<吉祥寺残日録>中国が台湾に放った弾道ミサイルの脅し!人間の疑心暗鬼が招く1973年核戦争危機の教訓 #220805

ペロシ議長の台湾訪問に対し中国は前例のない大規模軍事演習という形で断固たる姿勢を示した。

4日から7日にかけて行われる今回の演習にあたり中国は一方的に6つの海域を指定した。

それは台湾が主張する領海ギリギリ、一部は台湾の領海内にかかっている。

そして初日の4日、台湾海峡では長距離ロケット弾の実弾射撃訓練を行い、全て目標の地点に正確に着弾したと発表された。

驚くのはロケット弾の発射場所。

福建省のビーチで一般人が空を見上げる中、まるでお祭りの花火のように本物のロケット弾が発射されていく。

中国のテレビはその様子を誇らしげに放送し、インタビューを受けた中国市民はみんな「敵に向かって撃ってるんだ」「我が国は強いので頼もしい」と中国軍による演習を当然のこととして肯定している。

与えられる情報が違うとここまで人間は別の考えに染まってしまうのか。

青空に次々に打ち上げられる妙に非現実的な映像に、人間と戦争の昔から変わらない関係を見る思いだった。

さらに中国は、9発の弾道ミサイルを発射した。

映像を見ると、山間の道路から無造作に発射しているように見える。

これは韓国のニュースサイトに掲載された地図だが、弾道ミサイルは福建省と浙江省の海沿いと内陸の3ヶ所から発射され、このうちの4発は台湾上空を通過して台湾の東方海域に着弾したという。

日本政府も弾道ミサイルのうち5発が日本のEEZ内に落ちたため、中国政府に抗議したことを明らかにした。

にわかに注目を集めることになった日本最西端の島・与那国島から着弾地点までは60キロしか離れていないという。

これに対し中国は、「この海域における境界線は定まっていない」と反論、意図的に日本近海を狙ったことを暗に認めた。

日本人はまだ台湾有事を自分のこととして捉えていないが、与那国島と台湾本島の間はわずは100キロほどしか離れていないため、中国軍がもし本気で台湾を攻めるとなれば間違いなく先島諸島は戦闘地域に巻き込まれる。

