<吉祥寺残日録>ウクライナ危機🇺🇦 軍事侵攻から5ヶ月!昔のドキュメンタリーから知る「プーチンのロシア」の長期戦略 #220724

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって今日で5ヶ月が経った。

日本を含む西側諸国では徐々に報道も減ってきて、「支援疲れ」という言葉も聞かれる今日この頃だ。

どんなに胸を締め付けられるようなニュースがあっても、人間のすぐにそのニュースに慣れてしまい、心を乱されることも少なくなってしまう。

そうでなければ人間はとても生きてはいけないので、忘れることも大切な能力ではあるのだが、同時に世界の未来を左右するこのような事態に対しては理性を使って意識的に関心を持ち続けるよう自らを戒めなければならない。

最近の大きな動きといえば、国連とトルコが仲介する形で、ウクライナの穀物輸出再開で合意したことだ。

2月の軍事侵攻以来、ウクライナ南部の港には大量の穀物が輸出できないまま倉庫に眠っていて、それに頼ってきた中東やアジア諸国の食糧危機が懸念されていた。

合意は、ロシア、ウクライナ、トルコ、国連の4者が共同で調整センターをイスタンブールに設け輸送を監督するというもので、機雷が敷設されている港周辺ではウクライナ側が安全な航路を案内することになっていた。

そして貨物船や港には攻撃を加えないことも当然合意に盛り込まれたのだが、早速その合意は破られてしまった。

4者合意の翌日、ウクライナの主要な輸出港であるオデーサ港に4発のミサイルが撃ち込まれた。

2発は迎撃に成功したが2発は着弾しインフラ施設を破壊したという。

トルコに対してロシア側は関与を否定したと伝えられているものの、ロシアに対する風当たりが厳しくなるのは間違いない。

顔に泥を塗られた形の国連もロシアを強く批判した。

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7月に入り、ウクライナはひまわりの咲く季節となった。

ロシアの兵士もウクライナの人たちも、これほど長く戦争が続くとは思っていなかっただろう。

それはプーチン大統領自身も同じかもしれない。

しかし戦線は膠着していて出口は全く見えてこない。

戦争が長期化するに従って外国の関心が薄れてくるのはいつものことだ。

日本のテレビニュースでもウクライナの話題はすっかり少なくなった。

そんな中で、私は意識してウクライナやロシアに関するドキュメンタリーを見るようにしている。

最近見た中でとても印象的だったのは、2009年に放送されてNHKスペシャル『揺れる大国 プーチンのロシア』だった。

これは4本シリーズの大作で、当時それほど世界が注目していなかったロシアの変容ぶり、プーチンの危険さを多角的に取材し、今から見るとゾッとするような多くの警鐘を発していた。

その第1部は「プーチンのリスト〜強まる国家資本主義〜」。

「オリガルヒ」と呼ばれるロシアの新興財閥がいかにして国家に取り込まれていったかを克明に描いている。

ソ連崩壊後、資本主義経済に移行する大混乱の中で急成長し大統領を凌ぐ権力を手にしていたオリガルヒに対し、2000年に大統領に就任したプーチンはまず資源会社を中心に強引に国営化を進めていく。

