🇯🇵 鳥取県/倉吉市・東伯郡 2024年5月12日~13日
鳥取県の名湯・三朝温泉の周辺には、とても魅力的なスポットが点在している。
しかも、観光客が少なく完全な穴場なのだ。
まずは、こちら。
田舎道を走っていると突如ヤシの木の並木が現れる。
この先は「はわい温泉」、以前からこの名称が気になっていてどんなところなのか一度訪ねてみたいと思っていた。
とはいえ、日本人が大好きな南の島ハワイとは関係なくて、古くからの地名である「羽合温泉」を1998年にひらがなの「はわい温泉」に改めたのだ。
雨が降る中、目的地である「はわい温泉 千年亭」に到着した。
はわい温泉は、もともと東郷湖の底から湧き出していた温泉を利用するため湖に突き出すように岬の形で埋め立てが行われ温泉街が作られた。
そしてこの「千年亭」は岬の先端に位置しており「はわい温泉」を代表する温泉宿である。
旅館の入り口に「はわい温泉の由来」が書かれていた。
それによると、この温泉の始まりは幕末の慶応2年、幸助という人が投網をしていて湖中から湯が湧き出るのを見つけたことだという。
幸助は湯の湧く周囲に杭を打ち込み、テント舟2隻を並べて屋台を作り、竹筒で湯を舟に汲み上げて舟を温泉風呂に仕立て、「幸助湯」と名付けたが、数年後強風で施設は流されてしまったという。
明治になり湖畔からも温泉を掘り当てて旅館「日進館」を開業、それが名を変え現在の「千年亭」となったそうだ。
せっかくなので日帰り入浴をと思い、旅館の門をくぐった。
ところが雨の平日ということもあり、旅館にはまったく人影がない。
湖上に浮かぶ温泉として昭和の時代に有名になった「はわい温泉」は、1990年代に年間57万人が訪れたのをピークに徐々に客足が減り、今では年間12万人ほどまで減少しているのだとか。
空前のインバウンドブームとはいえ、温泉宿の経営も楽ではないようだ。
1000円の入浴料を支払って、湖岸の温泉に向かう。
こちらが「千年亭」名物の湖上露天風呂「元祖 幸助湯」。
そう、はわい温泉を見つけた幸助の名を冠した露天風呂で、東郷湖を愛でながら源泉かけ流しの湯を楽しむことができる。
この日はあいにくの天気ということもあり、先客が一人いただけ。
その人が出た後はしばらく一人でこの露天風呂を占領することができた。
イメージしていた湖上に突き出た温泉ではなかったものの、すぐ目の前に水面がある開放感はなかなかのものだ。
入浴中もずっと雨が降り続いていたが、屋根もあるので問題はない。
この旅館にはもう一つ「千年の湯」という露天風呂があるほか、建物の2階から湖を眺められる展望風呂も2つあるらしい。
私自身ここに宿泊したわけではないので泊まりについてはわからないが、立ち寄り湯としてはオススメである。
はわい温泉の後は、三朝温泉の入り口となる街・倉吉へ。
土蔵の街として知られる倉吉は、とても趣のある静かな街だった。
JRの駅がある繁華街から少し離れた場所に、「倉吉白壁土蔵群」と呼ばれる一角があって、室町時代に山名氏が築いた「打吹城」の城下町からスタートし、江戸、明治、大正時代の建物が今も多く残り、今では観光客に人気のエリアとなっている。
山陰地方で広く使われている赤い瓦が白い漆喰の壁によく映える街並み。
倉敷の美観地区に比べると地味ではあるが、のんびりと街をそぞろ歩くには楽しい場所である。
そんな倉吉の街を歩いていて、私の目を引き付けたのは意外なものだった。
大関・琴ノ若の大関昇進を祝う張り紙。
なんで今頃?
夏場所から祖父の四股名である「琴櫻」を襲名したこの大関は確か千葉県の出身のはずだが、なぜこの街で琴櫻関が人気なのだろうと不思議に思ったのだ。
先のブログでも少し紹介したが、ここ倉吉は大関・琴櫻の祖父で昭和の横綱だった先代の琴櫻の生まれ故郷なのだ。
古い街並みの一角には、先代の功績を称える「第53代横綱 琴櫻記念館」もある。
土蔵の街・倉吉は、琴櫻の街でもあるのだ。
倉吉の街を歩いていて意外なものをもう一つ見つけた。
ドラゴンボールのモデルともなった江戸時代の小説「南総里見八犬伝」に登場する里見家の墓である。
それは白壁土蔵群の外れにある「大岳院」というお寺の中にあった。
しかし房総半島・安房国の城主だった里見家の墓がなぜ倉吉にあるのか?
