさんあるのだ。

私が好きだった旅行業界の展示会「ツーリズムEXPO」の会場に来たような気分になり、旅行好きの私の心は嫌が上にも湧き立った。

こちらは2011年に独立した南スーダンのブース。

全身にペイントを施した女性の絵には不思議な魅力がある。

主要パビリオンのような先端技術とは全く無縁ながら、見知らぬ国の素朴な品々が私の興味をそそった。

特に面白いと感じたのは、アフリカ諸国のブースには必ずと言っていいほどその国のリーダーの肖像が掲げられていたことだ。

こちらのベレー帽を被った軍人は、西アフリカ内陸部にある国ブルキナファソのイブラヒム・トラオレ暫定大統領。

2022年のクーデターで権力を掌握した人物だ。

日本人にはほとんど馴染みがなく私も足を踏み入れたことのないブルキナファソ。

でもそんな私たちが知らない国で今、ヤマハのバイクが社会的ステイタスの象徴になっているという。

交通インフラが未整備なブルキナファソでは、ヤマハのバイクは女性たちの買い物の足であり、それを自慢げに乗り回す人々が映像で紹介されていた。

こちらの人物は、西アフリカのギニアで暫定大統領を務めるママディ・ドゥンブヤ陸軍大将。

やはり2021年のクーデターにより樹立された軍事政権のトップで、去年発表した「シマンドゥ2040」という国家成長戦略に基づいて新たな国づくりを進めているという。

サハラ砂漠の国マリのブースにもやはり軍服姿の肖像画が。

アシミ・ゴイタ暫定大統領も2021年のクーデターで政権を掌握した軍人で、日本では全く報道されないけれどアフリカでは今もクーデターによって軍事政権が相次いで誕生していることを知る。

とはいえ、アフリカにも選挙で選ばれた大統領もいる。

リベリアのジョセフ・ニュマ・ボアカイ大統領は、2023年の選挙で元サッカー選手の対立候補を大接戦の末に破って当選した。

ナイジェリアのボラ・アフネド・ティヌブ大統領はアメリカで学んだ元会計士で、2023年の選挙で大統領に選出された。

ナイジェリアといえば、石油も産出するアフリカの大国だが、大阪万博での展示内容は質素そのもの。

でも、この国は原油だけでなく、大豆、カカオ豆、ごま、ターメリック、コーヒー、綿花、石炭、カシューナッツと実に多様な産物を生産しているそうで、アフリカはまだ私の知らないことだらけだと再認識する。

コモンズD館には、アフリカ諸国のブースだけでなく、今世界から注目を集めるパレスチナのブースもあった。

イスラエルによるガザ侵攻により、ヨルダン川西岸に拠点を置くパレスチナ政府もほとんど国家の体をなしていないとはいえ、万博という場でその存在をアピールすることも重要な外交手段ではある。

こちらモンゴルのブースでは、「パクス・モンゴリカ」という聞きなれない言葉を知った。

『モンゴル帝国は、永遠の世界平和のために世界を征服し、「シルクロード」や警備制度による駅伝制を作り出し、強盗らを完全に排除しました。歴史学ではこの安定期を「パクス・モンゴリカ」、または「モンゴルの平和」と呼んでいます。』

「パクス・ロマーナ」「パクス・ブリタニカ」という言葉はよく聞くが、「パクス・モンゴリカ」という言葉は聞いたことがなかった。

武力により異民族を次々に征服し、人類史上最大の帝国を築いたモンゴルには平和のイメージはなかったけれど、お国変われば歴史観も変わるということなのだろう。

パビリオンを出ると、すでに時刻は午後7時前。

大屋根リングの向こうに広がる西の空が夕焼けに染まっていた。

あてもなく歩いていると、古い廃校を改装したようなパビリオンがあった。

映画監督の河瀬直美さんがプロデュースする「Dialogue Theater – いのちのあかし – 」というパビリオンらしい。

メインとなる施設は事前予約がなければ入れないけれど、無料で入れるスペースもあり、河瀬さんの手によるドキュメンタリー映像が上映されていた。

日が暮れて明かりが灯ると、万博会場が一気に華やいでくる。

昼間の暑さもどこへやら、急に冷え込んできたためリュックに入れていた長袖の服を慌てて羽織る。

さて、これからどうするか?

