🇹🇹 トリニダード・トバゴ/ポート・オブ・スペイン 2024年2月12日
ついに、今回の旅行のメインイベントとも言える日がやってきた。
それはリオ、ヴェネチアと並ぶ「世界三大カーニバル」に数えられる「トリニダードのカーニバル」である。
日本ではほとんど知られておらず、私も今回の旅行を計画するまで知らなかったのだが、偶然カリブ海旅行を決めてロサンゼルス往復の航空券を購入した2月にトリニダードのカーニバルがあることを知り、カーニバルの日にトリニダード・トバゴにいられるように全ての日程を組んでいったのだ。
グレナダからカーニバルが行われるトリニダード・トバゴの首都ポート・オブ・スペインまでは「カリビアン航空」を利用する。
トリニダード・トバゴを拠点とするカリブ海最大の航空会社だが、やはり出発は遅れた。
午前8時55分出発の予定でその2時間前には空港に着いていたが、飛行機の到着が大幅に遅れ、結局40分ほど遅れてグレナダの空港を飛び立った。
さすがカリブ最大の航空会社だけあって機内誌が置かれていて、派手な衣装に身を包んだ女性の写真が私の目を引いた。
まさに今、カリブ海はカーニバルの季節なのである。
機内誌ではさまざまな国でのカーニバルの予定が書かれているが、その先頭にはやはりトリニダードのカーニバルだった。
カーニバルはカトリックなどキリスト西方教会に伝わる謝肉祭が元なので、開催日は年によって変わるものの最終日は2月か3月の火曜日に決まっている。
それが今年は2月13日で、トリニダード・カーニバルでは前日の12日と13日に祭のメインとなるパレードが行われるのだ。
飛行機が飛び立ってから20分後、もうトリニダード島が見えてきた。
カリブ海のフライトでは、飛ぶ時間が遅延の時間よりも短いということがよくある。
窓から首都ポート・オブ・スペインの街並みが見えた。
海辺には高層ビルも立ち、明らかにこれまで訪れた島国に比べて都会である。
というのも、トリニダード島はカリブ海南部に連なるアンティール諸島最大の島であり、人口136万人を数えるトリニダード・トバゴはこの地域の大国なのだ。
一方で不安もあった。
人口が多い分、治安が悪いという事前の情報を聞いていたからだ。
外務省の海外安全ホームページには次のように書かれている。
●トリニダード・トバゴでは、凶悪犯罪発生率が高く、銃器等を使用した殺人や強盗などの凶悪犯罪が頻発しています。
●アジア系(中国人)住民を狙った殺人、強盗事件の発生もあり、日本人が犯罪に巻き込まれる可能性も排除されません。
●毎年2月頃に行われるカーニバルなど、人出が予想される催し物がある時期に凶悪犯罪の発生が集中する傾向にあります。
カーニバルは見たいが、どこにどうやって行けばいいのか、情報が限られていて行き当たりばったりの入国である。
トリニダード・トバゴの玄関口「ピアルコ国際空港」は、さすがカリブのハブ空港だけあって、パスポートコントロールから荷物検査までの間に免税店や両替所などが並んでいた。
私はパナマで100ユーロすでにトリニダード・トバゴ・ドルに両替していたが、これでは足りないと思ってさらに追加で100ユーロ替えておくことにした。
空港はもうカーニバル一色で、お酒の広告もカーニバルダンサーの写真…
お店の前にも肌も露わなダンサーの人形が置かれていた。
トリニダード・トバゴの人たちは自国のカーニバルを「世界上で一番すごいイベント」と呼びカーニバル中心に一年を暮らすと言われている。
例年7月ぐらいから翌年の参加者の募集が始まり、さまざまなコンテストの予選が12月から始まってパレード本番まで大小無数のイベントが各地で繰り広げられるというのである。
こうして無事に102ヵ国目の訪問国トリニダード・トバゴに入国したが、さあて、問題は足をどう確保するかだ。
カーニバルに合わせてポート・オブ・スペイン周辺のホテルは全て満室で、仕方なく私は市内から25キロ離れた空港近くのホテルを予約した。
ホテルまでは歩けなくはないが1キロ以上はある。
まずはホテルに荷物を置いてからたとえ強盗にあっても被害を最小限にできるようパスポートや財布も残したまま市内に向かいたいが、果たしてそううまく行く方法があるだろうか?
