<吉祥寺残日録>トイレの歳時記🌻七十二候「蛙始鳴(かわずはじめてなく)」、カエルは鳴かずとも夏は来る #210505

今日は5月5日の「こどもの日」。

もともとは「端午の節句」であり、今年は二十四節気の「立夏」でもある。

ゴールデンウィークの連休も今日が最終日。

朝のうちは少し晴れ間もあったがすぐに曇り、強い風が吹いている。

「ステイホーム」の呼びかけにもかかわらず各地の行楽地にはそれなりの人が押しかけているというが、すべては想定内、11日の緊急事態宣言解除はほぼ絶望的だ。

とはいえ私の生活は特に変わらない。

「立夏」の声とともに、うきうきとした春ののどかさが去り、夏の猛々しさがやってくる。

数日前の夕方には、こんな荒々しい雲が東京都心上空に現れた。

のっぺりとした快晴よりも、雲が空いっぱいに暴れ回るそんな夏の空が私は好きだ。

若い頃はとにかく暑い夏が好きだった。

しかし歳を取るにつれ、暑い夏を楽しむだけの活力が失われてくる。

下手をすると不覚にもクラっと目眩を覚えることさえあり、誠に残念なことだ。

あの、夏を愛した汗にまみれた青春時代が懐かしい。

「今日から夏です」と言われてもまだ5月、いつも違和感を感じたものだった。

それというのも、「立夏」が、中国暦による定義をそのまま導入したものだからである。

中国では、夏至を夏の中央に置き、その前後に当たる年の4分の1を「夏」と定義した。

これに対し西洋では、夏至から秋分までを「夏」と考えるのが一般的であり、日本人の感覚的にもこの方が合う。

そのため現代の日本人は、夏は6〜8月または7〜9月と考えるようになった。

私もそう思っててきたが、今年は違う。

1月から植物を観察してきたおかげで、「春」が終わったと実感できるようになったのだ。

昔の中国人もこんな心持ちだったのかもしれない。

我が家のトイレにかかっている歳時記カレンダーで「立夏」を見ると、こう書いてある。

『春の気が終わって爽快な夏の気が立ち始める。暦では、今日より夏』

七十二候で見ていくと「立夏」の初候は「蛙始鳴」、「かわずはじめてなく」だという。

文字通り、「田野でカエルが鳴き始める頃」という意味だ。

「カエルの鳴き声はまだ聞いていないなあ」と思いながら、ここ数日、カエルを意識しながら井の頭公園を散策している。

しかし、カエルには一向に出くわさない。

ただただ、ガマやヨシといった水草が少しずつ大きくなっていくのを確認するのみだ。

冬景色から物凄い勢いで日々変化し続けてきた公園の植物たちも、ここにきて急に動きが鈍くなった。

赤ん坊から小学生、中学生、高校生へと急成長した子供たちが、成人して少し落ち着いてしまった、そんな感じだ。

カエルの代わりに、「カイツブリ」の親子が池を泳ぎ回っていた。

池の水面には、様々な植物から飛ばされた花や種が浮かんでいる。

生まてまもない雛鳥たちも親鳥の後を追って一生懸命泳ぎ、もうすでに潜水を覚えたものもいる。

早く一人前にならなければ自然界では生きでいけないのだ。

暑さという点でみると確かに西洋式の「夏」の方が実感しやすいが、自然をつぶさに観察すると中国式の暦の奥深さも少しわかってくる。

現代人は忙しさに追われて自然を見ずに一年を駆け抜けるが、昔の人たちは常に自然を恐れ、自然の恵みとともに生きていた。

自然のリズムを知ることが生きていくうえで不可欠だったからこそ、歳時記には季節の変化が正確に書き込まれているということなのだろう。

ついでに「端午の節句」についても調べてみた。

「端」は始まり、「午」は午(うま)の日を意味する。

端午が男の子の節句となったのは、武士が天下を取る鎌倉時代以降のことだそうだが、もともとは古代の中国で生まれた風習だそうだ。

その由来にはいろんな説があるようだが、五月人形を作っている「こうげつ」の公式サイトにはこんな説明が書かれていた。

楚(そ)の国の国王の側近に、屈原(くつげん)(前340頃~前278頃)という政治家がいました。
詩人でもあった彼はその正義感と国を思う情は強く、人々の信望を集めていました。しかし、屈原は陰謀によって失脚し、国を追われてしまいます。
その時の想いを歌った長編叙事詩「離騒(りそう)」は中国文学史上、不朽の名作と言われています。故国の行く末に失望した屈原は、汨羅(べきら)という川に身を投げてしまったのです。

楚 の国民達は、小舟で川に行き,太鼓を打ってその音で魚をおどし、さらにちまきを投げて,「屈原」の死体を魚が食べないようにしました。
その日が中国の年中行事になり、へさきに竜の首飾りをつけた竜船が競争する行事が生まれたそうです。
これは今日のドラゴンレース(龍舟比賽)の始 まりとも言われています。
これがちまき(肉粽=ローツ ォン)の起源です。

このようなエピソードから、毎年命日の5月5日の屈原の供養のために祭が行なわれるようになり、やがて中国全体に広がっていったのです。 国と人民に尽くした屈原の政策は、死んだ後もいっそう人々に惜しまれ、多くの粽(ちまき)を川に投げ入れて国の安泰を祈願する風習に変わって行きます。

そして、その風習は、病気や災厄(さいやく)を除ける大切な宮中行事、端午の節句となったと言われています。三国志の時代に端午の節句は、魏(ぎ)の国により旧暦五月五日に定められ、やがて日本にも伝わって行きました。

引用:「こうげつ人形」公式サイト

屈原の名前は、別の物語として聞いたことがある。

五木寛之さんの著書の中で、「滄浪の水が濁るとき」という話の中に屈原と漁師のやりとりが登場し、その説話についてはかつてこのブログでも書いた。

大河の一滴

端午の節句は「菖蒲の節句」とも呼ばれ、ショウブの葉を浮かべて「菖蒲湯」に入る風習がある。

我が家では一度もやったことはないが、ひょうたん池に生えている水草は「ガマ」ではなく、どうやら「ショウブ」らしい。

やがて花が咲けば確認できるだろう。

一方、御殿山の山野草エリアには、激しい植物たちの生存競争に勝ち抜いて、アヤメの花が咲き始めた。

アヤメとショウブはどう違うのだろうと思い調べてみると、アヤメは乾いた場所に育ち5月上旬に花を咲かせるのに対し、ショウブは湿った場所に育って花をつけるのは6月だと知った。

花は一見似ているものの、模様などで見分けることが可能だという。

花札でもアヤメは5月の絵柄。

まさにこの季節を代表する花なのである。

春に咲き誇った花々の大半はすでに散った。

季節は確実に夏に向かって進んでいる。

<吉祥寺残日録>コロナ時代の子供たち #200505

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