<吉祥寺残日録>パリ五輪2024🇫🇷 連日テレビに釘付けだったパリオリンピック感動の名場面集① お家芸も悲喜交々 #240819

パリオリンピックが閉幕して早いものでもう1週間が経った。

時差の関係でメイン競技は日本時間の深夜に行われることが多く、録画機の機能を目一杯使って録画して、暑い日中にそれを見続ける毎日。

オリンピック大好きな私にはとても幸せな17日間であった。

本来ならば記憶に残った場面や選手を克明に記録したいところなのだが、何せ今年の夏は史上最も暑い夏で、ブログを書く気力が全く湧かなかった。

ということで、今更ではあるが今回のオリンピックで私の記憶に残った選手たちについてまとめて記録しておこうと思う。

近代オリンピックの父、クーベルタン男爵の祖国パリでオリンピックが開かれるのは実に100年ぶり、3回目だという。

前回1924年に開催されたパリオリンピックで日本が獲得したメダルは1個だけ。

アメリカ留学中にレスリングを覚えた故内藤克俊さんがフリースタイルで獲得した銅メダルだったそうだ。

あれから100年、今回のパリオリンピックでは、日本選手団は金メダル20、銀メダル12、銅メダル13と合計45個のメダルを獲得し、アメリカ、中国に次ぐメダルランキング3位という輝かしい活躍を見せたのだ。

海外で開催されたオリンピックとしては過去最多のメダル数である。

中でも最も多くのメダルを日本にもたらしたのは、やっぱりレスリングだった。

かつては吉田沙保里が3連覇、伊調馨が4連覇を飾ったお家芸だが、2連覇確実と見られていた絶対女王、須崎優衣が1回戦でまさかの敗戦、暗雲漂う中でのスタートだった。

しかし、新星が次々に現れて、終わってみれば男女で8つの金メダルを含む11個のメダルを日本にもたらしたのだ。

特に目を引いたのは、女子53キロ級の藤波朱理。

3月に左肘を手術し7ヶ月ぶりの実戦にもかかわらず圧倒的な強さで外国人選手を寄せ付けなかった。

なんでも中学時代から負け知らずで、オリンピックの金メダル獲得で彼女の連勝記録は137に伸びたという。

まさに吉田沙保里の代名詞だった「霊長類最強女子」の称号を受け継ぐ逸材である。

藤浪の親友である女子76キロ級で鏡優翔も金メダルに輝いた。

女子最重量級で初めてとなる悲願の金メダルだった。

しかし彼女たちに悲壮感など微塵もない。

鏡はフランスの国旗にちなんで前髪を3色に染め、マウスピースには「カワイイ」という文字を書き込んで決勝のリングに上がった。

オシャレが大好きな今時女子、そんな底抜けに明るい彼女たちが体格やパワーで勝る外国人選手に勝つ理由はどこにあるのだろうか?

女子レスリングはこのほか、57キロ級の桜井つぐみ、62キロ級の元木咲良も金メダル、50キロ級の須崎優衣、68キロ級の尾﨑野乃香が銅メダルを獲得した。

男子も負けていない。

1984年のロサンゼルスオリンピック以来金メダルから遠ざかっていた苦手のグレコローマンでも今大会2つの金メダルを獲得した。

60キロ級の文田健一郎、77キロ級の日下尚。

特に強豪ひしめく中量級で外国人選手をパワーでリングの外に押し出す日下の戦いぶりは日本人離れしていて、新たな時代の日本人像を示した。

このほかお家芸のフリースタイルでは、57キロ級の樋口黎、65キロ級の清岡幸太郎が金メダル、74キロ級の高谷大地が銀メダルに輝く。

それにしても、競技人口がさほど多いとは思えない日本のレスリングがどうしてここまで強いのか?

