シルバーウィークの5連休が終わった。
関東地方は台風の影響もあり天気には恵まれなかったけれど、我が家は特に予定もなかったので、いつものようにのんびり過ごして、最終日に遊びに来た孫の相手をしたぐらいで過ぎていった。
この間、名古屋を舞台にアジア大会が開幕、TBS独占で熱戦の模様が連日放送されている。
スポーツ全般が欧米中心だった時代には、日本ではあまり注目されなかったアジア大会だが、中国の飛躍的な台頭を筆頭にアジアの競技レベルが上がるに従って、その注目度は格段に増した気がする。
特に日本人の間に「反中」の意識が根付いた昨今では、「日本vs中国」という視点で愛国心に燃えて観戦している人も多いのかもしれない。
この大会で、新星の如く現れたニューヒーローがいる。
17歳の大橋信、大阪枚方市出身の現役高校生スイマーである。
大会3日目に登場した大橋は、まず100メートル平泳ぎに出場、58秒64のタイムで金メダルを獲得した。
ただ、ライバルと見なされた世界王者、中国の覃海洋はコンディションが万全ではなく3位に終わったものの、代わりに同じ中国の董志豪が大橋と全くの同タイム、2人で金メダルを分け合う形となった。
それでも、シニアの大会での実績がなかった高校生がいきなり世界のトップに君臨する中国選手たちと渡り合い、見事に金メダルを獲得したのは快挙である。
ところが、大橋の快進撃はこれだけでは終わらない。
続く大会6日目の男子200メートル平泳ぎ、こちらが大橋の得意種目だという。
残念ながら世界記録保持者の覃海洋は出場を見合わせたが、ここで大橋は誰も予想しなかったような圧巻の泳ぎを見せる。
スタートから飛び出した大橋は他の選手をぐんぐん引き離し、世界記録を上回るペースで50メートルのターン、その後もペースを落とすことなく200メートルを泳ぎ切ったのだ。
記録は2分4秒83、覃海洋が持つ世界記録を大幅に更新し、人類史上初めてとなる2分4秒台に突入したのだ。
圧倒的な世界新記録が生まれた瞬間、大橋は腕で水面を叩き、プールから上がると両手を突き上げて喜びを全身で表した。
ただ、その表情にはまだあどけなさが残り、スリムな肉体も少年らしさを残していた。
今大会で一躍世界のトップ選手に躍り出た大橋は、このところスター不在となっていた日本競泳界の希望の星となるだろう。
2028年のロサンゼルス五輪での活躍が今から楽しみである。
もう一つの快挙は、昨日行われた卓球男子団体。
卓球といえばまさに中国のお家芸、アジア大会でも8連覇中という文字通りの絶対王者である。
44年ぶりに決勝に進出した日本はその中国と対戦、大事な初戦を接戦の末中国に奪わるが、嫌なムードを一気に変えたのが第2試合に登場したエースの張本智和だった。
中国の若手、温瑞博を3−1で破り、対戦成績を1−1の五分に持ち込むと、第3試合を再び中国に取られて後がなくなった場面で再び登場、今度は中国のエースで世界ランキング1位の王楚欽を3−0のストレートで撃破したのだ。
張本が作ったいい流れを、日本のもう一人のエース、松島輝空が引き継ぐ。
ジュニア時代からのライバルで同じ19歳の温瑞博を相手に、3−1と競り勝ち、日本にアジア大会60年ぶりの金メダルをもたらした。
中国に勝つことは、日本代表の長年の夢だった。
福原愛、石川佳純、伊藤美誠、平野美宇、早田ひな、そして張本美和。
次々に名選手が現れる女子の方が打倒中国の可能性が高いと見られていたが、悲願を果たしたのは男子だった。
若くして日本代表の顔となった張本智和は現在世界ランキング4位、そして彼の後を追って急成長した松島も今や世界ランク3位で張本を追い抜いた。
張本と松島、このWエースの成長がついに王者中国を破るという歴史的快挙を実現させたのだが、同じく60年ぶりの金メダルが期待された女子団体は中国の前に0−3のストレート負け、まだまだ中国が高い壁であることを痛感させられた。
地元開催のアジア大会には、各競技に日本のトップ選手たちが参加し奮闘しているが、それでもやはり中国の強さは認めざるを得ない。
金メダルが期待された体操男子は個人も団体も中国に敗れ、バレーボール女子も決勝で中国に0−3のストレート負けを喫した。
競泳では初日から中国の金メダルラッシュ、スポーツにおけるこうした圧倒的な強さは中国国民に自信と誇りをもたらし、ますます大国意識を醸成するのだろう。
