ジェンダーを超えた独自の活動を続けていたタレントのryuchellさんが自殺した。
私は彼(彼女?)のファンというわけではないが、一報を聞いた時には少なからず驚きを覚えた。
続報で自殺の原因がネット上での悪質な誹謗中傷だったことが次第に明らかになり、SNSで執拗な個人攻撃を行う人物を非難し法的に処罰することを求める世論が高まっている。
私は以前からどうしてネット上の悪質な攻撃が罰せられないのか疑問に思っていた。
これまでも何度も同じような問題が発生し、何人もの人がそれが原因で命を絶ったり活動の休止に追い込まれたりして、その都度罰則強化を求める声が高まったものの政治が具体的なアクションを起こすことはなく、こうして新たな悲劇が生み出されてきたのだ。
「表現の自由」との関連で難しい問題があることは理解しているが、直接本人に言うと脅迫や名誉毀損の罪に問われる類の言葉であればネット上であっても罪に問われるべきだと私は考える。
昨日から始まった日テレのドラマ「最高の教師」を見た。
これはパワハラ、モラハラという言葉の下に生徒指導ができにくくなっている教育現場の現場をサスペンスとして仕上げた作品のようだ。
卒業式の日に教え子の誰かに殺された教師が1年前にタイムリープし、「生徒に寄り添う」という名の下に見て見ぬ振りをしてきた自分の行動を改め、いじめが日常化しているクラスを少しずつ変えていく。
嫌〜な気持ちになるドラマだが、教師役の松岡茉優がいい。
よくある熱血教師ではなく、鬱々とした雰囲気を漂わせつつはっきりと悪と対峙する特異なキャラクターだ。
しかし、顔がわかるクラス内のいじめと違い、ネット上のいじめはより悪質と言える。
昔から人間社会にいじめは存在したが、インターネットやSNSの登場により、見ず知らずの人間による匿名の誹謗中傷が当たり前の社会になってしまった。
こんな息苦しい社会をどうやって変えていけばいいのだろう?
私自身はSNSはやらないので、どういう人がどのようなカキコミをしているのか全く知らない。
だから、自分の精神状態を守るためにはSNSをやらない、ネットで自分のことを見ないというのも一つの方法だと思う。
ただ、今の若い人たちにとってSNSのない生活など想像もできないようなのでやはり法的な歯止めは作らなければならないだろう。
まずは、現実社会での刑罰、脅迫罪や名誉毀損罪と同じレベルでネット上の誹謗中傷を罪に問える法律を整備する必要がある。
その上で、被害者が悪質なカキコミを行なった人間を告発した場合に、その人物を特定できる仕組みも整えるべきだろう。
これはSNSの運営者の責任であり、そのルールに従わない企業を罰する法律も必要になる。
インターネットの登場以来必要以上に守られてきた匿名性の原則は、大きな転換点を迎えていると言えるだろう。
もう一つ、元テレビマンとして強く思うことがある。
それはメディアの責任である。
最近、テレビの報道情報番組を見ていると、SNSで話題になっているテーマを安易に取り上げ、自らの取材を加えることなく伝えるという手法が常態化している。
ネット上で話題になっているのだから社会的な関心事だということなのだろうが、ネット世論というものは一部のヘビーユーザーによって作られていて、中には明確な意図を持って特定の情報を流している者もいる。
テレビがネットの話題を安易に伝えることにより、あまりネットを見ない人にまでその悪意ある情報が拡散されてしまうのだ。
私が日々利用している「Yahoo!ニュース」のようなネットメディアも同じである。
ネットメディアはアクセスを集めそうな記事を優先的に集める傾向があり、中にはひどく偏った悪意ある記事も少なくない。
有名人のゴシップ記事はまさにその典型だろうが、読んで気分が悪くなるような人間の醜さに溢れた記事も多い。
私がテレビニュースの編集長を行なっていた頃、視聴率のことはそれなりに気にはしていても、週刊誌などの他メディアが伝える情報を安易に真似することは絶対にしなかった。
自分たちで取材し裏取りのできた情報しか放送しなかったし、抜かれたネタは無視して別の独自ネタで勝負するというプライドもあった。
しかしあれは1990年代、Windows95が登場しインターネットがようやく広まりつつあった時代の話だ。
ネットが普及するにつれ、記者たちは現場を歩き回る代わりにパソコンばかり見るようになった。
現場の記者ではなく本社のディレクターが原稿を書くようになった。
どこのテレビを見ても同じようなニュースが何の捻りもなく並び、その安易さにメディアの危機を感じている。
メディアに関わる人間には知り得た情報をまず疑ってかかる本能が求められる。
天邪鬼(あまのじゃく)であることはメディア人にとっては褒め言葉なのだ。
誰がどういう意図を持って発信したかもわからないカキコミ情報を自ら検証することもなく安易に公共の電波に乗せるなどメディア人の職責を放棄した無責任な行為であろう。
ryuchellさんの自殺をめぐってあれこれ議論するのもいいが、まずは自分たちが世の中に撒き散らしている害毒を改めるところから始めるべきである。
今日、小学6年生の孫娘が我が家に遊びに来る。
彼女たちが生きる時代がもう少し優しい社会になるように願うばかりだ。