日本でほとんど知られていない私の100ヵ国目の訪問国「セントビンセントおよびグレナディーン諸島」。
以前のブログでも書いたが、それがディズニーの人気映画シリーズ「パイレーツ・オブ・カリビアン」の第1作が撮影されたロケ地と聞くと、少し興味が湧く人もいるかもしれない。
世界中に海賊ブームを巻き起こした「呪われた海賊たち」。
ディズニーランドの人気アトラクションから着想を得たオリジナルストーリーで、制作発表の際には誰もこんな大ヒットは予想していなかったという。
そのため、続編に比べて制作費は少なく、ロケ部分の大半はここセントビンセント島と美しい砂浜のあるグレナディーン諸島のユニオン島で行われたという。
そんなロケ地の跡が人気の観光地になっているというので、せっかくこの島まで来たからには行ってみたいと思った。
現地ツアーに参加すれば簡単に連れて行ってもらえるだろうが、この島では比較的時間に余裕があるため、ぜひ地元の人たちが利用する庶民の足「ミニバス」を乗り継いで行ってみよう、そう思い立った。
フロントで確認すると、ホテルの目の前を首都キングスタウン行きのミニバスがひっきりなしに走っていることがわかった。
地図で見ると、ロケ地はキングスタウンのずっと北にあるようだが、賑やかな街中まで行けば乗り継ぐべきミニバスがきっと見つかるはずだ。
Googleマップで調べてみても、ミニバスを乗り継いで2時間弱で行けると表示された。
カリブ海の旅でミニバスに乗るのは初めてなので、勝手がわからないがそれがまた面白そうだ。
ホテルの前に出るとすぐに1台のミニバスがやってきた。
「キングスタウン?」と聞くと、車掌らしき若者がドアを開け中に入れと手招きする。
車内はすでに満席で車掌の後ろの補助イスを倒して、ここに座れと言う。
私でもう満席だと思っていたら、車掌の若者はまだ窓から身を乗り出すようにして客を探して道端にいる人に片っ端から声をかけている。
車が止まったと思ったら、まだ客を乗せようとする。
私の列は補助イスを加えても横3席なのだが、もっと詰めろと促して私の隣に4人目を座らせた。
もう肌と肌がくっついてぎゅうぎゅうの状態だ。そこで気づいたのだけれど、私の後ろの2列にはすでに4人ずつ座っていたのだ。
さらに驚いたことに車掌の列にも4人目の乗客を乗せ、車掌自らは客と向き合うような姿勢で後ろ向きに立っている。
運転手がいる最前列だけは安全を考慮して3人掛けだが、残りの4列には4人ずつ座り、立っている車掌ヲ加えると1台のワゴンに20人が詰め込まれていることになる。
どうやらこれで本当の満席になったようで、それからはバスを待つ人がいても無視して走り続けるのだ。
さらに度肝を抜かれたのが、ミニバスの走るスピードと車内に流れる大音量の音楽だった。
火山島で平地がほとんどないセントビンセント島では山や丘を這うように一本道がうねうねと走るだけでキングスタウンに行くにはこの道路を通る以外に方法がない。
片側一車線で先の見通しが効かないこの道をミニバンは最高速度でぶっ飛ばす。
当然中の客は急カープを回るたびに右へ左へと揺さぶられ、席に余裕があると前の座席の背をつかんでいないととても座っていられないほどのGがかかる。
そして、カリブ独特の激しいリズムが耳を劈くようなボリュームでライブ会場さながらに流れ続けるのだ。
体を揺さぶる激しい重力と狂ったようにリズムを刻む空間の中で、運転手や車掌は完全にトランス状態なんじゃないかと心配になる。
そうして身動きもできない状態で20分、ミニバスは首都キングスタウンのターミナルに到着した。
運賃は定額で、ホテルのフロントで教えてもらった通り2.5東カリブドル、日本円でおよそ140円弱だった。
いやあ、ビックリした。
でも、めちゃくちゃ面白かった。
観光客用のミニバスとは全く違う、これこそがカリブの庶民が日々生活の足として利用している交通機関なのだ。
ずっと前の座席の背を掴んでいたので、手がベタベタである。
おそらく毎日何十人もの客があの座席の背を掴んでいるに違いない。
