🇬🇧イギリス/ベルファスト 2019年8月6日
EU離脱問題で揺れるイギリス。その最大の難題が、アイルランドとイギリス領北アイルランドの国境管理の問題です。
アイルランドの首都ダブリン滞在中、問題の国境を越えて北アイルランドの中心都市ベルファストまで日帰り旅に行ってきました。
鉄道で片道2時間あまりのはずでしたが、途中思わぬハプニングが待っていたのです。
ダブリン・コノリー駅
ダブリンから北アイルランドに向かうには、鉄道を利用するか、長距離バスに乗るかの二択となります。
距離は170キロほどですが、航空機の直行便はありません。
鉄道なら片道2時間10~15分ほど、バスだと2時間40分前後で、北アイルランドの中心都市ベルファストに到着します。
私は鉄道を利用することにしたので、朝早く国際列車が出発する「ダブリン・コノリー駅」に向かいました。

私が宿泊した宿から一番近い路面電車ルアスの停車場「St Stephen’s Green」からグリーンラインで「O’Connell – GPO」まで行き、近くの「Abbey Street」でレッドラインに乗り換えて「Connolly Station」まで行きます。
「Connolly Station」行きのルアスは本数が少ないので、別の行き先のルアス に乗って一つ手前の「Busáras」で降りても、コノリー駅までは歩いてすぐです。
料金は全て「リープ・カード」で支払いました。

こちらが、「ダブリン・コノリー駅」。
市内中心部の少し東に位置しています。
ダブリンでは、行き先別にターミナル駅が別れていますので、間違わないように注意してください。
私がコノリー駅に到着したのは朝7時ごろでした。

まだ朝早いので駅は人影もまばらで、自転車を持ち込む人もいました。
コノリー駅は、主にアイルランドの北方面に向かう長距離列車やダブリン近郊を結ぶ通勤列車、そして国境を越えて北アイルランドまで走る国際列車が発着します。

突然、改札から人が出てきました。
通勤電車が到着したようです。
でも日本と違って、あまりスーツを着た人がいませんでした。

ベルファストまでの切符は窓口か、券売機で購入します。
私は前日下見を兼ねてコノリー駅まで来て、すでに切符を買っていたので、そのまま改札を通ってホームに入りました。

こちらがダブリン〜ベルファストの往復チケット。
料金は、自由席で40ユーロ(約4720円)でした。
国際列車エンタープライズ

私が乗る列車は一番早い7時35分発。
出発の10分前までは待合室で待機します。
国際列車ですが、駅での出国審査は何もありません。

これがベルファスト行きの列車。
機関車は見た目かなりボロい感じです。

でも、客車部分はまだ新しそうに見えました。
ダブリンとベルファストを結ぶこの国際列車は「エンタープライズ」と呼ばれ、アイルランド国鉄と北アイルランド鉄道が共同で運行しています。

「エンタープライズ」は1日8往復。
車内もとてもきれいでした。
ダブリンもベルファストも始発駅で、それほど混んでもいないので、自由席チケットでまったく問題ありません。

座席にはテーブルが付いていて、wi-fiも利用できて、スマホの充電もできます。
座席の上のランプが緑色なら、座ってもOK。
日本のように指定席と自由席が車両で分かれておらず、予約が入っている座席は赤いランプで表示される仕組みなので気をつけてください。

テーブルの上にはこんなメニューが置かれていて、飲み物や軽食を注文することもできるようです。

ほぼ定刻にコノリー駅を出発すると、すぐに右手に海が見えてきました。
この日の空は雲に覆われていて、8月とは思えない暗い海です。

ダブリンを出て、最初に停車する駅は「ドロヘダ Drogheda」。
1643年、アイルランドに上陸したクロムウェル率いるイングランド議会軍が、王党派などの駐留軍を虐殺した攻城戦で知られる町です。
町に流れるボイン川は、アイルランドの歴史上とても重要な川。ドロヘダの少し上流にはタラの丘やニュー・グレンジといった古代の遺跡があります。

