<吉祥寺残日録>シニアのテレビ📺 BS1スペシャル「開き始めた衣装箱〜伝統服に揺れる多民族国家・中国〜」 #220329

「ゼロコロナ政策」を進める中国だが、最大都市上海が事実上の都市封鎖に入ったという。

Embed from Getty Images

2600万人が暮らす大都市を川の東西のブロックに分け、川の東側は28日から月末まで、西側は来月1日から4日間封鎖すると発表された。

ロックダウンの発表は27日の夜突然出され、28日の朝から実施というのはいかにも中国らしいが、当然のことながら食料を買い求める人々でスーパーは大混乱となった。

それでも、28日には封鎖エリアからは人影が消え、防護服を着た警察官たちが監視の目を光らせる。

Embed from Getty Images

これまでも感染者が出た団地は封鎖され住民全員にPCR検査が行われるなど、徹底した押さえ込みが行われてきたが、それでもオミクロン株の流行はじわじわと広がり、26日に上海市の新規感染者が2676人に達した段階で、都市封鎖を決定したのだ。

つい先日は、南部の深圳でロックダウンが解除されたばかりだが、ついにそれが上海にも飛び火した。

封鎖期間中に、上海市民2600万人に対する検査が実施される予定だ。

14億の人口を抱える中国では、何をするにも日本人の常識を遥かに超えた過激さがある。

そんなダイナミックな中国で繰り広げられる様々な今を切り取って、私たちに紹介してくれるのが制作プロダクション「テムジン」だ。

彼らが作るドキュメンタリーは、他のテレビ番組とは一線を画し、常に私に大きな刺激を与えてくれる。

この週末放送されたBS1スペシャルも、やはり「テムジン」の制作だった。

タイトルは「開き始めた衣装箱〜伝統服に揺れる多民族国家・中国〜」。

アメリカに迫る世界の超大国にのしあがった中国で今、漢族の伝統衣装「漢服」が急速に人気を広げているというのだ。

「漢服」は17世紀、満州族の王朝「清」によって厳しく弾圧され、辛亥革命以降も孫文が開発した「人民服」が定着したため復活することなく21世紀に突入していた。

私たちが中国の伝統衣装と思っている「チャイナドレス」は、満州族の衣装を西洋風にアレンジして生まれたものだという。

そんな忘れ去られた「漢服」が流行するきっかけを作った一人の男性がいる。

河南省鄭州に住む王楽天さん。

2003年11月22日、彼は「漢服」を着て街を歩いた。

彼の姿は奇異に写り、すれ違った人たちは彼が着ているのは「和服」だと思ったという。

「ほら見て!日本人だよ」と叫ぶ人や日本語で「バカヤロー」と言う子供もいたほど、中国人の間で「漢服」はすっかり忘れ去らた存在だったのだ。

王が「漢服」を着たきっかけは素朴な疑問からだった。

「なぜ他の民族は自分たちの衣装を持っているのに我々漢族は伝統の衣装を持っていないのか」

漢族の伝統衣装を着て街を歩くという彼の行動は大きな話題となり、「漢服」をビジネスにする人たちが現れた。

王楽天さんが初めて街を歩いた11月22日は「漢服記念日」とされ、中国各地でお祝いのイベントが開かれるようになった。

漢服復興グループの合言葉は、「重回漢唐」(漢や唐の時代に戻ろう)と「華夏復興 衣冠先行」(文明の中心たる理想の中国を復興するには衣装文化が先んじて復活しなければならない)。

四川省で行われたイベントではこんな歌が歌われていた。

『我ら、漢服で礼儀を重んじ、漢・唐に戻り、偉大な歴史をうたう。困難に満ちた長い道を華夏の子孫は恐れない』

漢服店を経営する夫婦が作ったこんな歌をみんなで歌い、偉大だった古代中国「華夏」の子孫としての意識を高める。

漢服運動は単なるファッションの問題を超えて、次第に漢族の民族意識や歴史認識の問題が色濃くなりつつある。

漢服店の経営者は言う。

「漢服を買うのは1990年代生まれとそれ以降の若い世代です。私と同世代や上の世代は卑屈なところがあります。我々の民族文化はダメだ。西洋文化の方が優れていると思ってしまうのです。伝統文化というと頑固で陳腐な負のイメージでした。新しい世代は、伝統文化についても先入観や偏見がなく、素晴らしいものは受け継ぐべきだと考えています」

こうした若い世代が主導する形で「漢服ブーム」は予想以上の盛り上がりを見せているという。

しかしこの番組は、単に「漢服ブーム」を紹介するだけに止まらない。

漢族の民族意識を煽り少数民族に対する差別を助長するような右翼勢力が「漢服ブーム」を利用しようとしているという負の側面も描く。

漢服愛好家が清朝を研究する歴史学者を殴る事件も発生している。

この事件を起こしネット上では英雄のように扱われた男性は、番組の取材に対しこう語った。

『中国は(近現代史の中で)ひどく破壊された地です。ここに住む人々は精神的にアイデンティティを強く求めていると思います。漢服はそれに一番ふさわしいです。それに代わる候補も、破壊し尽くされて無いし、アイデンティティを示す記号は目に見えて手で触れるものが一番いい。それには服が最適でしょう。漢服の復興は民族意識に目覚めることです。これがとても大事なポイントです。古来の中華文明の復興を進めないといけません。同時に民族意識も高まっていくべきです』

