🇦🇱アルバニア/ティラナ 2024年10月23日
私にとって104番目の訪問国となるアルバニアに入国した。
アルバニアは、日本にも人気のあるギリシャの北隣に位置する国で、アドリア海を挟んでこれまた日本ではお馴染みのイタリアのお隣さんである。
ところが、驚くほどに知られていない「謎の国」。
冷戦時代には共産主義国にも関わらずソ連と敵対し、一時は蜜月だった中国とも決裂、しまいには世界中の国を批判して鎖国を選んだ得体の知れない独裁国家だった。
果たしてどんな国なのか?
ある意味、何も知らないのだけに興味をそそられる国なのである。

首都ティラナの国際空港に到着したのは23日の午後3時前だった。
日本人はビザも不要で入国審査も簡単、もはや鎖国のイメージは微塵もない。
空港も、規模は小さいものの比較的新しい近代的な建物だった。
この空港、調べてみるとなんと中国企業が所有しているらしい。
習近平政権が進める一帯一路政策の下、2016年に中国の光大集団によって買収されたのだ。

アルバニアの通貨はレク。
キャッシングのマシーンが並んでいたのでカードで5000レク(約8000円)を出金して空港を出ると、たくさんのタクシーが待っていて、旅行会社やレンタカー会社のブースがびっしりと並んでいた。
空港から市内までの交通手段は、このタクシーか1時間に1本程度運行されるシャトルバス。
タクシーだと2000レクかかるところ、バスだと400レクと割安らしい。

タクシーの行列の向こうにバスが並んでいるのが見えたので近寄ってみると、ラッキーなことに3時に出発するバスがあるという。
バスには後から後から人が乗り込んで来て、出発までに満席になった。
ドイツではうまく繋がらず不安になったヨーロッパ共通のeSIMが、アルバニアでは無事に繋がった。
しかも、余裕の5Gである。

空港の外はいきなりの大渋滞。
車の列の向こうに女性の銅像が立っているのが見えた。
あれは、最も有名なアルバニア人と言われるマザー・テレサに違いない。

空港近くの渋滞を抜けたと思ったら、いきなり立派な高速道路が現れた。
アルバニアというと勝手に最貧国のイメージを持っていたので、予想とのギャップに驚いて、先進国なら珍しくもない高速の入り口をバスの中から撮影する。
旅行していて何が楽しいかといえば、自分の中にあるイメージがあっさりと上書きされる快感にある。

ガラガラの高速道路をバスは快走する。
この高速道路も中国が作ったのだろうか?

このままティラナの中心までスムーズに行けるのだろうかと甘い期待を抱いたのも束の間、バスが高速を降りるとまたもや激しく渋滞が始まった。
少しでも前の車との間隔を開けるとすかさず他の車が割り込んでくる。
発展途上国ではどこでも見られる厳しい生存競争がそれから何十分も続いたのだ。

バスが到着したのはティラナの中心「スカンデルベグ広場」。
オスマン帝国の侵略に抗い、一時アルバニアに独立をもたらした15世紀の国民的英雄だそうだ。
いかにも共産主義国家にありがちな馬鹿でかい広場で、なぜかスカンデルベグの銅像の傍に観覧車が回っていた。

広場沿いには、これまたいかにもという壁画の描かれた国立歴史博物館やオペラハウスが並び、冷戦時代の空気を今に伝えている。
しかし、私を驚かせたのはそうした過去の遺物ではない。

オペラハウスの隣に林立する真新しい高層ビル。
一番高いビルはインターコンチネンタルホテルで、去年完成して来年からの開業が予定されているという。
その隣のビルはまだ建設中だが、円筒形のかなりモダンな建築になりそうだ。

広場の西側にはさらに目を引く超高層ビル。
こちらもまだ建設途上だが、看板を見ると最上階には市内を見下ろすプールができるらしい。
この広場の周辺だけではなく、現在ティラナ市内のあちらこちらで大規模な建設ラッシュが起きている。

ホテルや商業ビルに限らず、住宅や道路の拡張工事まで。
これは一体どうしたことかと調べてみると、EUへの加盟審査が始まったことが関係しているのではないかとの結論に至った。
冷戦終結後、民主化へと舵を切ったアルバニアにとって、EUへの加盟はまさに悲願だった。
しかし、移民の増加を危惧するフランスなどが反対してなかなか進まなかった交渉が、数年前から進展し2022年から正式に交渉が始まったのである。

そのせいか、ティラナ市内ではアルバニアの国旗がEUの旗と並べて飾られているのをよく見かける。
正式に加盟交渉が始まったことで、近い将来アルバニアがEUのメンバーに加わる可能性が高まり、それを見越した投資が加速していると考えれば、建設ラッシュの謎が解ける。
それほどEU加盟はアルバニアにとって大きなチャンスなのだ。

