🇱🇮 リヒテンシュタイン/ファドゥーツ 2023年12月9日~10日
日本人の個人資産の総額は、今年3月時点で2043兆円と過去最高を記録したという。
それでも世界から見ると、日本人はどうも資産運用が苦手な民族であるらしい。
金融資産の過半は現金や預金が占めていて、政府は「新NISA」を梃子に貯蓄から投資へとお金の流れを変えようと必死である。
しかし当の政治家たちもお金の運用は苦手なようで、政治の世界から「裏金」の問題が消えることはない。
東京地検特捜部は19日、自民党の派閥パーティーにまつわるキックバック疑惑で、最大派閥安倍派と二階派の事務所に家宅捜索に入った。
容疑は政治資金規正法違反。
派閥から議員個人にキックバックされた現金が政治資金収支報告書に記載されていなかった裏金疑惑に捜査のメスが入ることになる。
安倍派では長年、組織的にキックバックが行われていて、責任の所在と裏金がどういう目的で使われたのかが捜査の焦点である。
それでは、世界の人たちはどのように資産を管理しているのだろう?
リヒテンシュタインの首都ファドゥーツ。
そのメインストリートを歩くと、やたらに銀行が多いことに気づく。
これらの銀行は、私たちが利用している日本の銀行とは違って「プライベートバンク」と呼ばれるお金持ちのための銀行である。
北から南へ、銀行を確認しながらメインストリートを歩いてみる。
まず最初にあるのが「LGT」と書かれた3つのビル。
これこそがリヒテンシュタイン家が所有するこの国を代表するプライベートバンクの本拠地である。
LGT(Liechtenstein Global Trust)は、世界に20以上の拠点を持ち、900年に及ぶリヒテンシュタイン家の資産継承を通して得たノウハウを広く富裕層対象に提供する銀行なのだ。
つまり、いわゆる「ファミリーオフィス」として蓄積したノウハウを活かして「プライベートバンク」に進出したということらしい。
この「LGT」が2021年、「LGTウェルスマネジメント信託」として日本市場に乗り込んできた。
日本語のホームページも開設し、そこには次のような自己紹介が記されている。
LGTは、1921年にリヒテンシュタイン公国で設立されました。当地に拠点を構え、その後100年の間に、当社は富裕層のお客様からの信頼を得られ、現在では2,850億スイスフランを超える資産を運用する、世界有数の国際的なプライベートバンクへと成長を遂げました。LGTの最大のお客様は、当社のオーナーでもあるリヒテンシュタイン公爵家(プリンスリー・ファミリー)です。リヒテンシュタイン公爵家は、お客様に敬意を払い、友好的な関係を築くという原則に基づき、ビジネスを発展させてきました。私たちは企業家精神を持ちつつ、長期的かつ総合的な視点からサービス品質の向上を図るという理念を、今も追求し続けています。その結果、強固な財務基盤と高い流動性、安定した資本力が評価され、世界2大格付け会社であるMoody’sとS&Pは、当社の信用力を最高水準と位置づけています。
引用:LGT公式サイト
しかし、私のような一般庶民は、LGTの顧客にはなれない。
日本法人では10億円以上の資産を持つ富裕層をターゲットにしていると公言しているのである。
LGTの向かい側には、「Kaiser-partner」と書かれたビル。
こちらもプライベートバンクだ。
「プライベートバンク」という名称は聞いたことがあるものの、私の人生には縁がないのでその実態については全く知らない。
そこで、篠田丈氏の著書『プライベートバンクの嘘と真実』という本を借りてきて、少し勉強してみることにした。
外資系金融機関に長く勤め、本場スイスをはじめとするヨーロッパのプライベートバンクと実際に接してきた私の実感からいうと、ヨーロッパの伝統的プライベートバンクと、日本の金融機関が手掛ける富裕層向けサービスは大きく異なります。
例えば、日本の金融機関の営業担当者は、顧客の意向を無視して、自分たちのグループが作った投資信託や仕組債等、売りたい商品をしきりに勧めてきます。顧客の理解を得ようとするどころか、リスク許容度等を考えずにセールスした結果、様々なトラブルになっているのです。