こちらの古びたお墓が「里見家墓所」。
「倉吉観光情報」というサイトにはその経緯が次のように記されている。
慶長19年(1614)、里見忠義が勢力争いに巻き込まれる形で大久保忠隣に連座し転封を命じられ、伯耆国(鳥取県)倉吉の大岳院の門前に居住します。
引用:倉吉観光情報「南総里見八犬伝ゆかりの地 倉吉」
その後、忠義は神坂(倉吉市東町・住吉町・荒神町)に住居を置き、倉吉の北野神社、北条の山田八幡の社殿を修復するなどの事績を残しましたが、元和3年(1617)池田光政の鳥取入城とともに、倉吉郊外の下田中村に、さらに同5年(1619)堀村(倉吉市関金町堀)に移され、元和8年(1622)29歳で世を去り、近臣の八人も殉死を遂げました。
関ヶ原の戦いで徳川方につき一旦は館山の城主となった里見家だが、2代目城主・里見忠義は妻の祖父にあたる老中・大久保忠隣の失脚により倉吉への国替えを命じられる。
忠義はこの地で不遇のうちに亡くなり里見家が断絶すると、8人の近臣が主君を追って殉死を遂げた。
彼らの戒名には全員「賢」の文字が使われたことから「八賢士」と呼ばれたのだが、「南総里見八犬伝」の作者・滝沢馬琴がどこかでこの話を聞きつけ、物語の着想を得たのではないかと言われる。
ただし全ては後付けのようでもあり、はっきりとしたことはわからないようだ。
境内には、八犬伝に登場する8つの玉の文字が刻まれた石も置かれていたが、どう見ても最近制作されたものに違いなく、物語の力を借りて地域おこしに利用しようとした誰かの企みが透けて見えるようだ。
とはいえ、江戸時代初期、里見家に限らず、多くの大名たちが頻繁に国替えを命じられ、運命に翻弄されていったことは間違いない。
これによって江戸300年の泰平の礎が築かれるわけだが、その国替えの伝統は明治以降もサラリーマンの転勤という形で日本社会に定着したと思うと、ある意味、里見家と「八犬士」の物語も別の味わいを感じさせてくれるものがある。
いろんな意味で、倉吉は訪れる価値のある穴場の街だと思った。
そして、三朝温泉に1泊した翌朝、私は鳥取県唯一の国宝建造物へと車を走らせた。
「三徳山三佛寺投入(なげいれ)堂」
鳥取を訪れるならばぜひこの『日本一危険な国宝』と呼ばれるこの建物は訪れねばならない。
そう思って三朝温泉とセットで、今回の鳥取旅行の目玉と位置づけていた。
車の通りも少ない山道を登り、渓流沿いの駐車場に車を停めて、歩いてお寺に向かう。
両側には切り立った山が聳え、朱塗りの欄干がかかる橋の上から周囲を見回すと、いかにも修験道の拠点という厳かさを感じる。
こちらが、お寺に通じる入り口。
急な石段の上がり口に、『投入堂参拝登山について』と題した注意書きが掲げられている。
投入堂は歴史的、宗教的な参拝修行道ですので、レジャー登山観光気分、観光装備での入山はお断りしています。必ず以下をお読みになり受付へおこし下さい。
- 険しい場所を多く含むため、必ず2人以上で入山する事。単独行動を禁じ、下山まで行動を共にしていただきます。
- 荒天、雨天時には入山禁止となる可能性があります。
- 修行の一環として時間にはより厳しく、参拝案内所にて14時55分、登山受付所にて15時00分までに受付を終了する事。安全確認のため16時30分までには下山し17時00分、境内に誰もいない事を確認し閉山とします。
- 入山料について、投入堂まで大人1200円、小人600円。山内の文化財維持、参道維持に利用しております。
なんと、一人では投入堂まで行くことができないと書いてあるではないか。
誰か登る人を見つけて一緒に登ることはできないか?
とりあえず受付まで行ってみることにする。
険しい石段の脇には珍しい植物が。
雨上がりということもあり、新緑が溢れかえるようだ。
しかし、「日本遺産」にも登録されている国宝にもかかわらず、知名度は今ひとつのようで観光客の姿は極めてまばらである。
石段を登ったところにお寺の受付があった。
「投入堂まで行きたい」と伝えると、「何人だ」と聞かれ、1人と答えると「2人以上でなければ登ることはできない」ときっぱり言われる。
「誰か一緒に登る人を見つけたら?」と聞くと、「それも遠慮してください。自分たちだけで登りたかったというクレームも多いので」と取り付く島もない。
わざわざ、このために来たのに、ここで諦めることになるとは・・・。
とはいえ、事前に調べもせず、「レジャー登山観光気分」でやってきたことは否定のしようもない。
ここはお坊さんの言葉に従って、またの機会に2人以上で再挑戦するしかないと、きっぱりと諦めた。
それにしても、何という人の少なさか。
登った時とは別の正面の石段をトボトボと降りるも、誰ともすれ違わない。
これではインチキして誰か一緒に登る人を探そうとしても、なかなか苦労したに違いない。
それでも一目「投入堂」を見てみたいと、受付の人に教えてもらった「投入堂遥拝所」に行ってみる。
まだ新しそうな木造の小屋で、ここから投入堂を見ることができるという。
急斜面の山のてっぺん近くに、それらしき建造物が見えた。
木も生えないような断崖絶壁。
その下は、深い沢になっている。
iPhoneのカメラの倍率をMAXにしてもここまでしか見えないが、すごい場所にあることがわかる。
そもそも「投入堂」とは、飛鳥時代の呪術者「役の行者」が法力で投入れたという言い伝えから名付けられたもの。
その 建立方法については、今もなお謎のままなのだそうだ。
やっぱり、間近から見てみたかった。
遥拝所にはちょっと懐かしい望遠鏡が備え付けられていた。
入山を規制して望遠鏡で小銭を稼ぐ気か。
そう思ってよく見てみると、この望遠鏡にはコインの投入口が付いていなかった。
要するに、無料で投入堂を眺めることができるということだ。
さすが望遠鏡。
レンズを覗くと投入堂がくっきりと浮かび上がった。
なるほど、これはよく見える。
それにしても、見れば見るほど、よくあんな場所に建物を建てたものだと感心する。
いつか必ず、この投入堂まで登ってみせる。
そう誓って、遥拝所を後にした。
鳥取の名湯、三朝温泉に泊まって、観光客の少ない周辺の穴場を巡る旅。
またいつか、仲間を誘って訪れることにしよう。
「湖上に浮かぶ絶景の宿 はわい温泉 千年亭」
住所:鳥取県東伯郡湯梨浜町はわい温泉4−62
電話:0858-35-3731
https://www.sennentei.net/
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