次に停車するのは「ダンドーク Dundalk」。
この駅の北5キロほどのところに、イギリスとの国境があり、アイルランド側の最後の駅となります。
ダンドーク駅を出たところで、車掌が回ってきて切符を確認します。ただ、パスポートチェックなど出入国の手続きは何もありませんでした。
その代わり、英語で思わぬことを説明するのです。
「次の駅で降りて、バスに乗り換えてください」
意味がよくわからず問い返しますが、詳しい説明はよくわかりませんでした。何れにせよ、ベルファストに行く客は次の駅でバスに乗り換えるようです。

そこは「ニューリー Newry」という駅。
いつの間にか、もうイギリス領に入っています。
列車はそのまま「ポータダウン」という町まで行くようですが、ほとんどの乗客はこの駅で降ります。
私もよく理解できないまま、他の人たちの流れについていくことにしました。
バスによる代替輸送

ニューリー駅を出ると、バスの前に行列ができていました。

バスの正面には、「鉄道代替サービス」と書かれています。
その表示を見て、何らかの理由で鉄道の代替輸送が行われているということは理解できました。

乗客が数台のバスに乗り込むと、一路ベルファストに向かって出発です。
ただ、帰国後写真を整理していて気づいたのですが、実はコノリー駅にこんな案内板が出ていたのです。

『7月27日から8月23日まで、ベルファスト郊外のリスバーンという町での土木工事のため、ベルファスト行きの乗客はニューリーからバスに乗り換え』と書かれているのです。
今頃になって、初めて事情がわかりました。
要するに、私はタイミングが悪かったということです。

バスは高速道路をひた走ります。
高速沿いには、緑あふれる田園風景が広がっていました。
バスの中も、wi-fiの利用が可能です。

期せずして、鉄道とバスの旅を両方経験することができ、時間は多少余計にかかりましたが、考えようによってはラッキーとも言えます。
ニューリー駅からほぼ1時間かかって代行バスはベルファストに到着しました。
ベルファスト・ラニヨンプレイス駅

バスが到着したのは、本来の目的地である「ベルファスト・ラニヨンプレイス Belfast Lanyon Place」駅。
この駅は町のはずれにあるのに最近まで「ベルファスト・セントラル駅」と呼ばれていました。
どうして駅名が覚えにくい名前に変わったのでしょう?
実は、ベルファストの中心部には「ベルファスト・グレート・ヴィクトリア・ストリート駅」という別のターミナル駅があり、北アイルランド域内の交通のハブとなっています。
そのため、町外れの駅に「セントラル」の名前はおかしいという話になり、「ラニヨンプレイス」という地名が2018年から駅の正式名称となったのです。

駅に到着しても、イギリスへの入国審査は一切ありません。
でも、なぜ?
ヨーロッパには国境管理に関する「シェンゲン協定」という素晴らしい合意があり、シェンゲン協定締結国間であれば国境は自由に越えることができます。
ただ、イギリスもアイルランドも、シェンゲン協定には加盟していないのです。
国家の主権にこだわるイギリスがシェンゲン協定に否定的なことが要因ですが、その代わり、イギリスとアイルランドの間には「共通旅行区域(CTA)」という二国間の取り決めがあります。
イギリス人とアイルランド人はお互いの国に自由に行け、自由に住めるという協定で、アイルランド独立戦争後の1923年に締結された古い協定です。
今ではこのCTAが外国人旅行者にも部分適用され、アイルランドと北アイルランドの国境では一切の国境管理が免除されているというわけです。

というわけで、何の審査もなくイギリスに入国した後、私がまず行ったのは、イギリスポンドを手に入れることです。
最近ヨーロッパを旅行していると、多くの国でユーロが使われているので、両替を忘れてしまうのですが、イギリスは今でもユーロを拒否しポンドに執着しているのです。
面倒臭い国です。
ラニヨンプレイス駅には両替所が見当たらないので、ATMでキャッシングするしかありません。

キャッシングの後は売店に行くのが私の流儀。
キャッシングできるのは比較的高額の紙幣だけなので、小銭を手に入れるためにちょっとしたお菓子を買うのが目的です。
私がよく買うのは、「スニッカーズ」という日本でもおなじみのチョコバーか「M&M」のマーブルチョコです。大抵の国で売っていて、1個100円ほど。お釣りをもらうのにちょうどいいのです。
タイタニック博物館

