人生を賭けた戦いの場面では思わぬことが起きるものだ。
一昨日の高梨沙羅の失格にも驚いたが、昨日は北京五輪で最も注目されていた三連覇に挑む羽生結弦をまさかのハプニングが襲った。

ショートプログラムの開始直後、最初の4回転ジャンプを飛ぼうとした瞬間だった。
羽生のスケートが氷に空いた穴にはまった。
それ以前に滑った別の選手がつけた傷だった。
これにより、羽生は4回転の踏み切りができず、1回転の致命的なミスとなってしまった。

後で何度も再生されたスロー映像を見ると、ジャンプした瞬間、羽生は穴をじっと見つめているのがわかる。
羽生自身何が起きたのか瞬間的に理解できなかったのだろう。
それでも諦めず、残りの演技をほぼ完璧にこなし、最後まで滑り切ったのはさすが百戦錬磨の王者だった。

とはいえ、ショックは隠せない。
羽生の得点は95.15、全体の8位に終わった。
キム・ヨナとの金メダル対決が注目されたソチ五輪の浅田真央のことが、私の脳裏をよぎる。

ライバルのネイサン・チェンは、完璧な演技でショートプログラムの世界最高得点を更新、驚異の113.97ポイントを叩き出した。
2人の差は実に18ポイント以上。
羽生の三連覇の夢はこの瞬間に事実上絶たれたと言っても過言ではない。
それにしても、ネイサン・チェンの演技は、いつもながらに精密機械のようだった。
前回の平昌では羽生最大のライバルと目されながら、4回転ジャンプをことごとく失敗し自滅したチェンは、4年後の北京では全くミスをしないジャンプマシーンのような選手になって帰ってきた。

オリンピックを前に放送されたNHKスペシャル「王者のジャンプ〜フィギュアスケート男子」で、羽生は100%の演技をしても勝てない恐怖を語っていた。
『平昌の時は自信を持って、誰がどんな演技をしたとしても、自分がノーミスすれば100%勝てると思っていたんですね。でも今、世界の情勢は変わっていて、僕がノーミスしたからといって絶対に100%勝てるわけではない試合が存在していて、全力あを尽くしても勝てなかった試合も存在していて、そういう4年間をここまで過ごしてきて、正直オリンピックすごい怖いんですよね』
そのために、4回転アクセルを何としても自分の武器にして北京五輪に臨もうともがいていたのだ。

ところが、そんな羽生の努力は思わぬ形でぶち壊しになった。
試合後、羽生はインタビューに対してこう語った。
『良い集中状態で、何一つもほころびもない状態だった。だからこそ、いま、すごくなんか、ミスの原因を探すと整理がつかない。スケートのミスは全くなかったので。嫌われることしたかなって。すごく氷に嫌われちゃったなと思っている』
オリンピックに愛され続けた男が味わった女神の悪戯。
しかし、この挫折が羽生の負けん気に火をつける可能性もある。
フリーでは、メダルではなく世界最高得点の更新を目標として、ぜひ4回転アクセルを成功させてもらいたい。
羽生結弦という日本が生んだ氷上のスーパースターが、新たな伝説を作るのを期待している。

一方、羽生とチェンの対決に世界中のメディアが注目する中、にわかに脚光を浴びたのがショートプログラムで2位となった鍵山優真だった。
まるでアイスショーのような軽快なジャズに合わせて楽しそうに踊った18歳の鍵山。
4回転ジャンプを完璧に決め、しかも完成度が高い。
スケートのうまさを引き立てるプログラムで観客を魅了した。
昨日の演技で一番得をしたのはネイサン・チェンではなく、鍵山ではなかったかと思うぐらいだ。

