🇯🇵 愛媛県/松山市 2024年5月25日
左官工事に合わせて計画した四国への旅。
その唯一決まっていた目的地が松山の道後温泉だった。
有馬、白浜と並び万葉集にも登場する日本最古の温泉としてあまりにも有名だが、私も妻もまだ一度も訪れたことがなかった。
国の重要文化財にも指定されている本館は現在、5年がかりで行われている保存修理工事の最中で、少し待てば7月には全館営業再開となるのを承知しながら、「行ける時に行っておこう」ということで意見がまとまり、尾道、今治経由で道後温泉に向かったのだ。

山道を超えようやく辿り着いた道後温泉の本館は、ビルの間に取り残された木造の建物だった。
本館を見下ろす高台に駐車場が設けられ、歴史的なその建物がよく見える位置には足湯が設置されていた。
どうやら周囲に見えるビルもほとんどは温泉旅館のようで、ここは伝統と格式を体現する道後温泉本館を核とする一大温泉テーマパークなんだということを直感する。

この本館、現在工事の真っ最中ということで、もっと囲いに覆われた工事現場を想像していたが、もう屋根部分の補修など主要な工事は終了したらしく、重要文化財である建物全体が眺められたのは幸いであった。
屋根の中央に突き出した塔屋が「振鷺閣(しんろかく)」。
てっぺんに据えられた白鷺は道後温泉のシンボルである。

日本最古の温泉とも言われる道後温泉には、白鷺によって発見されたという「白鷺伝説」が伝わる。
公式ホームページには次のように書かれていた。
「伝云、古此湯少し湧出して洴澼たり、鷺の足かたはなるが、常々来りて足を浸す、幾程となく平癒したり、故に此所を鷺谷と云」
引用:道後温泉公式サイト
宝永7年(1710)に完成した郷土地誌『予陽郡郷俚諺集』には、昔脛に傷して苦しんでいた一羽の白鷺が岩間から噴出する温泉を見つけ、毎日飛んできてその中に脛を浸していたところ、傷は完全に癒えてしまい、白鷺は元気に勇ましく飛び去ったと書かれています。そして、これを見た人たちは大変不思議に思い、入浴してみると爽快で疲労を回復することもでき、また、病人も入浴しているといつの間にか全快したことから、盛んに利用されるようになりました。
道後温泉は白鷺により発見され、人々がその霊験を知って入浴するようになったと伝わります。後世の人たちがこの伝説を記念するために、鷺石と称する石を置き、現在は道後温泉駅前の放生園に移され、保存されています。

嘘か誠か、約3000年の歴史を持つとされる道後温泉だけに、訪れたとされる有名人も半端ない。
因幡の白兎を助けたかの大国主命から聖徳太子、さらに大化の改新の中大兄皇子まで。
瀬戸内海を通って九州方面に向かう際の潮待ちの合間に有名な道後温泉を訪ねた天皇も多かったらしい。
そんな日本最古の温泉を一躍庶民にまで有名にしたのは、江戸時代の松山藩主・松平定行だった。
彼は道後温泉の施設充実に着手し、浴槽を士族・僧侶用、婦人用、庶民男子用に分け、この他に十五銭湯、十銭湯、養生湯、その下流に馬湯を設けたという。
今で言うところの地方創生だが、温泉目当てにわざわざ松山までやってくる私のような人間が現代でも後を絶たないのだから松平定行の先見性は見事という他はない。

現在私たちが目にするこの建物は、日清戦争が起きた明治27年(1894年)に建設されたものだ。
仕掛け人は、初代道後湯之町町長に就任した伊佐庭如矢(いさにわゆきや)。
「100年の後までも、他所が真似できないようなものを作ってこそ、はじめてそれが物を言うことになる」と周囲の猛烈な反対を押し切って、老朽化していた建物を建て替えた。
どんな事業でも反対はつきもの、自分がいいと信じるものを妥協せずに貫き通す姿勢がなければ後世に評価される物は作れないのだが、ネット世論に振り回される今の時代、そうしたことが難しくなっているようにも思う。

温泉に入る前に、本館目の前に店を構えるお寿司屋さん「すし丸 道後店」で腹ごしらえ。
漱石も子規も愛したという「松山鮓」とやらを食べてみることにする。
別名は「もぶりずし」。
「もぶり」とは広島の方言で「混ぜ込む」というような意味らしい。
やはり瀬戸内海を挟んで向かい合う愛媛と広島は昔から関係が深いようだ。

こちらが、「松山鮓 吸物付き」(1320円)。
「松山鮓」とは、祝い事や訪問客をもてなす際にだされる松山の郷土料理で、瀬戸内海の地魚がちりばめられているばら寿司のことらしい。
見た目も味も、岡山のばら寿司にとてもよく似ている。
きっと、瀬戸内海沿岸でも広く同じようなばら寿司が食べられていて、地域ごとに呼び名が変わるだけなのかもしれない。

食後は道後温泉周辺の商店街を散策。
子供の頃の記憶に残る「一六タルト」の店に入り、懐かしの味を買い求める。
父が出張の際よくお土産に買ってきた松山銘菓で、その独特の風味が苦手だと思いながらも、貴重なお菓子なので我慢しながら食べたことを思い出す。