小銭もゲットしたところで、あのタイタニック号の博物館を目指します。
そう、1912年、処女航海で氷山に衝突し沈没した有名なタイタニック号は、ここベルファストで建造されたのです。
駅なのできっと路線バスがあるだろう思ったのですが、駅前のバス停からは出ていないといいます。
仕方なく教えてもらったバス停まで徒歩で向かいますが、これが結構遠い。日帰りで時間がない私は、こんなところで時間を無駄にできないと判断し、ちょうど来たタクシーを捕まえました。

革張りシートの立派なタクシーでした。
とても紳士的なドライバーで、さすがイギリスという印象です。
博物館はラガン川を渡った港湾エリアにありました。
料金は、5.20ポンド(約680円)です。

有名なタイタニック号を記念した博物館「タイタニック・ベルファスト」。
かつてタイタニック号を建造した「ハーランド・アンド・ウルフ造船所」の跡地に2012年に建てられました。
モダンな建物の前に立っている金属をよく見ると「TAITANIC」という文字が抜いてあるます。
クリスマス前後以外は年中無休。
営業時間は季節によって違いますが、私が訪れた8月は朝9時から夜8時まででした。
詳しくは公式サイト(英語)をご確認ください。

私も1時間ほどでバタバタと見て回ったのですが、日本語の案内はありませんから、ちゃんと理解しようと思うとかなり時間がかかります。
入場料は、19ポンド(約2470円)と結構強気でした。

写真パネル以外にも、当時の品物や造船所の実物大のセット、海底に沈んだタイタニックの映像シアターなど、展示には様々な工夫が凝らされいました。
私個人はそれほど興味があるわけではないので面白さはそこそこでしたが、もしタイタニック号に関心があれば、必見の施設だと思います。
ウェスト・ベルファスト
タイタニック博物館を後にした私が向かったのは、ウェスト・ベルファスト。
文字通り、ベルファスト市西部のエリアです。

博物館の前で客待ちしていたワゴンタクシーを捕まえることができました。

ベルファストの中心部を抜けて西に向かいます。
途中から、雨が降り始めました。
タイタニック博物館からウェスト・ベルファストまでのタクシー代は、6.20ポンド(約800円)でした。

到着したのは、大きな壁画の前。
日本から申し込んでおいた「ベルファスト・ウォーキングツアー」の集合場所はここのようです。
そう、ウェスト・ベルファストは、私たちの世代には記憶が鮮明な北アイルランド問題の最前線だった場所です。

北アイルランド紛争は、1960年代からおよそ30年に渡って続いたカトリック住民とプロテスタント住民の武力闘争です。プロテスタント住民の背後にはイギリス軍がいました。
イギリスでは、この紛争のことを「The Troubles(厄介ごと)」と呼びます。
私が参加したツアーはとてもユニークなもので、カトリックとプロテスタントの元活動家が、それぞれの支配地区を案内しながらそれぞれの立場から「トラブルズ」について解説してくれるのです。
集合場所はカトリック地区。案内役のこの男性は逮捕歴もある元活動家です。
彼は話の達者な陽気そうな中年男で、ツアー客を飽きさせないようにカトリック住民がどんな迫害を受けたかをとうとうと話します。

ツアー参加者は、ガイド役の男性についてカトリック地区を歩きます。
説明はすべて英語なので、半分も理解できませんでしたが、案内された場所の説明書きなどを読んで少しでも理解しようと努めます。
この壁画はウェスト・ベルファストのシンボル的なもの。描かれているのは獄中でハンガーストライキを主導して死んだボビー・サンズという活動家です。私はこの壁画はずっと女性だと思っていたのですが、男性だったことを初めて知りました。
そして、この壁画が描かれているのが、アイルランドとの統合を主張するナショナリスト政党「シン・フェイン党」の建物だということも知りました。
シン・フェイン党はテロ組織として恐れられたIRAの政治部門で、ボビー・サンズもIRAの活動家でした。

ウェスト・ベルファストには、カトリック地区とプロテスタント地区を分けるゲートがありました。
カトリック側のガイドはここまで私たちを案内しますが自らはこのゲートを越えようとしません。ツアー参加者に、ゲートを越えたところで次のガイドを待つように告げ去っていきます。
このゲートは、かつての活動家たちにとって、いまだに越えてはならない高い壁なのでしょう。

