今日は節分、昔の人は一年の終わりを意識しながら豆を撒いて邪気を払った。
でも、今日の東京は朝からいい天気で、この世に邪気などないかのように清々しい。
今日の夕方、ロサンゼルスに向けて出発するため、朝風呂に入り身を清めてから窓辺で日向ぼっこをする。
実にいい気持ちだ。
隠居暮らしになって以来、その日やりたいことだけをやり、ストレスもほとんどなく、呑気に暮らせるようになった。
ありがたいことである。
緑を失った井の頭公園を眺めながら、テレビ局時代のことをあれこれ思い出していた。
常に時間に追われこうしてぼんやり外を眺める暇もなかったあの時代。
でもそれはそれで、楽しかった。
朝からそんなことを考えたのは、昨日の夜、TBSの金曜ドラマ「不適切にもほどがある」を見たからである。
私同様、このドラマが気に入った妻に付き合って、朝もう一度録画を見ることになり、昭和と令和の日本社会の変化について、特に家に帰らないのも当たり前だったテレビマンのあり様の激変ぶりを想う。
ドラマでは、昭和のパワハラ教師が令和にタイムスリップして騒動を巻き起こす。
昭和の常識は令和の非常識。
コンプライアンスやガバナンスでがんじがらめになった今の職場の可笑しさを、昭和のオヤジの視点を通して笑い飛ばす物語である。
第2回は、働き方改革で萎縮して大切なものを失っているテレビ局が舞台。
20世紀のテレビ局はまさに昔かたぎの職人の世界、コンプライアンスとは真逆の世界だった。
パワハラやセクハラは日常茶飯事、家に帰らず会社に住みついているような先輩も何人もいた。
報道に配属された私は、何か大きなニュースがあれば夜中だろうと休日だろうと呼び出され、人と約束することができなくて大学時代の友人たちとも疎遠になった。
それでもドラマやバラエティーの現場に比べればまだ常識的な人が多く、制作局に配属された同期からは暴力沙汰や理不尽な話をいろいろ聞き、報道で良かったと思ったものだ。
当然残業時間は今で言う過労死ラインを遥かに超えていたものの、本給は安いけれど残業代がたっぷりもらえたので、一般企業に入った大学の仲間たちに比べて給料は高かった。
そしていったん理不尽な職場環境に慣れさえすれば、若いうちから責任ある仕事を任されて自分の力を目一杯試せる面白さがテレビの世界にはあった。
報道ならば一般の人が入り込めない様々な現場を目撃しスクープをものにして他社を出し抜く醍醐味があり、制作なら人気番組の制作者として有名人とも親しくなって、中には女優と結婚する人もいる。
私が現場で走り回った80年代から90年代はインターネットが普及する前のテレビ黄金時代であり、どんなに仕事が大変でもプライドを持って働き、仲間たちと忙しさを自慢しあったりしたものだ。
もちろん、濃厚すぎる人間関係に嫌気がさしメンタルをやられる奴もいたし、不祥事を起こしていなくなる奴もいた。
私も濃厚な人間関係が苦手で、鬱陶しい上司からはなるべく逃げて自分を守るのに必死だった。
だから、昭和のテレビ局を肯定する気などさらさらない。
今起きているジャニーズや吉本の問題というのは、昭和の空気を令和まで引きずって生きてきた芸能界の当然の帰結なのだ。
そんなテレビ局に一般企業並みのコンプライアンスが求められる様になったのは、私の記憶では「グローバルスタンダード」という言葉が使われ出した2000年前後からだったような気がする。
ちょうどその頃私は、入社以来ずっと働いていた報道の現場を離れ、初めて編成局という会社の中核組織に移動となった。
それまで日々切った張ったの世界で生きてきた私は、番組予算を管理する責任者となり経営陣との接点も否応なく生まれた。
それまで予算のことなどほとんど考えたこともなかった私が、どうやって数百億円という予算の管理をすればいいのか文字通りもがき苦しむ日々が始まった。
編成局にいると、知りたくもないトラブルの話が全社から舞い込んでくる。
経営陣からは制作費や労働時間の削減と同時に不祥事を未然に防ぐためのコンプライアンス強化の要求が降りてくるようになった。
20世紀には制作現場が絶対的な権力を持っていたテレビ局でも、次第に「非現場」と呼ばれる管理セクションの力が強くなり、問題を起こしたプロデューサーやディレクター、記者らは容赦なく飛ばされるようになる。
そうしたことが繰り返されるうちに、現場には上司の指示に従順なおとなしいスタッフが増えて、自然と放送される番組も当たり障りのないものが目立つようになった。
ドラマの脚本を書いた宮藤官九郎さんも、そうしたテレビ局の変化を目の当たりにし、親しいスタッフから不満をいっぱい聞いたのだろう。
ドラマを見ながら、見覚えのある光景や聞き覚えのあるセリフが随所に出てきて思わず笑ってしまった。
工場の現場と違いテレビの現場には人間しかいない。
誰にその番組を担当させるかによって、出来上がってくるものは全く違ったものになるのだ。
テレビの世界は多くの人間の共同作業だが、制作者の強いパッションがなければ面白い番組は生まれてこないのである。
私が現場の一線を離れた後、テレビ局のコンプライアンスはより一層進んだ。
「テレビはオワコン」であり「マスコミはマスゴミ」であるというネット世論が台頭するほどにテレビは萎縮していった。
働き方改革が言われるようになったのは、この5年ほどのことだ。
今の現場がどんなになっているか正直知らない部分が多いが、ドラマで表現されている矛盾点は私の経験からも容易に想像がつく。
クドカンはそんな令和の空気に違和感を訴え、それを昭和オヤジの口を通して社会にぶつけているのだろう。
若い人たちがこのドラマを見てどんな感想を持つのかはわからない。
でも、昭和と令和を知る私の世代には非常に刺激的なドラマである。
私は、昭和を肯定しない。
昭和の日本には若々しさがあったが、その分粗野で理不尽な要素が多々あった。
それに対して令和の日本は穏やかでやさしいが元気がない。
もしも若い人たちがそんな社会に生きにくさを感じるのであれば、もっと自由にいい加減に行動すればいいと思う。
「働き方ぐらい自分で決めさせろ」
主人公が吐くこのセリフこそ、核心である。
今の働き方改革やコンプライアンスの問題は、上層部や非現場が作ったルールを現場に押し付けるだけで、現場の人間の裁量を著しく奪っている。
それは弱者のためと言いながら、実は経営者のためである場合が多いように感じる。
なるべく面倒を起こさず経営者が監督官庁や株主から責められることがないよう、取り巻きたちが現場を締め付けているケースが多い。
確かに、令和の日本には昔のような理不尽な職場は減った。
それはいいことだが、一度始まった働き方改革やコンプライアンス強化の動きはそれ自体が自己目的化して往々にしてやりすぎてしまう。
それこそが問題なんだと私は思う。
日本型のピラミッド組織は、コンプライアンスと働き方改革によって昔よりも中央集権的になってしまっていないのか?
昭和と令和のいいとこ取りができるといいな、日向ぼっこしながらそんなことを考えていた。
さてさて、そろそろ旅行に出かける前の最終チェックをするとしよう。
次にブログを更新する時には、私はおそらく異国の空の下にいるはずである。