もっと知りたいと思いながら、連日の熱戦を見守っていた。

もう一つのお家芸、柔道は悲喜交々。

しかし、メダルラッシュに沸いた強いレスリング以上に私には印象的だった。

金メダルが確実視されていた阿部詩が敗れて号泣する場面はパリオリンピック一番の鮮烈な記憶として刻まれたが、最終日に行われた柔道混合団体決勝もとても思い出に残る。

相手は東京五輪の覇者フランス。

地元の大声援を受ける相手を3勝1敗と追い詰め、あと1勝で金メダルという重要な試合に登場したのが男子66キロ級で2連覇を果たした日本のエース阿部一二三だった。

相手は1階級上の73キロ級銀メダリスト、ジョアンバンジャン・ガバ。

有利に試合を進めながらも決めきれず延長戦の末に敗れると、続く高市未来も敗れ3勝3敗に追いつかれた。

同点の場合はモニターに表示されるデジタルルーレットによって代表戦のクラスが決定される。

結果はフランスの絶対王者テディ・リネールがいる男子90キロ超のクラスとなり、フランス人の観客で埋まった会場から大きな歓声が上がった。

リネールは5回のオリンピックで4つの金メダルを含む6つのメダルを獲得したフランスの英雄、対するはオリンピック連覇を果たした斉藤仁の息子でオリンピック初出場の斉藤立である。

個人戦では準決勝で敗れメダルなしに終わった斉藤に対し、リネールは見事金メダルを獲得してマクロン大統領直々に祝福を受けた。

斉藤はリネールに対し健闘するも開始6分、大内刈りで一本を取られて敗れ、日本は東京五輪同様、決勝でフランスに敗れて銀メダルに終わった。

日本国内ではルーレットに対する疑惑が取り沙汰されたが、問題の本質はフランスの方が総合力で優っていたということに尽きると私は考えている。

最近の日本の柔道は軽量級は強いものの体重が重くなればなるほど勝てる選手がいなくいなくなる。

山下、斉藤が無差別級で世界を制した時代は遠い過去となり、日本発祥の柔道は完全なる世界スポーツとなったのだ。

今やフランスの柔道人口は日本の4倍と言われ、柔道会場は連日満員の観客の大歓声に包まれた。

金メダリストの国籍を見ても、日本の3個を筆頭に、フランスとアゼルバイジャンが2個、ジョージア、ブラジル、ウズベキスタン、カザフスタン、カナダ、クロアチア、イタリア、スロベニアが1個ずつ、実に国際色豊かな競技になったものである。

このほか、韓国、イスラエル、コソボ、ドイツ、メキシコ、モンゴル、モルドバ、タジキスタン、オーストリア、ベルギー、中国、スペイン、ギリシャ、ポルトガル、スウェーデンが柔道でメダルを獲得、もはや柔道がオリンピックから外されるという事態は想像できないだろう。

そんな国際化する柔道で、私の印象に残ったのが女子57キロ級である。

金メダルを獲得したのは、カナダの出口クリスタ。

カナダ人の父と日本人の母の間に生まれ長野で育った彼女は、高校時代に全日本ジュニアを制するも大学では伸び悩み、カナダからの誘いを受けて2017年にカナダ国籍を取得した。

銀メダルは韓国のホ・ミミ。

東京都出身の在日3世で、帝京中学時代に全日本で優勝、現在は早稲田大学に在籍する現役大学生だという。

日本人コーチが世界に柔道を広めるだけでなく、日本で柔道を学んだ選手たちが外国籍でオリンピックに出場しているのである。

この階級の日本代表だった舟久保遥香は準々決勝で敗れるも敗者復活戦を勝ち上がって銅メダルを獲得、表彰台に日本生まれの国籍の異なる3人が並ぶという珍しい光景が見られたのだ。

そして、パリオリンピックで一番印象に残った選手といえば、迷わず村尾三四郎の名を挙げたい。

男子90キロ級に登場した村尾は、大きく両手を上げる構えで相手を威圧する。

かつて日本柔道が世界を寄せ付けなかった時代に日本の柔道家たちはよくこういう構えをしていたと記憶しているので、柔道が国際化する以前の伝統的な構えと言っていいだろう。

