<吉祥寺残日録>ウクライナ危機🇺🇦 ニセ情報も作戦のうち!百戦錬磨のプーチンが仕掛ける「ハイブリッド戦争」 #220307

ウクライナで激しい戦闘が続く中、西側諸国が行っている厳しい経済制裁の影響もあり、マーケットへの混乱が広がってきた。

バイデン政権は欧州と共同でロシア産原油の禁輸を検討していて、アメリカの原油先物市場では1バレル130ドル台まで高騰した。

これを受けて、日本の株式市場も値下がりし昨年来安値を更新、2万5000円が間近に迫ってきた。

自動車の排ガス装置に使われる貴金属「パラジウム」の価格も、ロシアが最大の輸出国であることから高騰を続けていて10カ月ぶりに最高値を更新。

ウクライナ危機は世界経済だけでなく、地球温暖化対策にも影響を及ぼす可能性が高まっている。

市場からは「スタグフレーション」を懸念する声も強まっていて、私が予想していた通り、コロナバブルの崩壊が現実味を帯びつつあるようにも見える。

経済制裁によって自分たちの経済が傷つくことに、言論の自由が保証されている西側諸国がどこまで耐えられるか、中でも中間選挙を控えたバイデン大統領にとってガソリン価格の高騰は命取りにもなりかねない。

一方ウクライナでは、事態の混迷が深まるばかりだ。

南東部の激戦地から「人道回廊」を使った市民の避難が計画されているものの、戦闘が止まないためにまたもや実施が延期された。

イスラエルやトルコ、フランスの首脳が相次いでプーチン大統領に接触し、なんとか仲介をしようと試みているが、ウクライナ側が中立化・非軍事化などの条件を飲まない限り軍事作戦を継続するとの姿勢は揺るがない。

こうした中で当のプーチン大統領は「国際女性デー」を前に女性たちとの会合に出席した。

一見華やかなこの席で、プーチン氏は「ウクライナが核兵器を取得し、核保有国の地位を得ようとしている。見過ごすわけにはいかない」と発言。

ウクライナの核疑惑が軍事侵攻の一因だと語ったのだ。

チェルノブイリに続き、ウクライナ最大のサポリージャ原発を制圧し、さらに2番目に大きい「南ウクライナ原発」にも迫っているという。

こうした原発を標的とした攻撃は、ウクライナ側の電力を奪うという目的のほかに、ウクライナが核開発を続け、核物質を使った「汚い爆弾」を製造しようとしてという証拠を捏造して軍事侵攻の正当性をアピールする狙いもあることが次第に明らかになってきた。

それはまさにアメリカがイラク戦争の際に「イラクが大量破壊兵器を隠し持っている」と言い続けたことと類似する。

ロシア国営の「スプートニク通信」はプーチン大統領の主張に沿った記事を掲載しているので、それを引用しておく。

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が、2月に独ミュンヘンで核保有の地位を主張したのは偶然ではなく、ごく近い将来現実のものとなる可能性がある。ロシアのある管轄機関の代表者が、リア・ノーボスチ通信にこのように語った。その代表者は、「ゼレンスキー氏が、2月のミュンヘン安全保障会議でウクライナが核を保有する可能性について発言したのは偶然ではない。ウクライナは1994年に非核兵器国として核兵器不拡散条約に加盟した直後から、自国の核兵器を製造するための技術的基盤を作る目的で研究開発を始めた」と述べている。ロシア対外情報庁が入手したデータによると、後に核弾頭の設計に使用される核爆発装置の研究開発は、ウランとプルトニウムで行われていたことが分かっている。

引用:スプートニク日本

さらに、ロシアとの停戦交渉に参加したウクライナ代表団の一人デニス・キーエフ氏が殺害されたとの情報も伝えられている。

ロシアの工作員がすでにキエフ市内に送り込まれていて、ゼレンスキー大統領も3度暗殺の危機に遭遇したという報道も出ており、いよいよウクライナ中枢に対する「斬首作戦」が実行に移されつつあるのかもしれない。

私個人は過去にさまざまな戦争取材に関わっているため、こうした情報に接しても特に動揺することはないが、一般の人にはウクライナからもたらされる情報や映像は刺激が強すぎるようで、妻もこのところ鬱症状を訴えていて元気がない。

