🇧🇳 ブルネイ/バンダル・スリ・ブガワン 2025年2月16日
当初旅行の計画を立て始めた時には、ブルネイに来るつもりはなかった。
ただ、ボルネオ島の北部、マレーシアに囲まれるようにポツンと存在する謎の王国はかつて「世界一豊かな国」とも呼ばれ、バンコク特派員だった40年前からずっと気になる存在ではあった。
太平洋戦争におけるマレー作戦の舞台マレーシアとシンガポールへの旅行を決め、航空券の予約を始めた時、クアラルンプールからブルネイの首都バンダル・スリ・ブガワン行きのフライトが異様に安いことを発見し、今回急遽行ってみることにしたというのがその経緯である。
兎にも角にも、ひょんなことから行くことを決めたブルネイは、私にとって世界で107番目の訪問国となった。

私が搭乗したクアラルンプール発バンダル・スリ・ブガワン行きの格安フライトは、なんと往復で1万336円。
運航しているのは、マレーシアの大手LCC格安航空会社「エア・アジア」である。
クアラルンプール国際空港を定刻の午前6時30分に離陸した飛行機は、前夜から降り続いた雨の影響でまだ厚い雲が残るマレー半島の上空を飛んだ。

ようやく雲が切れたと思ったら、飛行機はすでにマレー半島を抜けて南シナ海に出ていた。
太平洋戦争の開戦時、日本軍が電撃的な侵攻を成功させたマレー半島の東海岸を上空から見ることは叶わなかった。

その後はずっと海の上で、窓際の席に座った私は延々と続く南国の青い海と積乱雲をただぼんやり眺めていた。
ただ、おそらく高い湿度のせいで、遠くはモヤがかかったようでスッキリはしない。
すると、突然海上に油田のようなものが見えた。
ブルネイは小さな国土ながら、豊富な石油と天然ガスを産出する東南アジアの資源国であり、その収入により国民の所得税や住民税はなし、医療費や教育費も無料という夢のような社会システムを構築している。
そして、産出される石油、天然ガスの主な輸出相手国は日本。
日本ではあまり馴染みのない国ではあるが、実は浅からぬ縁がある友好国のだ。

クアラルンプールを飛び立ってほぼ2時間、突然雲に覆われた陸地がうっすら見えてきた。
世界で3番目に大きな島、ボルネオ島である。
ボルネオ島は戦後、イギリスが支配していた北部がマレーシア領、オランダの植民地だった南部がインドネシア領に分かれているが、ブルネイはマレーシアのサバ州とサラワク州に挟まれる不思議な形で独立した。
まさに、アジアに残る数少ない謎の王国なのである。

飛行機は着陸態勢に入り、島を覆った雲を抜けると、突然見渡す限りの密林とその中をうねるように流れる濁った河川が目に飛び込んできた。
去年訪れた南米のガイアナに似た光景だ。
ブルネイの面積は三重県と同じくらいだそうだが、その国土の大半はこうした熱帯雨林に覆われている。

エアアジア機は、定刻より早い午前8時40分にブルネイ国際空港に到着した。
しかし、到着が早すぎてしばらくボーディングブリッジが空くのを待たなければならなかった。
止まっていたのはほとんどが尾翼が黄色い「ロイヤルブルネイ航空」の旅客機。。
いずれにせよ、とても国の規模にふさわしい小規模な空港である。

初めて訪れる国にワクワクしながら降り立った私に思わぬ試練が。
図書館で借りた「地球の歩き方」に紙の入国申請書の書き方が載っていたため、空港の職員に聞くと、「あちらのパソコンで」とデジタル化されたことを聞かされる。
どうやらシンガポールやマレーシアと同じく、事前の電子申告に変わったらしい。
しかしいざパソコンで作業を始めてみると、質問項目がやたらに多く、とても短時間では終わらない。
しかもシステム的な問題なのか、うまく入力できない項目もあって結局30分ほどパソコンの前で格闘することとなった。

うまく入力できない項目は無視して提出ボタンを押して申告を終えると、今度は従来通りの入国審査の列に並ぶ。
シンガポールやマレーシアでは事前の電子申告さえしておけば、機械でパスポートを読み込み、カメラと指紋で本人確認ができれば無人で入国できるのだが、ブルネイの場合はこうした人間に代わる機械は設置されていないため、手書きだった申請書類をデジタル化してより手間がかかるようにしたに過ぎない。
結果的にスムーズに入国はできたけれど、これならパソコンで悪戦苦闘しながら入力しなくても通過できたのではと少し恨めしく思った。

