<吉祥寺残日録>パリ五輪2024🇫🇷 セーヌ川を舞台にした野心的な開会式は「文化と芸術の国」フランスの面目躍如 #240728

近代オリンピックの父クーベルタン男爵を生んだ国フランス。

その首都であるパリでオリンピックが開催されるのは100年ぶりだという。

それだけにマクロン大統領はじめフランス政府の力の入れようも半端なく、史上初めて開会式をスタジアムではなくパリ市内を流れるセーヌ川を広範囲に使う前代未聞のものだった。

エッフェル塔やノートルダム大聖堂、ルーブル美術館などセーヌ川沿いに立ち並ぶ世界的な観光名所を舞台装置とした壮大なショーは、まさに「文化と芸術の国」フランスの意地と実力を見せつけるとても野心的で完成度の高いものであった。

日本時間の27日午前2時半から始まったパリオリンピックの開会式。

フランス革命の発端となったバスティーユ近くに架かるオーステルリッツ橋でフランス国旗を表すトリコロールの花火が打ち上げられたのを合図に、各国選手団が分乗した大小様々なボートがメイン会場であるトロカデロ広場に向けて順番にスタートしていく。

205の国と地域が参加するオリンピック。

これまでならば、選手入場が淡々と続くのが避けられなかったが、パリ五輪の演出チームはこの単調な選手入場をいくつかのブロックに分け、その合間に多彩なプログラムを入れ込むことで、開会式全体を流れるようなショーにして見せた。

主役であるはずの選手たちをショーの一部にすることに批判もあるようだが、エンターテインメントに携わったことのある人間としては、開会式の演出を担当した芸術監督トマ・ジョリーさんの意図はよく理解できる。

開会式は儀式ではあるが世界中の人が注目する史上最大規模のショーなのだ。

ショーの縦軸となるのは、パリの名所を駆け巡る仮面をかぶった謎の聖火ランナー。

歴史的建造物の屋根の上を走り、ルイヴィトンのアトリエやルーブル美術館の内部にも現れる。

映像とリアルをを巧みに繋ぎ合わせながら、開会式の最大の見せ場である聖火の行方に注目を集め、同時にパリの観光名所を世界中の観衆にアピールするしたたかで緻密な演出が施されている。

そして、選手たちが船上パレードを繰り広げるセーヌ川の河岸では、さまざまなショーが繰り広げられる。

黄金色に飾られた階段で繰り広げられるレビューには、なぜかレディー・ガガが登場。

フランス語でシャンソンを歌い、彼女の衣装はディオールが担当したという。

パリ発祥の地である「シテ島」の上空には、2機の航空機によってピンクの大きなハートが描かれる。

対岸には有名な老舗キャバレー「ムーラン・ルージュ」のダンサーたちがずらりと並び、美しい足を上げて「フレンチカンカン」を披露した。

まさにパリは「恋の街」なのである。

シテ島にある再建中のノートルダム大聖堂では、工事の足場の上でダンサーたちが踊る。

そして、フランス革命時代の牢獄「コンシエルジュリー」では、ロックバンドの演奏に合わせて、首を切り落とされたマリー・アントワネットが窓辺で歌う。

オリンピックの開会式としてはかなりドギツイとんがった演出である。

シテ島を過ぎると芸術の橋「ポンデザール」が現れる。

ここで登場したのはフランスを代表するポップスター、アヤ・ナカムラ。

私は彼女のことを知らなかったが、アフリカのマリとフランスの二重国籍で、彼女が歌った「Djadja」はフランスのみならず世界で広く愛された大ヒット曲なのだという。

そして、栄誉礼など国の公式行事で演奏する「共和国親衛隊音楽隊」が彼女を取り囲み、セーヌに架かる橋の上で楽しそうにヒット曲を奏でる姿はとてもチャーミングな演出であった。

ほかにも、パリ・オペラ座バレエ団の最高位「エトワール」がパリ市庁舎の屋根の上で舞い、オーディションで選ばれた指折りのダンサーたちがパリ五輪のテーマソングに合わせて踊るなど、次から次へと河岸でのパフォーマンスが続く。

そして、それらのシーンをつなぎ合わせるように、謎の聖火ランナーが屋根を激走し、時にはジップラインを使って綱渡りで対岸へと渡ったりする。

文字通り、フランス発祥のスポーツ「パルクール」の動きである。

本来ならば、この壮大なショーは太陽が沈む夕暮れをバックに展開されるはずだった。

7月のパリは1年で最も天気が良く、日本のように湿度も高くないため屋外のショーには最高のコンディションのはずだったのだが、あいにくこの日は雨が断続的に降り、開会式が始まるとさらに雨足が強くなるという最悪の天気となった。