昔は箱に入った筒状のタルトしかなかったが、嬉しいことに今では一切れづつでも買うことができる。
早速買い求めて食べてみたが・・・あれ? こんな味だっけ????
子供心に覚えているあの独特の風味がなくなっている。
半世紀の間に私の味覚が変化してしまったからかもしれないが、よく言えば万人受けする、悪く言えばどこにでもある個性のない味になっていた。
これならコンビニのお菓子の方がずっと美味しいと妻に文句を言いながら、無性に昔食べた「一六タルト」が食べたくなった。

妻は「坊っちゃん団子」が食べてみたいというので、道後温泉の門前に店を構える老舗「つぼや」に入ってみる。
こちらの店は明治16年創業、夏目漱石の小説「坊っちゃん」に登場する団子屋のモデルとして名を馳せているという。

食べ歩きの客のために、2本の団子も販売していて、その隣に置かれた「湯晒団子」には『夏目漱石が食べたのは、こちら』と書かれたポップが貼ってあるものだから、結局両方買わされてしまった。
どうやら、夏目漱石が松山にいた頃に売られていたのは「湯晒団子」で、その後「坊っちゃん」が大ベストセラーになったもんでそれにあやかって作った「坊っちゃん団子」が松山を代表する名物となったということらしい。

ちなみに、こちらが「湯晒団子」。
あんこの中に上新粉で作った餅が入っている素朴なあんころ餅である。
浅草の言問団子に似た「坊っちゃん団子」よりも私は夏目漱石が食べた素朴な「湯晒団子」の方が口に合うように感じた。

商店街を抜けたところに、道後温泉の別館「飛鳥乃湯泉」と「椿の湯」がある。
「椿の湯」が昭和28年に建設された地元に密着した公衆浴場なのに対し、「飛鳥乃湯泉」は新しい道後温泉を目指して2017年に建設された新しい温泉施設だという。
温泉が苦手な妻は、この建物の外に設けられたベンチで待っているというので、私ひとり初めての道後温泉に入浴することにした。
妻をベンチに待たして3つのお風呂を巡るというわけにもいかないので、工事中とはいえまずは道後のシンボルである本館を経験する以外の選択肢はないだろう。

工事期間中は、建物東側にあるこちらの入り口から入る。
入浴料は460円。
歴史的な建造物である道後温泉本館も位置付けとしては公衆浴場扱いで、通常の銭湯とほぼ同じ料金に設定されているらしい。

内部は撮影禁止なので写真を拝借するが、こちらが私が入浴した「霊の湯(たまのゆ)」。
本館を代表する大浴場「神の湯」は閉鎖されていたため、普段は上階の個室などを利用する客用の「霊の湯」が開放されていた。
第一印象は、狭くて暗い。
「神の湯」に比べるとこじんまりしているけれど、使われている石は花崗岩の中でも最高級の庵治石(あじいし)だそうで、個室を利用するお金持ち用に高級感のある作りになっているという。
当然、一度に入浴できる人数も限られていて、私も入り口で少し待たされた。

お風呂から上がり外に出ると、こんな案内が目に止まった。
『又新殿観覧のご案内』
日本で唯一の皇室専用浴室「又新殿(ゆうしんでん)」の見学ができると書いてある。
これはぜひ見てみたいと思ったが、「事前予約」と書かれていた。
諦めて妻の元に戻ろうとすると係員の人が私を呼び止めて「ご覧になりますか?」と声をかけてきた。
事前予約がなくても見られるというのだ。
私は1時間後の予約を取って妻を迎えに行った。

こちらが明治32年に作られた「又新殿」の入り口。
皇室しか使うことのできない「御成門」である。
屋根が三層になっていて、龍や鳳凰があしらわれている。
予約の時間に訪れると係の人が丁寧に説明を加えながら「又新殿」の内部を案内してくれた。
観覧料は2人で540円だった。

まず最初に通されたのが「玉座の間」。
奥に置かれた椅子が玉座で、この部屋には天皇しか入ることが許されない。
手前がお付きの人も入れる「御居間」だが、繧繝縁(うんげんべり)ある厚畳は天皇専用、他の皇族といえどもこの畳に上がることはできないのだそうだ。

金箔地の壁に銀の雲が描かれ、贅を尽くした調度品が揃えられている。
天皇以外の皇室が「又新殿」を利用する際には、厚畳は取り外されてこの部屋で休むことになるが、その場合でも「玉座の間」には入ることができない。

こちらは、部屋の入り口の襖絵。
道後温泉のシンボルである白鷺のつがいが描かれていた。

そして、皇室専用に設られた浴室がこちら。
「御湯殿(おゆどの)」と呼ばれ、浴槽は全て最高級の庵治石で作られている。
案外小さいものだというのが正直な感想で、実際、歴代天皇でこの湯船に浸かった例はないとのことだった。
どうせ入るなら、大浴場を貸切でと思うのは下々の考えなのだろうか?

ちなみに、皇室専用のトイレ「御厠」は畳敷きだった。
便所のふたも漆塗り。
これが当時の最高級トイレかと妙に感心した。
道後温泉に行ったら、「又新殿」は必見だと私は思う。

こうして平成の末に始まった修繕工事もいよいよ終わる。
7月11日にはおよそ5年半ぶりとなる全館営業再開が予定されており、また機会があればぜひ、今回入浴できなかった「神の湯」や2階の大広間にも行ってみたいと思う。
その際は道後に宿泊して、夜に塔屋に灯る赤いギヤマンの明かりや「刻太鼓」の音も聞いてみたいものだ。
「道後温泉本館」
住所:愛媛県松山市道後湯之町5番6号
電話:089-921-5141
https://dogo.jp/