<きちたび>永平寺の旅2024🇯🇵 「親禅の宿 柏樹關」に泊まって体験する大本山永平寺での坐禅と朝のおつとめ

🇯🇵 福井県/吉田郡永平寺町 2024年1月17日~18日

曹洞宗の総本山・永平寺への参拝は、最低1泊することをオススメしたい。

なぜなら永平寺は禅寺のため、豪華な伽藍を楽しむ類のお寺ではなく、数百年受け継がれる修行僧たちの規則正しい生活ぶりに触れることがこの寺ならではの魅力だからだ。

そのためには、永平寺に泊まる「一泊二日参禅体験」に参加するのが一番なのだろうが、これは月に5回程度と枠が限られているうえ外国人にも非常に人気が高く、予約を取るのが大変らしい。

そこで今回、私たちが予約したのは、永平寺の門前にある真新しい宿「永平寺 親禅の宿 柏樹關」だった。

永平寺では現在参道の整備が進められていて、それに合わせてこの宿も5年ほど前にオープンしたばかりだという。

敷地は永平寺が所有し、運営は藤田観光が行っているということで、宿坊のような堅苦しさはなく、お酒も飲めて永平寺での行事にも参加できるという1泊2日のプランに申し込んだ。

宿の入り口は、まるでお寺のように見えるが、実は自動ドアである。

温泉宿のありがちな仰々しい飾りもなく、永平寺にお似合いの宿だと感じる。

玄関を入ると、吹き抜けの高い木組みの天井が迎えてくれる。

ロビーの奥の畳の部屋は、永平寺に行かずに手軽に坐禅や写経の体験をしたいという客を対象にした「親禅」の空間だ。

入り口の正面には、木彫りの大きな魚が吊り下げられていた。

これは、龍頭魚身の鳴器「魚鼓(ほう)」と呼ばれ、永平寺で食事の準備ができたことを知らせるために使用されていたものだ。

チェックインは午後2時から。

その際に、永平寺での坐禅体験と翌朝のお勤めに参加するかどうかを聞かれる。

料金は宿泊代に含まれているため、滅多にない機会なので絶対参加した方がいいと思う。

私は参加を希望したが、妻は体調が今ひとつなのでどちらも参加せず部屋でゆっくりすると答えた。

部屋に向かう廊下には、永平寺を開いた道玄禅師の生涯を描いた額がずらりと並んでいた。

鎌倉時代の1200年、京都の名門公家の家に生まれた道元は幼くして両親を亡くし世間の無常を悟り、12歳で出家して比叡山に学び、24歳の時に中国の宋に渡る。

そこで師である如浄禅師から仏法を継ぐ許しを得て帰国、初めての著書である「普勧坐禅儀」を執筆する。

1243年7月、7人の弟子とともに越前に移り、大佛寺、のちの永平寺を創建。

1253年に53歳で病で没するまでの人生が廊下の絵には描かれている。

部屋は、2台のダブルベッドが置かれたモダンな和洋室だった。

広さもゆったり。

空調やテレビも完備され、宿坊のような禁欲的な雰囲気はない。

陶器を使った和モダンな洗面台。

背面には綺麗なトイレとシャワールームが設置されていて、普通の旅館以上の快適さがある。

部屋に荷物を置き、ひと休みすると、坐禅体験に参加する人は午後3時過ぎにロビー集合となる。

この日は、私のほかに男性客が1人だけ。

妻は一人でお寺に参拝に出かけた。

案内の女性スタッフに従って、うっすら雪が積もった参道を歩いてお寺に向かう。

数分歩くと、お寺の伽藍が見えてきた。

入り口の石碑には「日本曹洞第一道場 吉祥山永平寺」の文字が刻まれている。

そう、ここは若い僧たちが修行する「道場」なのである。

お寺は、高い針葉樹に囲まれていた。

永平寺とともに厳しい自然の中で生きてきた木々は根元が節くれて、風格と神秘性を感じさせる。

木立の間を抜けて、一般客の入り口である「通用門」に向かう。

永平寺は自然の地形を生かして三方を山に囲まれた斜面に築かれている。

一般の参拝時間は午前8時半から午後4時半まで。

入場料(大人500円)を支払ってお寺の中を見て回ることができるらしい。

さらに、納骨や先祖供養で訪れた人は法要にも参加できるという。

1日3回行われる坐禅体験も一般には各自「志納」として別途いくらかお布施をするようだが、私たちには追加料金の請求はなかった。

お寺を訪れた一般客がまず案内されるのが、こちらの「吉祥閣」。

ここはお寺を訪れた観光客や私のような坐禅体験に来た客の受付のほか、短期修行を希望する団体客が宿泊できる広間などからなる大きな建物だが、修行僧たちが活動する場とは切り離されていて、あくまで一般客用の建物ということらしい。