とりたたてやりたいことも思いつかないため、再び大屋根リングに登り、19時半から始まる噴水ショーとやらを見物することにした。

夜のショーの正式タイトルは、『水と空気のスペクタクルショー 「アオと夜の虹のパレード」』という。

正面の見通しのいい席は全て事前予約制で、私も申し込んだけれど抽選で外れた。

それならば反対側からにはなるものの、大屋根リングの上から雰囲気だけでも味わってみよう、そう思った。

私と同じような人が実にたくさんいて、大屋根リングの上は開始時間が近づくにつれ大賑わい。

そして、ショーは定刻に始まった。

ブルーの噴水が一斉に吹き出したと思ったら・・・

中央に設けられた四角いスクリーンの上からも高々と水が吹き上がった。

噴水をスクリーンにして何やら映像が投影されているらしいということはわかるのだが、残念ながら裏側からではそれをはっきりと見ることはできない。

私を含め大屋根リングに陣取った人たちのほとんどはそのことを知らず、ただぼんやりと色の変化する噴水ショーを眺めている。

それで満足する人もいたかもしれないけれど、巨額の費用を費やした万博の呼び物としてはいささか寂しいと感じた。

モヤモヤした気持ちを抱えたまま、もう一つぐらいパビリオンを見ておこうと思い、まだ訪れたことのないルーマニアを選ぶ。

事前の予約は必要なかったけれど、行列に並んで入場までには30分ほどかかった。

パビリオンの中は巨大な立体スクリーンになっていて、ルーマニアの自然が映し出される。

民族衣装を纏った男女が登場して、スクリーンの前で伝統的な踊りを披露。

昔ながらの万博といった演出ではあるが、これを見るために30分並んだのかと思うと、またまたモヤモヤが募る。

ルーマニア館から出ると、ちょうど午後8時半から始まる2回目の噴水ショーが行われていた。

正面から見ると、反対側の大屋根リングの上から見るのとは全く異なる。

水の膜が見事なスクリーンとなり、予想したよりも鮮明な映像が映し出されていた。

コンテンツそのものは特段面白そうではないものの、この噴水ショーは裏から見るのと表から見るのでは全くの別物。

障害物に邪魔されて視界が遮られたとしても、正面から見なければ意味がないことを理解した。

噴水ショーが終わると、一日のフィナーレとなるドローンショーが午後9時から始まった。

私の予備知識の中にドローンショーは全くなかったので、これはいささか意表をつかれた形で、夜空に煌めく無数の光に釘付けとなる。

テレビなどでは何度かドローンショーを見たことはあるが、実際に自分の目で夜空に浮かび上がる光の芸術を見るのは今回が初めて。

話題の噴水ショーよりも、こちらのドローンショーの方が一見の価値があると私は思う。

6分ほどのドローンショーが終わると、残っていた客が一斉に出口に向かって移動し始めた。

それを見て私もこの日の終了時刻になったことを理解し、ゲートの方向に向かう人の流れに従った。

しかし、広い会場にはまだ数万人の人が残っていたと見え、全員が一斉に出口に殺到するのだから、当然のことながらゲートは大混雑だ。

これでは帰りたくても、なかなか外には出られない。

やっとゲートを抜けられたと思ったら、今度は地下鉄の駅に入場制限がかかっていて、ゲートから駅まで長い行列が続いていた。

緩やかに流れる人の流れに我慢強く従い、電車に乗り込んだ時にはすでに出口に辿り着いてから40分ほどが過ぎていた。

当然地下鉄の車両もぎゅうぎゅうで、おまけに途中で車両故障があったとやらで運行休止になってしまった。

なんということだ。

私はすっかり疲れてしまい、運行再開を待つのも面倒になり、途中駅で降りてタクシーを拾いホテルに戻った。

それでも懲りずに翌朝、ゲートが開く午前9時よりも20分ほど早く万博会場に到着した。

前日は全く待たされることなく入場できたけれど、さすがに朝一番の開門時間に合わせて多くの人がやってくるため、入場できたのは9時30分ごろだった。

学校の行事として万博に来ている中学生たちが、万博キャラクター「ミャクミャク」の前で記念撮影している。