その時、一人の男が声をかけてきた。
男の胸には「オフィシャル エアポート タクシー」と書いてはある。
私は「近くのホテルに荷物を置いてカーニバルを見に行きたい」と告げると、彼は「no problem」と答え、ついて来いと言ってさっさと歩き始めた。
長く旅行をしていると、現地のことを知らない観光客の多いところで、「no problem」と言う奴には警戒する癖がつく。
とはいえ、今回は多少ぼったくられてもタクシー運転手を味方につけるのが一番の早道だと自分に言い聞かせて彼の後を追った。
彼の車にはやはりタクシーの表示はなかった。
この国のタクシーはみんなそうなのか、単なる白タクなのかはわからないが、車は新しかった。
トリニダード・トバゴは産油国でもあり、カリブ海では最も豊かな国の一つだ。
予約したホテルは想像以上にボロかった。
「リージェント スター ホテル」
空港から近いだけが取り柄で周囲には何もなく、車がクラクションを鳴らしても、誰もゲートを開けに来ない。
仕方なく私が降りてゲートを開け、タクシーに待っていてもらって急いで荷物を預けにフロントに行く。
ただただだだっ広いロビーにはソファーも僅かしかなく、どこにフロントがあるのかもわからないような得体の知れないホテルである。
私が荷物を抱えてキョロキョロしていると、柱の影から声がかかった。
そこにフロントがあるとは呼びかけられるまで気づかなかった。
荷物を預けたいと伝えると、紙に記入とサインを求められ、鍵を渡される。
もう部屋は使えるのかと聞くと、午後3時からしか入れないが、荷物を部屋に置くことはできるという。
こんなのは初めての経験だった。
それでも部屋に荷物を置けるのはありがたい。
部屋はなぜか三角形をしていて、窓がめちゃくちゃ小さい。
ダブルベッドが2台置けるスペースがあり、心配したカビ臭い臭いなどはなかった。
まあ、寝るには支障ないだろう。
貴重品を入れる金庫は見つかったが、やはり壊れていて使い物にならなそうなので、こういう場合はリュックに貴重品を入れ南京錠をかけるのが私のやり方だ。
ホテルの部屋からリュックごと盗む奴はこれまで出会ったことがない。
こうして無事にホテルに荷物を置き、私は最小限のものだけを身につけてタクシーに戻った。
市内に向かう途中いろいろ話をする中で、運転手はディオンさんという名前で、インド系のルーツを持ち、日本に行きたいということがわかった。
彼の車も日産で日本にはいい印象を持っているようで、日本に行った場合のホテル代や食事代について詳しく知りたがった。
どうやら悪い奴ではなさそうだと判断した頃、彼から提案があった。
私がカーニバル目的だと知り、そのメイン会場まで送り届け、数時間後迎えに来てくれるという。
代金を聞くと、往復の運賃に加えて待ち時間があるので800トリニダード・トバゴ・ドル(約1万7600円)でどうだと言う。
ちょっと吹っかけてきてるなと思ったが、私は値切ることなく、彼の提案を受けることにした。
どうしても見たいものがあり、自分に代替案がない場合は、無理な要求でなければ言い値を飲んで運転手を味方に引き入れるというのが記者時代からの私のやり方なのだ。
そうすることで、運転手からさまざまな役に立つ情報が得られ、結果として安全に実りある旅ができるという経験則が私にはある。
交渉が成立したディオンさんは、カーニバルで交通規制が敷かれた市街地を避け、山を大きく回り込むようにして、広い広場のような場所に車を停めた。
この広場は、「クイーンズ・パーク・サバンナ」と呼ばれるとにかくだだっ広いオープンスペースで、かつてはサトウキビ畑や牧場だった場所だという。
その後公園とされたが造園や区画整理が進められることもなく、競馬場やクリケットの競技場になったり、時には飛行場としても使われたフリースペースとして都会のど真ん中に生き続けた不思議な広場なのだ。
ディオンさんは遠くに見えるテント群を指差して、あそこが会場なので、ここから歩いていき、好きな場所で見てから午後2時半に同じ場所に戻ってくるよう私に指示し、私はそれに従った。
とにかく、カーニバルを見ようと思っても、いつどこで何か行われるのか、私には何の情報もなかったので、ディオンさんの助言は大変ありがたかった。
広場を歩いていくと、バスから降りてくる人たちに出会った。
すでに衣装を着て、顔にはペイントを施している。
彼かもきっとカーニバルの参加者なのだろう。
ディオンさんはもう祭は始まっていると言ったが、テント村のあたりまで来ると確かに人はたくさんいるが、みんなダラダラしていて、衣装を着たまま屋台で食事を買っていたりして全く始まっている気配がない。