さて私はというと、昨日に引き続き、小泉悠さんが書いた著書『プーチンの国家戦略』を勉強している。

今日のキーワードは「ハイブリッド戦争」である。

今回のウクライナへの軍事侵攻でも指揮をとるロシアのゲラシモフ参謀総長は2013年、「ゲラシモフ・ドクトリン」と呼ばれる論文を発表している。

上の写真は、プーチン大統領からの命令を受ける国防相と参謀総長、ゲラシモフ氏は左の人物だ。

「ゲラシモフ・ドクトリン」の一つ、「予測における科学の価値」と題された論文の冒頭には次のように書かれているという。

21世紀においては、平和と戦争の間の多様な摩擦の傾向が続いている。戦争はもはや、宣言されるものではなく、我々に馴染んだ形式の枠外で始まり、進行するものである。北アフリカ及び中東における、いわゆるカラー革命に関連するものを含めた紛争の経験は、全く何の波乱もない国家が数ヶ月から場合によっては数日で激しい軍事紛争のアリーナに投げ込まれ、外国の深刻な介入を受け、混沌、人道的危機そして内戦を背負わされることになるのである。

引用:小泉悠『プーチンの国家戦略』

まさに今、ロシアがウクライナでやっていることである。

「カラー革命」とは、グルジアの「バラ革命」(2003年)、ウクライナの「オレンジ革命」(2004年)、キルギスタンの「チューリップ革命」(2005年)を総称する俗語であり、その後の「アラブの春」や2014年のウクライナ政変も「カラー革命」に含まれるとされる。

「ハイブリッド戦争」とは、ロシアから見て「外国によって焚き付けられた体制転換の脅威全般を示す言葉」として使われることが多いという。

すなわち、西側では民主的な革命と見なされる事象を、ゲレシモフ参謀総長は外国の介入による軍事紛争とみなし、「全く何の波乱もない国家が数ヶ月から場合によっては数日で激しい軍事紛争のアリーナに投げ込まれ」た被害者はロシアおよび旧ソ連諸国だというのだ。

ゲラシモフ氏の論文は次にように続く。

もちろん、『アラブの春』は戦争ではなく、したがって我々軍人が研究しなくてもよいと言うのは簡単である。だが、もしかすると、これが21世紀の典型的な戦争ではないのだろうか? このような紛争の苛烈さと破壊の規模並びにこうした新しいタイプの紛争の社会、経済、政治的カタストロフの結果は、本物の戦争と比肩しうるものである」(V・ゲラシモフ『予測における科学の価値』)

引用:小泉悠『プーチンの国家戦略』

ゲラシモフ参謀総長が「21世紀の典型的な戦争形態」と呼ぶ脅威に対抗するため、ロシアは2014年のクリミア侵攻でロシア流の新たな「ハイブリッド戦争」を展開した。

ソ連時代に比べて国力や軍事力が低下した現在のロシアでは、正面切った軍拡競争や戦争でNATOと対峙し、勢力圏を防衛することはもはや不可能である。これに対して、ロシアに利用可能なローコストかつローテクな手法を用い、NATOと直接対決することなく勢力圏への軍事介入を可能としたのがウクライナ危機に見られるロシアの「ハオブリッド戦争」であった。

引用:小泉悠『プーチンの国家戦略』

このロシア流の「ハイブリッド戦争」を、2014年に起きたロシアによるクリミア半島占領のケースで見てみたい。

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2014年2月にロシアが踏み切ったクリミア半島の占拠は、実に奇妙な「戦争」であったといえる。軍隊が動員され、外国の領土を占領したにもかかわらず、死傷者はほとんど出なかった。戦争であるというにもそうでないというにも違和感のある、どうにもおかしな事態だった。

それどころかロシア政府は、クリミア半島に展開している部隊はロシア軍ではないと言い張り、覆面で顔を隠した兵士たちもテレビカメラの前で曖昧な返事をするばかりだった。「自警団」「友人」などさまざまな呼び名が彼らに与えられたが、最終的にはその寡黙で規則正しい振る舞いから「礼儀正しい人々」という呼び名がインターネットなどで広がり、定着することになった。

彼らをどのような名で呼ぶにせよ、その出現は世界に大きなショックを与えた。突如として正体の明らかでない軍隊が出現し、戦争なのかそうでないのかさえはっきりしないままに国土を占拠されるという「ハイブリッド戦争」。ロシアを警戒しつつも、さすがに古典的な侵略を受けることはもうないだろうと考えていた旧ソ連や東欧の諸国にしてみれば、クリミアでの事態は悪夢の再来であった。