パワーが物を言う重量級で村尾の技の切れ味は際立っている。

初戦となる2回戦では開始44秒で鮮やかな一本勝ち、準決勝でも地元の大声援を受けるフランスのマキシムガエ・ンガヤハンブを圧倒して合わせ技一本で決勝に進んだ。

決勝の相手は東京オリンピックの金メダリストで世界ランキング1位、ジョージアのラシャ・ベカウリ。

試合開始1分、谷落としで技ありを取った時には勝ったと思った。

しかしその後2つの技ありを返され逆転負け、技のキレでは村尾が優っていたため、実に残念な銀メダルだった。

しかし、強引な力技ばかりが目立つ重量級で本来の「美しい柔道」を見せてくれた村尾三四郎は強烈な印象を残した。

実に魅力的な村尾だが彼の出生地はニューヨーク、日本人の父とアメリカ人の母の間に生まれ、2歳の時に日本に移り住んだ。

さまざまなスポーツで活躍するハーフの選手たち、柔道でもやはりパワーも求められる階級では貴重な戦力となる。

次のロサンゼルス五輪ではさらに進化して日本のエースとして活躍して欲しい選手である。

ただ村尾の戦績を調べてみると、決勝で敗れて2位という結果が多い気がした。

ひょっとすると、村尾の課題は精神力かもしれない。

日本のお家芸といえば、男子体操もパリで頑張った。

団体では悲願の金メダルを奪還。

そして20歳の岡慎之助が個人総合に加えて、種目別の鉄棒でも金メダルを獲得、1972年ミュンヘン五輪の加藤沢男以来52年ぶりとなる三冠を達成したのだ。

あの内村航平ですら果たせなかった三冠達成の偉業を、オリンピック初出場の岡があっさりと爽やかに成し遂げてしまったのである。

岡とは対照的に、今大会精彩を欠いたのが三冠が期待されたエースの橋本大輝だった。

団体戦ではあん場でまさかの落下。

得意の鉄棒でもミスをして連覇を狙った種目別決勝に進むことができなかった。

実は橋本は今年5月、右手中指の靱帯を負傷するアクシデントに見舞われ、本調子ではないままオリンピックを迎えていた。

それでも中国との激しい金メダル争いを、最後の演技者として勝利に貢献した橋本は試合後「正直この3年間しんどかった」とエースとしての重圧に苦しんだことを打ち明けた。

それでも橋本もまだ22歳。

4年後のロス五輪は、橋本と岡の二枚看板が日本代表を引っ張る史上最強のチームが組めるはずだ。

橋本にはぜひ復活を果たし、持ち前のスケールの大きな演技でリベンジしてもらいたい。

一方、パリ五輪で一躍世界ナンバー1に躍り出た岡慎之助の強みはその安定した美しい体操、そして予想を覆すような強運だ。

今大会、岡の目の前でライバルたちが次々に信じられないようなミスを犯し、気がついてみれば岡が3つの金メダルと1つの銅メダルを手にしていた。

団体では大差をつけられて迎えた最終種目の鉄棒で、中国選手が何度も落下。

個人総合や種目別鉄棒でもライバルたちが自滅していった。

東京五輪で団体金メダルを取ったロシア選手たちがウクライナ侵攻のために締め出されたことも、岡の三冠達成を手助けしたことは間違いない。

それでも岡慎之助は2年前、右足の前十字靭帯を断裂で全治8ヶ月の重傷を負いながら奇跡の復活を果たしたミラクルボーイだ。

きっとオリンピックの女神に愛された選手なんだろう。

4年後に連覇を達成するためには今後さらに難易度の高い技を習得する必要がある。

今回ライバルたちがミスを繰り返したのも岡よりも難しい技に挑戦したためだった。

ロサンゼルスでは女神は誰に微笑むのか、男子体操は今からとても楽しみである。

新たに日本のお家芸の仲間入りをしたのがスケートボードである。

東京五輪から採用された新たな競技だが、男子ストリートでは前回の覇者、堀米雄斗が大逆転で見事に連覇を果たした。

女子ストリートでも、吉沢恋と赤間凛音がワンツーフィニッシュ。

続く女子パークには、前回東京五輪で12歳で銀メダリストを獲得、日本人選手の最年少メダリストとなった開心那が成長した姿で登場、身長が20センチも伸び世界ランク1位として金メダルに挑んだ。

安定した滑りで終始ハイスコアを出していくが、最後は年下のオーストラリア選手に敗れ2大会連続の銀メダルとなった。

それにしても、どうして日本の若者はこんなにスケートボードが強いのだろう?