それでも、巨大なスピーカーを積んだトレーラーからは大音量で激しいリズムの音楽が絶えるなくこと吐き出され、その場に身を置くだけで体が自然に動き出すような高揚感を感じる。
しかも、会場を歩く女性たちの衣装も大胆で、お尻が丸見えのようなTバックも当たり前だ。
ただセクシーかと聞かれると、ほとんどスタイルなど気にしたことがないと主張するかのように、さまざまな年齢、体型の女性たちが自らの肉体を曝け出しているのだ。
何がどうなっているのか、とにかく状況を把握しようと、メインスタンドの方向へ歩いていくと、いかにもカーニバルらしい装いの人たちに次々と遭遇する。
全身ドクロ柄の衣装を着た男性。
機内誌から抜け出したような華やかな羽飾りの女性。
思わず彼女と一緒に写真を撮ってもらった。
でも若い子は彼女ぐらいで、ド派手な衣装をつけたメインダンサーは年配の方が多いようだった。
たとえは太陽の女王のような金色の衣装にも身を包んだこの女性。
実にふくよかな体型で、年齢もかなり私に近いように見えた。
カメラを向けると気軽に踊って見せてくれたのだが、途中からは疲れてしまったのか、2人の肩を借りて本番までただうなだれてたたずんでいたのがとても印象的だった。
豪華な山車が先導するリオのカーニバルに比べて、トリニダードのカーニバルは手作り感満載で、若者だけでなく年寄りであろうが太っていようがみんなを受け入れて老若男女誰もが主役になれる祭、そんな印象を受ける。
本当にいろんな格好をした人たちが歩いている。
でも、そこに統一感は全くなく、ダラダラと各自が好きなように動いているようで、何だか渋谷のハロウィンのようにも見えてくる。
中でも目に留まったのが、竹馬に乗って軽快に歩く若者たち。
どうやら彼かはみんなメインステージに上がる順番を待っているんだということが次第にわかってきた。
竹馬に乗って軽快に踊る青年にカメラを向けると、これ見よがしに踊って見せてくれた。
誰もカメラに撮られることを嫌がらない。
何の規制もなくダンサーたちのすぐ近くに寄って写真を撮ることができる。
実にゆるい祭である。
まだ当分このダラダラ状態が続きそうなので、ちょうど昼時、腹ごしらえをしておくことにした。
屋台がずらりと並ぶ中でひときわ目につくキッチンカーがあった。
「ROYAL CASTLE」
トリニダード・トバゴで半世紀以上続くフライドチキンのお店らしい。
チキンが2ピースとポテトがついて40TTD、約870円ほどだ。
カリブ海諸国の通貨はどこも米ドルと連動し固定相場制をとっているので、こういう円安局面だと何を食べても高く感じてしまう。
味はケンタッキーよりもカリカリした感じでスパイスが効いていた。
午後1時ごろになってようやくメインステージの入り口に人が集まり始めた。
まず最初は赤い服を着たグループのようだ。
トリニダードのカーニバルでは「マスバンド」と呼ばれるグループごとに衣装やテーマを設定して参加者を受け付ける。
カーニバルに参加したい人は誰でも外国人でも問題なく申し込むことができるそうで、参加費を払うとメンバーと同じ衣装が配られて、マスバンドの一員としてパレードに参加できるのだ。
踊りの上手い人のダンスを見る祭ではなく、誰もが参加して街中で踊り回るのがトリニダードのカーニバルなのだと、ようやく少しわかってきた。
午後1時、羽飾りをつけた先ほどのメインダンサーたちがステージに上がった。
でも私のいる位置からはステージ上の様子は見えなかった。
桟敷席はあるが有料で、どこでチケットが買えるのかもわからない。
そうしているうちに、赤いTシャツを着た一団がステージの方向に動き出す。
いよいよ彼らの祭りが始まった。
メインステージが赤で埋め尽くされる。
彼らはそれまでのグダグダが嘘のようにリズムに合わせて激しく踊る。
しかし決まった振り付けがあるわけではなく、みんなが好きなように踊ればいいのがトリニダード流。
極めて敷居の低い祭なのである。
続くグループの先頭には、私たちがイメージするインディアンのいでたちの男たち。
なぜインディアンなのかと不思議に思ったが、初めてカリブの島々に定住した先住民アラワク族が身につけていたものらしい。
北米だけかと思ったら、羽飾りの広がりは想像していたよりも広いようだ。
このマスバンドを盛り上げるトレーラーには、リオのカーニバルを思わせるデコレーションが施されていた。
トレーラーの中には女性たちもいて、音楽に合わせて盛り上がる。
そしてこのグループのテーマカラーは黄色らしく、同じ黄色いTシャツを着た一団がステージを占拠した。
