昨夜から今日午前中にかけて、岡山でも激しい雨が降った。
こんな日は、農作業の疲れを癒すための休息の一日、のんびりしっかり休養するとしよう。
午前中、妻と一緒にスーパーに買い出しに行き、その後は一人で「湯郷(ゆのごう)温泉」までドライブする計画を立てた。

高速道路は使わず、一般道でおよそ1時間。
湯郷温泉は、岡山県北にある岡山県を代表する温泉地「美作三湯」の一つである。
湯原温泉、奥津温泉、そしてこの湯郷温泉。
全国的な知名度は今ひとつだが、岡山県人にとっては温泉といえば真っ先に美作三湯が頭に浮かぶ。
雨が降る中で県北に向かうと、なだらかに続く山々に雲がかかり、なかなか幻想的な風景である。

湯郷に近づく頃には雨は次第に上がってきて、道沿いには岡山の三大河川の一つ、吉井川が並走して流れる。
まだ山は死んだように燻っているが、それでも日本の原風景のようなこの景色、今では嫌いじゃない。
若い頃にはどこにでもあるような平凡な岡山の風景が嫌いで、絶対に大学生になったら岡山を出ると決めていた。
過激なものに憧れる若者の心は、世界各地を放浪することによって次第に満たされて、今ではこの平凡な風景が美しいと感じられるようになった。
これは成長か、それとも諦めなのか?

湯郷温泉に到着したのは、家を出てからちょうど1時間後、午後11時前だった。
観光案内所があったので立ち寄って、今の時間にやっている日帰り温泉について聞いた。
実は、私が湯郷温泉を訪れるのは今回が初めてなのだ。
暇そうなおじさんが教えてくれたのは、湯郷温泉の中心にある日帰り温浴施設「湯郷鷺温泉館」だった。
この施設については事前にネットで調べて知っていて、その写真があまりに魅力的でなかったため、旅館のお風呂に入れるところがないかを知りたかったのだ。
しかし、午前中のこの時間には一般客にお風呂を開放している旅館はないようだ。

仕方なく、日帰り温浴施設「湯郷鷺温泉館」に行ってみる。
湯郷温泉は、平安時代の高僧・円仁法師がこの地で鷺が足の傷を癒すのを見て発見したと言われ、別名「鷺の湯」と呼ばれる。
そしてこの日帰り温浴施設は、湯郷温泉の元湯に建てられたのだという。

すぐ近くには、湯郷温泉の源泉地を祀る「塩湯社」がある。
鳥居の脇に立てられた石碑には、この小さな神社の由来が記されていた。
『古人は体を温め傷を癒してくれる温泉の神秘なはたらきに深く畏敬して湯の神様を祀り塩湯社と称しました。やがて、鷺温泉の名は広まり奈良時代には貢物として湯を都に運び、以後地頭や藩に保護され江戸時代では藩主が度々入湯にお越しになり、塩湯社に参詣され増田。その後、湯神社に改め鷺温泉の守護神として泉源近くに祀られ、いつの時代も人々から信仰されています。』
まあ、いずれにせよ、この日帰り施設は湯郷温泉の中心に建てられたことは間違いないようだ。

とはいえ、施設の内部は事前にチェックした写真の通り、単なるスーパー銭湯のようで、風情を感じることはない。
入浴料は800円。
券売機でチケットを買い、下駄箱の鍵をカウンターで預けて代わりにロッカーの鍵をもらう仕組みだ。
タオル類は入浴料には含まれていないので持参した方がいい。

露天風呂はこんな感じ。
1999年に作られたこの施設、いくつかの露天風呂があるのだが、自然との調和などお構いなしにコンクリートで作られている。
一瞬で興醒めしてしまった。
私は事業部町時代に、テレビ局が運営する観光施設のリニューアルを担当したことがあるのだが、もしも私がこの露天風呂のリフォームを担当できたなら、ずっと素敵な温泉に作り替える自信がある。

