🇵🇭フィリピン/マニラ 2025年4月4日~6日
マニラ旅行も2日目。
かつてマニラの中心だったリサールパークに建つ老舗ホテル「マニラホテル」をチェックアウトして、私が向かったのはマニラの新都心「マカティ」にある別のホテルだった。

配車アプリ「grab」で呼んだ自動車はなかなか立派な車だったけれど、いくら立派な車でもマニラの交通渋滞から逃れることはできない。

身動きできない自動車を尻目に、オートバイが車間を縫うように走り抜けていく。
二人乗りのオートバイは平気で車に幅寄せしてくるげど、みんな怖くはないのだろうか?

他のASEAN諸国同様、近年のフィリピンも経済成長が著しいと聞く。
しかし、沿道には昔と変わらない粗末な住宅やスラムのような地区も多く残っていて、道端に寝転ぶ人、停車した車に駆け寄り金をせびる子供たちと40年前と何ら変わらない貧しさが今も存在する。

しかし、マカティに近づくにつれ高層ビル群が突如目の前に現れる。
エルミタ地区にも高層ビルは建っているが、マカティには超高層ビルが密集していて、遠くからでもすぐにその存在に気づくことになる。

マニラホテルを出発して35分ほどで予約していたホテルに到着した。
マカティ中心部から少し外れたポブラシオン地区にある「City Garden GRAND Hotel」。
御多分に洩れず地上32階建てのノッポビルのホテルである。

一応ここも五つ星ホテルということになっているようだが、敷地面積はとても狭く、ロビーもマニラホテルに比べるとごく普通で狭い。
ただ、午後2時のチェックイン時間より1時間以上早く到着したにも関わらず快く部屋に案内してくれたのはありがたかった。

私の部屋はこのホテルでは低層に当たる11階。
しかし、広い角部屋だったため、カーテンを全開すると、マカティの高層ビルに囲まれた驚きの景色が窓いっぱいに広がった。

ツインではなくベッド一つの部屋がいいとフロントで伝えたのだが、なんとそのベッドがキングサイズベッドを2つ並べた超ビッグサイズ。
どんなにゴロゴロ転がっても、一人旅にはあまりに大きすぎず。

ベッドに横たわるとこの眺め。
まるでマンハッタンの億ションにでも来た気分だ。

バスルームはマニラホテルに負けない広々サイズで、全体が石造り。
しっかりバスタブも付いている。

まだ昼ごはんを食べていなかったので、荷物を置いて貴重品を金庫に仕舞うとそのままホテルの最上階32階に上がった。
そこには大きかはないがプールがあり・・・

マカティのビル群を見渡せる絶景のレストランバーがあった。
屋根はあるものの壁はほとんどなく、気持ちのいい風が吹き抜けている。

あまり深く考えることなく、マニラホテルより安いという理由でこのホテルに移ったのだけれど、このルーフトップレストランの存在は大いなる魅力である。

狭い通りを挟んだ向かいにも同じくらいの高さのホテルが並んでいる。
ぱっと見は綺麗なのだが、よく見れば外壁は薄汚れ、工事の雑さが目立っている。
おそらく私が泊まるこのホテルも似たようなものなのだろう。
ミャンマーの地震でバンコクで建設中だった超高層ビルが崩壊するニュースを見たばかりなので、フィリピンのこうしたビル群の安全性が気になる。

低層の住宅を少し挟んだ向こう側に連なるのがマカティの中心街である。
エルミタ地区とは全く異なるもう一つのマニラの顔がこのマカティにはあるのだ。

この最高に気持ちのいいレストランで、私は代表的なフィリピン料理である豚肉の「アドボ」(405ペソ)とフィリピンを代表するビール「サンミゲルライト」(160ペソ)を注文した。
合わせて、1400円ほどのランチ。
フィリピンの相場からすると高いけれど、ホテルのレストラン、しかもこの絶景を考えればリーズナブルだと思う。

「アドボ」は肉や野菜を酢や醤油、ニンニクなどでマリネしてから煮込む料理。
柔らかくなった豚肉はまるで日本の角煮のようで、とても美味しかった。

ランチを済ませ、プールでしばらくのんびりしてから、マカティのビジネス街まで歩いてみることにする。
エントランスからは全体像が見えなかったが、少し離れて初めてホテルの全景を見ることができた。

