<吉祥寺残日録>76回目の終戦の日、オンラインで弟も参戦し伯母の入院を説得する #210815

今日は終戦の日。

帰省中の岡山は、2日以上にわたって降り続いた大雨がひとまず上がり、青空も顔を出した。

昨夜はちょっと寒いぐらいで、長袖のパジャマを着て眠ったのに、日差しが出ると途端に暑さを感じ汗が吹き出てくる。

人間の体というものは、どうにもわがままにできているものだ。

今日のメインイベントは東京にいる弟とオンラインのビデオ通話をつなぎ、兄弟力を合わせて認知症の伯母に入院を説得することだった。

伯母にとっては初めてのオンライン会議である。

幼い頃、伯母に遊んでもらった弟は私以上に伯母に長生きして欲しいと思っているらしい。

そのため、幼い頃の話を盛んに語り、伯母にどれほど感謝していて元気でいてもらいたいと思っているかを切々と語る。

伯母も昔を思い出したように楽しそうに相槌を打っていた。

その上で弟は、「お願いだから、17日に入院してしっかりと診てもらって」と訴えたのだが・・・

伯母の反応は「入院やこすりゃあせん」とまったく取り付く島がない。

「ちばけたこと言われな」とも伯母は言った。

明らかに、弟の説得を嫌がっているのだ。

「ちばけた」というのは岡山の方言で「ふざけた」というような意味の言葉、すっかり私の頭から消えていた言葉を半世紀ぶりに聞いた気がする。

30分ほど話をしたが埒が開かず、弟は「とにかく入院するって約束してね」と言って電話を切った。

私は伯母の頑なな姿を見ながら暗澹たる気持ちになる。

さて、どのように説得したものか・・・。

弟は比較的ストレートで情熱的な話し方をするが、私は雑談のようにさらりと話す。

弟の正面突破作戦はどうも成功しなかったようなので、私は私のやり方で少しずつ伯母にアプローチしていく。

今日は、入院について別のアプローチをしてみた。

伯母はかつて一度だけ一泊の入院を経験したことがあるらしく、私の母の記憶によれば、その時は伯母自ら入院の用意をして、母の妹が運転する車に乗って病院に行ったというのだ。

伯母もそのことは断片的に覚えているようで、私はこう言った。

「あの時と同じように気楽に病院に行って、治療が済んだらこの家に帰ってくればいいんだから。ガンが見つかったら病院に入院して治療するように、認知症が見つかったら脳の病院に入院して治療してもらえばいいんじゃない。おばあちゃんの頃にはボケたらそのままだったけど、その後、脳の研究がずいぶん進んだみたいだからおばちゃんの認知症の種類がわかれば効く薬が見つかるかもしれないし。俺も病院は嫌いだから、おばちゃんの気持ちはわかるけど、脳がダメになるのは困るから俺だったらお医者さんの言うことを聞いて入院するよ」

伯母は素直に聞いていた。

「おばちゃんは17日の朝にお出かけできる支度だけしてくれれば、あとのことは全部俺たちがやるから。車にさえ乗ってくれれば、病院まで行って、あとは看護婦さんの言う通りにするだけで、別に手術をしたり痛いことをするわけでもないし、個室を用意してもらうように頼んであるので、部屋で静かに寝てご飯を食べて薬を飲むぐらいだと思うよ。退屈するかもしれないから、何か持っていきたいものない?」

と、伯母が好きだと言っていた「弘法大師和讃」というお経や「数独」の本を持っていったらと提案してみた。

するとその話題に伯母が乗ってきたのだ。

「わたしゃ、これが好きじゃ」と言って、テーブルの上にいつも置いてあるお経の小冊子を手に取った。

生まれ故郷のお寺でもらってきたものだという。

同じくテーブルの上には数独の本が2冊置いてあり、中を開いてみるとすべて答えが書いてあった。

子供の頃から算数が好きだったという伯母は、数独の愛好家でテーブルの上に置かれた本はいずれも「上級編」である。

「数独の新しい本を買ってこよう。暇つぶしにちょうどいいじゃない」と畳み掛けると、伯母は満更でもない顔をした。

とはいえ、これで入院がすんなりと進むとは思っていない。

明日になれば、伯母の記憶はリセットされ、「わたしゃ入院なんかするもんか」と言い出すに違いないのだ。

入院をめぐる話はひとまずここまでにして、私はお墓に向かった。

雨が上がったタイミングでお墓に生えた雑草を抜くためである。

今日はお盆、少しはご先祖様の世話もしなければならない。

以前はお盆前に伯母がきれいに草むしりをしてくれていた。

私たちにとっては、その草のないお墓が当たり前の状態だと思って墓参りだけしていたのだが、伯母がかつてのように動けなくなると、我が家のお墓はたちまち雑草に覆われてしまった。

「草は根っこから抜かんとすぐ生えるからな。雨があがってすぐやると、よう抜ける」と伯母はよく口にした。

実際に自分で草むしりをやってみると確かに伯母が言う通り、雨上がりだと面白いように雑草の根が抜ける。

ただし、すべての草がそうではない。

たとえば、スギナなどはすぐに茎が切れてしまい根を抜くことは困難である。

草刈機で刈るのとは違って、草を手で抜いていく作業は根気が必要だ。

さっきまで雲で覆われていたのに、草むしりを始めると雲の間から太陽が顔を出した。

「しまった、麦わら帽子をかぶってくるの忘れた」

じりじりと照りつける太陽を浴びながら、私は地面に這いつくばって草むしりをする。

ご先祖様はそんな私の姿を眺めながら、「まだまだど素人だな」と笑っているに違いない。

でも、素人ながら汗をかきかき、お盆に草むしりにやって来た跡取りをきっと暖かく見守ってくれているだろう。

5基のお墓が並ぶ我が家のお墓、一通り草を抜き終わった時には2時間以上が経っていた。

かなりスッキリしたが、細かい草は面倒なので放置することにした。

抜いても抜いてもすぐに生えてくる雑草。

50年以上この虚しい作業を繰り返してきた伯母の人生を想う。

20代でこの家に嫁ぎ、3年ほど連れ添っただけで夫に先立たれた伯母は本当に運のない女性だった。

若くして未亡人となり、姑の最期を見取り、残された田畑を一人で守った。

比較的豊かな網元の家に生まれ、お嬢様として恵まれた幼少期を過ごして当時としては珍しかった岡山市内の女学校に通った。

和裁洋裁・お茶お花を習い、免状も持っている。

数学が得意な今で言う「リケジョ」として育った女性の人生は、夫の急逝によって思い描いていたものとは随分違ってしまったのだろう。

畑の草刈りも大変、山の竹を切るのも大変、そしてお墓の草むしりも大変だ。

しかも、金銭にならない。

これが本来の人間の営み。

私たちの遠い祖先から、ほとんどの日本人はこうして自分の食べ物を育て、先祖を祀って生きてきたのだ。

滅多にイノベーションも起こらず、親がしていたのと同じ仕事を同じやり方で繰り返す。

先祖の墓で草むしりをしていると、都会から見ると「無駄」にしか見える繰り返しこそが、人類を今日まで繁栄させてきたのだと教えてくれている気がした。

人間のやることなど、時代が変わっても同じことの繰り返し。

インターネットの時代になっても、人間の本質は何も変わってはいないのだ。

「終戦の日」の式典で、天皇は『戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い・・・』と述べた。

果たして、人間は同じ過ちを繰り返さないほど賢くなっているだろうか?

私には到底そうは思えない。

<吉祥寺残日録>月一農業2021年6月/4月の草刈りを無意味にする雑草の成長力 #210625

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