唐突にトトロの人形が置いてあったり、一つの露天風呂の名前がなぜか剣豪・佐々木小次郎にまつわる「小次郎の湯」だったりするので、湯郷との関係性を調べてみたが何もつながりが見出せなかった。
まったく謎のこの装飾は、一体何を訴えたかったのだろう?
それでも湯郷の無色透明のお湯は美人の湯として知られ、さまざまな病気や傷を癒す効果があるという。
このダサい装飾に目を瞑り、少しぬるめの露天風呂で2−3時間、半身浴を楽しんでいると、不思議と昨日までの筋肉痛が和らいだ気がした。
ドライサウナにも2度入り、自然の外気で熱った体を冷ます。
全く期待していなかった日帰り施設だが、スーパー銭湯に来たと思えば値段も手頃で、お湯は天下の名湯である。
また、疲労が溜まった雨の日に湯郷温泉に来ようかなと思った。

お風呂を出たの時にはもう午後1時半になっていた。
高い吹き抜けの部屋はリラクゼーションルーム、2階に有料の休憩室があってそちらで持参したお弁当を食べたり出前をとったりすることはできるらしい。
1時間3500円で利用できる家族風呂もあるようだが、この施設内にはレストランはないようだ。
その代わりというわけではないが、リラクゼーションルームには湯郷温泉の昔の写真が飾ってあった。

大正から昭和初期に撮られたこちらの写真には、温泉宿の前に馬車が並んでいた。
どうせならこの時代に訪れたかったものだ。

さらに時代を遡れば、旅館もなくてこうした田園風景の中に自然に温泉が湧き出ていたのだろう。
こうして源泉なが流れ出る温泉を溜めて、桶に入れて運ぶ。
なんとものどかな光景である。
しかし今の温泉街には、こうした風情はすっかりなくなってしまった。

日帰り施設の前を通る温泉街のメインロードには、歩く人の姿はなく、車も時々しか通らない。
平日とはいえ、午後2時前に営業している飲食店はなく、実に寂れた様子である。
昭和さながらの温泉ホテルは何軒もあるものの、昔のように社員旅行で温泉宿で宴会する会社もほとんどなくなったであろう。
個人客にとっては湯郷温泉は魅力がない。
せっかく近くを吉井川が流れ周囲を山で囲まれているにもかかわらず、温泉街からの眺めは寂れた街並みばかりで、これでは積極的に訪れようという気にならないだろう。
正直全く期待していなかったが、本当に魅力に欠ける温泉場である。
そうせなら、温泉街から少し離れた山間にもっと自然と調和した日帰り施設を建ててもらえれば、岡山市から近い分、訪れる客も増えるのではないだろうか。
少なくとも私は来る回数が増えるはずだ。

湯郷温泉でランチを食べ損なった私は、自宅に戻る途中で見つけたラーメン屋さんに寄った。
中華そば専門店「てんしん」。
岡山ラーメンの伝統を引き継ぐお店で、どうやらこちらの美咲店が本店のようだ。

私が注文したのは「餃子セット」(924円)。
実に素朴な見た目とは異なり、随所にこの店のこだわりが詰まっている。

麺はこの店で作るクセのない自家製麺。
そしてスープは、こだわりの醤油と豚骨を使った甘口の豚骨しょうゆスープである。
まさに「岡山ラーメン」の味。
予想以上に美味くて、あっさりとしたスープはライスともよく合い、気がつけばスープも全部飲み干してしまった。
血圧が高いので妻が一緒だとこうはいかない。

「湯郷鷺温泉館」の露天風呂の作りは好きではないが、高速道路を使わずに1時間で行けるちゃんとした温泉として、これからも湯郷温泉にお世話になることがありそうである。
午後からならば宿泊客でなくても入浴できる旅館もあるようなので、今度はそうしたお風呂を試してみたい。
できれば30分ぐらいで行ける温泉があれば最高なんだけれど、今のところ湯郷温泉は私の最寄りの温泉として記憶されることになりそうだ。
湯郷温泉「湯郷鷺温泉館」
住所:岡山県美作市湯郷595−1
電話:0868-72-0279
http://yunogosagionsen.net/