伯母の一周忌で高野山にお参りするついでに、大阪で1泊することにした。
大阪には仕事で何度も来ているが、ほとんど観光をしたことがない。
おまけにいつもキタと呼ばれる梅田周辺に泊まっていたので、コテコテの大阪はまったくと言っていいほど知らずにこれまで生きてきた。
そこで今回は、高野山行きの電車が出る南海なんば駅の近くにホテルを予約し、いわゆるミナミと呼ばれるエリアを歩いてみることにしたのだ。
大阪伊丹空港から難波への行き方を調べると、リムジンが一番簡単そうだ。
到着ロビーを出るとちょうど午前10時半発のバスが出発するところだった。
リムジンは30分ほどで南海電鉄のなんば駅前に到着した。
やはりこの界隈を訪れるのは初めて、見るもの全てが新鮮だ。
ホテルのチェックインには早すぎるため、私はあらかじめ予定していた目的地を目指す。
平日の昼前というのに、商店街はとても賑やかだった。
食い倒れの街と呼ばれるだけあって、ちょっと惹かれる飲食店が軒を連ねる。
いやはや、ミナミ、いいじゃない。
私は一発でこの街が気に入った。
Googleマップを頼りにやって来ました。
吉本興業の本拠地「なんばグランド花月」。
すでにお昼の興行は始まっているためか、思いの外、劇場の前は閑散としていた。
やっぱり平日のお昼は空いてるのかな?
そんなことを考えながら当日券の窓口に行くと、昼も夜も指定席はすでに完売で、立ち見席もかなり混み合っているという。
吉本の人気をちょっと甘く見ていたようだ。
やっぱりネットで予約しておけばよかったと後悔しながら、すでに始まっている昼の回の立ち見席券を購入した。
座席のある指定席は1階が4800円、2階席が4300円だが、立ち見席は3300円と少しお安くなっている。
まあ初めて雰囲気を味わうには立ち見も悪くないかもと思った。
エスカレーターで2階の劇場に上がると、扉の前に2つの銅像が立っていた。
吉本興業の創業者で今放送されているNHKの朝ドラ「ブギウギ」にも登場した吉本せいと、彼女の弟で初代社長として吉本興業を日本一のお笑い企業に育てた林正之助である。
立ち見席の扉を開けると、扉のすぐ目の前まで観客が立っていた。
それでもたまたま前の人が背が低かったので、舞台を見るには問題はなかった。
予想外の人気ぶりを記録しておこうと思って写真を撮っていたら、後ろから声をかけられた。
劇場内は撮影禁止だそうで、一旦ロビーに出るよう言われ、その場で写真を削除させられた。
芸人さんをアップて撮影したわけではないが、致し方ない。
公演は前半が漫才や落語、短い休憩を挟んで吉本新喜劇という構成である。
さすが吉本の本丸だけあって、この日も大御所のオール阪神巨人をはじめ、中川家、ブラックマヨネーズなど有名どころも次々に登場、劇場は笑いに包まれた。
やはり一流の芸人さんは面白い。
それ以外にも「ティーアップ」や「サルゴリラ」など、普段バラエティをほとんど見ない私でも大いに笑わせてもらった。
やっぱり人間に笑いは必要だ。
後半の吉本新喜劇は漫才ほど面白くはなかったが、子供の頃、よくテレビで見ていたので、久しぶりの昭和の笑いをに懐かしさのようなものを感じた。
2時間立ちっぱなしはいささかきつかったが、それを感じさせない笑いの力出るあった。
表に出ると、入った時とは別世界で多くの人たちでごった返していた。
また大阪に泊まることがあればぜひ事前に予約して再訪したいと思う。
最近元気がない妻も連れてきたいものだ。
時間は午後1時半。
せっかくなので食い倒れの街大阪のご当地グルメを食べたいと思い、ネットで調べた有名店に行ってみる。
まずは、「肉吸い」という謎の名物料理が気になった「千とせ」へ。
行列に並ぼうとしたら、最後尾に並んでいた若者グループが「もう完売らしいですよ」と教えてくれた。
このお兄ちゃんたちで本日分は売り切れということらしい。
他にも豚まんの老舗「551HORAI本店」の前にもすごい行列。
さすが1日に17万個の豚まんを売る大阪グルメの有名店だけのことはある。
ということで、最終的にはさほど優先順位が高くなかった串かつを食べることになった。
昭和4年創業、串かつ発祥の店として知られる「串かつだるま」。
正確に言えば通天閣に近い新世界のお店が発祥の地だそうだが、今は大阪にいくつものお店を展開していて、私が訪れたのは「なんば本店」だった。
入り口には両手に串かつを持ついかつい顔のおじさんの像が立つ。
「だるま大臣人形」と呼ばれ、「串かつだるま」の現在の4代目社長がモデルなのだとか。
そして串かつというとよく聞く「二度漬け禁止」のルールもこの店から生まれたのだそうだ。
10分ほど並んで入店。
1階のカウンター席に案内された。
地下にも席がある大きなお店なので、それなりに客の回転はあるようだ。
串かつは、ベーシックな130円のネタから1本360円のA4特選黒毛和牛まで好きな串を選んで注文することも可能だが、私のような初めての客にはいろいろな串を食べ比べられるセットを選ぶのがオススメだという。
中でも一番人気は「法善寺セット」、2200円。
12本の串とスピードメニュー1品がセットになっていて、串かつ初心者の私としてはとりあえずこの入門編を食べてみることにした。