55年前、私も彼らと同じように学校から集団で大阪万博を見に来た。

人気パビリオンはどこも長蛇の列で、仕方なく名も知らぬ国々のパビリオンを巡ったことを思い出す。

今回こそは人気館を。

そう思い、人気のアメリカ館にできた行列の最後尾で待ち時間を聞いてみる。

すると男性ボランティアの人が2時間待ちだと教えてくれた。

アメリカ館では55年前と同じく月の石が展示されているらしいが、特別それを見たいわけではない。

やはり2時間も行列に並ぶのが馬鹿馬鹿しくなり、結局アメリカ館はスルーして、ライバルである中国のパビリオンに向かう。

案の定、昨今の日本人には中国は人気がないと見え、行列は皆無。

入り口で記念撮影をしてからスムーズに入場することができた。

パビリオンに入ると、まず迎えてくれたのが中国人宇宙飛行士の映像。

今回の中国館の展示の目玉も、アメリカに対抗して月で採取した石だという。

他の人気パビリオンを見ていないので比較はできないけれど、中国パビリオンの完成度はかなり高いと感じる。

日本語の音声ガイドも用意され、かなりプロパガンダ的な解説を聞きながら、大中国の文化や歴史を学ぶことができる仕掛けだ。

漢字の成り立ちから始まり、四季の移ろいを示す二十四節気など日本でも定着している中国発祥の文化が大型スクリーンなどを使って美しく紹介される。

考古学ファンの間で今話題を集める中国の「三星堆遺跡」から発掘された謎の仮面も展示されていた。

ケースのガラス面には3D表示ができる特殊なスクリーンも埋め込まれ、中国各地で建設されている巨大な博物館で培われた技術が凝縮されたような凝った展示手法である。

やはり中国の文化は奥深い。

しかし、それを解説する音声ガイドのガイダンスはいささか愛国的すぎて、中国がいかに他国と協調しているか、環境保全に貢献しているかなどと強調すればするほど、日本人からすると押し付けがましいプロパガンダに聞こえてしまうのはちょっと残念だった。

そして展示の最後に「月の石」が待っていた。

宇宙強国を目指す中国は巨額の予算を使ってアメリカに対抗できるロケットや宇宙船、自前の宇宙ステーションの開発を続けており、2020年には「嫦娥5号」が初の月面着陸に成功、2024年にはまだアメリカも成し遂げたことのない月の裏側に「嫦娥6号」を着陸させることに成功した。

今回展示されているのは中国の着陸船「嫦娥6号」が世界で初めて到達した月の裏側から採取した砂。

とは言っても、単なる黒い砂のようなものなのだが、アメリカに挑戦状を叩きつける中国の宇宙戦略の一端を見せつけられたように感じた。

宇宙や深海など未来の中国を象徴する展示コーナーを見終わって外に出ると、先ほどまで誰も並んでいなかった中国館の前にも長い行列ができていた。

つまり、入場直後に真っ先に中国館を訪れた選択は間違っていなかったということだろう。

残念ながら、アメリカ館など他の主要なパビリオンには入場できなかったため比較はできないけれど、日本文化のルーツを知るという意味で中国館の展示内容は悪くないと個人的には思った。

さて、次はどこに行こう?

迷いながら彷徨っていると、先生に引率される子供たちとたくさんすれ違った。

会場の中心には森のような場所もあり、小さな子供が水遊びできる施設もある。

パスポートを持たない日本人が増え、若者たちが内向きになっていると言われるけれど、万博はやはり彼ら未来の世代に見てほしい。

世界にはいろんな国があり、多様な価値観が存在する。

日本国内の偏狭なネット世論から解放されて、もっともっと大きな視点を身につけてもらいたいと願う。

続いて入ったのがインドのパビリオン。

工事の遅れにより開幕に間に合わなかったとして話題となったパビリオンだが、建物の正面には「バーラト」という謎のカタカナが設置されていた。

「バーラト」とはヒンドゥー語でインドを表す言葉。

多言語が共存するインドでヒンドゥー化を推し進めるモディ政権は、2023年自国で開催されたG20首脳会議以来この「バーラト」を国名として使用することが増えているという。