ターミナルと言っても、ただの空き地で、周囲に露店が並んでいるだけだ。
さて、乗り継ぐミニバスを探さなければならない。
Googleマップを見せながら、「ここに行くミニバスは?」と聞いて回る。
その度にみんなが「あっちだ」と同じ方向を指差した。
どうやらここはキングスタウンより南に向かうミニバスのターミナルらしく、映画のロケ地がある北に向かうミニバスは街の北側にあるターミナルから出るようである。
バスターミナルを探しながら首都キングスタウンの中心部を歩く。
キングスタウンという名前から受けるハイソなイメージとは程遠い街である。
路上に寝ている男がいれば、所在なさげに屯している若者たちもいる。
リュックを前に抱え、財布にも用心して歩く。
それでもいかにも古そうな歴史的建造物もいくつも残っていて、イギリスが建設し、後にフランスと交互に奪い合ったこの島の中心都市だったことはうかがえる。
海辺に立つこの建物など、どう見ても監視塔だろう。
植民地時代、この島にも多くの奴隷がアフリカから連れてこられているので、ひょっとすると奴隷の陸揚げ施設だったのかもしれない。
唐突に日本語が書かれた車発見。
「乱暴者」って、さっきの暴走ミニバスにピッタリだ。
この島を走っている自動車の大半は日本車で、日本企業も頑張ってるじゃんと思ったが、全体的にどの車も一昔前の車のようで、まだ日本が強かった時代の名残りかもしれない。
ミニバスの溜まり場があったので、ここがターミナルかと思って聞いてみると、もっとあっちだと教えてくれた。
一応、旧イギリスの植民地ということで、英語が通じるので旅人にはありがたい。
こうして探すことおよそ20分。
ようやく北に行くミニバスを捕まえた。
Googleマップを見せながらここに行きたいと伝えると、無言で乗れと合図する。
すぐに車は満席になり、ほとんど待つこともなくキングスタウンを出発した。
今度は運転席のすぐ後ろの席。
窓際なので、前の座席の背ではなく、車体の窓枠を掴んで揺れに対応する。
今度の運転手と車掌は先ほどよりも年配のコンビで、そのせいか車内で流れる音楽は少し穏やかなR&Bが中心だ。
とはいえ、運転手のテクニックはさっき以上で、まるでドリフト族のようにカーブを攻めていく。
今度は窓際の席だったので、お客が乗り降りするタイミングで写真を撮る余裕があった。
キングスタウンを出ると、街らしい街もなく、山の斜面に沿って民家がぽつぽつと建っている。
道は左右に曲がるだけではなく、アップダウンを繰り返し、高い場所に来ると私の反対側、すなわち走行方向の左側に海が見下ろせる。
いつの間にか雲が切れてきたらしく、海の色も少し青くなってきた。
途中で車掌が降りて、ドアを開けたままどこかへ消えた。
道端でよく肥えたおばさんが野菜などを売っている。
ちょっとした田舎のマーケットのようで、車掌は何食わぬ顔で戻って来ると、何かを食い始めた。
要するに客を待たせて自分の昼メシを買いに行ったようである。
こうして、キングスタウンを出てから50分ほどで、ミニバスは終点に到着した。
私の目的地である映画のロケ地までは歩いて10分もかからない距離であることは、Googleマップで確認できた。
私を降ろすとミニバスはUターンして、今度はキングスタウン方面に行く客を乗せて来た道を引き返して行った。
あたりはほとんど何もないど田舎だった。
とにかく地図を頼りに歩くしかない。
丘を登りきったところに緑色の看板が立っていた。
「Welcome to WALLIABOU」と大きく書かれた後に「TERN OP THE PRAIRS OF THE CARIBBENN」と、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」と関連する何かだと書かれている。
どうやら、ここで間違いなさそうだが、あまりにシャビーでちょっと驚く。
入口のゲートは開けっ放しで、人影も全くなかった。
やっぱり映画の名前を悪用したインチキな施設なのか?
