こんな残酷で残念な試合があっていいものだろうか?
北京大会から新たに採用されたスキージャンプの混合団体、ジャンプの強豪国から男女2人ずつのトップ選手が出場し、その総合力を競う。
文字通りスポーツ界のジェンダー平等を追求する一環として取り入れられた新種目である。

日本チームのトップバッターとして登場したのは女子のエース高梨沙羅。
103メートルの見事なジャンプでトップのスロベニアと僅差の2位、日本チームに勢いをつけた。
と、盛り上がっていたところに思いもかけない情報が飛び込んでくる。
ジャンプ後の抜き打ち検査で高梨の着ていたジャンプスーツに規定違反が見つかったため失格になったというのだ。
高梨の獲得したポイントは0となり、日本はまさかの最下位、予選通過も絶望的な状況に追い込まれた。
テレビの解説者も何が起きたか説明ができないまま、重苦しい雰囲気が漂う。
楽しみにしていた試合は始まった途端にどっちらけとなってしまった。

重苦しい雰囲気の中で、2番手の佐藤幸椰が99m50、3番手の伊藤有希も93mと踏ん張り、エースの小林陵侑に予選通過の希望を託す。
その間に、ライバルのオーストリアとドイツの女子選手もスーツの規定違反で失格になったとの情報が入る。
メダルの有力チームが相次いで下位に沈み試合は前代未聞の大混乱となったが、10チーム中上位8チームが進める2回目に希望が出てきた。
そして4番手の小林陵侑はしっかりと102m50を飛び、日本は辛くも8位に滑り込んだ。
予選敗退はドイツと中国、優勝候補のドイツがスーツの違反で姿を消すことになった。

辛くも2回目に進んだ日本。
高梨沙羅は別のスーツに着替えて試合に戻ってきた。
2回目のジャンプは98m50、着地した後彼女はしゃがみ込み人前で泣き崩れた。
「自分のせいで負けた。しかもオリンピックの団体競技で」
そんな痛いほどの責任を感じながら、高梨は見事なジャンプを決めた。
それはまさに奇跡であり、彼女の身に染み込んだ本能だったように感じる。
それでも高梨の涙は止まらず、カメラに向かって深々と頭を下げ「申し訳ございません」と謝罪の言葉を繰り返した。
見ていて胸が締め付けられるような光景だ。
稀代のジャンパー高梨沙羅にオリンピックの女神はどこまで試練を与え続けるのか?

ところが、思いがけないことが起こる。
高梨の踏ん張りで、日本チームが突如息を吹き返した。
2回目が始まる段階では最下位だった日本は、高梨のジャンプ後一気に4位に浮上する。
実力の劣るチェコやポーランドをポイントで抜き去っただけでなく、2位だったノルウェーの女子選手が同じくスーツで失格となったのが原因だった。
結果的にメダルを争うと見られていた5カ国のうち、スロベニア以外の4カ国で失格者が出た。
強豪国のノルウェーは2回目のジャンプで2人の女子選手がともに失格となり8位で終わる。
一体これは、どんな試合だ。
オリンピックという4年に一度の晴れ舞台で、選手の実力に関係ない無惨な試合が行われるなど前代未聞の事態だろう。

その後もジリジリと上位との差を詰めた日本。
大トリを務めた小林陵侑がヒルサイズを越える106mの大ジャンプを見せ、3位カナダにプレッシャーをかける。
大逆転での銅メダルの可能性が出てきた瞬間だった。
しかしカナダの最終ジャンパーも踏ん張り、日本は残念ながら4位で終わる。
もし高梨の1回目のポイントがあれば、余裕で銀メダルだったのに・・・。

