<吉祥寺残日録>老人たちの物語に耳をすまし、寄り添うということ #210919

台風一過の青空が広がっている。

気持ちのいい日曜日だ。

私は明日から2泊3日の予定で、岡山に行く予定にしている。

認知症の伯母が入院し、すでに1ヶ月間留守になっている家の管理をするためだ。

ついでに、お彼岸のお墓参りとその前にお墓の周辺の草刈りもしなければならない。

私の母もお彼岸には欠かさず亡くなった父の墓参りをしているので、それにも付き合うつもりだ。

ブドウ畑の様子も気になっている。

今年は放置プレーなので収穫は期待できないが、いくつか残してある房をそろそろ摘み取らねばならない時期なのだ。

そして一番悩みどころなのが、入院中の伯母に面会に行くかどうか。

私の顔を見ると「家に帰りたい」と言い出すのではないかと心配で、まだ決心がつかない。

病院の計画では、最低でもあと2ヶ月は入院が必要とされているので、中途半端に顔を見せてせっかく病院の生活に慣れ始めているのを邪魔するんじゃないかと考えたりもする。

それでも秋の気配が徐々に深まり、夜はかなり涼しくなってきたので、長袖などの衣類は差し入れないとならないだろう。

認知症の親族にどのように接するのがいいのか、ケースバイケースだとは思うが、私にとっては先の見えない難しい課題である。

そんな時、一本の海外ドキュメンタリーを観た。

BS世界のドキュメンタリー「寄り添って輝く〜デンマーク 幸せの認知症ケア〜」という番組だ。

デンマークの首都コペンハーゲンから北へ50キロ。老人ホーム、ダウマスミネには認知症などを患う老人たちが暮らす。この施設で実践されている治療は「思いやり」。スキンシップや会話、アイコンタクトなど、薬に極力頼らない「ケアトリートメント」が中心だ。この施設にカメラを据え、個性あふれるダウマスミネの居住者たちと看護師たちの日常を記録。

引用:NHK

私は常々、日本は北欧型の国づくりを目指すべきだと考えているが、この老人施設も大いに参考になる。

まず、施設が美しい自然の中にあり、建物の中もすごく洗練されていてプチホテルのような居心地の良さを感じる。

この施設を作ったのはマイ・ビエル・アイビーという若い女性。

自らの手で介護施設を作った理由を彼女はこう語った。

「私は17歳の時に介護施設で働いていました。施設に足を踏み入れた瞬間から、居心地の悪さを感じたのを覚えています。建物やすべてが灰色で、鼻を刺す妙な匂いが立ちこめていました。入居者たちはほったらかしにされ、すいません、すいませんと呼び続けるか、攻撃的になっていました。私はその状況を変えたいと思いました。そして看護師になろうと決めたんです。

ある日突然私の父の言動がおかしくなりました。認知症でした。父は介護施設に入所することになりました。父の施設は以前私が働いていたあの場所でした。そこは何も変わっていませんでした。見た目も匂いもまったく同じ、父はポツンと部屋に座っていました。食事は食べ方を忘れた父の前に置くだけ。名前も呼びません。父がユーモアを発揮しても無視されました。父は丈夫だったのに真っ当な介護が受けられず、5ヶ月で亡くなりました。

私は自分の手でなんとかしなければと思いました。そして7年間お金を貯めて、古い作業所跡を借りました。介護施設を建てるためでした。私たちは他の施設より資金力があるわけではありません。入居者も公的年金で暮らしている人たちです。でもここはデンマークで1つしかないユニークな施設です。私たちは思いやりは治療だと信じています。」