台湾を日本やフィリピンから切り離して孤立させ、外国の介入を許さないというのが中国軍が真っ先にやることだろう。

この軍事演習の中で中国軍機が台湾領空に侵入、無人機の姿も日本近海で目撃されている。

今回の演習はまさに台湾侵攻のシミュレーションであり、米軍は空母「ロナルドレーガン」を台湾の沖合に待機させてじっと中国軍の動きを監視しているのだ。

しかし現実の話、もしもアメリカが本気で台湾を守ろうとすれば、空母だけでは不十分であり、どうしても陸上の基地が必要になる。

台湾周辺には適当な陸地がない以上、前線基地となるのは沖縄の米軍基地しかありえないのだ。

米中の戦争に発展すれば沖縄は確実に戦場になる。

それを政府は国民に説明する義務があるのではないか。

突然降って沸いたように東アジアの緊張を高めた今回のペロシ議長のアジア歴訪。

当のペロシさんは昨夜日本に到着し、今朝岸田総理と朝食を共にした。

中国が猛反発しているペロシさんをどのように迎えるか、日本政府もだいぶ頭を悩ませたようだ。

朝食会という異例のスタイルにしたのもそのせいだろう。

そしてあえてペロシさんの台湾訪問には言及せず、従来からの日米の連携を再確認するだけにとどめた。

明かに中国側を刺激するのを避けたからであり、日本政府にとってもペロシ議長の行動は百害あって一利なしと映ったに違いない。

台湾訪問の直後に訪れた韓国では、日本以上に戸惑いが見られた。

ペロシさんが到着した空港には韓国側の迎えはゼロ。

尹錫悦大統領も休暇中を理由にペロシさんと会わなかったし、カウンターパートは議会だとして政府の要人は誰もペロシさんと会談しなかった。

ということで、この写真に写っているのは金振杓国会議長、杓子定規な対応で中国への配慮を示したのだろうが、ペロシさんとしてはいささか印象が悪かったかもしれない。

韓国国内では、こうした政府の対応に対し与党からは批判が出る一方で、野党からは評価されるという不思議なねじれ現象が起きたという。

さらにペロシさんに会おうとした元従軍慰安婦の李容洙さんが、国会の警備員に強制的に排除されるという騒ぎも起きた。

人権派で知られるペロシ議長だけに、従軍慰安婦の問題には関与してほしくなかったに違いない。

そしてペロシさんが韓国を離れた直後に、朴振外相が8日から中国を訪れ王毅外相と中韓外相会談を行うことが発表された。

地域の超大国中国と同盟国アメリカとの間で、どのように立ち回るのか、各国とも考えに考えた末にこのような対応になったのだろうが、ある意味お国柄がよく現れていて面白くもある。

こうした国際政治の駆け引きを眺めながら、私は一本のドキュメンタリー番組を興味深く見ていた。

BS1スペシャル「よみがえる悪夢〜1973年 知られざる核戦争危機〜」。

2019年に制作された番組の再放送のようだが、キューバ危機の11年後、1973年に実際に起きていた核戦争の危機を公開された各国資料や関係者の証言から浮かび上がらせる労作だった。

知られざる核戦争の危機があったのは1973年、アメリカはニクソン大統領、ソ連はブレジネフ書記長の時代だった。

この時代は「デタント(緊張緩和)」の時代と呼ばれ、冷戦下にあったアメリカとソ連の首脳が頻繁に往来し比較的良好な関係を保っていた。

当時のアメリカはベトナム戦争の泥沼から抜け出そうともがいており、おまけにニクソンはウォーターゲート事件で厳しい国内の批判にさらされていた。

一方のソ連は経済政策の失敗により厳しい経済状況に喘いでいて、お互いに軍事費を抑えたいという点で一致していた。

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危機の引き金となったのはこの年の10月に起きた第4次中東戦争。

サダト大統領率いるエジプトとシリアが10月6日、パレスチナの解放を目指して突如イスラエルに攻め込んだのだ。

過去3度アラブとの戦争に勝利していたイスラエルは当初余裕を見せていたが、ソ連製の最新兵器で武装したエジプトはイスラエルの戦闘機や戦車を次々に破壊し侵攻を進める。

窮地に立たされたイスラエルは開戦直後に自国の核兵器の準備を始めたとされる。

イスラエルが滅びる時はエジプトを道連れにする覚悟を持ってイスラエルのメイア首相はアメリカに大規模な軍事支援を要請、そして米製の最新兵器を手にしたイスラエルは反撃に転じる。

こうした中、10月20日米ソが停戦に動く。

ブレジネフ書記長が呼びかけた停戦調停にアメリカが応じ、キッシンジャー国務長官がモスクワに飛んだ。

イスラエルとエジプトの背後にいる両超大国はわずか4時間という異例のスピードで停戦協議は合意に至る。

その背景にはブレジネフがニクソンとの関係を非常に重視していたことがあったと説明される。

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これを受けて、国連決議により停戦発効時刻は10月22日午後6時52分と決められた。

ところが停戦時刻の5分前、エジプトは2発のソ連製スカッドミサイルをイスラエルに撃ち込む。

「私はイスラエルに対し、我が軍はこれだけの最新型ミサイルを装備しており撃ち込めるのだということを教えてやりたかった」

『サダト回顧録』にはその意図がそう説明されていた。

スカッドミサイルは、核弾頭も搭載可能な当時の最新兵器であり、ソ連はイスラエルの核兵器を抑止するために脅しとしてこのミサイルをエジプトに与えたのだが、ブレジネフはまさかサダトがそのミサイルを実際に使うとは考えていなかったという。

しかしこのミサイル発射によりアメリカ側に疑心暗鬼が生まれた。

さらにブレジネフが知らないところで、ソ連政権内の強硬派グレチコ国防相がサダトにスカッドミサイルの使用を承認していたことも後に判明する。

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一方のイスラエルも、停戦時刻になっても攻撃をやめなかった。