ゲートを越えたところでしばらく待っていると、細身の中年男が現れました。
彼が次のガイド交代。プロテスタント側の元活動家です。
北アイルランドのプロテスタント住民は、イギリスからの入植者の子孫でイギリスとの統合維持を望む立場からユニオニストと呼ばれています。

プロテスタント側のガイドは、ちょっと陰気で話が下手、いかにもテロリストという風情がありました。
彼についていくと、高いフェンスが道路沿いに続いていました。
この壁は、「ピース・ライン」と呼ばれています。
カトリック地区とプロテスタント地区を隔てる高い壁。両者の紛争を防ぐため1970年代から建築が始まり、市内全域で総延長20km ほどの長さがあるそうです。

プロテスタント側の主張の中心は、長年にわたるIRAのテロによっていかに多くの命が奪われたかという点で、カトリック活動家の非道ぶりを非難します。
壁にはテロの生々しい写真や犠牲者たちの顔写真が貼られていて、その事実の重みがガイドの話術の拙さを補っていました。
ツアーはカトリック地区に戻ることなく、そのまま現地解散。ツアー客は1時間半ずつ、両者のエリアで過ごし、それぞれの感想を抱きながら帰っていくのです。
日韓問題のような両者の主張が噛み合わない問題は、対立する両者の主張をそれぞれ聞くというツアーがふさわしい。そんな北アイルランド問題とは関係ない感想を抱きながら、私は駅へと向かったのです。

対立する双方から直接話を聞く3時間のツアー。
これで2500円足らずというのは、本当にお値打ちのツアーだと思いました。
もう少し英語ができれば、もっと面白かっただろうと感じました。
イギリスとアイルランド

ウェスト・ベルファストからの帰りは、再びタクシー。また革張りの豪華なタクシーです。
駅までの料金は、6.80ポンド。
「セントラル・ステーション」と私が告げたので、中心部にある「グレート・ヴィクトリア・ストリート駅」の方に行ってしまい渋滞に巻き込まれたため、料金が高くなってしまったのです。
「セントラル・ステーション」ではなく、「ラニヨンプレイス・ステーション」と言った方が良さそうです。
そういえば、タクシーの運転手が「トラブルズ」の案内をしてくれる「タクシーツアー」もあって、料金は少し高めですがベルファストを訪れる観光客にはとても人気だそうです。

帰路も、やはりバスによる代替輸送でした。
列車の出発時刻よりも早く出発します。早めに駅に来ておいて正解でした。

ニューりー駅に着く頃には天気も回復し、列車を待つホームからは綺麗な田園風景が見えました。
北アイルランド問題は、イギリスの帝国主義者が世界中にまき散らした害悪の一番身近な残骸です。
こんな美しい土地に悲劇を残したイギリスに対して、アイルランドの人たちが抱く複雑な思いが少し理解できるような気がしました。

帰りの列車も空いていて、座席の確保も問題はありませんでした。
せっかくなら、イギリスとアイルランドの国境を確かめたいと思い、スマホをwi-fiにつなげました。

グーグルマップを立ち上げ、現在位置を確認します。

ずっと窓の外に目をこらしますが、何も国境を示すものは見つけられませんでした。

ただただのどかな農村風景が続くだけです。

きっと何か目印になるものがあるのでしょうが、なんだか探すのが馬鹿らしくなってきました。
国境って何なのでしょう?
宗教って何なのでしょう?
民族って何なのでしょう?
大小様々な権力を握った者が、自らの欲望を満たしたり理想を実現するために多くの人たちを煽り、組織化し、敵を作り、最後は武力を行使する。人類の歴史は古今東西そんな話ばかりです。
今の時代も何も変わっていない。
北アイルランドという美しい土地を長年苦しめてきた悲劇は、1998年のベルファスト合意によって和解に至りました。私は、紛争を話し合いによって終わらせる人類の知恵と努力を信じ、そうした姿勢を何よりも高く評価する世代です。
そうした第二次大戦後の価値観が木っ端微塵に破壊されようとする世界を見たくありません。
ベルファストへの旅は、そうした私の信念をより一層強くしてくれたように思えます。
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