福祉先進国と言われるデンマークでも、認知症の高齢者のケアは問題が多いようだ。

この施設の形態は日本のグループホームとさほど変わらないが、薬をほとんど使わないせいか、何もせずボーッとテーブルに座っている老人の姿はあまり目立たない。

そしてみんなおしゃれだ。

看護スタッフは老人たちの体を触りながら優しく話しかける。

一人一人の人生をスタッフで共有し、それぞれの物語に寄り添うように接している。

そしてワインやケーキなど、生活が豊かになるものは常に身の回りにあるのだ。

何よりもいいなと感じたのは、施設の周囲に豊かな自然があり、日常的に屋外に出て自然と触れ合う機会が設けられていることだ。

認知症の高齢者はどんどん子供のようになっていく。

木に触れるだけで嬉しそうに顔をほころばすのだ。

外出する時にはちゃんとお化粧やマニキュアをしてもらい、おしゃれな上着を着て思い思いの時を過ごす。

人間の尊厳が大切にされている、そう感じた。

この施設に新しく入居した夫婦がいた。

奥さんの認知症がかなり進み、夫にも認知症の症状が現れ始めたため、家族が入居を決めた。

施設に到着した日、家に帰ろうとする夫をスタッフが説得する。

何かにつけて文句の多い言うことを聞かない老人である。

妻の付き添いのつもりでやってきて子供たちが自分を置いて帰ってしまったことで怒り出す。

何事も自分で決めてきた男は、容易にスタッフの言葉に耳を貸さない。

まるで私の伯母を見るようだった。

他の入居者たちにも常にきつい言葉を投げかけたり、一人で外出しようとしたり、手のかかる老人である。

それでも献身的なスタッフの努力によって、夫もそこが自分の居場所であることを徐々に受け入れていく。

こうした努力は日本の多くの介護施設でも行われていることだろう。

本当に頭が下がる思いだ。

もう1つ、この施設が優れていると感じたのは、無理に寿命を伸ばそうとしないことである。

一人の女性について、スタッフ間でのミーティングが持たれた。

施設長のアイビーがこう提案する。

「彼女は長い準備期間を終えて、人生を全うする段階にいると思う。食事介助やいろいろな訓練もしたけど、それも徐々に減らしてきた。彼女自身、今の状態の方が楽みたい。彼女はもう頑張らなくていい、食事に関しても。食べたくないようなら、その意向を尊重して欲しいの。私たちを喜ばせようとして無理にでも食べようとするから。彼女って、そういう人よ。彼女は自分の意志を持っている。それを尊重してあげたいの。見極めるしかない。私たちは彼女をずっと見てきたのだから。プロとしての判断に自信を持つの。でも見捨てるのとは違う。本人の選択の自由を確保すること、それも“寄り添い”だと思うの。辛くても。人間として、またプロとして事実を受け入れないと。彼女はもう長くない。最期の時を迎えつつある。」

立派な決断だと思う。

人間はただ長く生きればいいのではない。

その人らしく生きて、その人らしく死ねることが尊重されるべきなのだ。

日本でも様々な試みが行われている。

フジテレビ系のFNSドキュメンタリー大賞を受賞した「日々うらら〜超高齢社会のあるカタチ〜」という作品もとても興味深かった。

舞台となるのは、富山県砺波市に去年秋オープンした「ものがたりの街」。

中核となるのは佐藤伸彦医師が率いる「ものがたり診療所」で、地域の高齢者一人一人の人生=ものがたりを大切にし、その人に合った医療や介護を提供する新たな取り組みである。

しかしそこは単なる病院ではない。

「ものがたりの街」のホームページには「みんなで一緒に育てていく街」と書かれている。

富山県砺波市太田地区で2020年秋に、ものがたりの街がオープンしました。
「ものがたりの街」は安心して過ごせる空間を皆で作っていく場所です。

「さあ、みんなで一緒にやりましょう」を合言葉に、
ハーブ園や野菜畑、イングリッシュガーデン、ケーキ屋さん、アロママッサージ、家具作り…
あなたの夢を、ここにいる仲間と一緒なら叶えられるかもしれません。
ソファーで珈琲を飲みながら音楽を聴き、本を読み、物想いにふけったり、
子供たちが勉強できるような環境、健康のために何かを学ぶ場所、
人が幾つになっても成長していける、楽しい時間を過ごせる場所。
そんな場所を一緒に育てていきませんか?

引用:ものがたりの街

ここでは地域の住民が参加する様々なイベントも開かれる。

いいなと思ったのは、遺影撮影会。

高齢者たちに目一杯目一杯おしゃれをしてもらってプロのカメラマンに写真を撮ってもらう。

ただそれだけのことで、おばあさんたちの表情は見違えるように輝いてくる。

そして、「ものがたりの街」では自前の介護施設も整えていた。

その施設は、あのデンマークの介護施設のような素敵なインテリアで、日本にもこういう場所が増えるといいなと心から思った。

さらに最後まで自宅にいたいというお年寄りには、訪問医療も充実している。

こうした取り組みは人口の少ない地方だからことできるものだ。

超高齢化社会を迎える日本では、地方の強みを活かした試みがどんどん生まれることが、東京一極集中を防ぐ道なのではないかと感じた。

ついでながら、旅好きな私にはもう1つ記録しておきたい番組がある。

BS世界のドキュメンタリー「旅路 ある夫婦の物語」。

スイスの写真家ニッギと画家アネッテ。20年前、幸せな結婚生活を送っていた2人の人生は急変した。妻が突然の病で首から下が麻痺して以来、夫は介護に専念している。妻は夫に申し訳ないという思いから日々死にたいとさえ感じていた。そんな中、夫はキャンピングカーを改造し、昔よく行ったギリシャの島へ妻と2人で旅に出る。夫婦はどのような人生の答えを見つけ出すのか…

引用:NHK

20年間、妻の介護を続けた夫。

施設に預けず、仕事もやめ、自らの手で妻の面倒をすべて見てきた。

それだけでもすごい話だ。

しかし体が一切動かせない妻も、幸い言葉も話せて、景色を楽しむことはできる。

だから夫は自らキャンピングカーを改装し、妻と2人でギリシャに旅立つ決意をする。

その二人の旅路を、ディレクターである娘が撮影し、両親にインタビューをするのだ。

もともと芸術家である2人は美男美女で、奔放に人生を生きてきた。

そんな2人だから選んだ自分たちらしい老後、素敵な物語だ。

長く生きていれば、どんな人でも物語を持っている。

その一人一人の物語を無視して一律に扱われることほど老人の尊厳を傷つけることはないのかもしれない。

一人で農地を守り頑張ってきた伯母にどんな最期を迎えてもらうのか?

理想と現実の中で、まだ私には選択すべき道が見えていない。

<吉祥寺残日録>岡山帰省4日目、伯母を車に乗せて海辺の故郷に連れて行った #210707

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