左官工事に合わせて岡山の近隣を回る旅。
2日目の宿泊先に選んだのは鳥取市である。
もう少し個性的な宿もいくつか検討したが、土曜日ということで満室だったり、値段が高かったりして、鳥取のビジネスホテルの方がリーズナブルに泊まれるということで鳥取駅周辺で探すことになった。
鳥取は岡山のお隣の県なのにほとんど行ったことがなく、特に県庁所在地の鳥取市には中学の旅行で砂丘に行って以来だと思う。

予約したホテルは鳥取駅近くの「グリーンリッチホテル 鳥取駅前」。
立地が良くて新しく、大浴場があることでこのホテルを選んだ。

ただ結果からいうと、窓の外は立体駐車場の壁だし、大浴場も閉鎖的で気持ちよくないし、わざわざこのホテルでなくてもという感じだった。
確かに部屋は比較的広くて朝食もビジネスホテルにしてはまずまずだったが、リピーターになるほどのことはない。

ただ立地の良さは申し分なく、ホテルの周辺にはたくさんの飲食店が集まっている。
鳥取の郷土料理を出す居酒屋もたくさん並んでいた。

そんな鳥取で、私が夕食に選んだのは、ホテルから徒歩3分、こちらの土蔵造りの渋い店だった。
「たくみ割烹店」
創業は1962年、私が生まれてすぐの頃に誕生した老舗である。

お店の外に、1枚のポスターが置かれていた。
『「しゃぶしゃぶ」の本家は鳥取「たくみ割烹店」』というタイトルで、しゃぶしゃぶ発祥の店をアピールする内容だ。
名物料理にはよく「元祖」とか「本家」などと称して争っている事が多いが、本当の事はなかなかわからないものである。「しゃぶしゃぶにも、本家・元祖あるいは発祥の地などと呼ばれる店がある。京都の「十二段家」大阪の「スエヒロ」鳥取の「たくみ割烹店」の三つの店である。いずれも元祖などと称するが、実はそこにはそれなりの理由があるのである。
なるほど。
京都の「十二段家」や大阪の「スエヒロ」は全国でも名を知られた有名店だが、鳥取にもしゃぶしゃぶの元祖を名乗る店があるとは知らなかった。
「しゃぶしゃぶ」のルーツは中国北西にあり、北京の名物料理「刷羊肉(シャワヤンロウ)」が原型である。火焙子(ホウコウズ)という独特の南部に湯をたぎらせ、香菜などの野菜に薄く切った羊肉をさっととおして、タレで食べる料理だ。鳥取出身で民藝運動の実践的指導者のひとり吉田璋也(医師・1898~1972)は、第二次世界大戦で軍医として中国に渡り、除隊後も北京に残って民藝運動を続けた。敗戦後京都に引揚げ昭和22年まで住んでいたが、その吉田が火焙子を「十二段家」の玄関で見つけ、夫人と共に「刷羊肉」を再現したことから全てが始まるのである。当時の日本では羊肉を入手するのが困難だったため、牛肉に替えてこの料理を完成させた。タレは胡麻ダレである。その頃、京都には民藝運動の指導者柳宗悦や河井寛次郎がいて、味作りの面から助言を与えたという。十二段家主人西垣光温はこの料理を「牛肉の水炊き」と名付け昭和22年に売り出す。当時の広告に「吉田璋也先生御指導」と明記してその事実を明らかにしている。この料理は大いに人気を博し、西垣はこれを独占すべきではないとして、友人の東京「ざくろ」浜松「聴涛館」銀座「八芳園」にその製法を伝えた。そのうち大阪「スエヒロ」の三宅忠一にも伝えられ、昭和29年三宅はその料理に洗濯物を濯ぐ音から「しゃぶしゃぶ」の名を考案し後に登録商標としたのである。以来その名が調理法とともに全国に広まっていったのだった。昭和37年吉田璋也は料理も民藝運動の一環だとして、鳥取で郷土料理の店「たくみ割烹店」を開くことになる。西垣は吉田の大恩に報いるべく、開店に際しタレなど全ての製法を伝えたという。「たくみ割烹店」の調理の指導者は吉田璋也の夫人左知代で、「たくみ割烹店」のタレがこのとき完成したと言ってよかろう。吉田は「しゃぶしゃぶ」の名を用いず、もとの料理の名前をそのまま翻訳して「牛肉のすすぎ鍋」とした。後に西垣は「たくみ割烹店」が「しゃぶしゃぶの本家」だと記した文章を残している。つまり、「しゃぶしゃぶ」は、生みの親が吉田璋也「たくみ割烹店」、育ての親が西垣光温「十二段家」、名付けの親が三宅忠一「スエヒロ」というのが正しいようだ。「しゃぶしゃぶ」は民藝運動の中から生まれ育った料理だったのである。
この説がどの程度正しいのか私には判断できないが、まあ「しゃぶしゃぶ発祥の店」というのもまんざら嘘ではないらしい。