エジプト領内に攻め込み、エジプト軍の主力を包囲し餓死に追い込もうとしていたのだ。

相談もなくアメリカが停戦合意を結んだことをメイア首相はひどく怒っていて、停戦の5時間前にも「大勝利の目前なのにアメリカは妨害している」とキッシンジャーに食ってかかった。

これに対しキッシンジャーは思わず「停戦発効から数時間はもし何かあったとしてもワシントンから抗議を受けることはないだろう」と言ってしまう。

この言葉を拡大解釈しイスラエルは戦闘を続けた。

イスラエル国内ではかつてない犠牲者が出ていて、国民も兵士も明確な勝利なしに戦争をやめることを許さなかったのだ。

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ブレジネフは、キッシンジャーに騙されたと判断した。

アメリカの許可なしにイスラエルが大胆な停戦違反をするはずがない。

ソ連指導部の間でソ連の直接介入が必要だという意見が強まっていく。

ブレジネフ自身も、「デタント」に反対する陸軍や政治局のタカ派から激しい突き上げにあっていたのだ。

23日、ソ連はイスラエルに対し警告を発する。

「イスラエルの停戦受諾はエジプトの攻撃するための欺瞞に満ちたウソだった。ソ連政府は、イスラエル政府に対し警告する。アラブ諸国への攻撃を続けた場合、最終的に最も深刻な結果がもたらされるだろう」

そして密かに7つの空挺師団と空軍が警戒体制に入り、地中海艦隊は85隻という前例のない規模にまで増強された。

しかしイスラエルはソ連の警告を無視して攻撃を続けた。

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このように世界が大きな危機を迎えようとしていた時、アメリカ大統領のニクソンは国内問題で追い詰められていた。

最高指揮官が正常に機能できない中で、キッシンジャーは危機感を募らせていた。

「ソ連の警告は軍備増強と相まって一段と不吉な重みを帯びてきた。イスラエルは停戦違反が大ごとだとは考えていなかったがはるかに重大で我々は深刻な状況に置かれていた」

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事実、ブレジネフは自らの警告も無視されたことで怒りを募らせていた。

「非常に不愉快であり、アメリカはソ連を完全に欺こうとしている」

ブレジネフはニクソン宛に緊急の書簡を送った。

『イスラエルが我々を欺き進撃していることを知っているだろう。イスラエルがこれみよがしに停戦決議を無視しているのは明白だ。我々はイスラエルの勝手な行動を許しておくわけにはいかない。「一方的に適切な措置」をとる緊急の必要に迫られるだろう』

ソ連が中東に直接軍を送り込むことを意味していた。

この頃のブレジネフは睡眠薬を服用し、おまけにこの日は酒も飲み過ぎて感情的になっていたため、書簡の推敲を進めるうちにキッシンジャーに対する怒りをどんどんエスカレートさせ、「ソ連は単独行動を検討する」という一文を独断で追加したという。

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24日夜ブレジネフからの書簡を受け取ったキッシンジャーは恐れを感じ、直ちにニクソンに伝えようとするが、その時ニクソンは酔っ払って床に寝ていて起こせないと補佐官に取り次いでもらえなかった。

