リヒテンシュタインでの宿を決める際に私はかなり迷った。
そもそも選択肢が限られるうえ、値段もかなり高かったからだ。
散々迷った末に選んだのは、眼前にアルプスの山並みが広がる高級ホテルだった。
スイスのサルガンスからバスに乗って、リヒテンシュタインの首都ファドゥーツに到着したのは9日の午後4時20分だった。
すでに、周囲は薄暗くなっていて、通り沿いの店には明かりが灯っていた。
とりあえず、ホテルに向かおう。
私が予約したホテルは丘を登ったところにあることは知っていた。
だから、タクシーが通らないかとしばらく様子をうかがったがそんなものは1台も走っていない。
諦めて歩くことに決めた。
相変わらずリヒテンシュタインに入ってもネットは全然繋がらなかったが、幸いGoogleマップをダウンロードしてあったので、それを頼りにホテルまでの道順を調べる。
メインストリートからホテルに向かう坂道はすぐに見つかった。
結構な傾斜ではあるが、距離的には大したことはない。
傾斜が緩やかなところでひと休み。
人通りはほとんどない。
石畳の道が多いので、スーツケースのキャスターが壊れないか、それが心配だ。
バス停から10分ほど登ったところに、葡萄畑が広がっていた。
葡萄畑の奥には目立つ赤い家とそれを見下ろすように雪山が顔をのぞかせている。
これはこれは、なかなかの光景である。
スーツケースを引く手を休め、しばし写真撮影に興じる。
その瞬間だった。
葡萄畑越しに見えるファドゥーツ城に明かりが灯った。
青味を帯びた雪山をバックにお城だけが黄色く浮き上がって見えたのだ。
これはまさにおとぎ話に出てくるような、見事な眺めだと思った。
それもそのはず、葡萄畑とお城と雪山、このアングルはファドゥーツ城を撮影するベストポジションとして多くの写真がネットにアップされていることを後で知った。
こうして途中で風景に見惚れ、写真を撮りながら坂道を上り、ようやくホテルに辿り着いたのは午後4時43分。
バス停を降りてから25分が経過していた。
あたりもすっかり暗くなり、ホテルの電飾が夕暮れに輝いて見えた。
やっと、着いた。
ホテルの前からは雪山をバックにしたファドゥーツ城がはっきり見える。
バス停では見上げるような位置にあったお城が、私が宿泊するホテルからはほぼ同じ高さに見えるのだ。
こんな宿、きっとリヒテンシュタインには他にないと思う。
こちらがホテルの正面。
宿の名は「パークホテル・ゾンネンホフ」という。
フランスを中心に多くの高級ホテルや一流レストランが加盟する「Relais & Châteaux」のメンバーである。
エントランスは、木製の自動ドア。
ホテルというよりも、お金持ちの邸宅の玄関のようだ。
エントランスを入った狭いロビーでは、クリスマスツリーとシャンデリアが客を出迎えてくれる。
私が予約していたのは、プレミアムシングルルーム。
1泊4万7130円。
これでも、このホテルの中では最も安いお部屋だ。
シングルルームとは言っても、ベッドはクイーンサイズ。
全体にちょっとメルヘンっぽいインテリアである。
テーブルの上には蘭の花が飾られ、陶器の器にキャンディが入っていた。
このホテルを選んだ一番の理由は、部屋からの眺望だ。
私の部屋にも大きなベランダがついていた。
ベランダに出ると、正面にはスイス側の山々が目の前に広がる。
ちょっと到着が遅くなったので、すでに暗くなってしまっていたが、それでも写真で見たその大パノラマに嘘はなかった。
左手に目を転じると、ちょうど枝の間からライトアップされたファドゥーツ城が見えた。
本当に素晴らしい眺望。
奮発して高いホテルを予約した甲斐があったというものだ。
バスルームもご覧の通り。
これまたちょっとメルヘン調で私の好みではなかったが、バスタブがあったのはやはり嬉しかった。
アイスランドでも、グリーンランドでもシャワーだけだったので、すぐにお湯を張り温かい風呂に浸かる。
部屋にはでっかいコーヒーメーカーが置かれていて、風呂上がりに早速1杯のコーヒーをいただく。
やはり高級ホテルは、備え付けの備品も一味違うものである。
淹れたてのコーヒーを持って、ベランダで夕暮れを楽しもうと思ったら、あいにく雨が降り出した。