中国館に比べると決して大きなパビリオンではないが、最新のテクノロジーを使って独自のインド文化をアピールする展示が目立つ。

そしてこちらでも月着陸船の展示が。

日本ではあまり知られていないかもしれないが、インドは2023年独自の月探査機「チャンドラヤーン3号」により月面着陸に成功、旧ソビエト、アメリカ、中国に次ぎ月に到達した世界で4番目の国となった。

宇宙開発は国威発揚と共に軍事技術の向上や未来の資源競争の点からも重要視され、西側諸国による国際秩序に対抗するため中国やインドが力を入れている分野だ。

とはいえ、手書きの案内が無造作に貼ってあるのもインドらしい。

「AIインド風写真撮影」と書かれた紙に興味を抱き、小部屋に通じる行列に並んだのだが、10分経っても列がなかなか進まない。

ようやく部屋の中に入ると、テーブル席に4台のタブレット端末が置かれていて、その前で日本人の高齢者が悪戦苦闘していた。

列がなかなか進まないのはインドが用意した装置のせいではなく、デジタルに弱い日本人に原因があったようだ。

デジタル技術の進展と普及により、国際的な日本の地位が下がり数学に強いとされるインド人の存在感が顕著に強まった現実を象徴するような光景だと感じた。

インド館を出て、再び会場内をぶらぶら。

17メートルある実物大ガンダム像は撮影スポットとして大人気だ。

空いていた「セネガル館」に入ってみる。

アフリカの国々は「コモンズ」と呼ばれる共用パビリオンへの出展が目立つが、セネガルやエジプトなど単独パビリオンを設けている国もいくつかある。

とはいえ、展示内容はやはりこの国のリーダーの紹介。

バシル・ジョマイ・ファイ大統領は去年行われた大統領選挙で当選したばかり、選挙の10日前まで名誉毀損罪で投獄されていたという。

43歳での大統領就任はセネガル史上最年少であり、複数の配偶者を持つ初の一夫多妻大統領でもある。

セネガル館を出ると、やはりスムーズに入場できる「コモンズB館」へ。

建物の外壁には見慣れない国旗が並んでいたが、中には去年訪れたカリブ海の国々の旗もあった。

入り口を入ったところに南米パラグアイが出店した売店があった。

せっかくなので食べたことのない珍しい料理を食べようと思っていたのだけれど、会場内のレストランはどこも行列で、お腹も空いてきたのでここでパニーニを買って食べることにする。

「チキンとモッツァレラのパニーニ」が1800円。

高いけれど、これでも万博会場内では比較的安い方のようだ。

見た目以上にボリュームがあり、美味しくて食べ応えがあった。

ベンチに座って食事を終えてから、再び「コモンズB館」に入る。

まず目に止まったのはこちらのボブスレー用のソリ、カリブ海に浮かぶジャマイカのボブスレーだ。

雪や氷とは全く縁のないジャマイカのチームが初めて冬季五輪に参加したのは1988年のカルガリー大会、その奮闘ぶりは映画「クールランニング」の題材ともなり世界中から称賛された。

そしてジャマイカといえば、レゲエの神様ボブ・マーレーと・・・

人類最速の男ウサイン・ボルト。

まだ訪れたことのないジャマイカだが、案外日本人には馴染みの人物が多いと感じる。

こんな可愛らしい展示品も。

インドネシアの占領から逃れ、21世紀最初の独立国となった東ティモールである。

少年を救ったワニが東ティモールという島になったという言い伝えがあり、ワニは自分たちのご先祖さまとして神聖視されているらしい。

インパクトが強かったといえば、ブードゥー教発祥の地とされる西アフリカの小国ベナンの展示コーナー。

「ゲレデ」と呼ばれる仮面は、不妊症や病気、死などの問題を解決するための儀式で使われ、ユネスコの無形文化遺産にも登録されているという。

上半身がサメである「半人半鮫」のこの木像は、奴隷狩りにより繁栄したダホメ王国の王を象徴的に表現したものらしい。

17世紀に現在のベナンで創建されたダホメ王国の王たちは戦争をして領土を広げるに伴い、西洋人から入手したライフルや他の火器を使用、捉えた捕虜たちと火器を交換し、捕虜たちは南北アメリカ大陸に奴隷として売られていった。