わざわざやって来たのに、この入り口を見ただけでガッカリ感が拭えない。
坂道を降りていくと、何台もの車が見えた。
どうやら観光客を運んできたワゴン車のようだ。
椰子の木に棺桶に入れられた3体の骸骨。
紛れもなく、ここが映画「パイレーツ オブ カリビアン」のロケ地跡を利用した観光スポットらしい。
この映画では何度も登場する絞首刑の台もあって、自らの首にロープをかけ、記念撮影を楽しむ夫婦もいた。
それにしても、ロケ地だったというには置かれているものがどうも後から適当に作られたもののように感じる。
どの場所でどのシーンが撮影されたのか詳しい説明はどこにも書かれていないので、適当に写真を撮り、ホテルに戻ってから改めて映画を見直して自分で検証してみた。
2003年に公開された第1作でジャック・スパロウが最初に登場するシーン。
舞台は18世紀、カリブ海の港町ポート・ロイヤル、沈んでいく小舟のマストに立ったジャックが颯爽と桟橋に降り立つ。
あの場面で使われた桟橋のセットがこの場所に作られたと思われる。
撮影からすでに20年以上が経過しているので、木製の桟橋はすでになく、その土台部分だけがかつて桟橋があったことを窺わせる。
桟橋のたもとには、後からこの観光施設のために作られた海賊の像が2体立っている。
この建物は、海側からポート・ロイヤルの街を写すシーンで背後にちらっと写っている。
最初からあった建物ではなく、映画のために建てられたセットだと思われる。
映画の中ではこの建物はにCG加工か加えられ、中央の三角屋根がいくつか連なった倉庫のようなものとして描かれている。
建物の中に入ってみると、金属製の足場が組まれたままで、ここが映画のセットだったことを窺わせる。
どうせならもう少し、説明があるとわかりやすいのだが、おそらくディズニーの手助けもなく誰かが勝手にこの跡地を観光施設にしたのだろうから、制作スタッフからの情報提供が受けられなかったものと推察される。
それでも何か飾らないとというわけで、壁には映画関連の写真などをどこかから引っ張り出してきて、映画フィルムのだがリールなどと一緒に展示してあった。
観光ツアーでやってきた観光客たちも何をどう見学していいのか戸惑っている様子に見えた。
桟橋のある入り江を取り囲むように左右に切り立った岬が張り出しているのだが、映画を見直すと、この左右の岬がとても印象的な背景として使われていたことがわかった。
まず左手の岬だが、そのままではなく先端部分にCGで鋭く尖った三角山が書き加えられ、とても印象に残る景色に仕上げられている。
お隣の国セントルシアにある世界遺産の山「プチ・ピトン」からヒントを得たに違いない。
たとえば、ジャックがイギリス海軍の軍艦「インターセプター号」を奪おうとして、間抜けな水兵2人に誰何されるシーンなどで後ろに映っている。
ちなみに、岸壁に並べられた大砲は映画には登場しておらず、後から置かれたものと思われる。
一方、右手の岬の上には石造りの砦が描き足された。
提督に求愛されたエリザベスが海に落下したポート・ロイヤルを象徴する要塞である。
左に三角山、右側に要塞を置くことで、どこにでもあるようなこの入り江はたちまち18世紀の南国の港へと変貌するのだ。
まさに現実と虚構が入り混じる映画の世界。
でもこうしてロケ地を訪れ、スタッフたちがどのようにしてこの場所を海賊に時代に作り変えるかを一生懸命考えた様子を想像するのは元テレビマンの私にとっては面白い。
ちなみに、この右手の岬の先端に見える岩が「Pirates of the Caribbean Rock」と呼ばれ、同じ冒頭シーンで、吊るし首になった3人の海賊がぶら下げられていた岩だそうだが、訪れた時には知らなかったので意識して岩を撮影することができなかった。
敷地内にはレストランスペースもあるのだが、どういうわけか椅子は全てテーブルの上にあげられ営業していなかった。
地元の人が数人所在なさげに座っているのに、特に何かしているわけではない。
私のように個人でふらりとやって来た者からは入場料を取るわけでもなく、ツアーから収益を得ているのだろうか?
