昨日5日、アイスランドを離れグリーンランドに入った。
世界最大の島であるグリーンランドは独立国ではなくデンマーク王国の一部ということになっている。
ただし、1979年以降高度の自治が認められ、デンマーク本土と対等とされる自治政府を持っている。
住民の9割近くはイヌイットと呼ばれる先住民が占め、近い将来デンマークから独立することが確実視されている。
地球温暖化の影響で島の大半を覆っている氷床が急ピッチで失われる中で、石油やレアアースなどざまざまな資源が眠るこの島は大国の思惑が交錯する注目の島となっているのだ。
そんなグリーンランドに、私はアイスランドから空路で入ることにした。
アイスランドのケプラヴィーク空港からグリーンランドの“首都”ヌークまではアイスランド航空が週2便の定期便を運航している。
島全体の人口がわずか5万5000人ほどのグリーンランド。
観光業もまだこれからという段階なので、島と外の世界を繋ぐ航空便もごく限られているのだ。
火曜日にアイスランドから出る飛行機は午前8時出発なので、私はケプラヴィーク空港行きのバスを予約して、午前5時にホテル近くの停留所にピックアップに来てもらった。
グリーンランドに比べればはるかに人口は多いとはいえ、アイスランドの人口も37万人あまり。
人が少ない分、ケプラヴィーク空港でも徹底した合理化が図られていた。
全ての路線ではないかもしれないが、ヌークのような乗客が少なく路線では完全なセルフチェックインになっている。
事前にオンラインでチェックインを済ませ、QRコードを機械に読み取らせると荷物のタグが出てくる。
私のような慣れていない客がいると、近くにいるスタッフが手伝ってくれるだけだ。
荷物預けのカウンターにも誰もいない。
乗客が自分でベルトの上に荷物を載せてタグのバーコードをスキャンするだけだ。
私がまごついているのを見て、先ほどのスタッフがまた助けに来てくれた。
中には私のようにうまくできない客もいるだろうが、慣れた客はカウンターの行列に並んでイライラしなくて済む。
日本でもこうしたセルフ方式は増えてきたものの、たくさんのスタッフがそれをサポートしているのではセルフの効果も半減だ。
お客様は神様ではなく、人に助けてもらうことは特別なこと、そういう意識が育たなければ本当の意味での効率化は進まないのかもしれない。
スーツケースを預け、手荷物検査を受けると、もう搭乗待ちのロビーに出てしまった。
あれっ? 出国手続きは?
確かにアイスランドもデンマークも、域内の自由な往来を定めた「シェンゲン協定」の加盟国ではあるが、この空港からは協定参加国ではないアメリカやカナダにも飛んでいるはずだ。
自国に入ってくる者はチェックするが、出ていくのはご自由に、ということだろうか?
これも少ない人数で仕事を回していくために考え出した合理的な結論なのかもしれない。
日本は効率性で遅れをとっているとよく指摘されているが、アイスランドに来てみるとその意味がよくわかる。
わずか10分あまりで、搭乗手続きから出国手続きまで終わってしまったので、時間が余ってしまった。
こんなことなら1時間後のバスでも充分間に合っただろう。
ケプラヴィーク空港にはラウンジもないようなので、カフェに入って朝メシを済ませることにする。
アイスランド航空から届いたメールには、機内食は出ないと買いてあったからだ。
ハムとチーズがあらかじめ入ったクロワッサンとカフェオレで1380クローナ、日本円で1500円ほどとやっぱり高いが、これでも空港で食べられるものとしては一番安い部類だ。
他人に何かをやってもらうとお金をいっぱい払わなければならない。
この朝メシの値段の大半もきっと人件費なんだろう。
このカフェで眼についたのが中央アジア系の顔立ちをした男性たち。
今年の夏、中央アジア遠回ったばかりなのでちょっと懐かしい感じがして気になった。
出稼ぎに来た帰りだろうか?
