岸田文雄という政治家は、暗愚に見えて勝負師でもある。
菅前総理に反旗を翻し、総理総裁の座を掴み取った時もそうだったし、防衛予算増額のために増税に言及した時もそうだった。
通常国会を目前にして、そんな岸田総理がまた勝負に出た。

昨夜突然、総理が岸田派の解散に言及したのには驚かされた。
「宏池会の解散を検討している。政治の信頼回復に資するなら考えなければならない」
岸田さんが率いる宏池会は、現在は第4派閥といえども、歴史を遡れば吉田茂や池田勇人に連なる保守本流として知られる名門だ。
この岸田さんの発言で自民党は蜂の巣をつついたような大混乱に陥った。
岸田さんが派閥解散を決断したのは、東京地検特捜部が岸田派の元会計責任者を立件する方針を固めたことが引き金であり、今日正式に岸田派の解散を発表した。
ある意味ではとても真っ当な判断とも言えるが、過去の自民党のリーダーたちとは異質な決断に、自民党の議員たちはもちろん政治記者たちも不意を突かれた。
岸田さんは麻生さんや茂木さんら政権を支える幹部たちとも相談することなく、独断で岸田派の解散を決断、その情報を一部のメディアにリークしたようである。
まさに、「岸田の乱」。
自民党内は揺れに揺れている。

ちょうど1ヶ月前、東京地検特捜部が安倍派と二階派の派閥事務所に家宅捜索に入った。
自民党の派閥事務所が捜索を受けたのは実に19年ぶりのことである。
検察は全国から応援の検事を集めて正月返上で関係者の聴取を行った。
刑事告発を受けた安倍派を中心に、「安倍派5人衆」と呼ばれる幹部たちや二階元幹事長からも複数回にわたり事情聴取を行い、高額のキックバックを受けていた議員を証拠隠滅の恐れがあるとして逮捕するなど精力的に捜査を行なってきた。

その結果、今日までに各派閥の会計責任者らと多額の不記載が確認された安倍派議員3人らを逮捕・起訴したのだが、焦点となっていた安倍派幹部の立件は見送ることを決めた。
現行の政治資金規正法では、刑事罰の対象があくまで会計責任者となっていて、明確な関与や指示の証拠がない限り政治家の責任を問いことができないからだ。
そういう意味では、自ら秘書に指示を出していた池田佳隆議員だけが逮捕され、他の議員や会計責任者は在宅起訴または略式起訴という比較的軽い処分となった。
ただ略式起訴された被告については裁判が行われるため、法廷で裏金の使い道なども追及されることになるだろう。
安倍派の幹部の立件が見送られるとの報道が流れると世論から強い反発が巻き起こったが、私個人は妥当な判断だと思いながらニュースを聞いていた。
安倍派のキックバックの仕組みは20年以上前から存在していて、現在の安倍派幹部が積極的にその仕組む作りに関与したわけではない。
罪を問われるべき派閥会長は、安倍さんも細田さんもすでに亡くなっている。
おそらくこのキックバックに一番強く関与しているのは森元総理だと思うが、森さんが派閥の会長を務めていたのはもう随分前なのでその当時の記録は残っていないだろう。
つまり、裏金づくりを主導した政治家が誰なのかを確定する証拠がないのである。
世論の求めに応じて、証拠も示さずに手頃な政治家を起訴するなどということはまさに検察権力の濫用であり、今回特捜部が悪魔の誘惑に乗らなかったのは妥当な判断だったと私は思う。
ザル法の抜け穴をふさぐのは検察ではなく政治家の仕事。
連座制の適用に反対する政治家は有権者が落選させるしか政治家を懲らしめる方法はないのである。

世論が期待した幹部の逮捕はなかったものの、「岸田の乱」により、今回の裏金スキャンダルは自民党の屋台骨を揺るがす大騒動に発展することになった。
昨夜の岸田さんの発言を受けて、風向きを見るのが上手い二階さんはいち早く二階派の解散を決定した。
二階さん自身も派閥に収めるべき売上金3000万円を自身の事務所の収入とし、政治資金収支報告書にも記載していなかったとして秘書が略式起訴されており、派閥の長を続けられる状況になかったこともあり真っ先に決断したものと見られている。
安倍一強時代にも二階さんがいち早く動いて流れを作る場面を何度も見てきたが、今回も昨夜の岸田さんと今日の二階さんで完全に自民党内の流れは出来上がったのだ。

今日夕方からは、問題の本丸である最大派閥の安倍派が総会を開き、派閥を解散することを決定した。
数日前には誰も予想していなかった事態である。
こうして出来上がった党内の流れは、岸田総理が立ち上げた「政治刷新本部」での議論にも大きな影響を与えることは間違いない。
本部のメンバーには当初から菅前総理など派閥解消を求める議員たちもいて、岸田・二階・安倍派が解散を決めたことにより、自民党全体として派閥解消に向けた動きが活発化することが予想される。
焦点は、今回の事件では捜査の対象となっていない麻生派や茂木派が果たしてどのような動きに出るかに移る。
岸田さんとしては、政治刷新本部の場を利用して麻生さんや茂木さんにも派閥解散を働きかけ、通常国会での野党の追及を交わしたいところだろう。
ひょっとすると、最初から岸田さんはこの流れを予想して政治刷新本部といういかにもアリバイ作りに見える組織を立ち上げたのか?
だとすると、岸田さんはバカに見えて、実はものすごい戦略家なのかもしれない。

自民党が揉めると、政治のニュースが急に面白くなってくる。
混乱の中で派閥解消に向かう自民党では今後、誰がどのようにイニシアティブを取っていくのだろう?
岸田さんが今回の勝負に勝って主導権を握り、秋の総裁選で再選を果たすのか、それとも無派閥の菅前総理が復権して非主流に甘んじていた小石川連合に勢いが出てくるのか、それとも岸田さんの騙し討ちにあった麻生・茂木氏が岸田おろしに動くのか?
今すぐに選挙があれば、自民党に対する批判票が野党に流れることも考えられるが、政権交代に対する期待感は恐ろしいほど低い。
こういう時こそ、野党には自民党とは異なるビジョンや夢を発信して、自民党とは異なる日本の未来を示してもらいたいと思う。
いずれにせよ、当面政治のニュースは自民党内の権力闘争に目を奪われて、野党がよほど頑張らないとますます存在感が薄まってしまうかもしれない。

暗愚なリーダーが自民党を揺るがした今回の「岸田の乱」。
永田町では、次期総理総裁として上川陽子外相や高市早苗経済安全保障相の名も取り沙汰されていたが、日本初の女性総理誕生というシナリオもあくまで「岸田の乱」以前の話、派閥の論理から導き出されるお話である。
こうなれば、乱れるだけ乱れて、思いもしないニューリーダーが日本に登場するのも面白い。
絶対権力者のいない今の自民党、果たしてどこにたどり着くのか?
その答えを知っている政治家がいないという状況には、政治には門外漢だが元テレビマンの血が騒ぐ。