その結果、石油や天然ガスの輸出によって得た莫大なマネーが国に流れ込み貧乏だったロシアが世界有数の外貨準備を抱える国へと生まれ変わる。

そのタイミングで起きたのが2008年のリーマンショックだった。

積極的な外資の導入で利益を上げていたオリガルヒは、マネーの逆流によりどこも窮地に陥る。

銀行も次々に破綻する経済危機の中で、オリガルヒが生き残る道は政府に頼ることだけだった。

それまで自由を謳歌していたロシアの富豪たちは競って政府に擦り寄り、プーチンは公的資金によって救済する企業を選別しリストを作っていく。

この過程でほぼ全ての大企業は政府の軍門に下り、政府に従わない企業は容赦なく淘汰されていった。

資源マネーを政府が握ったことがプーチンの力の源となっていて、こうして着々と築いていった「国家資本主義」を習近平の中国が真似をしたのだろうと番組を見ながら思った。

やっぱりプーチンは只者ではない。

第2部は宗教を扱った「失われし人々の祈り〜膨張するロシア正教〜」。

ソビエト時代、共産党は宗教を厳しく弾圧し教会も破壊されたが、プーチンはロシア正教を奨励しロシア各地に夥しい数の教会が建設された。

プーチンの狙いは伝統的なロシア正教を復活させ、かつてのロシア帝国時代のように国民を団結させるための手段として用いることだった。

番組が放送された2009年段階でロシア国民の7割がロシア正教の信者だという。

帝政時代、ロシア人は全国に張り巡らされた教会の共同体「オプシーナ」を中心に生きてきた。

プーチン政権下でこの「オプシーナ」も復活し、格差社会で生まれる貧しい人たちに救いの手を差し伸べるのも教会の役目となっている。

さらに興味深いのはロシア正教が子供たちの愛国心教育にも関与しているということだ。

教会に付属する「軍事愛国団」では、お祈りの後、10代の若者たちに対して元特殊部隊員による軍事訓練が行われていた。

参加した少年たちはインタビューに対してこう答える。

「信仰なしではつらい戦いを耐えられません」

「戦う時には目的が必要です。神のために戦います」

「国家と信仰への愛が深いほど立派な人間になります」

ロシア正教はプーチン政権下で愛国心と強く結びついた強固なネットワークに成長した。

戦争の時には、ロシア正教の司教が戦地に赴き、兵士たちに祈りを捧げている。

第3部は2008年に起きたグルジア紛争を扱った「離反か従属か〜グルジアの苦悩〜」。

西欧路線を模索した旧ソ連のジョージアがNATO加盟を目指す動きに対してロシア軍が侵攻、まさに今日のウクライナ戦争と同じシチュエーションだったことがわかる。

グルジア政府と対立する南オセチアやアブハジアを支援するという名目での軍事作戦、首都トビリシにも空爆を行ったのも今回のウクライナと同じだ。

しかし大きく違っているのは戦争が事実上5日間で終わったこと。

ロシア軍の圧倒的な戦力を前にグルジア軍は抵抗できず、ロシアは今もジョージア国内の一部地域を支配している。

この成功体験がプーチンをウクライナ侵攻に踏み切らせたことは容易に想像がつく。

「親ロシア派を助ける」という大義名分はロシアでは常に熱狂的な支持を受け、支配した地域ではロシア化が進められる。

しかしロシアに100万人もの出稼ぎ労働者を送り出しその仕送りで経済を回していたグルジアにとって、ロシアとの対立は経済的にも大きなダメージとなり、国家対立の狭間で生活の基盤を奪われた市民たちの苦悩が溢れ出すような番組だった。

そして最終回となる第4部は「プーチンの子どもたち〜復活する“軍事大国”〜」。

就任以来、「軍事大国」の復活を着々と進めてきたプーチンの長期計画を見せつけられるようなドキュメントである。

『20世紀初めに「世界最強の陸軍国」と恐れられたロシア。プーチン政権は軍事力を大国復活への柱と位置づけてきた。ロシア全土で次々と建設されるカデット(軍人を養成する学校)を舞台に、ミサイル部隊を目指す10代の若者の姿と軍事・思想教育の実態を描く』

カメラはロシア南部、ウクライナやジョージアの国境にも近いベラヤカリトバにある「マトベイ・プラトフ将軍記念カデット」を長期取材していた。

ここは軍の幹部候補生を育成する中高一貫の公立校で、近年入学希望者が年々増え、入試の倍率は8倍を超えるという。

政府による手厚い支援で学費が安く、厳しいしつけも評判で、リーマンショックによる経済危機の中では我が子を軍隊に入れたいという親が増えているようだった。

12歳から17歳の男女300人が全寮制での生活を送っている。

プーチンは軍事大国復活に向けて軍事費を8年間に5倍に増やし兵士の給与を2倍に引き上げる一方で、優秀な志願兵を育成する計画を立てた。

チェチェン紛争の際、徴兵された兵士たちの戦闘力の低さを目の当たりにしたためだ。

『ロシアの発展には強大なプロの軍が不可欠だ。必要なのは優秀な将校、若い司令官と心から祖国に奉仕する兵士だ』とプーチンは語り、大統領就任直後に発表した「愛国プログラム2001」の中で最も重視したのは「愛国心」だった。

『愛国心の復活はロシア復活の第一歩である』

この方針のもとでロシア全土に整備されたのが幹部候補生養成学校「カデット」である。

カデットの生徒が目標とすべき人物として、19世紀ナポレオン軍を打ち破ったコサックの英雄、マトベイ・プラトフ将軍が定められた。

コサックは領土を広げ国境を守ることを使命とし、皇帝への絶対的忠誠心と命を顧みない勇猛さで知られた帝政ロシア時代の騎馬軍団である。

教師は「一般兵士の半数が捕虜になったのに対し、コサックは戦死するまで戦った」と教える。

ソビエト政権時代には「危険な勢力」として弾圧されたコサックがプーチン政権下で復活しようとしているのだ。

コサックの末裔である校長はカデットの新入生たちに次のように話した。

『コサックの運命は何に捧げられているのか。ロシア民族の繁栄と強い国家を建設することだ。君たちは愛国精神を育てる義務がある。愛国者とは人生のすべてを国家に捧げる人のことだ。給料が良いからといって、アメリカや豪州へ渡ったりしない人だ。自国で働き、自国に奉仕する人だ』

まるで、戦前の日本を彷彿とさせる。

今から13年前に放送されたNHKのドキュメンタリー。

プーチンが大統領になってからの22年間に多くの愛国心あふれる若者が軍隊に送り込まれている。

西側の報道を見ていると、プーチンが病気で精神状態が異常をきたしたとか、ロシアの兵士たちは騙されて戦場に送り込まれ士気が低いとか楽観的な見方が横行しているが、プーチンのロシアは時間をかけて多角的に愛国心を高めてきた戦前の日本のような国であることがこの番組を見てよくわかった。

戦前の多くの日本人が天皇のために死ぬことを当たり前と考えたように、この20年間に植え付けられたロシアの愛国心を甘く見てはいけない。

超大国から破産国家に落ちぶれた1990年代の屈辱の時代を乗り越えて、プーチンとオイルマネーによって復活を遂げたロシアは、私たちがイメージする現代国家とは根本的に違っているのかもしれない。

プーチンは明らかにロシア帝国の復活を目指している。

そのための準備、あらゆる手段を使って国民を総動員できる体制を整えていると考えれば、プーチンがウクライナを諦めるという幻想は捨てた方が良さそうだ。

戦争はまだまだ続く。

それにウクライナ国民とそれを支援する西側諸国はどこまで耐えられるだろうか?

<吉祥寺残日録>ウクライナ危機🇺🇦 ロシア人が見る「パラレルワールド」!プーチンの国家戦略を学ぶ #220306

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