🇯🇵 広島県/尾道市 2024年5月24日
今週は連日暑い日が続いている。
午前中にブドウの世話をして、昼間はドジャーズの試合を見ながらひと休み、そんな日常だ。
日中に畑に出ようものなら、確実に熱中症でぶっ倒れてしまう。
そんな昼下がり、ブログを書きながら、縁側にぶら下げた風鈴がチリンチリンという涼やかな音を聞いている。
あれは尾道の商店街で偶然買い求めたものだ。
あれからもう20日ほどが過ぎてしまったが、どうも暑さのせいか、このところブログを書こうという気力が湧いてこない。
でも、そろそろ書いておかないと日一日と記憶が遠のいてしまうので、今日は頑張って旅の記録をまとめることにした。
あれは先月、5月24日のことだ。
古民家の左官工事もいよいよこの日から本塗りが始まり、私と妻は工事が終わるまでの一時避難を目的に四国をドライブする計画を立てた。
3泊4日の行き当たりばったりの旅。
泊まる場所は前日か当日の朝に予約することにして、とりあえず一度行ってみたかった愛媛の道後温泉を目指すことになった。
岡山から松山へはいくつかのルートがあるが、妻の希望もあり、尾道経由で「しまなみ海道」を通って四国に渡るコースを選んだ。
午前中、職人さんが工事を始めるのを確認してから家を出て、山陽自動車道を使って尾道まで行った。
およそ1時間半のドライブである。
尾道には昔一度行ったことはあるが、全く土地勘はないので、とりあえずランチが食べられる景色のいいレストランをネットで調べてその店をカーナビで目的地に設定した。
店の名前は「プティアノン」。
尾道水道を見下ろす丘の上にある「千光寺公園」の駐車場に車を停めて、お店までは坂を歩いていくらしい。
店内に入ると、窓からの眺望は期待した以上だった。
尾道の街を見下ろすように大きく開けた窓いっぱいに、尾道水道とその向こうにある向島の絶景が広がっていた。
私たちが訪れたのはお昼前の11時半ごろだったが、平日ということもあり先客はいなかった。
「お好きな席をどうぞ」
私たちは迷うことなく一番眺めのいい窓際のテーブルを選んだ。
妻が選んだ「マンゴーとヤマモモのミックスジュース」(650円)が美味しそうだったので、私もそれを注文した。
見た目の通り、甘酸っぱい自家製ジュースが旅気分を盛り上げてくれる。
ランチメニューはカレーがメインのようで、私も妻も、お店の看板メニューらしき「エビカレー」を選択する。
妻が頼んだMサイズが1300円、私が注文したLサイズは1950円である。
エビの頭が4つも入っていて、すっかり広島のシンボルとなったレモンのスライスがあしらわれた贅沢なカレー。
これは絶対旨いに違いないと思って食べたせいか、味の方は期待したほどではなく、これならMサイズで十分だったと少し後悔する。
それでも、この絶景を愛でながらのランチは、尾道に来たというイメージにピッタリで、もうそれだけでこのレストランが気に入ってしまった。
また尾道に来ることがあれば、立ち寄りたいお店である。
尾道は、坂の街である。
そして私にとっては、昔大好きだった大林宣彦監督の尾道三部作の街といった方がいいかもしれない。
急な山肌に沿って伸びる細い坂道や石段。
私たちも店の前にある坂道を降りてみることにした。
少し下ったところに、街に向かって突き出した奇岩があった。
名勝「鼓岩」、別名「ポンポン岩」である。
この巨岩の上を小石で叩くと「ポンポン」とつづみのような音がするそうだ。
この一帯は「千光寺山」と呼ばれる。
正式には「大宝山」というらしいが、9世紀初めこの山の中腹に建てられた「千光寺」が広大なエリアを寺領としたため、一般的に「千光寺山」と呼ばれるようになった。
昔の人も、この壮大な景色に魅了されて、この地に寺を建てたのだろう。
標高140メートルにある千光寺からの眺望は尾道随一。
尾道のイメージ写真はたいていこの寺から撮られたものである。
千光寺は真言宗系の単立寺院だそうで、弘法大師空海によって806年に開かれたと伝わる。
しかし、お寺の公式サイトを覗いてみると、ちょっと興味深い昔話が紹介されていた。
それは、寺の中央に鎮座する巨岩「玉の岩」にまつわる伝説で、その内容は大いに私の好奇心を刺激した。
尾道の人たちの間で語り継がれる「玉の岩伝説」を引用させてもらおう。
これは古来尾道に伝わる伝説のおはなし。
それはそれは気の遠くなるほど昔のおはなし。
むかしむかしのそのむかしな、尾道の大宝山(千光寺山)に夜になるとピカーピカーと光り出す岩があった。
そりゃあのう、遠い海の向こうからでもよう見えた。
船頭たちは目じるしがあるんで安心して舟をこぐことができたんじゃ。
今でいう灯台の役目を果たしとったんじゃな。
ところがのう、この光る玉のことが遠い国まで聞こえての、皇帝がどうあってもその光る玉を持って帰れと命じたんじゃ。
遠い国から船で何人も乗ってきたんじゃが、何十年探しても見つからん。
仲間はみんな病気やけがで死んでしまい、とうとう二人だけになってしもうた。
さて、ここに登場する「遠い国の皇帝」とは誰のことか?