果たしてステージ上で何をやってるのか気になったので、ステージの反対側に回り込めないか行ってみようと思い、一回会場を離れることにした。
会場の「サバンナ」の外の道路に出ると、そこもカーニバルのトレーラーで埋め尽くされていた。
後で知ったことだが、マスバンドはこのメインステージで踊るだけでなく、一日中市内を回り、何ヶ所か設けられている大小のステージで踊りを披露しているのだそうだ。
どうやらサバンナの南側が正式の入り口らしくカーニバルの大きな看板が立っていた。
要するに私は裏から会場に入っていたらしい。
ステージの反対側に向かって歩いていると思いがけないものに遭遇した。
チケット売り場である。
有料席の入り口にいたスタッフには、チケットはネットで買うと説明されて半ば諦めていたのだが、どうやらここでも入場券が買えるみたいである。
チケットは12日と13日の通し券で150TTD、約3300円だった。
リオのカーニバルの桟敷席は最低でも5万円はして、なかなか入手も困難なことを考えれば、こんなに簡単にチケットが入手できるとは想像もしていなかった。
思いがけずチケットが手に入ったので、すぐに有料席に入ってみた。
スタンドはガラガラで、私はステージ正面の空いた席に座った。
大屋根が日差しを遮ってくれて、気持ちのいい風が抜けていく。
強烈なリズムを刻むトレーラーの上で煽動するDJの声に応えるように、ステージではグループのみんなが思い思いに体を動かし陶酔していた。
クラブで踊っているのと変わらない自由奔放な空間、無秩序と言ってもいい。
盆踊りのようにみんなが同じ動きに合わせる日本の祭りとは全く違う。
そうかと思えば、真っ白なアーティスティックな衣装をまとうグループもいる。
マスバンドごとに衣装もテーマも様々だが、ステージ上で流れる曲には統一性がある。
おそらく今年のテーマ曲が決められていて、その基本に各自アレンジを加えて踊っているのだろう。
ステージ正面の最前列は審査員席になっていて、このカオスともいうべきステージを審査している。
いくつかの部門が設定されていて、マスバンドはどの部門にエントリーするかを事前に登録して本番に臨んでいるのだ。
一見ただの大騒ぎに見えるこのステージも、一つの作品ということになるわけだ。
ということで、有料席で少しだけステージ上で何が行われているかを確かめたところで、ディオンさんと待ち合わせした2時半になってしまった。
ディオンさんの赤い車はすでに約束した場所に停まっていて、何の問題もなくホテルまで戻ってくることができた。
本番は翌日の最終日。
チケットも手に入ったので、有力マスバンドのパフォーマンスをたっぷり味わおう。
無事に目的のカーニバルに辿り着けたことで満足感に包まれながらホテルに戻り、プールで汗を流そうと思ってフロントで場所を聞くと、何と今建設中で使えないという。
予約したエクスペディアには確かにプール付きと表示してあったのにガッカリだ。
Wi-Fiのパスワードを聞くと、これまた現在繋がらない状態になっているとの答え。
隣では、「こんな水が出た」とわざわざ真っ赤な水をグラスに溜めてフロントに文句を買っている客がいた。
仕方なく部屋に戻って小さな窓を開けると、目の前は汚い物置き場。
おまけに冷蔵庫に入れた水を飲もうとしたらすっかりぬるくなっていた。
電源は入っているのに冷えない冷蔵庫。
こんな最低のホテルなのに、宿泊代は今回の旅行中最も高額で、2泊で10万5522円だった。
いくらカーニバルの特別料金で、他に選択肢がなかったにせよ、これでカーニバルが見られなかったら目も当てられなかった。
そんなくそホテルにもいいことがあるからこの世は面白い。
一つは、シャワーから熱いお湯が大量に出たこと。
そしてもう一つは、異常なほどよく眠れたことである。
カーニバル見物に疲れたのか、気がつけば知らぬ間に寝ていて、夜の10時半ごろに目が覚めた。
夕食は何も食べていなかったが、このホテルで食べる気にはなれず、非常食として持参したレトルトの「にゅうめん とろみ柚子」という奴を食べて、グレナダの空港で買ったクッキーをつまんだ。
するとまた睡魔が襲ってきて、気がつけば朝になっていた。
ホテルに求められる最大の機能が睡眠の提供だとすると、このクソのような「リージェント スター ホテル」は、最高のホテルだったということになる。
美しい景色もなく、何の楽しみもなく、昼間でも薄暗いこの部屋が私の時差ボケを直してくれるとは、何事にも面と裏があるということを改めて思い知らされた気分である。
いずれにせよ、12時間の睡眠で元気を取り戻した私は、カーニバル最終日をメインステージでたっぷり鑑賞することになる。