そのためこの地域は古くから「奴隷海岸」と呼ばれた。

ベナンにあるガンヴィエという街の写真も旅情をそそる。

アフリカ最大の水上都市だというガンヴィエは、ダホメ王国による奴隷狩りの恐怖から逃れるために比較的安全なラグーンに人々が移り住んだことによって生まれたという。

奴隷貿易というとヨーロッパ人による侵略のイメージが強いけれど、実際に奴隷狩りを行ったのはアフリカの原住民であり戦いによって獲得した捕虜をヨーロッパの奴隷商人たちに売り渡したのだ。

外国に翻弄されたアフリカの中で、自衛隊が初の海外基地を構えたのが東アフリカの小国ジプチ。

こちらも私の未訪問国だが、旧宗主国であるフランスをはじめ、アメリカ、日本、そして中国が軍隊を駐留させる珍しい国でもある。

この国を率いるイスマイル・オマル・ゲレ大統領は1999年就任以来四半世紀にわたり絶対的な権力を握る事実上の一党独裁国家だけれど、「アフリカの角」と呼ばれる軍事戦略的要衝という地の利を生かし、アメリカと中国双方としたたかな関係を構築している。

一方、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の活動拠点として一時注目された中央アフリカは、度重なるクーデターや内戦で無政府状態とも言われる内陸の国。

こんな国も今回の万博には出展していた。

金やダイヤモンドを産出する世界有数の資源国にも関わらずその恩恵は国民には渡らず、世界最貧国の一つに甘んじている。

カリブ海の崩壊国家ハイチのブースもあった。

世界初の黒人による共和国だが、政情不安が続き、2021年にはギャングが当時の大統領を暗殺し現在もギャングが支配する無法国家である。

こうした国々のことを知れば知るほど、日本に生まれた私たちは本当に幸せなんだと痛感させられる。

続いて入ったのは、お隣にある「コモンズA館」。

何が違うのか、こちらのパビリオンに入場するためには短いながら行列に並ぶ必要があった。

こちらのパビリオンには、かつて日本が統治したこともある南洋のパラオや・・・

ラグビー強国でもあるトンガ王国など、南太平洋の島国がいくつも出展していた。

彼らは星や太陽の位置を目印に手漕ぎ舟で広大な太平洋を渡った人々の子孫だ。

それゆえに、世界でも最も屈強な肉体を持ち、ラグビーの名選手たちを排出するのだろう。

それにしても、途方もない距離の太平洋の航海がなぜ可能だったのか、今でも太平洋の地図を見るたびに人類の逞しさと冒険心に圧倒される思いだ。

こちらのカラフルな衣装はケニアのブースに飾られたメイド・イン・ケニアの製品だ。

世界が高齢化し労働力人口が頭打ちになる中で、今も出生率が高いアフリカは21世紀の生産基地として注目が高まっている。

安い労働力が必要な繊維産業は日本から中国、東南アジア、南アジアを経て、徐々にアフリカに生産拠点が移るのかも知れない。

そんなアフリカには今も小さな王国が残る。

南アフリカの中にポツンと残るエスティワニ王国の国王ムスワティ3世。

イギリス留学から帰国して18歳で即位、来年で在位期間は40年に及ぶ。

世界にはまだ行ってみたい国がたくさん残っている。

このパビリオンで特に私の興味を引いたのが、こちらイエメンのブース。

アラビア半島の南端に位置するこの国は、イスラエルと対立するフーシ派の拠点としてニュースに登場するものの、ずっと内戦が続き外国人にとってはとても危険で近寄りがたい国である。