ちなみに、アルバニアの国旗は赤地に黒で双頭の鷲が描かれている。
アルバニア人は鷲の子孫だという伝説に由来するのだそうだ。
アルバニアの呼称は外の人が付けたもので、自らは「シュチパリア=鷲の国」と呼ぶのだという。

そんなスカンデルベグ広場の近くにユニークな博物館がある。
「BUNK’ART 2」
この半球の入り口は、冷戦時代に核戦争に備えて作られた「核シェルター」だった。

地下にはいくつもの小部屋が作られていて、核戦争が起きればここから作戦を指揮することを想定している。
そのため、大臣の寝室や会議室もある。

アルバニアでは第二次世界大戦のレジスタンス運動から頭角を表したエンヴェル・ホッジャが、1985年までの44年間、アルバニア労働党第一書記の座に君臨し、独裁体制の下で独自の共産主義国家を作り上げた。
全ての宗教を禁止して「世界初の無神国家」を宣言する一方、ワルシャワ条約機構からも脱退。
国民皆兵を掲げて、全国に50万以上ものコンクリート製の「トーチカ」を建設した。
この核シェルターも、世界中を敵に回し、過剰とも言える「自衛」体制を国民に強いたホッジャ政権の遺物なのである。

冷戦が終結し無用の長物となっていたこの核シェルターは2017年、共産主義時代の暗い歴史を伝えるための博物館に生まれ変わった。
入り口ドームの内側には拷問などによって殺された犠牲者たちの顔写真が並び、地下シェルターの小部屋には時代ごとの出来事が展示されている。
荷物を持ったまま訪れたので、狭い通路で他のお客さんの邪魔になってしまいゆっくり読み込むことはできなかったけれど、「Sigurimi」と呼ばれた秘密警察による数多くの犯罪が展示の中核になっているようだ。

1944年に設立された「シグリミ」は推定3万人の将校を要する巨大組織で、ホッジャ独裁政権に脅威となる人物や思想を摘発し粛清する任務に当たった。
ホッジャ氏が友好関係にあったユーゴスラビアやソ連、中国などと絶縁する度に、それらの国との関係が深かった政治局員らの幹部も容赦なく粛正された。
社会主義国にはどこでも見られたこうした恐怖政治は、40年以上に渡って特殊な独裁体制が続いたアルバニアではさらに秘密のベールに包まれていたのだ。

ホッジャ氏が死に、冷戦が終結すると、徐々に民主化に舵を切り複数政党制を導入したアルバニア。
EUへの加盟によって一気に過去の負の歴史と決別しようとしているように見える。
その象徴となっているのが、ホッジャ氏の死後、彼の偉業を讃えるために建設されたピラミッドだ。
しばらくは「エンヴェル・ホッジャ博物館」として使われていたが、民主化が進むのに伴って廃墟となっていたが、去年数年がかりの大改修を終え、若者向けのITセンターに生まれ変わった。

夕暮れ後に訪れてみると、新たに設置された階段を登り、多くの市民がピラミッドの頂上に上がっていた。
ここからはティラナの夜景が一望できる。
今の季節、気持ち良い風に吹かれながら沈む夕日を眺めることができる市民の憩いの場となっているようだ。

周辺にはオシャレなカフェやショップも作られて、夜まで多くの人で賑わっていた。
もはや知らない人は、この一帯がかつて独裁者の「霊廟」だったとは気づかないだろう。

そういえば旅行に来る前、アルバニアについて調べていて興味深い記事を見つけた。
移民問題に悩む対岸のイタリアが、アルバニアに違法難民の収容施設を建設し、今月第一陣の難民たちの移送が始まったというまさにホットなニュースである。
EUを目指してやってくる移民をEU加盟国ではないアルバニアに追い出すことで、移民の流入にストップをかけたいという狙いがあるのだが、この政策には当然国の内外から批判が上がっている。
とはいえ、アルバニア政府の承認なしではこのようなことができるはずがなく、現在進められているEU加盟交渉を成功させるためには何でもするという現政権の強い意思を感じた。

冷戦期には「謎の国」「鎖国の国」として知られ、民主化後は国民の半数が全財産を失ったとされる「ねずみ講」により経済が破綻したアルバニア。
しかし、今回訪れてみて、欧州の最貧国と呼ばれた貧しさはほとんど感じることがなかった。
無神国家として破壊されたモスクや教会も綺麗に再建され、市民の表情も穏やかに見える。

世界経済が拡大する中で、世界から見捨てられていたアルバニアにもマネーが流入している。
今後EUへの加盟が決まったら、安価な労働力を求めて新たな投資も行われるだろう。
私が取材していた頃の世界は確実に変化している。
それを感じた一日であった。