過去最大のコロナの感染爆発が起きる中で、東京パラリンピックが開幕した。

57年ぶり2度目となる東京大会には、161カ国・地域と難民選手団が参加、史上最多となる4403選手が集まり、22競技539種目で熱戦を繰り広げる。
昨夜行われた開会式はやはり無観客だったが、混乱に次ぐ混乱だったオリンピックとは違って、プロジェクションマッピングを駆使し、コンセプトのしっかりした演出が施されていた。

特別驚くような仕掛けはないが、様々な身体的なハンディを持ったパフォーマーたちが繰り広げるステージは、「多様性」という言葉を強く意識させ、全体に温かさを感じさせてくれる好ましいものであった。
たとえが適切であるかどうかはわからないが、若い頃見たフェデリコ・フェリーニの映画のような不思議な世界観を感じさせる。
ネット上の反応も概ね好評だったようで、外野がとやかく口を挟まずに一人の演出家に任せればそれほど恥ずかしくない舞台が出来上がるということをパラリンピックの開会式は示しているように私には感じられた。

そして、開会式で最も印象的だったのは、やはり各国選手団の入場である。
屈強で溌剌とした選手たちが行進するオリンピックと違い、パラリンピックでは車椅子の選手を先頭に、様々な身体的な特徴を持つ選手たちが登場してくる。
中には、練習中にケガをした元オリンピアンもいれば、戦争で身体の一部を失ったアスリートもいる。
それぞれの国が置かれた事情を想起しながら選手団を見ていると、彼らの一人一人が持つ重い物語が伝わってくるようだ。

聖火の最終ランナーは、車椅子テニスの上地結衣選手ら3人の現役パラアスリートが務めた。
特別なサプライズもなく式は終了したが、オリンピックの開会式で感じたような恥ずかしさはなかった。
これでいい。
セレモニーなんかに必要以上に力を注ぐのは、国民の洗脳を狙うプロパガンダ国家のすることだ。
大切なのは、アスリートたちが良い環境で日頃の鍛錬の成果を発揮できること。
その真剣勝負を見守る私たち一人一人が、自分に必要なメッセージを汲み取ることなのだ。

開会式に先立って昨日の午後2時、航空自衛隊のブルーインパルスが再び東京上空でデモンストレーションを行なった。
いつもと違う爆音に気づいてベランダに出た私は、カメラを片手に編隊飛行をする機影の撮影を試みる。
あいにく東京上空は完全に雲で覆われて青空は見えない。
高速で飛行するブルーインパルスの姿を望遠で捉えるのは容易ではなかった。
それでもカラースモークを吐きながら都心上空に向かう編隊を動画で撮影できたので、とりあえずここにアップしておきたい。
さて、話変わって認知症の伯母についても書いておきたい。
ブルーインパルスの飛行を眺めた後、私は入院中の伯母に電話をかけてみた。
これが2度目の電話だが、やはりかける前にはどうもドキドキする。
電話に出たナースさんに伯母の様子を聞いてみると、この日は入浴もし髪の毛もカットしてもらったという。
「え? 本当ですか? それはすごい」
思わず叫んでしまいたいほど驚いた。
お風呂に入ることさえ頑なに拒否していた伯母が、洗髪に加えて散髪までさせたのだ。
「散髪したら? 昔行っていた美容室に連れて行ってあげるよ」と何度も声をかけたが、その都度「髪やこ自分で切れるからええ」と強く拒否していた伯母である。
さすが介護のプロたちだ、と感心する。

ただ、電話口に出てきた伯母は私にこんな質問をした。
「なんで私はここにおるんじゃろうか? 家がどねんなっとんか心配じゃ」
伯母からしてみれば、何がなんだかわからないうちに入院させられてから1週間が経ち、ようやく混乱から立ち直って少し冷静に考えられるようになったみたいだ。
しかし、お医者さんの説明も、数日をかけての私の必死の説得も伯母はまったく覚えていないらしい。
とにかく、住み慣れた家のことが心配になり、早く家に帰りたい気持ちが募っていることは手に取るようにわかった。
私は、家の玄関には鍵を取り付けたこと、貴重品は泥棒に盗まれないように私が保管していること、時々私が帰省して家を守ることなどを伝えて安心させようとした。
伯母は「ありがとう。お世話になります」とは言ったが、明らかに納得していない様子が声に表れていた。
私には直接言わないものの、私の母が電話した時にはこんなことを言っていたという。
「若い頭のええ人たちが考えたんじゃろうけど、わたしゃもうすぐ家に帰るよ」