ホテル前のマカティ・アヴェニューをまっすぐ歩くと、洗練されたマカティの中心街が現れる。
私が取材活動をしていた1980年代にも、すでにマカティは新都心として知られていたが、これほど近代的な都市ではまだなかった。
今やマカティにはマイクロソフトやシティバンクなど、名だたる多国籍企業のオフィスが置かれ、「フィリピンのウォール街」とも呼ばれる。

超高層ビルが立ち並ぶマカティの一角に、植民地時代を感じさせるオシャレな建物が残っていた。
「ネルソンタワー」と呼ばれるこの建物は、かつてこの場所にあったネルソン飛行場の管制塔の名残である。
太平洋戦争当時、日本軍の飛行場としても使用され、1944年に着任した山下奉文司令官もこの飛行場に降り立ったという。

マカティ地区一帯はアラヤ財閥が所有しており、戦後マカティを近代都市として開発したのも全てアラヤ財閥の手によるものだ。
2本あった飛行場の滑走路は主要道路とされ、ここを中心として新しい街が作られていった。
ネルソンタワーの目の前は「ペニンシュラ」、その隣には「シャングリラ」とマニラを代表する高級ホテルがこの界隈に集中している。

そして今、観光客に一番人気のあるエリアがネルソンタワーのすぐ南側に広がっている。
「アヤラセンター」と呼ばれる巨大ショッピングモール群がそれだ。

ここは、グリーンベルト、グロリエッタ、ルスタンス、ランドマーク、SMマカティという5つの大型ショッピングモールを連結した巨大な街。
ショッピングはもちろん、飲食も娯楽も必要なものは全てこのモールの中で完結する。
日中暑くて出歩けないマニラでも、ここに来れば暑さを忘れて好きなように時間を過ごすことができるのだ。

この中には、ダイソーもあれば・・・

丸亀製麺もある。

もちろん、ユニクロの大型店舗も。

そして、駅にも直結。
他の東南アジア諸国に比べるとまだ鉄道網が未発達なマニラだが、アヤラセンター直結の「アヤラ駅」は今ではマカティの貴重な玄関口ともなっている。

この巨大な商業の街で一際目を引くのが「グリーンベルト・モール」。
アヤラセンターの中で最も美しく整備されたなショッピングセンターで、緑あふれる庭園を取り囲むように5つの商業施設と博物館が配置されている。

庭園には大木があり水辺もあって、涼しさを提供すると同時に、大都会にいることを忘れさせてくれる。
東京にあれば、間違いなく大人気スポットになるだろう。
しかし残念ながら、私にはショッピングという趣味は1ミリもないため、ひと通り歩いてどんな場所かを確かめたところで、ホテルに戻ることに。

高層ビル群をバックに幾つかのモニュメントが立っているのに気づいた。
こちらの半裸の男は・・・?
17世紀スペインの侵略を防いだ英雄スルタン・クダラットというミンダナオ島の王様らしい。

そして、こちらの銃と剣を手にする男は、フィリピンの独立革命でスペインやアメリカと戦ったデル・ピラール将軍。
フィリピンの人たちは今でも、外国勢力の支配に対して戦いを挑んだかつての英雄たちをこうして讃え続けているのだ。

夕方になり、家路に着くオフィスワーカーたちが路上に溢れてきた。
彼らの出立ちは清潔で都会的、マニラの他のエリアで支配的なヨレヨレのTシャツ姿はほとんど見かけない。
このまま経済発展が続けば、フィリピンの人たちの様相も様変わりしていくのだろう。

ホテルに戻る途中、「ブルゴス通り」という有名な通りに立ち寄った。
ここは、若き日の私が足繁く通った「マビニ通り」「デルピラール通り」に代わって、今やマニラを代表する歓楽街と呼ばれるようになった夜の街である。

まだ夕方なので、多くの店が営業時間前ではあるが、派手なネオンと装飾に彩られた欧米風の店が目につく。
調べると、ここは有名なハンバーガーショップやバーらしい。

日が暮れて、ホテル最上階のレストランで飯でも食おうと思ってエレベーターで上がってみると、昼間とは打って変わって大変な賑わいぶり。
すでに予約で満席だという。
マカティの夜景を望むルーフトップレストランは想像以上の大人気のようだ。