宿の女性スタッフから渡された宿の名前が書かれた札を首から下げて待っていると、一人の修行僧が私たちを迎えにきた。

お寺に直接申し込んで坐禅体験をする人たちと一緒に、案内の修行僧の後について薄暗い階段を静かに上り、建物の4階にある坐禅堂に向かう。

永平寺では、若い修行僧たちは「雲水」と呼ばれている。

曹洞宗では、朝起きてから寝るまでの全ての行動が細かく決められていて、顔の洗い方からご飯の食べ方、掃除の仕方までその全てが修行である。

雲水さんたちは、氷点下の寒い日でも法衣に身を包み冷たい床を裸足で歩き、道元以来守られてきた厳しい日課を来る日も来る日も繰り返す単調な生活を続けるのだ。

座禅道場に着くと、一人の僧侶が待っていて、私たちに正しい座禅の仕方を教えてくれた。

曹洞宗が一般客のためにまとめた「坐禅のいろは」という小冊子に沿ってポイントをまとめると、坐禅の要は3つの「調う(ととのう)」だそうだ。

まず最初に行うのは「身体を調える」こと。

『坐禅の姿勢の目標は、ゆったり、のびのび坐ること。骨盤を立て、背骨を自然に積み上げ、その上にバランスよく頭をのせます。調身の調は調和のイメージ。普段使いっぱなしの筋肉を解放し、リラックスして坐ります。坐禅は、きちんと坐れば痛くもつらくもありません』

次に、「静かにゆっくりと呼吸をする」こと。

『はじめに大きく数回深呼吸し、こころと身体のこわばりをほぐします。その後は鼻からゆっくり息を吸い込む腹式呼吸で、丁寧な呼吸を心掛けます。慣れないうちは吐く息を中心に、深く長い呼吸を意識してみて下さい。次第に慣れてくれば、無理に意識する必要はありません』

そして3つ目は、「さまざまな思いにとらわれず身体と息を調えて坐る」こと。

『坐禅中には様ざまなオモイが浮かびます。それは生きている限り当然のこと。大切なことは、それを追いかけたり、留めたりしないこと。浮かんだものはそのままそっと流して手放します。雑念を払うとか、無になるとか、精神を統一するとか無理に考える必要はありません』

坐禅堂ではとても写真を撮影する雰囲気ではないので、永平寺のホームページから写真をお借りした。

3つの「調う」を実現するために、いろいろな所作が決められている。

  • 入堂する際には「叉手(しゃしゅ)」(左手の親指を内にして握り、手の甲を外に向けて胸に軽く当て、右手のひらで覆う)をして、入口の左側の柱のそばを左足から入る。
  • 坐禅堂のご本尊さま「聖僧(しょうそう)さま」に「合掌抵頭」(合掌して頭を下げる)してから、自分が坐る「坐位」に進む。
  • 自分の坐る位置に向かって合掌低頭し、両隣の人にも挨拶「隣位問訊」、さらに向かい側の人にも挨拶「対坐問訊」する。
  • 畳の縁にある木の部分「浄縁」は禅僧にとっての食卓なので手で触れたり座ったりしてはならず、畳に上がる際にも触れないように上がる。
  • 坐禅用のクッション「坐蒲」がお尻の中心に位置するように足を組み、両膝とお尻の三点で上体を支える。
  • 両足を反対の腿の上に置く「結跏趺坐(けっかふざ)」、片方の足だけ反対の腿の上に置く「半跏趺坐(はんかふざ)」のどちらの組み方でもよい。
  • 右手を左の足の上にのせ、その上に左手をのせて両手の親指を軽く合わせる「法界定印(ほうかいじょういん)」を組む。
  • 下から上に上体を伸ばしながら背骨をゆったりと積み上げていき、その上に頭をバランスよく置く(耳と肩、鼻とおへそが垂直に)。
  • 舌は軽く上顎につけて口を閉じ、目は見開かず細めず自然に開き、視線は前方に落とす。
  • はじめの呼吸は、口から大きく深呼吸を数回「欠気一息」し、心と身体のこわばりをほぐす。
  • 上体を左右へ、はじめ大きく徐々に小さく揺らし、振り子が止まるように中心で静止する。
  • 鐘が3回鳴ったら坐禅開始の合図「止静鐘(しじょうしょう)」。
  • 坐禅中の呼吸は、鼻から息を吸い込む腹式呼吸でゆっくりと丁寧な呼吸を心がけ、様々な思いにとらわれず身体と息を調えて坐る。
  • 鐘が1回鳴ったら坐禅終了の合図「放禅鐘(ほうぜんしょう)」。
  • 合掌低頭し、手のひらを上に向けて両膝にのせ左右揺振して足を解く。
  • 坐蒲を元の形に整え、隣位問訊、対坐問訊をして、叉手で退堂する。