こうして期待に応えてお家芸でメダルを量産した日本。

ただ、全ての競技が期待通りとはいかなかった。

北島康介のオリンピック連覇をはじめ、一時は日本のお家芸となりつつあった競泳、パリ五輪では惨敗に終わった。

男子200メートルバタフライでは、東京五輪の銀メダリストで日本競泳チームのエース格だった本多灯がまさかの予選落ち。

終わってみれば獲得したメダルは男子400メートル個人メドレー松下知之の銀メダル1つと、2000年のシドニー五輪以降最低の結果に終わった。

一般的な国際レースに比べてパリ五輪のプールの推進が浅いことを事前に把握していなかった、競技会場近くに休憩用のホテルを確保しておらず冷房の効いていないバスで選手村まで2時間かけて往復しなければならなかったなどの不手際も指摘されているが、一番の課題は世界のトップレベルで戦える若手選手が育っていなかったということだろう。

世界のレベルが飛躍的に上がったというわけではない。

今大会、世界新記録は2つしか出なかった。

子供たちのプール通いが盛んになるにつれ右肩上がりで強くなってきた日本競泳陣に新たな課題が突きつけられた形だ。

選手の育成方法などをめぐりコーチの間に意見の対立が表面化していたと報道されてもいる。

競泳界期待の新星として颯爽と登場した池江璃花子が思いもよらぬ白血病を患いどん底に落ちて以来、日本の競泳には暗い影がつきまとう。

東京五輪で団体競技に出場し「奇跡の復活」を果たした池江はパリで念願の個人種目に戻ってきた。

しかし女子100メートルバタフライでは準決勝で敗退、「これまでの努力は何だったんだろう」とプールサイドに座り込み涙に沈んだ。

そんな失意の池江だったが、競泳最終日、女子400メートルメドレーリレーにアンカーとして登場。

世界の一流選手に伍して5位でゴール、レース後「最後はみんなのことを思って全力で泳げた。こうやって笑顔で終われて、本当に良かった」と晴々とした笑顔で語った。

このリレーでは、第一泳者の背泳ぎ白井璃緒が8位と出遅れるも、ロンドン五輪で活躍した平泳ぎ33歳の鈴木聡美が踏ん張り、17歳のバタフライ平井瑞希が順位を上げ、最後は24歳の池江璃花子にバトンを引き継いだ。

まさに世代を超えたリレー。

ロサンゼルスに向けて新たな期待感が生まれた印象に残るレースだった。

どうすれば、もっと強く、もっと速くなれるのか?

オリンピックに出場する世界中の選手、コーチ、競技団体の関係者が日々悩み試行錯誤を繰り返しているはずだ。

しかし、うまく結果に現れる選手もいれば、うまくいかない選手もいる。

メダルを取れば、メダリストという肩書きがその人の格を上げ、人生を変えることもある。

やはり3位と4位では大違いなのだ。

ただ、お家芸と呼ばれる競技にはそれだけたくさんのメダリストがいて、彼らを育てた名伯楽もいる。

その分、たくさんの育成法があってチームをまとめていくのも大変なのだろう。

今回のオリンピックで見られたレスリングの快進撃と競泳の不振、その違いはなんだったのだろう?

単なる勝ち負けを離れて、そんな組織論も気になったパリ五輪であった。

<吉祥寺残日録>世界のコロナ感染者2億人突破の一方で,東京五輪の日本のメダル数も過去最多に #210805

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