伯母には伯母の人生がある。
医者や家族がどう言おうと、伯母は住み慣れた家にいて、そこで死にたいと望んでいるのだ。
しかし認知症が進み、一人では食べるものも用意できなくなった以上、誰かの世話にならなければ生きてはいけない。
私たちが東京から通うのには限度があることはわかっている。
医者が言う通り、伯母の安全を考えたら病院や施設に入所してもらうしか方法はないのだろう。
でも、本人がこれ以上の長生きを望んでいないのに、病院に入れて食事を与えることによって伯母はおそらく自宅にいるよりも長生きをする。
たとえ餓死したとしても、自分が望んだ場所で最期を迎えることは許されないのだろうか?

今の日本では、「安心安全」が何よりも優先される。
数々の紛争地を取材してきた私から見て、治安情勢が安定していて、みんなが安心して暮らせる社会は間違いなく良い社会だ。
しかし、国のトップから市井の人々まで何かといえば「安心安全」を口にするが、本当に「安心安全」よりも大切な価値観はないのだろうか、と近頃私は思うのだ。
昔、バンコク支局に赴任して発展途上国の視点から日本を眺めていた頃、日本社会にある種の「無菌室」のような違和感を感じたことがある。
「安心安全」を確保するために、考えられるリスクはあらかじめ最小化しておく社会。
ウイルスやバイ菌はもちろんのこと、蚊もハエも、蜂もアリもクモも、家の中に入り込むあらゆる虫を殺虫剤で殺し、自分たちの目に見えないところに自然を追いやってしまう社会。
私にはどうも、「安心安全」最優先の社会が味気なく人間味に欠ける気がしてしまうのだ。
認知症の伯母を「安心安全」のために入院させていることも、家の中から虫を追い払っていることに似た行為なのではないか、そんな想いが再び私の心の中に湧き上がってきた。

人間は本来、もっと自由で多様なものなのではないか?
「個人の自由」や「多様性」という価値観は、「安心安全」と同じぐらい大切な価値観なのではないだろうか?
多くの日本人にとっては、「命」や「安心安全」は何よりも重要な価値かもしれないが、今の伯母には「安心安全」よりも住み慣れた家で死ぬ「自由」の方がより大切なのかもしれない。
そもそも「安心」と「安全」という言葉がワンセットに使われるようになったのは、いつのことだろう?
個人の心の問題である「安心」を得るために、「安全」よりも「自由」が大事と感じる人もいるはずだ。
若い頃、各地で戦争の取材をしていた私も、どちらかと言えば「安全」よりも「自由」を志向する人間である。
いつの間にか日本社会に定着した「安心安全」という言葉は、個人の「安心安全」以上に社会の「安心安全」を優先する概念のようにも感じられる。

「多様性」とは、人種や国籍、宗教や身体的特徴、LGBTQといった問題だけではない。
多様な考え方の人間が社会の中にはいる。
それぞれが自分の主張をするだけでは社会がうまく機能しないが、それでも多様な価値観が共生して、多くの人が自分らしく生きていける社会こそ「多様性」のある社会なのだ。
日本も昔に比べると「多様性」を認める国になったと今回のオリパラを見ながら感じるが、いまだに「単一民族国家」という幻想にこだわる人たちもいる。
これだけ超高齢化社会が進んでも、外国人の受け入れに消極的な日本の入管制度も問われている。
入管施設で死亡したスリランカ人女性、三本指を立てて軍政に抗議し亡命が認められたミャンマー人の背後には、日本への亡命を求める多くの人たちがいる。
今、世界中が注目しているアフガニスタンからの難民救出作戦も、日本人にとっては遠いニュースに過ぎない。
大坂なおみや八村塁が少しだけ広げた「多様性のある日本」の未来。
日本社会の多様性を阻む根本的な要因は私たちの心の中にある・・・。
パラリンピックと伯母との電話を通して、私は昨日、そんなことを考えた。
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