とにかくいろいろ決まりがあってとても覚えきれないが、中でも重要なポイントは正しい呼吸法である。

お腹で息を吸い、ゆっくりと吐く。

その繰り返しに意識を集中しながらただひたすらに座り続けるのであるが、普段と違うゆっくりとした呼吸は、いざやってみるとこれが意外に難しい。

日頃ほとんど無意識に行っている呼吸だが、浅く不規則だったことを思い知らされるのである。

こうして50分ほどの座禅体験を終えて神妙な気持ちで外に出ると、あたりはだいぶ薄暗くなっていた。

山に囲まれた永平寺の日没は早い。

案内の女性と別れて、一人でお寺の周囲を散策する。

通用門の右手には菊の紋章があしらわれた立派な門が見える。

この門は「唐門」と呼ばれ、皇族やその使者が訪れた際のみに使用されるという。

さらに永平寺の境内には「松平公廟所」もあるが、越前松平家の三代目・松平忠昌を祀ったものだそうだ。

お寺の周囲には、苔むした岩のうえに小さな祠や仏像が置かれていたりする。

平日ということもあるのか訪れる人も少なく、高野山や比叡山と比べると総本山といえども寂しい印象を受けた。

お寺の南側には、九頭竜川の支流・永平寺川が流れる。

せせらぎに沿って東へ進むと、小さな滝があったり、「寂光苑」と呼ばれる公園があった。

道元の生誕800年を記念して作られた墓地公園で、出家前の道元の少年像や歴代の永平寺住職の墓が並んでいる。

ここにひっそりと佇む「寂照の鐘」は誰でもつくことができる隠れた人気スポットだ。

私も生まれて初めてお寺の鐘をついてみた。

ゴーンという鐘の音が誰もいない谷に響いて不思議な気持ちになる。

宿への帰り道、新しくできた参道ではなく、昔からあるメインストリートを歩いてみる。

時刻は午後5時。

この日は水曜ということで休業の店が多いのに加えて、永平寺の参拝時間が終わる午後4時半を過ぎると通りに人影が全くなくなってしまうらしい。

まさしく永平寺とともに生きる門前町である。

宿に戻りひと休みすると、午後6時から夕食である。

食事場所は1階にある「水仙」。

中にはお酒の瓶が並んだバーカウンターもある。

宿の名物は、永平寺の料理長・典座老師監修の精進料理だが、普通の和食のコースも用意されていて、せっかくなので精進料理と和食を一つずつ頼み食べ比べてみることにした。

メニューには宿の料理長の言葉が記されていた。

『道元禅師は『典座教訓』に調理に携わる者の心得を説かれ、食する者の心掛けと作法を『赴粥飯法』にお示しです。また、『赴粥飯法』の中に引用され食事の際、お唱えする『五観の偈』には、食への態度が明確に示されています。大本山永平寺前典座・三好老師の御指導を頂き『典座教訓』に遵い、全ての食材を命として尊重し無駄にすることなく、全て使い尽すよう心掛けています。』