不思議な施設である。
このレストランスペースに、ジャック・スパロウのよくできた人形が置いてある。
この施設がわざわざ作ったにしてはかなり精巧なので、ひょっとすると映画の中で使用するために作られたものかもしれないと想像した。
たとえば吊るされるシーンとか、投げ落とされるシーンとか、引きの映像であればわからない。
他にも、水車なども置かれている。
巨大な水車の上で転がりながら戦うあの有名なシーンは、確か第2作の「デッドマン・チェスト」だっただろうか。
さらにどういうわけか、古い電話機や無線機も展示されていて、さながら骨董市のようだ。
その中には映画の小道具に使われたかもと思える食器などもあるのだが、これだけインチキ品が置いてあるとたとえ本当に映画で使われた物であってもそう見えなくなってしまうだろうと要らぬ心配をしてしまう。
かなりインチキな施設だけど、あの「パイレーツ・オブ・カリビアン」のロケ地に行って来たというのは嘘ではない。
他にどうしても行きたい場所がないなら、行ってみるのも面白いと思う。
行くんだっら再度映画を見直して行くべきだ。
できれば現地と映画を見比べられるよう、スマホにダウンロードして行くのがオススメである。
ある程度写真を撮ったら長居は無用。
ツアーの観光客遠残して私は歩いてミニバスを降りた場所まで戻る。
ここで待っていれば、キングスタウン行きのミニバスが来るはずだ。
案の定、ミニバスはすぐに来た。
常連客が多いのか、あちこちで賑やかに言葉を掛け合っている。
でも何を言っているのかさっぱりわからない。
セントビンセントの公用語は英語なのだが、訛りが強いのか、それともカリブ地域に広がるクレオールと呼ばれるフランス語が混じった言語なのかもしれない。
今度の車掌は若くて、流れる曲も最初に乗ったミニバス以上にアップテンポで大音量である。
音楽も記録に残したいので動画でも撮ってみたのだが、低音が絞られてしまってあの車内の異常な雰囲気は全く伝わらないのが残念だ。
よく見ると、天井に設置された大音量の源であるスピーカーはパイオニア製だった。
日本のスピーカーからカリブの強烈なリズムが流れ出すというのはちょっと不思議な感じである。
キングスタウンに着いた時、車内から古い尖塔が見えたので行ってみた。
石造りの古そうな教会である。
調べてみると、「St Mary’s Cathedral」と呼ばれるカトリックの大聖堂で、1823年から実に100年以上かけて建てられたという。
その向かいに立つ白い教会は「Kingstown Anglican Church」。
こちらは英国国教会の系統である「聖公会」により建てられた教会だそうで、2つの教会が隣り合って立っている。
列強による植民地争いは教会の信者獲得競争の側面もあり、カリブの島ごとに微妙に比率が異なっているのが興味深い。たとえば、セントビンセントの場合、聖公会が47%、メソジストが28%、ローマ・カトリックが13%となっている。
これに対し、バルバドスではプロテスタントが67%で多数を占め、セントルシアではローマ・カトリックが90%となっている。
スーパーの前を通りかかったので食料品ヲ少し買っておく。
ミネラルウォーターのほか、バナナやカップヌードル、ビスケットなどを買う。
南に向かうミニバスの出るターミナルに行くと、すでに客が乗って今にも出発しそうな車が止まっている。
ホテル名を告げると、乗れという。
しかし、ここからが誤算。
なかなか満席にならないのだ。
満席にならないと発車しないとは聞くが、ちょっと神経質そうな車掌は客を集めようとどこかに消えてしまう。
そのうち客のおばさんたちが怒り出し、困った運転手が車掌を探しに行った。
戻ってきた車掌は何やら大きな荷物を抱えていて、誰かに運ぶよう頼まれたのか、自分の買い物なのかは不明だが、ずっと不機嫌な顔をしている。
そのため、同じ方向に行く客が別のミニバスに乗ってしまい、私たちの車がなかなか満席にならないのだ。
そんなことで20分ほど客待ちをしてようやくターミナルを出発した。
どうみてもほぼ満席なのだが、神経質な車掌はまだ納得がいかないらしく、血走った目で窓から顔を出し、道端にいる人たちに声をかける。
そして自分が座るところがなくなるまで走りながら客集めをして、ようやくキングスタウンを離れたのである。
まあ、ガソリン代などの経費は同じなので、1人でも多く詰め込んだ方が儲けは増えるのはわかるのだが、あんな血走った目で誘われたら客が逃げるのも当然である。
でもこうして無事にホテルに戻り、ツアーなら1万円ほど取られる場所まで往復15東カリブドル(800円強)で行くことができた。
何よりも外国人観光客と一緒のツアーでは決して味わえない庶民の暮らしを垣間見ることもでき、スリルと驚きの連続の最高のアトラクションといった面白さだった。
海賊やビーチもいいが、ほとんど一本道で迷いようのないセントビンセントのミニバス体験、絶対にオススメだ。