三連休の初日、妻の誘いを受けて埼玉県への日帰り旅行に出かけた。
目的地は「小江戸」と呼ばれ、外国人観光客にも人気の川越である。
どういうわけか、妻は去年から「川越に行ってみたい」と口にした。
決して旅行好きというわけではない妻にしては珍しいことだ。
私はずいぶん昔に一度行ったことがあったけれど、「いいよ」と答えてすぐに出かける準備を始めた。

中央線で国分寺駅まで行き、そこで西武国分寺線に乗り換える。
国分寺駅は私と妻が学生時代よく利用した駅でもある。
あれからもう50年になる。
沿線には住宅がびっしりと建ち並び、のどかな田園風景はすっかり影をひそめていた。

東村山で西武新宿線に乗り換えて、終点の本川越駅に到着したのは午前11時を少し回った頃だった。
吉祥寺駅を出発して1時間あまり、ちょっとした小旅行である。
駅を出ると、『ようこそ小江戸川越へ』の文字。
古い街並みが人気の川越だが、「小江戸」と呼ばれ人気観光地となったのは1990年代以降というから、ネーミングによる地域振興の成功例と言ってもいいだろう。

本川越の駅前は、ショッピングビルや真新しいマンションが建ち並ぶ今風の地方都市。
でも、駅前の通りを北にぶらぶら歩いていると、すぐに街並みが変化していき、明治、大正、昭和、平成に建てられた建物が混在する独特の風情が楽しめる。

まず最初に向かったのは、こちらの木造3階建ての建物だ。
川越を代表する鰻の名店「小川菊」である。
そもそも妻が川越に来たかった理由は、「川越でうなぎが食べたい」ということだった。
テレビか何かで見たらしい。

本川越駅から予約の電話を入れると、予約は受けていないのでまずお店に立ち寄って番号を取ってから観光するのがいいと教えられる。
言われるままにお店を訪れると、入り口の前に予約の機械が置かれていて、そこで予約番号を取る仕組みだった。
私たちが到着したのは11時20分ごろだったが、すでに1時間半待ち。
これは予想以上の人気店らしい。

とりあえず妻のリクエスト通り、鰻屋の予約は取れたので、順番待ちの1時間半を使って川越の街を散策することに。
「小川菊」の周辺は古い街並みが残る川越観光の中心ということで、小江戸と呼ばれる独特の風情が溢れていた。
40年前に取材で訪れた頃に比べて、古い建物が増えた気がするのは私の錯覚だろうか?

こちらが川越のシンボルである「時の鐘」。
およそ400年前、藩主の酒井忠勝によって創建されたと伝えられる鐘つき堂だが、現存するこの「時の鐘」は4代目で明治26年に再建されたものだという。
「小江戸」と称してはいるが、この塔を含め中心街はほとんどの建物は明治時代に起きた「川越大火」により消失しており、我々が眺めている風情ある街並みは明治から大正、さらに昭和、平成期に整備されたものらしい。
とはいえ、昭和的な無機的なビルを安易に建てるのではなく、江戸時代の風情を残して街の魅力を維持した先人たちの見識が今日の活気をもたらしているのだ。

川越の街を歩いていて、とにかく目につくのは「芋」である。
江戸時代から川越はサツマイモの産地として知られ、甘いものが貴重だった時代、川を下って運ばれた川越のサツマイモは江戸っ子にも大人気だったという。
今でも、サツマイモの品種である「紅赤」を使った芋スイーツは、川越の街歩きには欠かせない魅力となっている。

市内に数ある菓子店の中でも、とびきり立派な店構えの一軒に入ってみる。
1783年創業、240年の歴史を誇る老舗「龜屋」。
民芸調の店内には、最中や生菓子などたくさんの商品が並ぶが、私たちが買い求めたのは「干し芋」と「芋けんぴ」、妻も私も手の込んだ和菓子よりもこうした素朴な芋菓子が好みである。

12時半を回ったので、順番待ちをしている鰻屋を覗きにいく。
店の前には相変わらず人だかりができていて、待ち時間もさらに伸びて2時間待ちになっていた。
私たちの順番が来るまでにはもう少し時間がかかりそうなので、近くの店に入り、時間を潰すことにした。

選んだのは、「1901 TEA SALON」という日本茶と和紅茶のお店。
明治時代に建てられた伝統的な土蔵造りの建物を改修し、2022年にオープンしたお店らしい。
川越はかつて茶どころとして知られ、狭山茶のルーツも実はここ川越で中世から栽培されていた「河越茶」なんだとか。