引用:小泉悠『プーチンの国家戦略』

今回のウクライナ侵攻でも、ロシア軍の車両には国籍が明示されていない。

国籍不明の戦車や軍用トラックが突如国境を越えて入ってきたのだ。

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2014年のクリミア半島占領作戦を改めて見直してみると、今回の軍事侵攻と時期が全く同じだったことに気づいた。

  • 2月22日 親ロシア派のヤヌコーヴィチ大統領がキエフから逃亡(マイダン革命)
  • 同日 ロシア軍特殊部隊がクリミア自治共和国議会や海軍司令部を占拠
  • 2月23日 「祖国防衛者の日」セヴァストーポリの親ロシア派住民が「人民市長」を選出
  • 2月24日 クリミア半島内で親ロシア派住民による大規模な抗議運動発生
  • 2月25日 マイダン革命の鎮圧に当たった機動隊「ベルクート」と内務省部隊が対立
  • 2月26日 州都で親ロシア住民と反ロシア住民の間で大規模な衝突
  • 同日 プーチン大統領、ロシア軍部隊に「抜き打ち検閲」の実施を指示

「抜き打ち検閲」とは、予定を知らせずに突然の出動命令を発して部隊を迅速に行動させて検証するという型の軍事演習のことである。

その後もロシアはウクライナ国境付近で「抜き打ち検閲」を繰り返し、さらに欧州北部でも軍事演習を実施し、NATOに対して介入しないよう威嚇を続けた。

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そして2月27日、ロシア軍がクリミア占拠作戦を本格化させた。

現地事件午前4時25分、クリミア自治共和国議会を約50人の自称「自警団」が占拠してロシア国旗を掲げたが、いずれも装備が統一されており、実態はロシア軍特殊部隊(SSO)であったとみられる。ウクライナ内務省は議会周辺を封鎖したが、間もなくシンフェローポリ市内から参集した親露派住民及びセヴァストーポリから送り込まれた親露派住民が結集し、内務省部隊を逆包囲した。

クリミア自治共和国議会議員が緊急審議のために参集したのは同日午後3時になってからであり、深夜のうちに親露派住民の参集をロシア側が準備したものとみられる。特にセヴァストーポリから参集した親露派住民は長距離を貸切の大型バスで集団移動しており、なんらかの組織的な支援があった可能性が高い。この際、参集したクリミア自治共和国議会議員は、圧倒的多数でクリミアの独立に関する住民投票を3月25日に実施することを決議した。

翌2月28日午前3時、国籍マークを外した兵士を乗せたトラック10両と装甲兵員輸送車3両がウクライナ空軍のベルベク空軍基地に到着し、滑走路を封鎖した。この結果、同基地に駐留する第204戦術航空旅団は航空活動を一切実施することが不可能となってしまった。これと同時にロシア軍は民間のシンフェローポリ国際空港と航空管制所も掌握している。

ウクライナ空軍の航空活動が封じられたことを受け、同日午前8時45分、ロシア空軍はMi-8輸送ヘリコプター3機とMi-35M武装強襲ヘリコプター8機をウクライナ領空に侵入させた。11機の変態は、アナパ方面から超低空で侵入し、ロシア軍が租借しているカーチャ飛行場に着陸。同日午後遅くには、クリミア半島中央部に存在するグバルディスコエ飛行場に8〜14機のI1-76輸送機も着陸した。およそ1500人の特殊部隊を空輸してきたものとみられる。

3月1日から2日にかけて、ロシア軍は4隻の大型揚陸艦を使用して陸軍の第10独立特殊作戦旅団及び第25独立特殊作戦旅団をクリミア半島に上陸させた。また、この時期にはロシア本土のクラスノダール地方からもコサック部隊がクリミアに送り込まれたとみられる。これらの部隊は占拠されたクリミア自治共和国議会を含むシンフェローポリ中心部やウクライナ軍第77防空ミサイル旅団駐屯地などを包囲した。

一方、ロシア上院は3月1日、プーチン大統領の要請に応える形でウクライナへのロシア軍派遣を許可する決議を行っているが、この時点ですでにロシア軍はクリミア半島の要所を占拠した後であった。また、この頃までにロシア海軍黒海艦隊はクリミア半島の主要なウクライナ海軍基地を封鎖し、海軍の行動も封じていた。

