私の母は今月3日で92歳になった。
幸いなことにまだ脳も体も人並み以上に元気で、岡山市内の住み慣れたマンションで一人暮らしをしている。
誕生日の日に岡山にはいられなかったため、2日遅れで母を誘ってランチを食べることに。

選んだお店は、繁華街表町にある老舗喫茶店「B三共」。
最近母の食事の量が減っているため、ボリュームのあるご馳走よりもこうした懐かしい喫茶店の方が食べたいものが見つかるだろうと思い、ネットで「岡山市で一番古い喫茶店」と書いてあったためこの店を選んだ。
それにしても、「B・三共」とは老舗らしからぬ奇妙な名前である。
調べてみると、今の店主のお祖母さんが別の場所で「三共」というお店をやっていて、2号店をオープンするにあたり元のお店を「A三共」、2号店を「B三共」と名付けたのだそうだ。
今では店主が受け継いだ2号店だけが営業を続けている。

店の入り口には、昭和の香りがする食品サンプルが置かれていた。
しかし、よく見かける棚状にただサンプルを並べたものではなく、この店のは円筒形のオブジェが螺旋状に並んだモダンなショーウインドー風である。
これが昭和の時代には、オシャレだったに違いない。

壁に貼られたメニューを見ると、昭和の時代には定番だった喫茶店メニューが並ぶ。
しかも、物価高の令和の世にあって、その値段も昭和のまま時が止まっているようだ。
ただ、これでも最近値上げしたらしく、少し前まではカレーライスが500円、コーヒーは350円だったらしい。

店内に入ると、なんとも時代がかったインテリアが迎えてくれた。
店の中央にぶら下がったシャンデリアの下に六角形のテーブルが置かれている。
椅子はすべて黒い革張り。
なんとなく昔の雀荘を彷彿とさせる雰囲気がある。

年老いたご夫婦が今も店を切り盛りしており、お父さんが調理、お母さんが接客担当である。
しかしお母さんはかなり耳が聞こえにくいようで、注文をうまく聞き取れないで、何度かチグハグなやり取りをしてやっとのことでオーダーを伝えた。
聞くと、この店の創業は昭和8年、92歳の母の生まれた年である。
すると、母が「このお店、パパと来たことがある」と言った。
母親がよく利用していた岡山の老舗デパート「天満屋」のすぐ近くなのでそんなこともあったかと聞いていると、ただ来たのではなく、父親と初めて出会ったお見合いの席がこのお店だったというのだ。

お店のインテリアなどは記憶にないものの、お店の位置関係などからこの店がお見合い場所に間違いないと断言する母は、遠い記憶を手繰り寄せるように、当時の話を楽しそうに聞かせてくれた。
それは今から70年ほど前のことである。
母が用事を済ませて帰宅すると、家の人たちがソワソワした様子で「早く早く」と手招きするので、何事だろうかと思っていると、着ている和服を脱がされて有無をいわせず洋服に着替えさせられたのだという。
そして親代わりだった叔父さんに連れられ汽車に乗って岡山の街まで来て、この店に入るとそこにいたのが若き日の父親だった。
当時、父は東京で公務員をしていて、正月の短い帰省の間に急いでお見合いをさせようと周囲が勝手に段取りをして、世話好きなおばさん姉妹が花嫁候補に選んだのが母だったらしい。
その日、父はすぐに東京に戻らねばならないというので、母を最寄りの和気駅に送りがてら2人で快速列車に乗り込んだ。
当時、快速列車でも東京〜岡山間は12時間、普通列車なら丸1日かかったという時代である。
出会ったばかりの2人が和気駅に到着し母が降りようとすると、駅のホームが短すぎて乗っていた車両のところまでホームがなかった。
すると、父は線路に飛び降りて、母を抱いて地上に降ろしてくれたという。

とんだドタバタ劇だった母のお見合い。
母は心の準備も何もないままにこの喫茶店で父と会い、母の気持ちなど関係ないままに、話はとんとん拍子に進んでいった。
父はどうやら一目で母のことが気に入ったらしく、春には再び岡山に戻ってきて、母を実家に連れて行き祖母に会わせ、夏にも帰省して親戚にも紹介してめでたく結婚が決まった。
そしてその年の12月、2人は岡山で結婚式を挙げ、東京での4畳半一間の新婚生活が始まる。
父は奮発して快速列車の少しいい車両を予約してくれたが、母は味噌やら何やら実家からたくさんの荷物を手渡され、列車の網棚が自分たちの物でいっぱいなのが恥ずかしくて、とてもロマンチックな気分とはいかなかったようだ。
そして、上京して数年後私が生まれたわけなので、この古い喫茶店は言ってみれば私にとっても極めて重要な場所だったというわけである。

そんな我が家にとって縁結びの場所となったこの喫茶店で、私は「スパゲッティ・ミートソース」(600円)を注文した。
私は子供の頃ミートソースが好きで、母に連れられて天満屋のレストランに行くと、大抵ざるそばかミートソースを食べていた。
この店のスパゲッティはまさに昭和のスパゲッティで、アルデンテとは程遠い柔らかなソフト麺である。

母は「カレーライス」(600円)・・・

妻は「チキンライス」(600円)を注文した。
いずれも時代に迎合することなき、福神漬けが添えられた昭和のカレーライスでありチキンライスだった。

母の誕生日祝いなので、ケーキでもと思ったが、どうやらケーキの用意はないらしく、代わりにデザートを各自注文することにした。
私が選んだのは「フルーツパフェ」(650円)。
昔よく見たガラスの器にフルーツが並べられ、中央にはアイスクリーム、その上に生クリームがかかっている。
今時、パフェというと下手すれば2000円もするご時世だけれど、昭和のパフェはこんな感じ。
庶民にも手が届く憧れのデザートだった。

そして、母と妻が選んだのは「プリン」(450円)。
今時のオシャレな高級プリンではない手作り感満載の昭和のプリンがそこにはあった。
味だけで比較すれば、令和の日本にはいくらでも美味しい料理がある。
でも、思い出と結びついた美味しさは何物にも代え難い幸福感を与えれくれる。
偶然選んだ老舗喫茶店は、両親のお見合い話とともに、忘れえぬ幸せを私たちにもたらしてくれた。
ご夫婦がいつまで続けられるか定かではないが、ぜひまた訪れたい唯一無二の喫茶店である。
食べログ評価3.19、私の評価は4.00。
喫茶店「B三共」
電話:086-231-1147
営業時間:10:00-19:00
定休日:無休