到着ロビーに出ると、大勢の人が出迎えに来ていた。
小さな空港ではあるが、ロビーはとてもきれいだ。

どうせ1泊しかしないので、最小限10ユーロ札1枚だけ空港で両替しておく。
シンガポールやマレーシアではほとんどクレジットカードで支払いができ、ほぼ現金は必要なかったからだ。
10ユーロ=13.60ブルネイドル。
肖像はもちろん現在の王様であり首相でもあるハサナル・ボルキア国王である。
面白いのは、ブルネイドルはシンガポールドルと等価に設定されていて、ブルネイ国内でもシンガポールドルが普通に使えることだ。
だからシンガポールで両替して余っている現金をブルネイでそのまま使えるというのである。
しかし残念ながら、ブルネイではお店もタクシーも支払いは現金のみというところが多く、この後何度も両替する羽目になる。

ブルネイでの滞在はわずか2日だが、特別いろいろ予定があるわけでもないので、タクシーを使わず、路線バスでホテルに向かおうと考え空港ターミナルの外に出た。
あまり人間がいない。
とてもアジアの空港とは思えない雰囲気である。

バスの案内板が立っていた。
路線バスの運行ルートは書かれているが、肝心の時刻表がない。
とりあえず誰もいないけど、ここで待っていればバスが来るだろうと鷹揚に構えていると、空港スタッフらしき男性から声をかけられ、バスは2階だと告げられる。
礼を言ってエスカレーターで2階の出発ロビーに上がってみるが、どこにもバスのことは書かれていないのだ。
あの人、本当に空港の人なのか?
不安になって出発ロビーのインフォメーションで聞くと、デスクに座っていた男性は、「バスは本数が少ないからいつ来るかわからないよ」などと言う。
ただ、来るとしたら確かに2階だとも。
これはタクシーで行くしかないかと諦めかけたところで、インフォメーションのお兄ちゃんが突然「バスが来た!」と叫んだ。

慌てて荷物を抱えて外に飛び出すと、確かにターミナルビルの端っこに派手なバスが止まっている。
赤と緑で塗り分けられたお世辞にも新しいとは言い難いオンボロバスである。
ブルネイは豊富な資源のおかげでよく「世界で最も豊かな国」などと言われるが、どうも想像していたほど金ピカの国ではないようだ。

「ダウンタウンには行く?」と聞くと行くというので乗り込むと、程なくしておんぼろバスは苦しそうなエンジン音を響かせながら出発した。
料金は一律で1ブルネイドル(約113円)と決められているらしい。
タクシーだと市内までその25倍かかるというから、運良くバスを捕まえられたのはラッキーである。

沿道にはヤシの木が植えられ、遠くにブルネイの国旗とモスクのドームが見える。
まあ、イメージ通りと言えばイメージ通りなのだが、やはり想像していたより金持ち感がない。

しかし、Googleマップで現在位置を確認すると、バスはダウンタウンとは反対側、北の方向に進んでいることがわかった。
つまり市街地からどんどん遠ざかって海の方に進んでいるということで、沿道も普通の住宅地に変わっていく。
発展途上国としてはスラムのような建物は目につかないものの、特に豪邸と言えるほどの家も多くはない。
バスは海岸近くまで行って方向転換し、今度は南に向かい始めたのだが、ここで突然雨が降り始めた。

すごく遠回りにはなったが、首都バンダル・スリ・ブガワンの中心部だけでなく、郊外の住宅街の様子も見ることができたのはある意味ラッキーだった。
どうせ何か予定があるわけでもなく、しかも路線バスはいくら長時間乗っても1ブルネイドルの固定料金なのだ。

運賃の支払いは現金のみ。
降りる際に運転手に直接紙幣を渡し、切符を受け取るというシンプルなスタイルだ。
空港でやはり両替しておいてよかった。
この後も各所で痛感することになるが、ブルネイは今も完全な現金社会である。

こうして予期せずブルネイ空港の周辺をぐるりと巡回して、ホテルにたどり着いたのは午前10時50分すぎだった。
ほぼ1時間、バスに乗っていたことになる。
私はホテル名を運転手に告げ、そこに着いたら教えて伝えていたので、運転手はわざわざ停留所でもないホテルの目の前で私を降ろしてくれた。
無口だが、親切な運転手さんは色が黒く、おそらくインド系かそれともマレー系なのだろうか?