「核兵器の危険といったことは絶対に伝えられない」と補佐官は言ったという。

国の最高指導者が酔っ払って会議室に来て「核兵器で攻撃しろ」とおかしな指令を出す可能性もあり、補佐官たちはキッシンジャーに対応を委ねたのだ。

キッシンジャーは直ちに閣僚を集め、自ら議長となってこう語った。

『ソ連が露骨な挑戦に出たのはニクソンの権威が弱体化しているからだ。だがここで引き下がればさらにつけ込まれるだけだ』

この頃アメリカは、ボスポラス海峡を通過する船が核物質を積んでいてその船がエジプトのアレクサンドリアで積荷を降ろしたとの情報を掴んでいた。

スカッドミサイル用の核弾頭の可能性が高いとみなされ、キッシンジャーは「ソ連は戦争に向かっている」と述べた上で次のように指示した。

『ソ連が派兵するなら我が国もどこに軍隊を派遣できるか調べてくれ』

この日の深夜、キッシンジャーは米軍の警戒レベルを「デフコン3」に引き上げることを決断した。

「デフコン3」は、沖縄、ハワイ、モンタナなど世界中の米軍基地が例外なく全兵士を動員する態勢に入ることを意味する。

B52爆撃機は核弾頭を搭載し飛び立つよう命令が下される。

空母などが世界中から地中海に向かう。

戦略ミサイルもキューバ危機以来の警戒体制に入り、ソ連との全面核戦争に備えた。

ミサイルの発射担当者は「デフコン3」発動の直後、国防総省から指令を受け準備に入ったと証言する。

『ソ連から撃ち込まれるかもしれない核兵器の爆風に備えて、シートベルトを閉めました。鍵を回せばその1分後には数百発のミサイルが発射される状態でした。今すぐにでも第三次世界大戦を始める準備ができていました』

アメリカ軍が持つ大陸間弾道ミサイルは1000発以上がソ連にいつでも撃ち込める体制が整えられたのだ。

このアメリカの決定な翌日にはモスクワに伝わり、クレムリンでは「軍事動員に対しては軍事動員で対応すべきだ」と意見が強まる。

『ひとたび戦争の規模拡大のハシゴに足をかけると、決まってそこから降りることが非常に難しくなるのです。大量の核兵器を持つ超大国が睨み合いになれば、いかなる対立でも極めて危険なのです』

冷戦史の専門家の指摘の通り、さまざまな思惑と疑心暗鬼によって、危機は勝手に大きくなってしまうということが1973年の歴史を検証することによってくっきりと見えてくるのである。

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結果的に破滅的な核戦争は回避された。

ブレジネフが「デフコン3」に反応しないとを決めたこと、キッシンジャーがイスラエルに圧力をかけたこと、そして最終的にはメイアが提案した首脳会談の開催にサダトが応じたことなど、各国首脳の決断が偶然合わさって危機を脱したのだ。

しかし世界の破滅を回避したリーダーたちの決断も国民たちには理解されず、メイアは妥協した責任を問われて辞任、サダトはアラブの裏切り者として反イスラエルの軍人たちによって暗殺された。

戦争は世論を狂わせる。

暴走し始めた世論を抑えることは権力者にもできず、どんどん妥協が許されなくなってしまうのである。

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番組の最後、クリントン政権で国防長官を務めたウィリアム・ペリー氏が語った言葉を書き残しておきたい。

今の世界は、冷戦時代よりも危機が高まっていると警告する。

『我々は、核戦争の危険は相手からの計画的攻撃によるものと考えがちだが、本当の危険は、政治的な誤算、偶発的な事故やミスなど、人間のヘマによって起きる。我々はヘマをして、核戦争に突入してしまう可能性がある。第4次中東戦争の政治的な誤算の代わりに、今は北朝鮮をめぐる政治的な誤算かもしれない。我々が行っている核兵器開発競争、核兵器の製造、政治的な意見の相違による睨み合い、それら全てが意図せず戦争に突入する可能性を高めているのだ。私たちはそうして冷戦期と同じ状況を再現してしまっている。核戦争へと導きうる同じような事故やうっかりミスが生じる可能性に今も直面しているのだ』

この番組はロシアによるウクライナ侵攻の前に製作された。

もちろん中国が台湾を取り囲んでミサイルを発射していることも反映されてはいない。

でも、いつの時代も国内世論に迎合したリーダーたちの愛国的な言葉や相手を出し抜こうとする野心が状況を悪化させていく。

そして一旦火がついた国民の愛国心ほど厄介なものはなく、大局的な視点を忘れて気がつけば後戻りできない危機に世界を巻き込むのだ。

ウクライナで起きていることも台湾をめぐる駆け引きも、人間が宿命的に犯すヘマになってしまわなければいいのだが・・・。

明日の広島原爆の日を前に、核兵器廃絶だけではなく戦争を引き起こす人間の習性について改めて考えてみたいと思う。

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