調理も食事も修行と考えた道元は本当に細かい人だったらしい。

最初の料理が運ばれてきた。

こちらが私が注文した和食の前菜。

胡麻豆腐、茸旨煮と胡瓜のあいまぜ、昆布有馬煮、福井県産すこと茸の白和え、翡翠茄子。

こののほかに、合鴨蒸し焼きやカラス鰈柚庵焼きという鳥や魚も使われている。

一方こちらが妻が注文した精進料理の前菜。

一見するとカツのようなものもあり精進料理に見えないのだが献立を見ると、肉や魚の代用品をうまく使って作られていることがわかる。

胡麻豆腐、茸旨煮と胡瓜のあいまぜ、昆布有馬煮、福井県産すこと茸の白和え、翡翠茄子は同じ。

そのほかに、車麩フライ、打ち豆腐揚げ、蓮根と山芋の蒲焼が並び、私の和食よりもコッテリ感がある印象だ。

しかも、美味い。

これには妻も大満足の様子で、宿を決めた私としても少しホッとする。

地元福井県の日本酒も用意されているようなので、一ついただいてみることに。

選んだのは、創業1718年という美浜町の老舗、三宅彦右衛門酒造の「早瀬浦 純米」。

枡に溢れるこぼれ酒で1450円だ。

スキッとした喉越しで、雑味のない美味しい純米酒である。

続いては、お造り。

和食の方は普通のお刺身が2種類だったが・・・

精進料理の方のお造りは、ご覧の通り。

重ね湯葉、柚子蒟蒻にアボカドである。

3品目は、和食が焼物で、福井県産越前鶏塩麹焼。

精進料理の方は焼物ではなく、「飛竜頭」というがんもどきと大根、しめじの煮物だった。

4品目は、鍋。

和食が豚肉を使った豚ロース野菜鍋だったのに対し・・・

精進料理の方は、肉の代わりに湯葉を使った「湯葉野菜鍋」である。

最後は天ぷら。

和食が海老や白身魚を使うのに対し、精進料理は野菜だけ。

それでも見慣れない大根卸し饅頭の天ぷらもあって、工夫されていることがわかる。

熱々の天ぷらと同時にご飯と味噌汁が出てくる。

このご飯は卓上に用意された釜で目の前で炊いたものである。

精進料理というと、薄味で無味乾燥な印象があるが、この宿の食事は伝統を守りつつ味にもこだわっていて、どれも想像以上の美味しさであった。

永平寺に泊まった場合、何を食べさせてくれるのかわからないが、雲水さんたちの食事は相当簡素なもののようなのでこの宿に泊まった方が美味しい食事にありつけることは間違いなさそうだ。

食事が終わると今度はお風呂だ。

入り口には案内のボードが置いてあり、『本日は「香湯沐浴」をお楽しみください」と書かれていた。

『大本山永平寺では、特に神聖な行持をお勤めする際に、「香湯沐浴」をするそうです。香木を煮出して作った「香湯」をお風呂のお湯に混ぜ香の香り漂うお風呂に入浴し、心身を清めるのです。この清め方は、お釈迦様のお生まれになった国、インドの人たちが日常の食事で香辛料を多く摂ることで体臭がきつかったことに由来します。柏樹關では、大本山永平寺と同じ成分・分量の配合で香木をご用意することができました。他所では決して体験することのできない香木沐浴・大本山永平寺の香湯と同じ香りをお楽しみいただき、禅体験のひとつとしてお楽しみいただければ幸甚に存じます』

これは果たして、どんなものだろう?

モダンな石造りの内風呂。

湯船に浸かると、嗅いだことのないような不思議な香りが漂っていた。

甘いような媚薬的な香り。

これが香木の香り、言葉では言い表せない神秘的な香りである。

内風呂の外側に、露天風呂もあった。

こちらは香湯ではなく普通の沸かし湯だが、板塀の向こう側に隣のある尼僧のための宿泊施設「栢樹庵」の建物が見え、なかなか趣がある。

誰もいない湯船で夜風にあたりながら、ゆったりとした時間を過ごして、この夜は早めにベッドに入った。

翌朝。

まだ外も真っ暗な午前4時過ぎにホテルのロビーに集合し、小雨が降る中、ホテルスタッフの案内で永平寺に向かった。

朝5時から始まる朝のおつとめ「朝課」に参加するためである。

雲水さんたちも午前4時に起床して、この時間は朝の坐禅をしている時間だろう。

まずは吉祥閣で、僧侶からの法話を聞く。

曹洞宗の話、たとえば心身ではなく「身心(しんじん)」という仏教用語の話などなど。

または永平寺について、たとえば各建物の役割とか雲水さんの日常とか。

午前5時、法話が終わると、雲水さんの案内で階段を上がって、朝のおつとめが行われる「法堂(はっとう)」へと案内される。

永平寺の中は、階段と廊下でそれぞれの建物が繋がっていて、ちょっとした秘密基地のようだ。

こちらが「法堂」の内部。

普通のお寺で言うところの「本堂」にあたり、永平寺の中でも一番高い場所にある。

法堂の420畳の広さがあり、ここに毎朝僧侶や雲水が集まり朝のおつとめ「朝課」が行われる。

見学者用に用意された椅子に座って待っていると、少しずつ僧たちが集まり始め、朝の坐禅を終えて雲水たちが集団で法堂に入ってくる。

最後に禅師が入堂して、厳かに「朝課」が始まった。

上の写真も永平寺のホームページから拝借した「朝課」の様子。

総勢100人ほどの僧と雲水が決められた位置に座り、一斉に読経を始める。

私が知る真言宗の読経に比べて読む速度が速いようで、木魚や鐘のリズムに合わせて朗々とした男たちの声が響き合い独特の波長をつむぎ出す。

キリスト教の讃美歌が高い教会の天井にこだましてまるで天からの歌声に聴こえるように、永平寺の読経も不思議な感情を聴くものの心に響かせるのだ。

法堂の内部は冷え切っていて僧たちの吐く息が白い。

私たち見物人はコートを着ることが許され、特に足が冷えるので靴下は二重履きにした方がいいとアドバイスされた。

途中、数人の雲水さんが立ち上がってお経を配ったりするのだが、その動きはまるでロボットダンスのようで、なんだか全てが機械仕掛けの人形劇でも見ているような錯覚を覚える。