一方で、「漢服ブーム」があくまで都市部の富裕層の間での流行に過ぎず、農村部に行くと誰も「漢服」を知らないという現状も冷静に取材している。

農村部に住む若者は、かつての中国で、ブームとなっている「漢服」はあくまで上流階級の衣装であり、庶民は粗末な服を着ていたことをネットで指摘し表面的なブームに違和感を表明していた。

さらに意外だったのは、「偉大な中国の復活」を掲げる習近平政権もデリケートな民族問題に配慮して、「漢服ブーム」を警戒しているという側面だった。

去年、全人代に漢民族の祖とされる黄帝の誕生日3月3日を「漢服の日」とする提案が出されたが棚上げされた。

「中国は統一した多民族国家であり、すべての民族が団結し調和すれば国は繁栄し社会は安定し国民は幸福になる。しかしそうしなければ、国は衰退し社会は混乱し国民は苦しむ」

これが習近平さんの言葉として報じられている中国の公式見解なのだ。

こうした多民族国家としての国是を守り、これに違反する行為を監視する人たちもいる。

「正藍旗」のハンドルネームで活動する宋剣仁さんは、ボランティアとして違反した行為を見つけ当局に通報しているという。

『私は退役軍人で共産党員です。国家を乱す連中は許せません。これは私の信仰です。中国は貧しい時も豊かな時もみんな家族のように平和に生きないといけません。一部の過激派は表では漢服復興運動をしながら、裏では少数民族を攻撃する言葉を叫んでいました。漢服を普及させたいのならそんな言葉は不要でしょう。そんなことを認めたら中国に2億いる少数民族や家族はどう思いますか。政府は漢服の発展を重要視していない訳ではなく、漢服グループに悪い連中が入り込んでいるんですよ。純粋な漢服愛好者ならそういうことは言わないでしょう。どう見ても何かたくらみがあります。漢服文化を復興するのに次世代に歴史を売り込む必要はないでしょう。過去の報復合戦を始めたらきりがありません。単純に漢服を着ればいいんです』

中国政府の方針に則って、宋さんのような人が常に監視の目を光らせている、それが中国という社会だ。

習近平政権が少数民族に配慮して漢族民族主義を抑え込もうとしている間は一定のブレーキが効くだろう。

しかし愛国主義は暴走しやすい。

Embed from Getty Images

中国の威信をかけて行われた北京オリンピックの開会式。

その中には民族衣装を着た多民族の人々が中国国旗を受け渡すシーンがあった。

漢服愛好家たちはオリンピックに漢服が登場することを期待したが、それは実現しなかった。

それでも彼らは諦めてはいない。

今年杭州で開かれる予定のアジア大会の漢服が採用されるよう運動を展開しているという。

漢服ブームの火付け役となった王楽天さんのもとにも、こうしたグループからの誘いがひっきりなしに来るが、王さんは運動から距離を置こうとしている。

『漢服グループに右翼分子が入り込んでいるのを知りました。「西洋文明は我々が飽きて捨てたものだ」と言っていました。中国のものが一番だと主張しています。それなら西側の先進文明をすべて拒絶すればいい。スマホを捨てればいい。電車も使わず馬車に乗ればいいんです。漢服グループに引き込まれるのは御免です。私にしつこく声がかかります。やめてほしい。私は自由な個人です。自分の考えと自由があります。集団主義的な考えで私を脅かさないでほしいです』

大国意識がどんどん高まる中国を見て恐怖を募らせる日本人も多いが、中国人の中にもいろいろな人がいて、私たち以上に深く物事を考え自らの意志で行動している人たちもいることをこの番組は教えてくれる。

先入観を廃して冷静に中国を見つめること。

「テムジン」が制作する中国関連の番組は、いつも私にそのことを思い出させてくれる。

離郷、そして・・・

2件のコメント 追加

  1. 鉄缶 より:

    私も同番組を興味深く見ました。韓民族が自分たちの風俗を大切にすることは非常に結構な事ですが、イデオロギーが大きく付属されるようになっては贔屓の引き倒し、換骨奪胎です。逆に、政治運動がしたくて服装を利用しているだけなのか、とも勘ぐってしまいます。
    孫文が昔、述懐いたしました。「中国民族は砂のようだ、強く握っていないと手からこぼれてしまう」というのが有った気がしますが、自由にさせていれば百家争鳴、各人がそれぞれに政治運動化してしまいそうな気がします。中国政府は新興宗教運動が大きくなってくると、目を光らすようになってくるらしいです。ほっておくと大きな政治運動となり、倒閣革命運動となるのでしょう。今回の男性服装運動家の目の輝き、妖しい光り方を見るにつけても、狙っているのは本当は権力ではないのか?そう推察いたします。
    これに対する民間の反対運動も興味深い。何百年も前の抑圧支配を未だに恨みに思っている異常さを指摘するのは、日本人ばかりではないと納得しました。彼らの糾弾する相手は西洋や日本ばかりかと思っていたら、満州族にまで及んでいたとは・・・。彼らの愛国心の深さに怖くなりました。
    日本で元寇を恨み、モンゴル力士に嫌がらせする人を見かけたことも聴いたこともありません。何たる断絶!
    これからも同様の動きには注視しチャイナワッチングを続けていきたいと思っています。

コメントを残す