大会6日目を終わった時点で、中国が獲得した金メダルは80個、2位の日本の4倍である。
習近平主席の就任以来、「スポーツ強国」の実現を国家目標の一つとして掲げてきた。
これは彼が目指す「中華民族の偉大な復興(中国の夢)」をはっきりと目に見える形で示すことにつながり、国民に「強い中国」の一員であることを自覚させて愛国心を高め国内の結束を固める狙いもある。
10年以上にわたる国家プロジェクトの成果を今我々は目にしているのだ。
ちょうど時を同じくして、習近平主席は現在アメリカを「国賓」として公式訪問している。
トランプ大統領自ら空港まで出迎える異例の歓迎ぶりを見ても、アメリカが中国を単なるライバルではなく、「打倒することができない唯一の敵」として認識し、全面的な対決を避けようとしているように見える。
最近、私はよくこんなことを考える。
私たちは今、数百年単位の大きな歴史の転換点を目撃しているのではないか、と。
人間の脳というものはどうしても過去の記憶に引きづられるもので、私たちの頭の中にはまだ、アメリカを筆頭とする欧米のキリスト教国が世界を牽引しているイメージが残っているかもしれない。
だが、数百年単位の長期的な視野で歴史を振り返ってみれば、それは大航海時代と産業革命によって生まれた一時的な状況に過ぎず、それ以前のキリスト教世界はイスラム教世界やさらに東方の騎馬民族によって存立を脅かされていたのだ。
その間、東アジアでは王朝の興亡はあっても、常に中国が絶対的な超大国として君臨してきた。
ひょっとすると、「アメリカ最強」の時代は我々が思っているほど長くは続かず、私たちが慣れ親しんだ世界秩序は劇的に変化するかもしれないのだ。
来る中間選挙での苦戦が伝えられるトランプ大統領は、国民にアピールできる材料が欲しくて、かつて常軌を逸した関税戦争を仕掛けた相手である中国に対して、今度は気味が悪いほどのお世辞を並べ立てている。
この男の辞書には「節操」とか「一貫性」といった言葉は一切ない。
トランプさんは習さんに対して、「共通の利益の追求は多くの違いを乗り越えて両国民を結びつけ、第2次世界大戦において私たちを同盟国にした」と唐突に語りかけた。
歴代のアメリカ大統領がNATO諸国や日本などに用いてきた「同盟国(ALLY)」という言葉を、敵対している中国に対しても使ったのである。
トランプさんがもはや何を言おうが驚きはしないが、この調子なら、いざとなれば中国との間でとんでもないディールをするかもしれないという悪い予感はますます強くなる。
それは目先の台湾問題に限らない。
かつて習近平さんは、「アメリカと中国で太平洋を二分しないか」と提案したことがある。
トランプさんが本当に窮すれば、目先の利益に釣られて、そんな提案に乗ってしまう可能性もまんざら否定できないのである。
絶対権力を握る習近平さんが周到に国家目標を達成するのを横目に、民主主義国のリーダーたちは流動化する世論に振り回されて長期的な戦略を持てず、人気取りのためのポピュリズムが西側諸国を蝕んでいるのだ。
その先に、どんな国際秩序が待ち受けているのか、考えるだけで憂鬱になる。
中国を巡っては、人型ロボットが陸上100メートルであのウサイン・ボルト選手の世界記録を抜いたと話題になった。
集団で一糸乱れず演舞をする中国が開発したAIロボットたちの映像は、映画「ターミネーター」が描いたAIとロボットによる戦争がもうすぐ目の前にまで迫っていることを感じさせる。
専門家がAIの暴走による人類破滅の危険性を警告する中、トランプ氏はあいかわらずそれをフェイクと一蹴し、むしろAIを「SI(スーパーインテリジェンス)」と呼んで開発を加速させる構えだ。
今回の米中首脳会談では、こうしたAIをめぐる議題も世界の注目を集める中、習近平主席はそれを意識してか、「中国と米国はともにAI大国だ。AIをしっかり発展させ、しっかり管理する能力と責任を有している」と述べ、トランプさんにAI管理の必要性を説いたとされる。
かつてアメリカは中国の人権問題など社会体制を批判してきたが、今やアメリカよりも中国よりも常識的であり、アメリカの方がよほど危険だという認識が世界的に広まりつつある。
トランプさんが登場した10年前まではまったく想像もしなかった事態であり、本当に困った時代になったものだ。
こんな時代に、日本はどう振る舞うべきなのだろう?