すぐに運ばれてきたのは、スピードメニューの「どて焼き」とキャベツ、そして瓶ビール(660円)である。
キャベツは「串かつには欠かせない」と書いてあったので注文したが、「廃棄ロスを減らすため有料となりました」という説明とともに110円取られた。
こちらが名物の「どて焼き」。
牛のすじ肉を味噌や味醂で煮込んだ大阪の郷土料理で、大阪に数多ある串かつの店ではたいてい一緒にどて焼きを提供しているようだ。
東京のモツ煮に比べると甘口で、ものすごく美味しいというほどではない。
店員さんの大半が外国人ということもあってか、奥の厨房は結構混乱していたようで、肝心の串かつが出てくるまでかなり待たされた。
定番の元祖串かつに始まって、天然えび、もち、アスパラ、うずら、豚カツ、鳥つくね、ウィンナー、チーズちくわ、鳥のからあげ、さつまいも、チーズの12本。
外国人の店員さんが一通り説明してくれたが、自分で食べてみないとどれがどれだかわからない。
これに秘伝のソースをたっぷりかけていただく。
もともとはソースの器に浸して食べていたため「二度漬け禁止」という言葉も生まれたわけだが、コロナ禍を経て、今ではソースに浸すのではなく、ソースをかけて食べるスタイルに変わっていた。
何でも串かつになるんだなと感心しつつも、個人的には普通のトンカツやフライの方が好きだなと思った。
店を出て、目の前にある「法善寺」にお参りする。
昔の歌で有名な法善寺横丁はこの小さなお寺の周囲にある。
お寺には苔むしたお不動さんが祀られている。
お寺のホームページには、こんな歴史が記されていた。
かつて京都宇治にあった浄土宗天龍山法善寺は、寛永14年(1637)、ときの住職である中誉専念法師が「金毘羅天王墾伝」の故事に基づき、現在の大阪難波の地に移転しました。念仏聖の専念法師は、人々の供養のために千日間にもおよぶ念仏回向を勤めるなど、民衆に寄り添う日暮らしを送られました。大阪ミナミの法善寺一帯の地域が「千日前」と呼ばれるようになったのは、この専念法師が行った「千日念仏回向」に由来します。
なるほど、なるほど。
京都や奈良とは違う庶民のお寺なのである。
そうこうしているうちにチェックインできる時間になったので、再びバスを降りた南海なんば駅に戻ってきた。
予約したホテルはこの近くにあるはずだ。
今回宿泊するのはこちらのビジネスホテル。
「グリッズプレミアムホテルなんば」
駅から徒歩2〜3分の便利な路地裏に建つ。
まだ新しいようで、全体にモダンな造り。
韓国からの旅行者が多く利用しているようだ。
部屋もゆったりしていて、私が予約した部屋はダブルベッド2台にソファーも付いている。
これで1泊朝食付きで1万6000円ほどなら、アメリカでの高いホテル代に悩まされた身としては良心的に感じる。
ただ、今回大阪の宿を探して感じたのは、日本のホテル代が確実に値上がりしていることだ。
少し前まで、1泊5000円以下というホテルも散見されたが、もはや1万円以下で泊まれるホテルはほとんど見当たらなかった。
昨今の賃上げの流れが、人手のかかるサービス業にも波及していると考えれば、旅行好きの私としては積極的に受け入れるしかないだろう。
ホテルで少し休んでから、夜の街に出てみることにする。
なんば駅前から戎橋筋商店街を抜けて大阪のシンボル「戎橋」へ。
道頓堀はものすごい人出である。
特に外国人の姿が目立ち、日本人よりも多いぐらいだ。
道頓堀には来たことがあるが、誰かに連れてきてもらっただけで、全く土地勘がない。
なので、聞き覚えのある地名を頼りに、周辺をぶらぶら散策することにした。
心斎橋筋商店街を歩き、「かに道楽」の看板がある道頓堀商店街へ。
やはりこの通りが一番賑やかだ。
有名な「くいだおれ人形」がある。
昼に食べた「串かつだるま」は、道頓堀でも行列だった。
「だるま」意外にも串かつのお店がやたらに多い。
でも私は串かつがお腹にもたれて、ほとんど食欲がない。
せっかく食い倒れの街を満喫しに来たのに、もはや食欲がついていかない。
それでも、せっかくなのでたこ焼きでも食べることに。
道頓堀にはたくさんのたこ焼きの屋台が並んでいたが、その中で行列がない店を見つけ、6個入りを買った。
500円。
東京でも近頃たこ焼きは高いので、まあまあリーズナブルな感じがする。
私が買っていると、面白いもので、誰もいなかった屋台に行列ができ始める。
「日本一本家 大たこ」
テレビで見たことのある有名店だが、激戦区の道頓堀で勝ち抜くのは容易ではないのだろう。
たこ焼きはソースが濃厚でとても美味しかった。
大賑わいの道頓堀を離れ、千日前商店街を通って「法善寺横丁」に行ってみた。
入り口の赤提灯と看板、とても風情がある。
こちらは細い路地に大人っぽいお店が並び、とてもいい雰囲気だ。
おでん、お好み焼き、うなぎ、ふぐ。
お腹が空いていれば間違いなく、この界隈で夕食ということになりそうだが、とてもそういう気分ではない。
改めてお腹を空かせて来るとしよう。
私のお腹を膨らませた「串かつだるま 難波本店」は、夜になっても行列が絶えない。
みんな、どうしてそんなに串かつが好きなのだろう?
