信長と相撲
そして4枚目は、「織田信長と相撲」。

『 相撲を愛好する戦国大名は多く、織田信長も近江国(滋賀県)でしばしば観覧しました。「信長公記」によると、元亀元年(1570)に常楽寺で相撲を催し、抜群の強さを誇った鯰江又一郎と青地与右衛門に太刀・脇差を与え、両者を召し抱えています。また天正6年(1578)には安土城に近江国や京都などから1500人を集めて相撲を催し、行事の木瀬蔵春庵・木瀬太郎太夫も登場しています。まだ土俵はありませんが、この絵からは現在の大相撲に近づいている様子がよくわかります。
神社やお寺の建設・修復を目的とする勧進相撲は室町時代から行われ、戦国時代に盛んとなりました。徳川幕府による「平和」がもたらされると、庶民の娯楽として相撲が一層親しまれるようになります。江戸時代前期には土俵が成立し、それまではなかった「寄り切り」「押し出し」などの技も誕生しました。中期には江戸・京都・大阪の三都をはじめ、全国各地で相撲が盛んに催され、「大相撲」と呼ばれるようになります。こうして成立した大相撲は、現在も江戸時代の様子をとどめながら、世界中の人々に親しまれているのです。』
こうした説明書きを読んでいる人はあまり見かけなかったが、相撲の歴史がある意味よくわかるロビーになっているということだ。
天皇賜杯

ロビーの突き当たりには、千秋楽の表彰式で登場する様々なトロフィーが展示されている。

中央に置かれているのは、幕内の優勝者に贈られる「天皇賜杯」。重さは、29kgだそうだ。
その後ろに見えるのが優勝旗で、優勝力士は表彰状と副賞1000万円を受け取る。
さらに・・・

「内閣総理大臣杯」。こちらは、重さ40kgあるとされる。
千秋楽でトランプ大統領を国技館に招いた安倍総理は、自らこの重い総理大臣杯を朝乃山に手渡した。
そしてトランプさんもこの日のために、アメリカ合衆国大統領杯をわざわざ用意し、自ら土俵に上がって巨大なトロフィーを渡した。
外国からの賞品という意味では、他にもいろいろ展示されている。

手前のティーカップはハンガリー、その右隣はフランス、後ろの段の左からタイ、ブルガリア、そしてメキシコのレリーフが並ぶ。

魔法のランプみたいなのは、アラブ首長国連邦で・・・

このギリシャ彫刻のようなトロフィーはモンゴル・・・

そのモンゴルの影に隠れるように置かれていたのが、中国から贈られた「中日友好景泰藍杯」だった。
中国がトロフィーを出しているのはちょっと意外だった。いつの時代なのだろう?
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