そろそろ出発時刻が近づいてきたので私が席を立って搭乗口に向かおうとすると、彼かも同じようにカフェを出て私と同じ方向に歩いていくのだ。
そこで私は気がついた。
彼らは中央アジアから来た人たちではなく、グリーンランドに暮らすイヌイットの人たちなのだと。
案の定、彼らは同じヌーク行きの搭乗口に現れた。
いざ搭乗が始まると、彼らが持っていた搭乗券に不備があったようでことごとく機械にはねられている。
彼らは「あれっ?」という表情を見せ照れ笑いを浮かべるが特に怒る様子もなく、慣れた様子で脇の列に移動して大人しく待っている。
なんだか穏やかで気の良さそうな人たちだ。
これが私がグリーンランドの人たちに感じた第一印象だった。
なんだか、一昔前の田舎の素朴な青年団という言葉が私の脳裏に浮かんだ。
飛行機に向かうバスの中で私の隣の席に座った若者に、「グリーンランドの人?」と聞いてみると、「ヌークの漁師だ」という答えが返ってきた。
やはり素朴で悪意のないいい奴っぽく見えた。
こうして私とグリーンランドの男たちが乗り込んだのはボンバルディアのQ200。
プロペラ機である。
小さな飛行機なので、機内への持ち込み手荷物は6キロまでと制限されていて、ヌークの往復だけ私はiPadをスーツケースに入れることにした。
離陸前、突然全ての電気が消され真っ暗になった。
最前列一列だけがビジネスクラスで、そこにただ一人座っていた白人男性がタブレットで動画を見始めたたのでそこだけがぼんやりと明るく浮かび上がった。
そういえば昔、離陸の時はこうして電気が消されていたかもしれない。
完全に忘れていた記憶が蘇ってくる。
飛行機はほぼスケジュール通り午前8時過ぎに離陸した。
眼下に、ケプラヴィークの街明かりが見える。
私の滞在中、心配された火山活動もなく無事に旅行を続けられた。
まだ書けていない出来事もいろいろあるので、おいおい公開できればと思っている。
3日後、ここケプラヴィークに一泊する予定なので、何も悪いことが起こらないことを祈るばかりだ。
離陸して少しすると、一人だけ乗っているCAさんが何やら準備を始めた。
機内食はないと聞いていたが、ドリンクのサービスはあるらしい。
その時添えられた1枚のチョコレートが濃厚で美味しかった。
帰り時間があれはケプラヴィーク空港でアイスランドのチョコを買って帰ろう。
前夜オーロラツアーに参加して結局一睡もできないまま飛行機に乗り込んだので、少しうとうとしている間にもう着陸態勢のアナウンスがあった。
窓の外はまだ暗いものの、東の空がかすかに明るくなってきている。
目をこらすと、一面の雲かと思っていたのが、大地だったことに気づいた。
知らぬ間にグリーンランド上空を飛んでいたのだ。
白い山々がうねるように続き、その間に水面が複雑に入り込んでいる。
水面にはっきりと月が映った。
あれは湖なのか、それともフィヨルドなのだろうか?
飛行機は徐々に高度を下げていく。
肉眼でもようやく地上の様子が見えるようになってきたが、iPhoneで撮る写真の方がよほど綺麗に見える。
たくさんの水面が内陸部にも存在する。
家の明かりは一つもない。
まさに無人の大地だ。
突然海に出たと思った次の瞬間、街の明かりが目に飛び込んできた。
1軒の家もなかったのに、いきなり目を疑うような街が出現したのである。
山ばかりのグリーンランドでは貴重な平地が半島のように突き出し、そこだけに灯りが集中している。
あれが私の目的地、グリーンランドの“首都”ヌークである。
「ヌーク」とは、グリーンランドの言葉で「半島のを意味する。
ヌークの人口は2万人ほど。
それでもグリーンランドの総人口の3分の1がこの街に集中していることになる。
もしも外資に資源開発を自由に委ねれば、たちまち外国人労働者が島に大挙してやってきて、イヌイット中心の人口比外国人大きく変わっていくだろう。
それかもし中国ならば、島そのものを乗っ取られてしまう危険性が高い。
一時、中国の進出が鮮明になったが、欧米諸国の横やりやグリーンランドの人たちが抱く懸念から反対運動も起きたと聞く。
温暖化とともに開発できる沿岸部の面積が増えるに従って、今後グリーンランドに対する世界の関心は高まっていくに違いない。
午前9時20分ごろ、プロペラ機は無事にヌークの空港に降り立った。
アイスランドからの距離は1432キロ。
グリーンランドとアイスランドの時差は2時間あるため、プロペラ機で3時間半ほどかかったことになる。
防寒具を片っ端から身につけて飛行機を降りたが、思いの外、寒くはなかった。
人口の大半がグリーンランドの西岸に居住しているのは、暖流の影響で東海岸よりもだいぶ暖かいからだという。
歩いて空港の建物に入ると、そこはいきなり荷物の返却場所になっていた。
国内線中心のヌーク空港には入国審査のスペースなどないらしい。
まるでバスターミナルのように、乗客たちが狭い室内にたむろしている。
荷物を待つ間にトイレに行っておこうと思ったら、入り口の扉にこんな絵が描かれている。
これって男? 女? それともジェンダーレス?