鍵山を見ていると、表面上の華やかさとは裏腹にピリピリした雰囲気のあるフィギュアの世界に新しい風が吹き込んできた印象を受ける。
それはフリースタイルスキーやスノーボードに感じる空気感だ。
国の威信をかけてライバル同士が火花を散らすスポーツから、国籍を超えてお互いをリスペクトしみんなで楽しむスポーツへという流れだ。
私が昔からフィギュアが好きでない理由もそこにある。
どこか閉鎖的で慇懃無礼な世界、見ていてちっともワクワクしないのだ。
鍵山くんにはぜひもっと楽しいフィギュアの世界を作ってもらいたいと思う。

18歳といえば、昨日私が目を見張った女性がいる。
フリースタイルスキー女子ビッグエアの中国代表、谷愛凌(アイリーン・グー)。
並いる欧米の強豪を破り、見事に金メダルを獲得した。
「雪上のプリンセス」と呼ばれ中国で絶大な人気を誇るという彼女の優勝で、中国のSNSは大騒ぎだという。
それにしても、中国人とは思えないそのルックス。
テレビを見ながら調べてみると、生まれも育ちもカリフォルニアで、父親はアメリカ人で母親が中国からの留学生だということがわかった。
2019年、15歳の時に国際スキー連盟に国籍変更の申請をし中国代表になったという。
北京五輪に向けて海外から有力選手をスカウトした一環かもしれない。

それにしても彼女の実力は本物だ。
2回目までで3位につけていたアイリーンは、逆転を狙って一度もやったことのない大技「ダブルコーク1620」に挑戦し、これを1発で成功させた。
女子選手でこの技ができる選手はほとんどいない。
スキーだけでなく、ファッションモデルとしても活躍する彼女は学業も優秀で、北京オリンピックが終わればアメリカに戻り、スタンフォード大学に入学するという。
対立が激化する米中を股にかけ自由に自分のキャリアを作っていくすごい女性が現れたものだ。
彼女のような若者が、米中の架け橋となり、もっと建設的な世界を作っていってくれることを願わずにはいられない。
谷愛凌=アイリーン・グー。
彼女がどんなスーパースターになっていくのか、この機会に名前を覚えておこう。
アイリーンが金メダルを獲得した北京の会場では、思わぬ人が目撃された。
IOCのバッハ会長のことではない。
バッハさんと話している黒い帽子を被った女性。
彼女は中国の元副首相から性的関係を強要されたと告発し、国際的にその消息が心配されていたテニスプレーヤー彭帥さんだ。
中国政府は北京五輪の期間中に、彭帥さんがバッハ会長と会う予定だと発表していたが、何と競技会場に連れてきて幕引きを図るとは予想外だった。
彭帥さんは海外メディアとのインタビューにも応じ、告発内容を否定したうえで「これ以上大袈裟に扱ってもらいたくない」と語ったという。
それにしても中国のやり方はいつもわざとらしく、中国政府の思惑通りにこれで幕引きとなるのかどうか、もうしばらく様子を見なければ何とも言えない。

最後にもう一人、18歳の選手について書いておきたい。
私が昨日初めて知り、とても興味を持った日本人の女子選手がいた。
スノーボードのパラレル大回転に出場した三木つばき。
上の写真は今回で6回目のオリンピック出場となる竹内智香のものだが、今回が初のオリンピック出場となる三木は、メディアからはほとんどノーマークだったが、見事な滑りで竹内の上を行く堂々の3位で予選と通過した。

興味が湧いて調べてみると、何と彼女はスノーボード選手である父親の指導で4歳からスノーボードを始め、史上最年少11歳でアルペンスノーボーダーのプロ選手になったという逸材。
15歳からは日本代表としてワールドカップに出場するなど世界各地を転戦しているという。
オリンピックでは決勝トーナメント初戦で転倒し敗れたが、試合後のインタビューでも周りの選手はいつもやってるメンバーなので初のオリンピックと言っても特に緊張しなかったと大物ぶりを垣間見せた。
私たちが知らないだけで、頼もしい若者たちが日本にもいろんな分野で生まれている。
こうした10代の若者たちが築く未来がどんなものになるのか、ちょっと楽しみだ。
そんな希望を感じさせてくれるのも、オリンピックの醍醐味である。
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