ホテル到着前に濡れなくてよかったとはいうものの、これではゆっくりと山を眺めるどころではない。
そういえば、このホテルにはプールもあるというので、館内見学を兼ねて行ってみることにする。
全体にレトロな雰囲気をたたえるこのホテルだが、プールに通じる階段のところにはソファーが置かれ、ちょっとした休憩スペースになっていた。
このスペースには、リヒテンシュタイン侯爵夫妻の写真のほか、このホテルに宿泊した世界の著名人の写真が飾られている。
国連の潘基文前事務総長の写真もあった。
こちらがプール。
声を出すのも憚られる、厳かな雰囲気をたたえた大人のプールである。
誰もいないのかと思ったら、奥の一段高くなった場所にカップルがいた。
私は静かに水に入り、あまり音を立てないよう2往復ほど泳いだ後、サマーベッドに横たわってその不思議な空間を味わう。
しばらくすると、カップルが出ていったので、彼らがいた一段高い場所に行ってみる。
なるほど、穴蔵のように薄暗くて落ち着くスペースになっている。
でも、ちょっと堅苦しさを感じるのは、高級ホテルに慣れていないせいだろうか。
ホテルには高級なレストランも付属しているのだが、私はルームサービスを取ることにした。
一人で気詰まりしながら高価な食事を食べても仕方がない。
注文したのはリヒテンシュタイン産のスナックとビール。
日本円で5000円ほどしたが、ハムもチーズもビールもどれもすこぶる美味しくて、これだけで立派な夕食となった。
それにしても、リヒテンシュタイン産のラガービール「アルパゴールド」。
このボトルに入った佇まいが、いかにも歴史ある公国というイメージにふさわしい。
翌朝、昨夜の雨は上がっていた。
ホテルの前には素敵なガーデンハウスがある。
庭の端っこにはベンチが置かれていて、目の前の山の名前がわかるよう案内板も設置されている。
せっかくの眺望だが、この日は雲が垂れ込めていて残念である。
朝の散歩を終えて、朝食をいただきにレストランへ。
希望すればお部屋でも朝食を食べることができるそうだが、せっかくなので夜行けなかったレストランを拝見することにする。
案内されたのは大きな窓からスイスの山々が望めるテラス席。
落ち着いたインテリアが上質な空間を演出している。
こちらの部屋がメインダイニングのようで、ちょっと厳しい雰囲気。
私には案内されたテラス席の方が気が楽だ。
さすがに高級ホテルの朝食ビュッフェは並んでいる食材も申し分ない。
グリーンランドではあまり新鮮なフルーツや生野菜が食べられなかったので、そういうものを中心にピックアップしていく。
色とりどりのジュースも、いかにも健康的だ。
私はりんごとオレンジ、生姜などが入った「ENERGY」というジュースを選んでみた。
なかなかいい感じの朝ごはん。
フルーツはもちろん、パンもチーズも全て文句なく美味しい。
そして、大きなカップになみなみと注がれたカフェオレ。
最後にパウンドケーキとフルーツサラダをいただいて、充実の朝食はおしまいとした。
大満足。
美味しかった。
部屋に戻ると、窓から朝日が差し込んでいた。
窓を開け、朝の空気を部屋に取り込む。
結局、雲が山並みを覆い隠し、見渡す限りの雄大な峰々という風にはならなかったけれど、雲が乱れ姿を変えるこの景色はこれでなかなか素敵だ。
せっかくならばもう少しゆっくりこのベランダでくつろぎたかったが、もうそろそろチェックアウトの時間である。
フロントに鍵を返し、荷物を預けて街歩きに出かけた。
坂道を下って中心街まで降りて、再び荷物を取りに坂を登る。
なんとも無駄な行動のようにも思えてしまうが、「パークホテル・ゾンネンホフ」に通じる急な坂は、何度も往復する価値のある美しい道だ。
リヒテンシュタインの首都ファドゥーツの丘の上に建つ最高の宿。
最終的にスーツケースを引っ張ってホテルからバス停に降った時には、午後1時を回っていた。
「Park Hotel Sonnenhof」 住所:Mareestrasse 29, 9490 ファドゥーツ, リヒテンシュタイン https://www.sonnenhof.li/en/