不安になってもう一つのドアをみると、こんな絵が描いてあった。
なるほど、こちらが女性だ。
まるで土偶を思わせるデザインだが、おそらくイヌイットの伝統的な装いはこんな風だったのだろう。
2つのオッパイで性別を表す描き方は、古代人の間では世界共通な感じがする。
そう思って男の方を見直してみると、明らかに性器らしきものが描かれていた。
壁にヌーク空港のフライトスケジュールが表示されていた。
この日の国際線は私たちが乗ってきた1便のみ。
出発便もアイスランド航空がこの後引き返すだけである。
そのほかには国内線が到着が9便、出発が7便あるようだ。
氷山の町として知られる世界遺産イルリサットにも行ってみたいと思い調べてみたが、片道10万円もするのを知り、あえなく断念した。
iPadを入れたスーツケースも無事に受け取り、隣室に移動すると、もうそこは出発ロビーだった。
タクシー代のためにデンマーククローネに両替をしたいと思うが、それらしき場所は見当たらない。
別の部屋かなと思って先に進むと、もう部屋はなく外に出てしまった。
困ったなあ、タクシー代どうしようと思いながら、やってきたタクシー運転手に「お金がないから両替したい」と聞くと、ドライバーさんも困った顔になり「ない」と言った。
空港からは時折バスも出ているようだが、アイスランドのように観光客対応ができていないため、ホテルに行くにはタクシーしかない。
アイスランドで両替してくればよかったと思っていると、運転手さんが言った。
「カードは使えるよ」
OK、OK、それならOKと、私は勇んでタクシーの後部座席に乗り込んだ。
タクシーは空港を出て海沿いの道を走り始めた。
夜明け前、美しい景色だ。
でも思っていた風景とは全然違う。
雪がない。
12月ともなれば、イメージ的にはグリーンランドは凍りついているものと思い込んでいた。
秘境というイメージだったグリーンランドが、私の頭の中で徐々に書き換えられていく。
雪がまったくないのも意外だったが、市内に入ると団地のような建物が並び、ビル工事のクレーンがそこかしこに立っている光景はテレビで見ていたグリーンランドのイメージとはかけ離れていた。
ホテルまでの所要時間はわずかに10分余り。
空港はヌークの北端にあり、私の予約したホテルは南の端にあったにもかかわらずである。
その程度の小さな町に似合わない建設ラッシュ。
やはり百聞は一見にしかず、である。
イメージ通りの場所を探そうとする旅人は多いが、私は自分が持っている常識が打ち破られることをむしろ好む。
そういう意味では、わずかこの30分ほどの間に、私は大きな満足感を感じていた。
タクシーがホテルに到着したのは午前10時前のことだった。
まだあたりは薄暗いままだ。
空港からホテルまでの料金は161デンマーククローネ。
日本円で3400円ほどである。
このホテルでこの日、素敵な朝日とオーロラを眼にすることになるのだが、その話はまた別の投稿で。