店内に入ると、さすが民藝運動に携わっていた人が作ったお店だけあって、民芸調の落ち着いた雰囲気である。
席数もそれなりにあるようで、土曜の夜でも予約なしでもすぐに席につくことができた。
こういうところは、地方都市の利点だろう。
気がつけば、静かにジャズが流れている。

さて、メニューを開く。
真っ先に書かれていたのは、やはりあの「牛肉のすすぎ鍋」。
地元の鳥取牛を使い、肉の種類によって4500円から8000円とそれなりにいい値段である。
そのほか、日本海の魚介を使った郷土料理やハヤシライスも人気らしい。

私はといえば、まずは生ビール。
車での旅行だと昼からお酒というわけにはいかないため、ホテル近くのお店で夕飯をいただく時には迷わず「とりあえず生ビール」ということになる。
肴は、鳥取の名物「とうふちくわ」(500円)だ。

「とうふちくわ」とは、鳥取県中東部に見られる独特の加工食品だそうで、木綿豆腐と白身魚のすり身をほぼ7対3の割合で混ぜて蒸し上げる。
生姜醤油でいただくと食感はちくわだが、さらに上品な気がする。
そもそも「とうふちくわ」は江戸時代、財政難だった鳥取藩の殿様が城下の庶民に対し「魚の代わりに豆腐を食べるように」と質素な食生活を推奨したことが始まりだとか。
日本海に面する鳥取でどうして魚が贅沢品になったかというと、荒波の日本海で漁港の整備が立ち遅れたせいだという。

鳥取というと、羽柴秀吉による鳥取城の厳しい兵糧攻めが有名だが、そんな歴史を知るとますます白いちくわがしみじみとした味わいに感じられる。
今回鳥取に来るまで「とうふちくわ」の存在を知らなかったが、こうした未知の味とそれにまつわる土地の歴史を知ることで旅も一層味わい深いものとなる。

「とうふちくわ」と一緒に注文したのが「刺身盛り合わせ 小」(1300円)。
鳥取らしさを感じる盛り合わせで、エビもカニも入ってこの値段は安いと感じる。

まずこのエビのお刺身は、鳥取名産の「モサエビ」。
正式名称はクロザコエビといい、北陸では「ガスエビ」「ドロエビ」などと呼ばれるそうだ。
甘エビを上回る甘味があるが、鮮度の劣化が激しいため地元でしか味わえない幻のエビである。
お隣も鳥取名産の「シロイカ」。
鳥取沖で一本釣りしたケンサキイカのことを鳥取では「シロイカ」と呼ぶそうだ。

そのほか、マグロの幼魚である「ヨコワ」、境港で養殖されたサーモン、鯛とカンパチが並ぶ。
そして、手前に無造作に積み上げられているのはベニズワイガニだ。
鳥取の境港港がベニズワイガニの水揚げ日本一ということで、なんとも贅沢な刺身の盛り合わせである。

〆に注文したのは、すすぎ鍋と並ぶもう一つの人気メニュー「鳥取和牛ハヤシライス」(1200円)を選んだ。
ランチタイムには、この店オリジナルの味噌煮込みカレーとハヤシの「ハーフアンドハーフ」という人気メニューがあるそうで、私もそれを食べたかったのだが、夜はカレーを用意していないということで残念ながらハヤシライスだけになった。

ハヤシライスというと明治時代に日本で生まれた洋食。
大正時代に産声を上げた民藝運動とどこか通じるメニューでもある。
鳥取和牛をはじめとした具材はしっかり煮込まれて姿も形もない。
歴史を感じさせる濃厚な旨味が口の中に広がった。

期待以上に趣のあるいいお店だった。
「しゃぶしゃぶ」の歴史も学べたことで、今度来る時にはぜひ「鳥取和牛すすぎ鍋」を味わってみたいものである。
食べログ評価3.59、私の評価は3.60。
「たくみ割烹店」
電話:0857-26-6355
営業時間:11:30 - 14:30/17:00 - 22:00
定休日:第3月曜