そのまま千日前を南に進み、なんばグランド花月の界隈に来ると、たこ焼き屋さんの前に行列ができていた。
「たこ焼き道楽 わなか」
ここも半世紀続く人気店だが、さっきたこ焼きを食べたばかりなので、今回は素通りして、私ももう一つの大阪のシンボル「通天閣」まで歩いてみることにする。
次第に人通りが少なくなり始めたと感じた頃、人の流れが大通りから路地に入っていく。
何があるのかも知らずについていくと、暗い路地の両側に若い女の子たちが立って何やら客引きをしている。
見るとあたりにはアニメグッズやメイドカフェがいくつもあった。
どうやら通天閣近くのこの界隈は日本三大電気街の一つ「大阪日本橋」と呼ばれるエリアで、西日本最大のポップカルチャーの聖地なんだとか。
中でも私が歩いた路地は「オタロード」と呼ばれ、西日本のオタクが集まる有名な通りなのだと知った。
改めて私がいかに大阪を知らないかということを痛感させられた。
こうして「オタロード」を抜けてしばらく歩くと、ようやくライトアップされた通天閣が見えてきた。
通天閣は勝手に道頓堀の近くにあると思い込んでいた私の認識が塗り替えられる。
この界隈は「新世界」と呼ばれ、道頓堀界隈よりもディープな大阪が垣間見える場所なのだ。
通天閣は夜8時まで営業していて、上ろうと思えば展望台に上って「ビリケンさん」を見ることもできたのだが、そこにはさほど関心がなかったので、塔の下を通り抜けるだけにした。
通天閣の下って、こんなになってるんだ。普段テレビに映らないそんなことが面白かったりする。
新世界の商店街には、道頓堀顔負けの派手な飲食店が軒を連ねる。
それに加えて、昔の風情そのままの懐かしいお店があるのが面白い。
ずらりと碁盤が並ぶ碁会所。
ガラス張りで中で囲碁を打つおじさんたちの様子が丸見えだ。
弓道場もある。
半弓道場なので、素人にも扱いやすい小さめの弓なんだろう。
そして外国人観光客にも人気だったのが、昔懐かしい射的。
中には時代遅れのゲーム機ばかりを集めたゲームセンターもあって、昭和ブームといわれる昨今、こんな商売も意外と成り立つのかもと思った。
そして、通天閣のお膝元、新世界にあの「串かつだるま」の新世界総本店がある。
新世界には「だるま」だけで4軒もあるのだが、総本店は暗い路地裏にある一番地味なお店。
でも、ここが今や大阪を代表するソウルフードとなった串かつ発祥の地なのである。
結局、新世界でも食べたいものが見つからず、ホテル近くの立ち食いうどんがこの日の晩めしとなった。
「うどん・そば 丸一屋」
24時間営業のなんばの立ち食いうどんとして、それなりに人気のお店のようだ。
天ぷらうどんが330円。
東京でも近頃立ち食いそばの値段がずいぶん上がったが、大阪ではまだまだ安く食べられるようで、街を歩いていると1杯200円以下のうどんも見かけるぐらいだ。
柔らかいうどんと薄口の出汁。
昔懐かしい関西の味だ。
そして、ちょっとシワい天ぷらが不思議と美味しい。
串かつにやられた胃袋にやさしく染み込んでいった。
やっぱり大阪は面白いな、そんなことを感じながらホテルに戻るとすぐに眠りに落ちた。