観光地でもないブルネイにはホテルが少なく、私が予約した「ラディソン・ホテル ブルネイ・ダルサラーム」はダウンタウンの中では一番格式のある高級ホテルだ。
海岸沿いには7つ星の高級リゾートホテルがあるというが、市内観光がメインであれば、このホテルは便利で接客も良くプールもあって1泊1万5000円弱。
悪くないと思う。
ちなみにホテル名にある「ダルサラーム」というのはアラビア語で「平和な土地」を意味し、ブルネイの正式な国名は「Negara Brunei Darussalam ブルネイ・ダルサラーム国」、つまりこの国は平和を標榜している王国なのだ。

ところがここで思わぬトラブルが。
「少し到着が早すぎたかも」と言いながらフロントでパスポートを渡しチェックインをお願いしたところ、私の名前が見当たらないというのだ。
どうもブルネイとは相性が良くないようである。
ただぞんざいな態度ではなく、恐縮した様子で私に予約した時期やその際に受け取った予約番号などを確認する。
調べるのでくつろいで待っていてと言われ、ロビーにあった土産物店などを物色して時間を潰す。

結局、40分ほどしてからようやく確認が取れたということで、部屋の鍵をもらう。
それでも午前中に部屋に入れたのだから、チェックイン時間の午後3時まで待たされるのに比べらばずっとマシだ。
部屋はさすがこの国を代表するホテルだけあって広々していて、ベッドもキングサイズ。
落ち着いたインテリアで好感が持てる。

収納も充実していて、金庫もあり、プールに着ていけるバスローブまで備わっていた。

バスルームも広くて清潔。
バスタブはないものの、洗面所の流しが大きくて洗濯にはちょうどいい。
私は早速、Tシャツや下着の選択に取り掛かる。
翌日の正午までには乾くだろう。

部屋の窓からは、椰子の向こうに2つのドームが見えた。
1つは王室の宝物などを展示した「ロイヤル・レガリア」、そしてもう1つのドームはブルネイを象徴する「スルタン・オマール・アリ・サイフディン・モスク」、通称「オールドモスク」である。

このホテルで有難かったのは、廊下に設置されたウォーターサーバー。
冷たい水がいつでも給水でき、街歩きの際に重宝した。

私の部屋のすぐ目の前には無料のトレーニングルームが。
私は利用しなかったが、マシーンの状態は良さそうに見えた。

1階には複数のレストランがあり、美味しそうなケーキも並んでいた。
アジアの街としては飲食店の数が少ないブルネイでは、ホテルのレストランも旅行者にとっては重要な選択肢となる。

庭に出ると、立派なプールもあった。
初日はあいにくの雨で寂しい感じだったが、2日目は晴れてプールサイドで気持ちよく過ごさせてもらった。
観光地ではないせいか、晴れても終日日光浴する白人観光客などはおらず、プールが空いていて静かなのがいい。

ずっとホテルにいても仕方がないので、少し雨が小降りになった瞬間を見計らって街歩きに出かけた。
ホテルを出て、歩道橋を渡り・・・

窓からも見えた王室の宝物などを展示した「ロイヤル・レガリア」を見学。

向かいにあるこちらの建物は、国王の即位式が行われた「ロイヤルセレモニアルホール」。

さらに進むと、市内の中心に当たる交差点に立つ時計塔。
この交差点を右に曲がると・・・

様々なイベントが開かれる「タマン・ハジ・サー・ミューダ・オマー・アリ・サイファディアン」。
この翌日には軍隊が何やら行進をしているのが見えた。

そして、その奥にあるのがオールドモスクとも呼ばれる「スルタン・オマール・アリ・サイフディン・モスク」。
前国王・第28代スルタンの名前を冠したこのモスクは私が生まれた年、1958年に完成したブルネイを代表する壮麗なモスクである。
ホテルからこのモスクまで主要な各施設を歩いて回っても1キロほどの距離。
バンダル・スリ・ブガワンは小さな国にふさわしい小さな首都だ。

モスクはあいにく閉館時間で内部の見学はできないと言われ、おまけに激しいスコールが降ってきた。
こうなってはとても街歩きなどできない。

逃げるように駆け込んだのは、モスクの南にあるショッピングモール。
路上にいた市民たちも次々にこのモールに逃げ込んでくる。

ショッピングモールの内部は、中央に吹き抜けのドームがある3階建。
東南アジアの各地にある巨大ショッピングモールに比べると小さなものだが、このダウンタウンでは一番の商業施設である。

特別買い物する気もないけれど、雨が止むまで外にも出られず、ショッピングモールの中をぶらぶらしていると、予想外の人たちに出会った。
アニメの登場人物に扮したコスプレイヤーたちが、モールの中を闊歩していたのだ。
こんなのどかなイスラム教国にこんな多くのコスプレをした若者たちがいるとは正直驚いた。