3月2日午後2時、ウクライナ国境警備隊司令部がロシア軍によって急襲され、通信システム、コンピューター、ワークステーションなどが破壊された。また、同日、ウクライナ海軍のベレゾフスキー中将がクリミアの人民及び自称「クリミア人民共和国」政府に対する忠誠を誓うと表明し、同政府によって「クリミア海軍」司令官に任命された。ベレゾフスキー中将の説得により、クリミアにとどまっていたウクライナ海軍艦艇の一部はロシア国旗を掲げてロシア側への恭順の意を示した。クリミア半島のロシア併合後、ベレゾフスキー中将はロシア黒海艦隊副司令官に任命されている。また、この日、クリミア半島で最大の兵力を有するウクライナ軍部隊である第36独立沿岸防衛旅団の駐屯地をロシア軍の特殊任務大隊が包囲した。

このように、2月末から3月初頭にかけてクリミア半島のウクライナ軍施設は次々とロシア軍によって包囲された。全体的に現場のウクライナ軍は兵力でロシア軍よりも優勢であったが、指揮命令系統の麻痺により、ロシア軍に対して有効な抵抗を実施することができなかったのである。この間、ロシア軍の方位を破って脱出に成功したのはウクライナ海軍第5航空旅団のみで、ヘリコプター4機と航空機3機がロシア軍の不意をついて発進し、ウクライナ本土へと逃れた。

3月16日、「クリミア人民共和国」政府は予告通りに住民投票を実施し、96.6%の支持を得てクリミアの独立が採択されたと発表したが、この間、ロシア側は、前述のロシア的用語法における「ソフト・パワー」を活発に活用した。これは広範な情報戦及びウクライナ軍将兵に対する降伏勧告に加え、民兵による脅迫を含むものであった。民兵は、武装は貧弱であったものの極めて反ウクライナ感情が強く、しばしば自力で籠城するウクライナ軍駐屯地を奪取しようと試みた。

また、この間、プーチン大統領を含むロシア政府指導部は、クリミアに展開している部隊がロシア軍であることを認めず、あくまでも「自警団」であるとする立場をとって軍事介入であることを否定した。翌2015年3月、プーチン大統領はこの際にロシア軍の特殊部隊が投入されていたことを認めたものの、あくまでもロシア系住民を保護するための人道的な目的による介入であるとの立場を示しており、この点は現在まで変化していない。このような情報戦は、ウクライナ政府及び西側諸国の対応を混乱させ、住民投票が実施されるまで適切な対応を打ち出させないという効果を発揮した。その後もロシアは籠城するウクライナ軍部隊の掌握を進め、3月25日の駐屯地及び停泊していた艦艇すべてがロシア軍に掌握された。

引用:小泉悠『プーチンの国家戦略』

こうしてクリミア侵攻作戦を振り返ってみると、実に巧妙でウクライナのみならず西側の隙をついた軍事行動だったことがわかる。

実際にクリミアには親ロシア派の住民も多く、住民たちがウクライナからの独立を求めているというストーリーを巧みに作り上げて僅かな部隊でクリミア半島を占領してしまったのだ。

しかし本当のところ、クリミアの住民の大半が独立を望んでいたかどうかわからないという点では、今回の軍事侵攻の口実に使われたウクライナ東部2州と全く事情は同じである。

クリミアの「成功」がウクライナ全土を標的とした今回の軍事行動のベースになっているのは明らかだろう。

ただし今回はアメリカが事前に軍事機密情報を開示してロシア軍の動きを逐一世界に伝え、ウクライナ側もそれなりに準備を整えていたことで、クリミアの時のようには計画通りに事が進まず、多くの人命が失われる悲劇となっているわけだ。

短期間でウクライナを制圧し親ロシア政権を打ち立てようというクリミア型のシナリオは、ウクライナ側の想定外の抵抗によって予定通りには進まず、もう一つの旧来型のシナリオ、すなわち敵を徹底的に破壊尽くす戦術に転換していく危険性が高くなった。

戦争を直視し続ける苦痛に、世界の人たちがどこまで耐えられるか?

百戦錬磨のプーチン大統領は、すぐに飽きて忘れてしまう私たちの習性を計算づくで、あの手この手の「ハイブリッド戦争」を仕掛けているのだ。

一時の激情ではない、息の長いウクライナ支援が求められている。

<吉祥寺残日録>米露首脳会談と老いたゴルバチョフの遺言 #210617

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