本場の伝統的プライベートバンクは基本的に、自社でもグループでも金融商品を作りません。世界のあらゆる金融商品に対して網羅的な知識を持ち、顧客のニーズと資産構成に基づいて中立の立場から様々な議論を重ね、その中から最適な運用方針やポートフォリオを提案するのが当たり前なのです。
本場の伝統的なプライベートバンクでは経営者一族が自ら、自分の銀行に多額の資金を預けているのが普通です。本当に質の高いサービスを提供しているという自信があるからこそ、自分のお金も預けられるのです。
伝統と実績に裏付けられた確かな信頼性、リーマン・ショックや欧州危機のような大荒れの金融市場においても資産を守り抜く堅実な投資手法と哲学。本場の伝統的プライベートバンクは、日本の金融機関の富裕層向けサービスとは根本的に異なるのです。
引用:篠田丈『プライベートバンクの嘘と真実』より
なるほど、なるほど。
「プライベートバンク」とは高利回りでどんどん資産が増えるというよりも、富裕層の資産を堅実に守り、子孫に継承していくことを目的とした銀行ということらしい。
ロータリーを過ぎたところにある「VP BANK」。
1956年に設立されたこの銀行は、篠田氏の著書にも紹介されていた。
VPバンクはリヒテンシュタインのプライベートバンクの最大手です。当初は3名のパートナーによって保有・運営されていましたが、スイスの取引所に上場しています。スイス、ルクセンブルク、BVI、シンガポール、香港、ロシアの6ヶ所に拠点があります。
引用:篠田丈『プライベートバンクの嘘と真実』より
プライベートバンクは大手といっても私たちが知っている名前はない。
従業員を何万人も抱え、巨大な本社ビルを構え、全国各地に多くの支店を持つような一般的な銀行とは根本的に違うのだ。
日本では「プライベートバンク」も「プライベートバンキング」もあまり厳密に区別せずに使っているようです。
しかし、本場ヨーロッパではこの2つは全く別の概念です。
「プライベートバンク(銀行)」と一般の銀行との一番大きな違いは、プライベートバンクはプライベートバンキング業務を専業としている銀行であり、経営形態がパートナーシップ制になっていることです。特にパートナーの一人が無限責任を負うという点が大きな特徴となります。
無限責任のパートナーは、プライベートバンクを自ら所有するとともに、プライベートバンクの債務等については無制限に責任を負うのです。
所有と経営が一体化しているといってもいいでしょう。
一方、「プライベートバンキング」とは、一般の商業銀行等が手掛ける富裕層向け金融サービスの一部門のことです。
銀行の中でも商業銀行は、個人や法人の顧客を対象に、預金や決済、融資、為替等様々な金融サービスを手掛けています。そうした中で、近年、比較的新しいフィービジネスの観点から「プライベートバンキング」部門を設けているのです。
資産家を顧客にしている点では「プライベートバンク」に似ていますが、歴史的な伝統があるわけではなく、資産家向け専業である「プライベートバンク」とはサービスの内容や対応も全くといっていいほど異なります。
スイスのプライベートバンクというと日本人が最初に思い浮かべるであろうクレディ・スイスやUBSといった有名な銀行は、現地ではプライベートバンクとして認識されていません。それは、クレディ・スイスやUBSが多くのビジネスを同時に行う大銀行であり、プライベートバンキングは、その一部門に過ぎないからです。
スイスにおいてプライベートバンクのステータスは非常に高く、スイスの全ての銀行が加入するスイス銀行協会の会長職は、大手のクレディ・スイスやUBSからは就けず、大手プライベートバンク4行(ボルディエ、ロンバー・オディエ、ミラボー、ピクテ)の持ち回りになっています。
引用:篠田丈『プライベートバンクの嘘と真実』より
実に興味深い。
ボルディエ、ロンバー・オディエ、ミラボー、ピクテ。
私など、一度も名前を聞いたことがないこの4行がスイスを代表するプライベートバンクなのだ。
なんとも謎めいていて面白い。
こちらは「リヒテンシュタイン州立銀行(LLB)」。
1861年に設立されたリヒテンシュタインで最も古い銀行で、スイスの証券取引所に上場しているが株式の半分以上はリヒテンシュタイン政府が現在も保有している。