その日はちょうど2階の1室でアニメイベントが開催されていたらしく、ブルネイ中のコスプレイヤーが集結していたようだ。
国境を越えたアニメの影響力、改めて痛感させられる。

この小さなショッピングモールの中にも、アニメキャラクターのフィギュアを扱う専門店があり・・・

ガチャの専門店もあり・・・

Tシャツショップにも、日本のアニメキャラクターをデカデカとプリントしたシャツが並ぶ。
かつて金持ち国と言われたブルネイでも、高級ブランドショップではなく、アニメ文化が席巻していた。

少しお腹が空いてきた。
2階の奥にフードコートを見つけ、ここでランチ兼ディナーを食べることにする。

マレーシアのローカルフード、インド料理、中華料理、フィリピン料理、バーベキューなど様々なショップが並ぶ。
連日未知のアジア料理に挑戦し、若干胃が疲れてきていたので、この日は食べ慣れたものをという基準で選んでみた。

インド料理の「子羊のビリヤニ」と「ラッシー」、合わせて12ブルネイドル(約1340円)。
カレーみたいなのとヨーグルトみたいなのをビリヤニにかけて食べると、これがなかなか美味しくて、あまりフードコートが好きではない私も満足する味だった。

窓の外を見ると、ますます雨は激しさを増している。
南国のスコールは一時的にザッと降って上がることが多いので、もう少しモール内をぶらぶらして雨が止むのを待つ。

1階にあるこちらの施設は子どもたちを遊ばせるところのようだ。
熱帯の東南アジアでは外が暑いため子供の外遊びが危険なため、最近ではショッピングモール内にこうした遊び場が作られている。
この日も1組のカップルが子供たちをこの施設で遊ばせていた。

2階には、ブルネイのお土産を扱う専門ショップがあった。
この「YOUR BRUNEI MEMORIES」というこのショップ、空港にも私が宿泊したホテルにもあって、ブルネイのお土産を一手に担っているブランドのようだ。

カラフルなTシャツや小物が並ぶ中で、私の目に止まったのがこちらの猿のぬいぐるみ。
長い鼻が特徴のボルネオ島だけに住む絶滅危惧種「テングザル」がモチーフだ。
孫に買って帰りたいと思ったが、いかんせん6人も孫がいるため嵩張るため断念、翌日もう少し小さい奴をホテルのショップで購入した。

しばらく様子を見ていたけれど、一向に雨が止む気配はなく、もういいやと思って少し雨が小降りになったタイミングで傘をさしてショッピングモールを出た。
この雨ではモールの外に店を出している露店は商売上がったりである。

河岸に行こうと地下道に入ると、エレベーターが壊れていて、薄気味の悪い廃墟のようだった。
「豊かな王国」という私のイメージがどんどん崩れていく。
調べてみると、1985年にはブルネイの1人あたりGDPは2万1770ドルで2位の日本に大きな差をつけてアジアで一番の豊かな国だった。
しかし、アジアの各国が目覚ましい経済発展を遂げる中、資源に頼るブルネイ経済は伸びを欠き、最新の2023年で比較すると、ブルネイは3万3576ドルでアジア6位となっている。
貧しくなったわけではないが、国民から税金を取らず医療費や教育費を無料にする代わりに、過剰なインフラ投資にお金を使わない見栄を張らないお国柄に感じた。

河岸に出ると、広いブルネイ川の向こうに有名な水上集落「カンポン・アイール」が見えた。
向こう岸に渡る唯一の手段である水上タクシーの運転手が手招きをする。
しかし、その時にはまた雨が激しくなり、とてもボートに乗る気分ではない。
とりあえず船着場の位置を確認しただけで、ホテルに引き上げることにした。

ホテルへの帰り道、バスが何台か止まっている場所を通った。
どうやらここがダウンタウンのバスターミナルと呼ばれているところらしい。
普通のバス停にしか見えないけれど、ここからブルネイ各地への巡回バスが出ているのだろう。

夜、ホテルの目の前にある広場に煌々と電気が灯った。
週末恒例の「ナイトマーケット」が開かれているみたいだ。
しかし、激しい雨は夜になっても降り止まず、お客さんの姿は見えない。
ちょっと覗いてみようかとも思ったけれど、面倒になってやめた。
「今日はどうもついていなくてトラブルや雨に祟られたが、明日には雨が上がるだろうか」
そんなことを思いながら、眠りに落ちた。