高市総理は、米中首脳会談に先立ってアメリカを訪れ、中国に対して安易に妥協しないようトランプ大統領に釘を刺したとされている。
しかし、トランプさんが次に何を言い出すかは側近ですら誰も予想することができない。
もともと商売人であるトランプさんにとって、習近平さんのような絶対的な権力を握る専制国家のリーダーは、1対1の個人的なディールが成立しやすいため好ましい。
だから習近平さんを「大切な友人」と呼ぶのも、あながち嘘ではないのかもしれない。
プーチンも金正恩も同様で、逆に首脳同士でディールをしても議会の承認が必要な民主主義国家のトップは基本的に信用していない印象がある。
高市さんは親友だった安倍さんの後継者として一目置いているとしても、もしも台湾を差し出すことで自分が欲しいものが得られるのなら、トランプさんは日本の意向はお構いなしに簡単に台湾を見捨てるだろう。
そんなトランプ政権に寄りかかって、中国に対してことさらに敵対的な振る舞いをする高市政権の姿勢は、私にはとても危うく映る。
高市さんの支持層は反中で固まっているので、下手に妥協する姿勢など見せられないのだろうが、自民党政権が長年守ってきた「あいまい戦略」は格好は悪くても、実は狡猾である意味での老獪な知恵なのだと私は思う。
中国との付き合いは、誰がリーダーでも実に難しい。
昨今の情勢を見回せば、日本独自の防衛力強化もある程度必要だと私も思う。
しかし、国内の反中世論を弄んで自らの支持率アップのために「中国の脅威」を殊更に強調しているのだとすると、それは危険な火遊びである。
地政学的に避けては通れない中国との関係は、これからますます重要度を増していくだろう。
単に中国の悪口を言うだけではなく、もっとしたたかに、たとえば日本の若者たちを中国に国費で送り込み最新の技術を学ばせるなど、相手をもっと知る努力をした方がいい。
明治の日本が世界から学んだように、デジタル分野で出遅れた日本もそろそろ、他国から学ぶ姿勢を思い出す時期なのではないだろうか?
日中の歴史を遡れば、遣隋使以来、日本人は中国から多くのことを学んでそれを独自の文化にアレンジしていった過去を持つ。
もちろん今、たくさんの日本人が逮捕され拘束されているのも事実で、正直私も中国に行く時にはある種の恐怖を感じないわけではない。
でも一方で、中国に行くたびにその発展ぶりに驚かされ、歴史の深さと日本とのつながりの強さを感じることも事実である。
中国に行けば、政治や軍事ではないニュースでは伝えられない庶民の暮らしにも触れることができ、あの国の優れた面も悪い面も自分の目と肌で感じることができる。
相手を知る努力もせずに他国を一方的に罵るだけでは、何もうまれはしない。
私は決して中国のような政治体制、監視社会を好きにはなれないけれど、それでも中国はやはり魅力的な国であり、また機会があればぜひ訪れたいと思ってしまうのである。

