<きちたび>シンガポールの旅2025🇸🇬 全日空で40年ぶりのシンガポール!宿泊先はアラブ街「カンポン・グラム」にある「ザ・スルタン」

🇸🇬 シンガポール 2025年2月12日~13日

2025年最初の海外旅行は、東南アジアに決めた。

今年は戦後80年。

日本がアジアの国々に残した惨禍は、韓国や中国ではたびたび政治問題になって、嫌でも眼にすることが多いが、太平洋戦争で日本軍が占領した東南アジアのことはあまり知らないということに気づいたからだ。

今回訪れるのは、シンガポールとマレーシア。

ともにバンコク特派員をしていた1980年代以来、実に40年ぶりの訪問である。

飛行機はシンガポール行きの全日空便を予約した。

往復で8万円と日系キャリアとしては比較的リーズナブルだったので、たまには日本の飛行機で海外に行ってみようと思ったのだ。

11日の夜の羽田空港。

全日空便のため、いつものターミナル3ではなく、国内線と同じターミナル2の国際線ロビーを初めて利用した。

このターミナルから出発する国際線フライトが少ないため、とても空いている。

あらかじめオンラインチェックインを済ませ、預ける荷物も無いため、出国手続きはスムーズに終了。

出発まで時間があったので、新しいプライオリティパスを使ってラウンジで過ごす。

ビールとおつまみ。

そして、スパイシーカレー。

単なるカレーだけれど、機内食に比べれば何でもご馳走である。

全日空機は日にちを跨いだ12日の午前0時25分の出発だ。

シンガポールまでのフライト時間は7時間弱。

欧米に行くことを考えれば、だいぶ楽だ。

夜間便なので、うまく寝られることを期待したが、やはり狭いエコノミーの座席ではうとうとしてもすぐに目が覚めてしまい、仕方なく用意されていた映画を観る。

さすがに日本の飛行機なので、日本語のコンテンツは充実していて、その中から若かりし日のトランプ大統領を描いて話題の映画『アプレンティス』を選んだ。

深夜便ということで、乗客の睡眠を妨げないよう、最初の食事は、カントリーマームとおつまみ、そしてミネラルウォーターが入った袋が配られただけだった。

これも日本らしい気配りである。

そして着陸の2時間前にはこちらの機内食が。

鮭を使った三色丼で、ご飯も野菜も機内食にしては美味しかった。

こうした細かい点が、やはり日本は優れている。

こうして、いつもながらに不快な機内での我慢の時間を過ごした末、シンガポールに到着したのは現地時間の午前7時だった。

シンガポールと日本の時差はなぜか1時間。

朝の7時だというのにまだ真っ暗で、沖合に停泊するおびただしい数の船の明かりだけがやたらと目立っていた。

滑走路に降り立った瞬間、窓ガラスが突然曇った。

さすがに赤道直下の東南アジア。

湿度が身体にまとわりつくような高温多湿の気候を思い出す。

過去の記録を調べてみると、シンガポールには1980年代に4回来ているのだが、東南アジアの優等生とはいえ当時はまだ途上国で、その後の経済発展は目覚ましい。

シンガポールの玄関口チャンギ国際空港は世界有数のハブ空港として、すっかり日本人にもお馴染みになった。

40年前のチャンギ空港についてはほとんど覚えていないけれど、とても機能的で美しい空港に成長していた。

入国手続きも紙ではなく事前に電子申告が義務づけられているため、無人のゲートだけで完了。

世界中の空港がこうなってくれると、出入国も格段に楽になる。

その機能性と同時に印象に残ったのが緑が多さ。

荷物をピックアップするベルトコンベアーのエリアもこの通り。

到着ロビーも植栽だらけで、独立以来目標としてきた「ガーデンシティ」が完全に根づいていることを痛感する。

今世紀に入り、「ガーデンシティ」からさらに一歩進めて、「シティ・イン・ザ・ガーデン」が国家目標となっているという。

都市の中に庭があるのではなく、庭園の中に都市があるということで、ターミナルビルから外に踏み出せば、あふれんばかりの熱帯の植物たちが出迎えてくれる。

そして、極めつけがこちら。

空港内に作られた「ジュエル」と呼ばれるショッピングモールである。

私が訪れたのは早朝だったのでまだ水は流れていなかったけれど、午前10時になると、天井から大量の水が流れ落ち人工の滝が見られるというアトラクションだ。

ドームの中は通過する電車は、ターミナル間を繋ぐ無料の移動手段。