あまりにも酷い試合だったが、逆に記憶に残る試合でもあった。
チームメートやスタッフが変わるがわる高梨を慰めるが、高梨は最後まで顔を上げることができなかった。
真面目な彼女のメンタルが心配だ。
しかし、そもそもスーツの規定とは何なのだろうか?
スキージャンプでは、体のサイズに対して、スーツの大きさが男子は「プラス1センチから3センチ以内」、女子は「プラス2センチから4センチ以内」と厳しく定められている。
大きめのスーツを着て浮力を稼ごうという不正を防ぐため年々強化されてきたという。
高梨の違反について日本チームのコーチは次のように説明した。
「太もも周りが2センチ大きかった。オリンピックなのでスーツもギリギリを攻めている。1回目で着ていたスーツは、ノーマルヒルの試合で着ていたのと同じスーツだ。この会場は、非常に乾燥しているので体内の水分が微妙に影響したのかもしれない」
素人にはあまりに衝撃的だったスーツ問題だが実はこれまでもたびたび起きていて、背景にはジャンプ強豪国の間での熾烈な駆け引きと繰り返されるルール改正の動きがあるということがメディアの取材で次第に明らかになってくる。
NHKの報道を引用させてもらおう。
試合が行われたジャンプ台は、標高1650メートルの地点にあり、1回目のジャンプが行われた午後8時ごろの気温はマイナス10度ほどで、湿度は38パーセントでした。ジャンプ台付近は、厳しい寒さの上、空気は乾燥していました。
日本代表の横川朝治コーチによりますと、このジャンプ台は空気が薄く浮力も得にくいため、スーツの大きさが飛距離に影響を与えやすく、メダルを争う強豪が規定ギリギリのスーツを着用するケースが多いということです。
日本選手の場合は、試合前の筋力トレーニングで筋肉が張った状態にした上でスーツを着て出場するということですが、空気が乾燥していて体内の水分が放出されやすく、寒さで筋肉が縮みやすくなったと分析しています。
横川コーチは「選手は何もわからないでスタートしている。ちゃんと合わせられなかったスタッフのミスだ」と話していました。
宮平秀治コーチは、現地での調整について「標高とともに気温も低く、体重の維持が難しい。水を飲んだりして体重を維持できるよう対処している」と難しさを説明しました。
伊藤有希選手も「体重が落ちて調整が難しかった」と振り返りました。
国際スキー連盟の吉田千賀レースディレクターは、NHKの取材に対し「測り方はいつもと一緒だ。スーツが個人戦のノーマルヒルと同じでも、その時に何を抜き打ちで検査されたかはわからない。選手によってはオリンピック仕様で新しいスーツを着ている場合もあるし、トップ選手は規定のギリギリのところまで攻めるスーツを着ているので、違反が出たのではないか」と分析しました。
そのうえで「個人戦でなく団体戦で、かぎられた10チームの選手だけなので、抜き打ちといってもほとんどの選手が検査されたため、多くの規定違反が出たのではないか」と種目が混合団体だったことも影響し、規定違反が相次いだとの見方を示しました。
引用:NHK
今回のスーツ問題は、単なる選手の実力だけではなく、スポーツ用品メーカーを巻き込んでルールぎりぎりの道具を揃えて勝負する現代のスポーツ界の一端を垣間見せる出来事だったということなのだろう。
そのため、素人が驚き怒ったほどには関係者たちに怒りはないようだ。
だからこど余計に、沙羅ちゃんは自らを責めて苦しんでいるのだろう。
私たちの過大な期待が、選手たちや関係者を追い詰め様々な歪みを生んでいることをしっかりと理解しつつ、スキージャンプのルールはもう少し選手本位に修正してもらいたいと願うばかりだ。
せめてボクシングのように、事前のチェックをクリアすればそれでOKで、事後の抜き打ち検査というストレスから選手たちを解放させてほしいものだ。
こんな酷い試合は二度と見たくない。

さて、団体といえば、嬉しいこともあった。
フィギュアスケートの団体で日本チームが初の銅メダルを獲得したのだ。
男女シングルは強いが、ペアとアイスダンスが弱い日本にとっては悲願のメダルだった。
男子のエース羽生結弦は出場せず、女子のエースと期待された紀平梨花もケガのため代表入りできなかった日本チームだが、2番手とされてきた選手たちの頑張りとペアの飛躍がメダルを手繰り寄せた。

先陣を切った男子シングルの宇野昌磨が、ショートプログラムで自己ベストをマークして日本チームに弾みをつけた。
羽生の存在で二番手に甘んじてきた男の意地。
他の選手たちも頑張って予選3位となり、上位5チームによる決勝に進んだ。

決勝の男子フリーには、オリンピック初出場の鍵山優真が出場。
こちらも見事に自己ベストを更新し1位となり、上位のロシア・アメリカに食い下がりメダルの可能性が高まった。