しかし、展示ブースに設けられたモニターを見ていると、切り立った岩山から続く美しい海や・・・

土づくりの高層住宅が密集する独特の街並み・・・

イスラムの衣装をまとった美しい女性や・・・

手の甲に描かれた鮮やかなペイントなど、見たことないもない映像が次々に映し出された。

イエメンはキリスト教やイスラム教が生まれる前から交易で栄えた長い歴史を持つ土地。

私たちが知らない魅力がたくさん詰まっているように感じた。

そして、この動画の中に登場する音楽にも興味を抱いた。

イエメンの険しい山岳地帯で演奏される現代的な音楽と伝統楽器の融合。

それは私がずっと抱いていたイエメンの殺伐としたイメージとはあまりにかけ離れていて、実際にはどんな国なんだろうとものすごく引き込まれてしまった。

さらに展示ブースの脇ではイエメンのショップが開かれていて、指輪やネックレスなど様々な宝飾品が売られていた。

世界には私が知らない国がまだたくさんあって、そこには様々な人間の営みがあることを思い起こさせてくれる。

事前の評判はすこぶる悪かったけれど、万博には訪れる価値がやっぱりあると思う。

続いて訪れたのは、「コモンズC館」。

こちらはA館、B館に比べると比較的馴染みのある国が集まっていた。

その一つが、ロシアとの戦争が続くウクライナ。

国旗の色である黄色と青で統一されたそのブースはとてもセンスを感じる。

日本人にも関心がある国なので、ブースの前には行列ができていて私は外から様子を眺めるだけにとどめた。

もう一つ、ニュースで話題の国イスラエルのブースもあった。

今では容赦ないガザ侵攻で国際的なイメージが悪くなったイスラエルだが、戦争前まではITとベンチャーで注目された技術立国である。

だから展示ブースでは戦争のことは一切触れず、イスラエルが誇る先端技術の展示に重きが置かれていた。

時刻はまもなく午後4時、朝からずっと歩き通しなのでそろそろだいぶ疲れてきた。

もう一度夜のショーなどを見る気は失せて、出口に向かって歩きながら気になるパビリオンがあれば入ることにする。

そんな時に目に止まったのが、こちらのアゼルバイジャン館だった。

旧ソビエト連邦の構成国だったアゼルバイジャンは、独自の文化を持つシルクロードの国でもある。

パビリオンの入り口を飾る7人の美女像は妖艶でとてもチャーミングだ。

若かりし頃、ロサンゼルスのアダルトスクールに通っていた時、学校で出会ったアゼルバイジャン出身の女の子を思い出す。

それまでの人生で会ったことのないような美しい女性で、その時から私の中でアゼルバイジャンの女性は特別な存在だ。

30分待たされてようやく入場できたけれど、展示内容そのものは実にあっけないもので、大型スクリーンにアゼルバイジャンの自然や文化が映し出されるだけだった。

このパビリオンの魅力は、その建物と女性像の美しさに尽きる。

アゼルバイジャン館のすぐ近くにある「コモンズF館」には、同じコーカサスの国アルメニアのブースがあった。

ナゴルノ=カラバフという地方を巡って長年争奪戦を繰り広げてきたアゼルバイジャンとアルメニア。

その対立する両国が並んで出展しているのも万博の面白さと言えるだろう。

両国にジョージアを含めたコーカサス3国は、以前から次の旅行先候補としてリストアップされていて、60代のうちには是非とも訪れたいと思っている。

そして最後、私が足を止めたのは韓国館の外壁いっぱいに取り付けられた巨大なデジタルサイネージだった。

ベンチに腰をおろし、スクリーンに映し出される映像作品に魅入る。

テレビ局生活の最後、私は次世代のメディアとしてデジタルサイネージビジネスに取り組み、その先進国である韓国にも何度も足を運んだ。

日本ではデジタルサイネージへの投資はまだまだ道なかば。

韓国や中国との差は大きく開いたままだということを韓国館の巨大スクリーンを見つめながら感じた。

ループ上映されるデジタルサイネージ作品を一通り見てから私は出口へと向かった。

途中カナダ館からは生の歌声が聴こえてきたが、もう疲れは限界。

人工的な万博会場を抜け出して難波の繁華街で生ビールを飲みたい。

ゲートを出たのは午後5時前。

前夜の混雑が嘘のようにスムーズに会場を出て地下鉄駅に進むことができた。

早いもので、私の万博訪問から20日近くが経ち、その後ユスリカが大量発生するなど様々なトラブルに見舞われつつも、万博の入場者数は順調に伸びているという。

所詮は万博、とはいうものの並の展示会とは一味違う。

百聞は一見に如かず。

自国第一主義が蔓延し、外国人排斥の傾向が強まる時代だからこそ、自国とは全く異なる国々が世界には存在し、日本の常識が世界の常識ではないことを知るには格好の場ではある。

若者や子供たちにはぜひこの機会に万博を訪れて、知らない国が集まる「コモンズ館」を中心に見聞を広めてもらいたいと思いながら会場を後にした。

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