ライトアップされたプールでは親子連れがまだ遊んでいる。
日が暮れると昼間の暑さも消えてひんやりしてくるため、大人たちは温水のジャグジーから出ようとしない。
でも屋上を吹き渡る夜風はとても気持ちよく、しばしここで夜景を眺めて夕食を求めて夜の街に出かけることにした。

夜8時のブルゴス通り。
店にはド派手なネオンが灯り、通りは一段と華やかになる。
とはいえ、ようやくお店がオープンする時間、多くの客が訪れるのは午後10時を回ってからだという。

客層は主に白人男性のようだ。
バーのテラスではフィリピン女性を連れた観光客の姿も見える。
かつてエルミタ地区に集中していたゴーゴーバーなどの風俗店は、当局の取り締まり強化でほとんどが姿を消し、今ではマカティのブルゴス通りがそれにとって代わった。
とはいえ、私がマニラに来ていた1980年代のマビニ、デルピラールの賑わいに比べると、店舗の数も限られて、清潔だが寂しい夜の街になったようだ。

マニラを訪れる日本人観光客もかつてに比べて減っているようだ。
ネットで調べて、日本人に一番人気だというゴーゴーバー「Plan B」を覗いてみたが、時間が早かったせいか客が一人もいなくてショーもまだ始まっておらず、ビールを1杯飲んだだけですぐに店を出た。

そしてマニラ滞在3日目。
朝食はホテルのビュッフェ、それなりに充実している。

午前中はマニラ市内をタクシーで走り回り、昼はまたホテルのルーフトップで食べる。
この日選んだのは、「アンダルシアンスタイル・チキン」(325ペソ)とサンミゲルビール。
これがなかなか美味しくて、このレストラン、案外レベルが高い。

午後は再びプールサイドでのんびりと。
マカティ中心街とは反対側のマンダルヨン地区の方向を見下ろすと、高層ビルの間にまだ昔ながらの色とりどりの屋根が並び、こちらの方がマニラらしいなと感じる。

それにしても、こんなにぎゅうぎゅうにビルを建てたら、日当たりも何もあったもんじゃない。
高層ビルを建てるのならば、もう少し間隔を開けてゆとりを持てばいいのにと、余計なことを心配する。

夕暮れ時、屋上からはとても美しい夕焼けが見られた。
この日は前夜に比べて客の数も減って、ここで夕食を食べることも可能そうだった。
しかし、この日はフィリピンの代表的なスープ「シニガン」が食べたくて、近くのフィリピン料理店に行くと決めていた。

選んだのは、ホテルから徒歩で5分ほどの場所にある「Barrio FIESTA」。
ファストフードが普及しているフィリピンでは、地元の伝統料理はあまり人気がないらしく、中華料理や韓国料理、日本料理と比べてもフィリピン料理の専門店は案外少ない。

この店は決して高級とは言えないが、明るくて入りやすい。
メニューはどれも大人数用のボリュームだが、私が欲した「シニガンスープ」を発見し、いろいろ種類がある中からエビを使った「シニガン・ヒポン」(678ペソ)を注文した。

運ばれてきたのは大きなボウルに入ったスープと山盛りのライス、サンミゲルの缶ビール、そしてバナナの葉っぱだ。
どう見ても1人で食べるには量が多いけれど、今日はこれが食べたかったので、早速ライスをスプーンですくい、スープに浸しながらガンガン食べ始める。

フィリピンの代表料理である「シニガン」は、ジャングルに生息するタマリンドの実を使った酸味のあるスープ。
タイ料理の「トムヤムクン」にも少し似た味だけれど、辛くはない。
たくさんのエビの他に、得体の知れない葉っぱや星形をしたオクラのようなものが入っていた。
味は期待通りとても美味しかったけれど、なんとも洗練されない素朴なスープだった。

成長するフィリピン経済の象徴であるマカティ。
そこには、近代的な超高層ビルに囲まれて、マニラの多面的な魅力が同居していた。