店内に入ると、高い天井には扇風機が回り、蔵の雰囲気を残しつつモダンにリフォームされていた。
岡山の古民家もこういう風に手直しできれば、居心地が格段にアップするに違いない。

店の片隅には、美しく磨き上げられた見事な箱階段も。
2階は和室になっており、箏の教室やワークショップの場として活用されているという。
「いい店に入ったね」と妻とキョロキョロしながら語り合った。

私たちが注文したのは、日本茶に和三盆が添えられた「選べるお茶」(600円)。
3種類の「本日のお茶」の中から好きなものを選んでいいということだったので、私は埼玉県の推奨品種だという「煎茶 ふくみどり」を、妻は同じく県の推奨品種「さやまみどり」を使用した和紅茶をチョイスする。
鰻の順番を待つ間にひと休みするには、うってつけのお店とお茶である。

私たちのテーブルの横には、ご主人の趣味だろうか、少しレトロなオートバイが置かれていた。
その後ろの壁には、幾つものポスターが貼ってあったが、よく見るとどれも「JAPAN TEA」と書かれており、日本茶を海外に売り込むための広告のようだった。
近頃では抹茶が世界的なブームだそうで、日本茶の値段も急騰している。
おかげで抹茶が手に入りにくくなったと妻の愚痴を聞く機会も確実に増えたと思う。

トイレを借りようと店の奥に入ると、そこはお店とはまた雰囲気の異なる吹き抜けの空間になっていた。
ここは大正期に建てられた母屋だそうで、大正ロマンのイメージでリフォームをされたらしい。
大満足でティーサロンを出る。
食べログ評価3.16、私の評価は3.50。

店の前を通る石畳の道はかつての川越街道で、まっすぐ江戸まで繋がっていたんだと教えてくれた。
この先の突き当たりでクランク状に曲がってさらに北に伸びていたらしい。
そろそろ午後1時。
1時間半の待ち時間が終わり番号を呼ばれる頃だ。

午後1時を過ぎた頃、やっと私たちの番号が呼ばれ、2階に案内される。
古い階段は結構急で、去年足を怪我をした妻には少々厄介そうだ。
ちなみに店名の「小川菊」は、「おがわきく」ではなく「おがきく」と読むらしい。

2階は二間続きのお座敷にテーブルが並べられていた。
『敬神崇祖』と書かれた額は、明治維新の立役者・岩倉具視によるものだった。
人の出入りが気になる1階よりも2階の座敷の方が落ち着いて鰻を食べられそうな雰囲気である。

席について20分あまり、ようやく念願の「うな重」が運ばれてきた。
私が注文したのは「上重」(4900円)。
下には「うな重」(3950円)、上には「特重」(6500円)があり、いずれもきも吸いと香の物が付いてくる。

こちらが妻が注文した「うな重」で・・・

こちらが私が注文した「上重」である。
その差はわずかにも感じるが、いずれにせよふっくら美味しい鰻であった。
食べログ評価3.68、私の評価は3.60。

江戸後期の文化4年(1807年)に創業以来、200年以上にわたり暖簾を守ってきた「小川菊」。
わざわざ川越まで鰻を食べに来た妻もとても満足そうだ。
シニアには時間だけはたっぷりある。
わざわざ遠くに行かずとも、電車に乗って普段より少し遠出をするだけで新鮮な何かに出会えるのである。
こんな小旅行ならば、ときどき妻を誘って気楽に出かけられるだろう。

帰路は西武新宿線に乗って、春に引っ越すマンションから近い武蔵関の駅まで行ってみた。
二人とも生まれて初めて降りる駅。
近くを散策していると、最近テレビニュースに頻繁に登場する「スーパーアキダイ」があった。
このすっかり有名になったスーパーが、こんな身近なところにあるとは全く知らなかった。
せっかくなので、夕飯の食材などを少し購入してからバスに乗って吉祥寺に戻る。
一日天気にも恵まれて、なかなか面白い小旅行だった。
「1901 TEA SALON 」
電話:049-236-3883
営業時間:11:00 - 18:00
定休日:火曜〜金曜
https://www.instagram.com/1901kawagoe/
「うなぎ 小川菊」
電話:049-222-0034
営業時間:11:00 - 14:00/16:30 - 19:30
(祝日は、10:40 - 18:00)
定休日:木曜
https://www.ogakiku.com/