それでも選手団を乗せた船がトロカデロ広場に近づいた頃には照明が灯り、幻想的な雰囲気が漂い始める。

セーヌ川に設置された噴水からカラフルに染められた放水が行われ、歩行者専用の「ドゥビリ橋」にはシャンデリアが設置され、一夜限りのパリコレの舞台が設られた。

橋の上で行われたファッションショーはまさに多様性極まる過激なものだった。

有名デザイナーだけでなく奇抜な若手の作品も多数選ばれ、モデルも義足の人もいれば、豊胸手術を施した髭を生やした男性もいる。

もはや男女の区別も人種の区別も存在しない。

LGBTQに寛容なフランスを象徴するシーンではあるが、おそらく開会式がテレビ放送される国の中には、このシーンをカットして放送する国もきっとあるだろうと想像した。

こうして長時間のショーが終わり、選手を乗せた船は無事にメイン会場の「トロカデロ広場」に到着。

対岸のエッフェル塔を背景に、エッフェル塔の形をしたステージが作られ、それを取り囲むように仮設の桟敷席が設られている。

でも、船でずぶ濡れになった選手たちの中には式典に参加することなく選手村に引き上げる人も多かったようだ。

トロカデロ広場はパリ特派員時代に住んでいたところ、映像を見れば懐かしい。

式典が始まると、それまでのショーは一気に儀式に変わった。

IOCのバッハ会長の長い挨拶と満足げなマクロン大統領の開会宣言。

しかしそんな儀式の中にもちゃんと演出を忘れない。

それが、セーヌ川の上を疾走する金属の馬である。

馬の上には五輪旗を纏った謎の聖火ランナーが騎乗し、選手たちがパレードしたセーヌ川をオーステルリッツ橋からトロカデロ広場までを走り抜け、その間にクーベルタン男爵から現代に続くオリンピックの歴史が映像で綴られるのだ。

さらにエッフェル塔に設置された特設ステージでは、病気のため活動を休止していたセリーヌ・ディオンが雨に濡れながら「愛の讃歌」を歌い上げ、式典を盛り上げる。

どこまでも堅苦しい儀礼ではなく、パリにふさわしいアートを目指したのである。

そして4時間に及んだ開会式のフィナーレとなる聖火の点灯。

謎の聖火ランナーがステージに登場し、サッカーの英雄ジダンに聖火を手渡す。

聖火はジダンからテニス王者のナダルへ。

ナダルはスペイン人だが、全仏オープンで最多となる14回の優勝を果たしたレジェンドだ。

聖火を引き継いだナダルは再び船に乗りセーヌ川を上流に向かって走り始めた。

同じボートには、カール・ルイスとセリーナ・ウィリアムス、そして「白い妖精」ナディア・コマネチが乗っていた。

ボートが向かったのはルーブル美術館。

「ルーブルに聖火台があるのか?」と一瞬思ったが、フランスのアスリートたちに引き継がれた聖火は、ガラスのピラミッドがあるルーブルの中庭を駆け抜けて、隣接するチュイルリー公園へ。

シャンゼリゼ大通りとルーブル宮の間に広がるチュイルリー公園に待っていたのは気球型の聖火台だった。

気球といえば、フランス人作家ジュール・ヴェルヌの名著「80日間世界一周」。

おそらくはフランスから世界を繋ぐメッセージが込められているのだろう。

点火された気球は宙に舞い上がり、それをヘリコプターが上空から写す。

エッフェル塔や凱旋門の美しい夜景をバックにパリの上空で燃え上がる聖火。

史上初めてスタジアムを飛び出したパリ五輪の開会式を締めくくる見事なラストカットだった。

パリのランドマークであるエッフェル塔は多彩な光とレーザー光線で彩られ、オリンピックの開会式を別次元に引き上げるシンボルとなった。

フランスが世界に示した「スタジアムから飛び出した開会式」が、今後オリンピックの標準となるかもしれない。

パリのように世界中の人に知られたランドマークはないかもしれないが、開催都市のシンボルとなる場所は必ずあるはずだ。

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あまり話題にはならなかったが、私にはとても記憶に残るシーンがあった。

セーヌ川に浮かべられたステージの上で演奏されたジョン・レノンの名曲「イマジン」である。

照明が消され、暗闇に包まれたセーヌ川の上でグランドピアノが燃えていた。

ボートに積まれたカメラがステージの周りをぐるぐる回りながら世界平和を願う名曲を世界に送り出した。

前回の東京オリンピックから3年。

この間ロシアがウクライナに侵攻し、ガザでの戦争も続き、世界は平和から逆行している。

パリ五輪でも、ウクライナの選手団がオリンピックに参加する一方、ロシアとベラルーシは国家としての参加が認められなかった。

イスラエルの参加が認められていることについてもいろいろ批判はあるが、私は「平和の祭典」オリンピックがあまり政治に振り回されてほしくないと考えている。

開会式の当日、フランスの誇る高速鉄道TGVを狙ったテロが3カ所で起きた。

混沌とする国際情勢に加えて、極右勢力が台頭し混迷するフランスの国内事情もあって、大会期間中さらなる妨害工作も懸念されている。

それでも私はスポーツの力、オリンピックの力を信じたい。

大国も小国も関係なく、一人ひとりの選手が持てるすべての賭けてメダルに挑む。

その姿は限りなく美しく、何にも増して人生の示唆に富んでいるからである。

また、眠れない日々がやってきた。

<吉祥寺残日録>【東京五輪開幕】コロナ禍で行われた開会式は異例づくめ #210724

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