昔に比べると修行に訪れる雲水の数も減ったと聞くが、それでも永平寺を訪れるならばこの儀式は絶対に見るべき仏教体験だと思う。

朝のおつとめが終わると、雲水さんがお寺の主要な建物を案内してくれる。

道元禅師が遺骨が納められている霊廟「承陽殿」以外は写真撮影も許可された。

ちなみにこちらは「仏殿」の内部。

七堂伽藍の中心に位置し、現在・過去・未来を司る3体の仏像が安置されている。

雲水たちの日中の読経や午後のおつとめに使用される建物だという。

こちらは「大庫院(だいくいん)」と呼ばれる建物で、仏様に供える料理や僧や雲水の食事を賄う調理場である。

調理担当の雲水たちが小走りで忙しそうに動き回る。

道元は食べることを修行として重視し、その料理を作る作業も重要な修行とみなした。

永平寺の食事は実に質素で、朝食は粥と漬物とごま塩だけ、昼と夜はご飯と汁物と漬物、それにオカラや煮物などの一品が添えられるのみだという。

同じメニューが毎日続くので、雲水たちは修行中相当痩せると聞く。

大庫院の前の扉は大きく開かれたままで、ようやく白み始めた空と雪の庭、そして建物から漏れる灯りが幻想的な風景を作り出す。

外の冷気が容赦なく寺の中に入り込み、厚着をしている私たちは大丈夫だが裸足の雲水たちはさぞ寒かろうと同情した。

しかし、これこそが修行、心身を常に調えることが悟りへとつながるのだ。

ちょっとわかりにくいが、ここは「山門」の内部。

「山門」は永平寺に現存する最も古い建造物で、この門を通ることを許されるのは修行僧が初めて入門する時と修行を終えて出ていく時だけだという。

身分に関係なく本気で仏の道を求める者だけがこの門を通ることができるとされ、「この先は厳しい修行道場である」と修行僧たちの覚悟を問う門でもある。

山門には扉はないが、4体の四天王が邪気が入り込むのを防いでいる。

京都や奈良のお寺と比べると、全てが質素で素朴な印象だが、これぞ永平寺、なぜか惹かれる不思議な魅力を感じた。

私たちを案内してくれた雲水さんはサラリーマンを辞めて永平寺に入り、修行後は再び社会人として働いていずれは実家の寺を継ぐつもりだと話してくれた。

雲水としてこの寺に来る修行僧は彼のようにお寺の跡取りが多いようだが、今時僧侶になろうと言う若者は多くないらしい。

時代を超えて受け継がれてきた道元の教えもいつまで続けていけるのか、ちょっと心配になった。

朝のおつとめに参加して宿に戻ると、もう7時。

ひと休みしてから朝ごはんを食べに行った。

永平寺にならって朝粥だが、雲水たちと違って豪華な副菜がついている。

胡麻豆腐、麩の辛子和え、法蓮草胡麻和え、鹿尾菜と肉大豆の旨煮。

切干大根煮、肉大豆甘辛煮、大根卸し、昆布炒め煮。

さらには、厚揚げ、大根、人参などが入った紙鍋味噌仕立て。

おかゆにはごま塩のほか、味付けのための鼈甲餡がついている。

そして、香の物に梅干し。

デザートとしてグレープフルーツの寒天までついている。

まさに雲水さんには申し訳ないぐらいの豪華な朝食だ。

朝ごはんの後は再びお風呂に入り、チェックアウトの10時まで部屋でくつろぐ。

外は雨が激しくなってきた。

永平寺の背後の山々に霧が立ち込める様子はこれまた神秘的である。

私にとって永平寺の旅は得るものが多く、宿に「柏樹關」を選んだのは大正解だったが、基本別行動となった妻には少々退屈だったみたいだ。

夫婦2人で旅行するなら、やはり妻が希望する場所を選んだ方がいい。

そう思いながら、永平寺への1泊2日の旅を終えた。

<きちたび>永平寺の旅2024🇯🇵 京都・福井経由で永平寺へ!門前でいただく「おろしそば」「ごまどうふ」「そばだんご」

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