公爵家だけでなく政府も自前のプライベートバンクを持って資産運用をしているということなんだろう。
しかし、こうしたプライベートバンクは、国際的に強い逆風に晒されている。
厳格な守秘義務を守ってきたプライベートバンクが海外の富裕層の脱税の温床になっているとの批判が高まってきたのだ。
きっかけとなったのは2008年、リヒテンシュタインの「LGT」に勤務していた行員が持ち出した顧客情報が元となってドイツで大規模な脱税事件が発覚したことだった。
事件はアメリカやイギリス、フランス、オーストラリアなどにも飛び火し、銀行に守秘義務を課していた国に対する国際的な包囲網が出来上がった。
2009年のG20では「銀行秘密の時代は終わった」とする首脳宣言が採択され、リヒテンシュタインやスイスなどが海外の税務当局に対して情報を提供するという方針の大転換に踏み切ったのだ。
しかし、守秘義務がなくなったからといって伝統的なプライベートバンクの価値が失われたわけではないと篠田氏は指摘している。
だからといって、本場の伝統的なプライベートバンクの価値がなくなったわけではありません。プライベートバンク本来の、顧客の資産を守り、世代を超えて引き継いでいくという存在意義がより明確になり、その点においてこそ伝統的プライベートバンクを利用する価値があることを私たちも再認識すべきなのです。
「無限責任」から「有限責任」へ転換することによって、伝統的なプライベートバンクの本質は変わってしまったのでしょうか。
そんなことはないというのが、私の考えです。
「無限責任のパートナーシップ」ではなくなったとしても、依然として伝統的な価値観や哲学を維持しているプライベートバンクは存在します。
そうしたプライベートバンクを見分けるポイントは、二つあります。
一つは、個人の資産家向けサービスの「専業」であることを維持している点です。
融資など法人との取引に乗り出したり、あるいは自らファンド等の商品を組成して販売するなど業務の多角化を図るようになったプライベートバンクもありますが、そうしたところはもはや伝統的なプライベートバンクとは呼べないと思います。
もう一つは、具体的な収益目標を掲げて企業規模の拡大を目指していない点です。収益目標を掲げるということは、利益追求に積極的に取り組むという宣言であり、企業規模の拡大を目指すことになります。利益追求や企業規模の拡大は、それ自体が自己目的になりやすく、結果的に顧客との利益相反関係が生じます。
これに対し、伝統的なプライベートバンクは創業家をはじめとした特定のファミリーが預けている相当な額の運用資産によって適正な収益を確保できているところがほとんどです。
そのため、さらに多くの資産を積極的に受け入れる必要性を感じていないのです。無理に資産規模を増やそうと思えば、それにともなって人員を増やしたり、運用スタイルを変えたりする必要が出てきます。そういう選択をしないのが、伝統的なプライベートバンクの良さなのです。
以上の2点が守られているようであれば、組織形態が株式会社であっても、私は伝統的なプライベートバンクと呼んで構わないと思います。
なお、株式会社の場合は決して上場せずにパートナー一族が株式の大半を所有し、かつパートナー一族がその資産を預けているかどうかがポイントです。
引用:篠田丈『プライベートバンクの嘘と真実』より
死ぬまで私とは関係ないであろうプライベートバンクだが、やみくもに資産を増やそうとするのではなく、堅実に運用し何世代にもわたって資産を継承していくための銀行という考え方はちょっと新鮮だった。
私がこれまで何度も株式投資で失敗してきたのは、明らかに短期の利益を狙ったためであり、もっと長期的な視野に立って自分の資産をどのように守り、育てていくのかを考えるうえで、プライベートバンクの思想は少し役立つ気もしたのであった。
円安によって、日本の国際的な地位が低下し、資産が目減するのを実感することも増えるだろう。
プライベートカンパニーのような存在が貧富の格差をますます広げている側面はあると思うが、リヒテンシュタイン流の生き方は、これからの日本人にとって学ぶべき点があるようにも感じた。