空海が活躍した平安時代初期だとすると、常識的には中国の皇帝を意味すると考えられるだろう。
それとも、空海が生まれるよりも前の時代に生まれた伝説なのだろうか?
弥生時代から瀬戸内海は多くの渡来人が行き交う国際的な交易路だったことを考えれば、天然の良港であった尾道にあるこの巨岩が船乗りたちの目印となり伝説の題材となったとしても不思議ではない。
おそらく千光寺にある巨岩たちは、古来から日本人だけでなく尾道を訪れる人々にとって自然崇拝の対象になっていたのだと私は想像したのだ。
さて、伝説の続きはこうである。
ある夜、最後に残った二人はついに光る玉を見つける。
「これでようやく国に帰れる」と岩に登り先っちょの光るところをのみでくり抜いて、大喜びで船に積み込もうとしたところ、船が急に傾いて光る玉は海に沈んでしまった。
光る玉は今でも海の底に沈んでいるとされ、この辺りの海は「玉の浦」と呼ばれるようになる。
光る玉がなくなって、困った土地の人は岩の上で毎晩かがり火を焚くようになったそうで、千光寺にある「玉の岩」の上には火を焚いた穴が残されているという。
私たちが想像する以上に国際交流が盛んだった古代史の一端が、「玉の岩伝説」から垣間見えるように私には思える。
千光寺から市街地までは急な石段で繋がれている。
まさに大林宣彦ワールドである。
左手には、「天寧寺」の三重塔。
いにしえより多くの旅人を魅了した素敵な坂道である。
「千光寺通り」と呼ばれる坂道沿いに小さな洋菓子店があった。
妻が入ってみたいというので、私は写真を撮りながら外で待っていると、踏切の前でカメラを構えている人たちがいた。
立派なカメラを抱えた外国人の男性も電車が通るのを辛抱強く待っている。
きっと、SNS上では有名な撮影スポットなのだろう。
私も釣られて電車が通過する写真を撮ってみたが、個人的には電車が写り込まない階段の写真の方が好きだ。
千光寺通りをそのまま進むと、古い商店街にぶつかった。
前回尾道に来た時に散策した「本通り商店街」だ。
時が止まったような昭和な街並み。
それが尾道の魅力でもある。
陶器を扱うレトロなお店の前で妻が立ち止まった。
店先に置かれたマグカップが気になったらしい。
岡山で使っていたマグカップを先日誤って割ったばかりなので、代わりのマグカップをこの店で買うという。
わざわざ尾道で買わなくても荷物になるだけじゃないかと文句を言っていたが、私は私で店頭で鳴り響く風鈴の音色に心を掴まれ、小さな風鈴を1個購入することになった。
尾道で買ったマグカップと風鈴。
名物でもなんでもないけれど、それがかえって自分たちだけの旅の思い出となる。
商店街をぶらぶらした後は、ロープーウェイに乗って千光寺公園の駐車場に戻る。
「坂の街」尾道ではロープーウェイで千光寺山に登り、石段を歩いて降りるのが定番の観光コースのようである。
15分間隔で運行され、料金は片道500円。
わずか3分の行程だけれども、樹齢900年とも言われる「艮神社」のクスノキの真上ギリギリを通過する瞬間は迫力満点だ。
こうして神社の境内の真上を通るロープーウェイというのは全国でもここ尾道だけだという。
ほんの数時間の立ち寄りだったけれど、尾道の魅力を堪能することができた。
今度はぜひ、鞆の浦などと合わせて尾道を主目的地として訪れたいものである。