巨大空港に必要な利便性と乗り換え時間を楽しませるエンターテインメント性を兼ね備えた、これぞ世界有数のハブ空港である。

それでいて、ターミナル2から「ジュエル棟」に向かう空中回廊からは巨大なチャンギ空港が見渡せて、ちょっとした未来都市といった風情もある。

市内へはシンガポール地下鉄「MRT」で向かう。

空港からダイレクトというわけにはいかないものの、途中でダウンタウン線か東西線に乗り換えるだけなので初めてでも迷うことはない。

空港を出ると、広大な展示場施設が広がっていた。

日本を上回る貿易立国であるシンガポールにとって、各種の国際見本市を主催することは極めて重要な経済活動ということだろう。

私が予約したホテルに行くには東西線が便利そうなので、2つ目の駅「Tanah Merah」で乗り換える。

空港からの電車はこの駅止まりなので、間違いようもない。

午前8時を過ぎてちょうど朝の通勤時間なので、車内はそれなりに混んでいたが、東京の通勤電車と比べれば天国のようだ。

車窓から見える景色は、さまざまな形をした公共住宅と大きく育った街路樹と広々とした公園である。

目的地のブギス駅に着いたのは午前8時35分。

空港からは30分ほどかかった計算だ。

乗車代金はダイナミックプライシングで変動するらしいがおよそ2シンガポールドル(約230円)。

クレジットカードのタッチ決済で乗車可能なため、便利な反面、正確な代金はわかりにくい。

駅を出ると、見上げるほどの高層ビル群が待ち受けていた。

ブギス駅の東側は、かつてのアラブ商人たちの末裔が暮らす「アラブ街」だけれど、国土の狭いシンガポールでは中心部以外でも土地の立体的な利用が進んでいるようだ。

とはいえ、大通りから一歩入ればそこは文字通りの「アラブ街」。

カラフルな建物やケバブを売る店が出現する。

その「アラブ街」の中心に位置するのが、こちらのイスラム寺院「サルタン・モスク」である。

1824年に君主サルタン・フサイン・シャーによって創建されたこのモスクは、シンガポールで最古にして最大のモスクだそうだ。

ただ、まだ朝も早いため人影もまばらである。

このサルタン・モスクの前を通過してさらに東に歩いていくと、白壁の瀟洒な建物が現れた。

どうやらここが私の予約したホテルのようだ。

正面に回ると、イギリス植民地時代を彷彿とさせるヴィクトリア調の立派なエントランスがあった。

シンガポールは、東南アジアとしてはホテル代金が非常に高く、本当はプール付きのホテルが良かったのだが、空港からの便がよく比較的値段がリーズナブルなこのホテルを選んだのだ。

これは、予想したよりもいいホテルかもしれない。

ロビーも落ち着いたいい感じ。

しかし、まだ時刻は午前9時でチェックイン時間の午後2時までにはかなり時間がある。

幸いフロントの女性が荷物を預かってくれるというので、身軽になって市内観光にでも出かけることにする。

その前にスマホの充電が必要だったため、ロビーのコンセントを借りて充電しながら持参した「地球の歩き方」を読んでいるとフロントの女性が声をかけてきた。

部屋が用意できたので早めにチェックインできると言う。

ありがたい。

私は喜び勇んで、女性の後について部屋に向かった。

部屋は真っ白く塗られた廊下の先にあるらしい。

途中、細い竹が植えられた中庭を通る。

いかにも南国好きのヨーロッパ人が好みそうな作りである。

部屋もそれなりの広さで、シンプルなインテリアも悪くない。

一番安いシングルルームなので、眺めがいいわけではないが、中庭に面した落ち着く部屋である。

室内に金庫が備え付けられ、冷蔵庫の中の飲料も無料で飲んでいいという。

バスタブはないけれど、シャワーは十分な水量でちゃんとお湯も出る。

唯一の不満といえば、洗面台の流れが悪かったこと。

いや、もう一つ不満があった。

部屋のWi-Fiが不安定で、いつの間にか切れて、eSIMの容量を無駄に使わされたことだ。

それでも、翌朝は暗いうちに出発するだけなので、特段の問題はないだろう。

後で気づいたのだけれど、ロビーにこんな写真が飾られていた。

このホテルはかつて学校として使われていた歴史的建物が放置され、荒れ果てていたものを2011年にホテルとして改装したということらしい。

シンガポールで1泊1万5000円以下で泊まれる宿は貴重なので、「ザ・スルタン」、観光には便利で結構オススメだと思う。

コメントを残す