でも、日本に初メダルをもたらした最大の功労者はペアの三浦璃来&木原龍一組の成長だろう。
世界と大きな差があったペアに出場したこの二人は、息のあった演技で世界の競合と渡り合い、決勝では5チーム中の2位、日本のメダルをほぼ確定づけた。
これまでほとんど注目されなかったが、木原龍一は別のパートナーと組んでソチと平昌のオリンピックにも出場した経験を持つ。
しかしいずれもショートプログラムで敗退しフリーには進めなかった。
それほど日本のペアは弱かったのだ。

転機となったのは、2019年。
新たなパートナー三浦璃来と組んだことだ。
2年半で二人は世界のトップと戦えるレベルにまで駆け上がった。
ペアの試合はほとんど放送されることがないので、そのポイントはよくわからないが、二人の表情からは互いに対する信頼がうかがえる。
シングル偏重の日本のフィギュア界に新たな風が吹いてくるのかどうか、彼らを応援していきたいと思った。

こうした団体競技にかすんでしまったが、もともと昨日の最注目だったのはスピードスケートの高木美帆だった。
世界記録を持つ1500メートル。
高木の金メダルが有力視されていた種目である。
しかし結果は2位。
前回平昌でも敗れたオランダのベテラン選手にまたも敗れて2大会連続の銀メダルとなった。
今大会日本初の銀メダルで普通なら喜ぶべきなのだろうが、高木自身レース後、「前回のオリンピックは金メダルが取れなかった悔しさとメダルが取れたうれしさが入り交っていたが、今回はメダルが取れたことよりも金メダルを逃したことの悔しさが強い」と語った。
北京五輪では日本代表の主将を務め、5種目に出場する高木美帆だが、北京に入ってからの彼女の表情がとても暗く疲れているように見えるのが気になる。
昨日のレースでも最後足が重そうでゴール前で失速してしまい、自身の持つ記録には遠く及ばなかった。
それでも高木美帆が獲得した通算のメダルはこれで4つ目、冬季五輪の日本人最多となった。
国民の期待に押しつぶされることなく、堂々と残る3戦に臨んでくれることを祈りたい。

日本選手ではないが、昨日気になった中国人選手のことを書いておきたい。
一人はスノーボード・男子スロープスタイルで銀メダルを獲得した17歳の蘇翊鳴(スー・イーミン)。
ショートトラックでの不明朗な判定が気になる中国だが、彼の実力は間違いなく本物だ。
日本選手も含め欧米の有力選手12人が競った決勝でも、彼の演技は素人目にも素晴らしく、しかも安定している。
ジャンプや回転がとても自然で軽やかなのだ。
聞くとコーチを務めるのは日本人の佐藤康弘さん、女子で5位となった岩渕麗楽も指導するスノボコーチだという。
蘇翊鳴は、映画出演の経験もある元子役だそうで、ウィンタースポーツ熱が高まっているという中国の新たなスターとして今後注目の存在となりそうな気がする。
もう一人は、フィギュア団体の女子シングルに登場した中国代表の朱易(ジュ・イー)。
予選のショートプログラムも決勝のフリーでも度々転倒したため、中国で激しいバッシングにさらされているという。
ロサンゼルスで中国系移民の一家に生まれた彼女は、2018年に米国籍を捨てて中国代表となることを決意し、名前もビバリー・ジュからジュ・イーへと改名したという経歴を持つ。
アメリカ人だった彼女について、米CNNが次のように伝えている。
中国大手SNSウェイボー(微博)では、「朱易が転倒」のハッシュタグのアクセス数がわずか数時間で2億を超えた。米国生まれの朱選手がなぜ、中国生まれの選手を差し置いて中国代表に選ばれたのかと疑問をぶつける投稿が多数を占め、「あまりにも恥さらし」というコメントは1万1000の支持を集めた。中国政府がオリンピックのメダル獲得数を国家の強さの証として誇示する中で、中国選手は結果を出すことに対して多大なプレッシャーにさらされる。
引用:CNN
演技を終えリンクの上で涙を流した朱易。
「大きなプレッシャーを感じていました。女子シングルスのこの選考に中国のみんながとても驚いたことを知っていたので。だからただ、自分ができることをみんなに見せたいと本当に思ったけれど、残念ながらできませんでした」と語ったという。
オリンピックの熱狂の裏で、新たなスターが生まれたくさんの悲劇が生まれる。
アスリートたちの夢の舞台オリンピックのもう一つの側面である。
今日はいよいよ、オリンピックの申し子羽生結弦が3連覇をかけて北京のリンクに立つ。