🇯🇵 兵庫県/豊岡市 2025年11月21日~22日
大学時代の仲間たちと巡る兵庫県のドライブ旅2日目。
「丹波の小京都」と呼ばれる出石で映画『国宝』のロケ場所となった永楽館を見学した私たちは、この日の宿泊地である城崎温泉に向かった。

途中、立ち寄ったのは「玄武洞公園」。
何の知識も、何の興味もないまま友人に連れられて立ち寄ったに過ぎなかったのだけれど、ここは一見の価値がある。
六角形をした玄武岩の柱「柱状節理」が複雑に入り乱れる難解極まりない地層。
こんな複雑な地層を見るのはこれが初めてである。

入り口を入ってまず最初に目にする玄武洞は、公園内に5つ存在する洞窟の中でも最大のもので、江戸時代には砕石場として人間の手によって石柱を輪切りにして切り出されていた。
切り出された石は、城崎温泉の護岸の石材や漬物石として重宝されたという。
今も垂直に並ぶ石柱には規則正しく横線が刻まれているが、これは人間が次に切り出す石柱に目印として切り込みを入れたものである。
もともと玄武洞は約160万年前、西側を流れる円山川を挟んで位置する二見山の噴火により流れ出した溶岩が冷え固まりできた岩石層であり、明治の地質学者・小藤文次郎がこの岩に「玄武岩」と言う和名を与えた。
つまり、私たちが何気なく使っている玄武岩という岩石名はこの場所で生まれたのである。

地学の素人にとっても興味深いのは、垂直に立っていた玄武岩の石柱が、上部に行くにつれほぼ90度褶曲していることである。
よほど強力な力がこの大地に加えられたのかと思っていたら、溶岩が固まった時の角度の違いで石柱の向きも大きく変わるのだそうだ。
いずれにせよ、火山と地震の国・日本ならではの自然の驚異というほかはない。

玄武洞と並ぶもう一つの目玉がこちらの「青龍洞」だ。
玄武洞と比べても、まっすぐに長く伸びた柱状節理が美しい。
ダイナミックなその景観は、まるで美術館で現代アートを鑑賞するようである。
しかし単に見た目が美しいというだけではなく、玄武洞と青龍洞は国の天然記念物に指定されているほか、「山陰国立公園」「日本の地質百選」、さらには「世界ジオパーク」「世界の地質100選」にも選ばれており、日本国内だけではなく世界的に価値のある地層として認定されているのだ。

玄武洞が世界的に注目されている理由は、単なるその形状ではなく、ここである重要な発見があったことに起因する。
それは「地磁気の逆転」、大正15年地球物理学者の松山基範が玄武洞の岩石が南北逆の磁気を帯びていることを発見し、世界にいち早く発表した。
地球の地磁気は過去何度か逆転していることが確認されていて、南北が逆転していた 258.1万年前から77万年前までの期間は国際的に「松山期」と呼ばれているらしい。
地磁気が逆転する理由は現在もまだ解明されていないということだが、北と南が反対になるって想像がつかない不思議な世界である。

自然の驚異に触れた後は、その自然の力をしたたかに利用する人間が作り上げたユートピアへ。
兵庫県の北端、古くから温泉町として栄えた城崎温泉である。
円山川の支流である大谿川沿いに発展した温泉街は、橋と柳がアクセントとなり、眺めただけで気分がウキウキしてくる風情を醸す。

私たちが宿泊したのは、大谿川に面する温泉旅館「いちだや」。
歴史を重ねた老舗旅館が多く存在する城崎温泉の中では、まだ新しく和モダンな宿である。
宿泊料には、外湯めぐりに便利なデジタル外湯券「ゆめぱ」も含まれているため、部屋に荷物を置くと早速浴衣に着替え、旅館備え付けの下駄をつっかけて外に出た。

下駄を履いたのは一体いつぶりだろう?
学生の頃はバンカラに憧れていきがって下駄を履いたこともあったけれど、久しぶりの下駄は硬く、指の間に挟んだ鼻緒が擦れてとにかく歩きにくい。
それでも少し浅めに指を通しわざとカランカラン音を立てながら歩くと、次第に足に馴染み楽しくなってきた。

足湯の隣に「海内第一泉」と書かれた石碑があった。
「海内第一」とは日本一の意味、すなわち日本一の温泉ということらしい。
そして城崎温泉といえば、7つある個性豊かな共同浴場「外湯めぐり」である。
現在は7つのうちの一つ、「さとの湯」が休館中ということで営業している外湯は6つだが、私たちが訪れた21日はちょうど大相撲九州場所の13日目ということで、私は優勝争いの行方が気になり、大急ぎでなるべく多くの外湯を巡り、宿に戻ってテレビを見ることにした。

まず最初に訪れたのは、「海内第一泉」の石碑の隣にある「一の湯」。
温泉街のほぼ真ん中に位置し、その名の通り、城崎温泉のランドマーク的な人気の外湯である。
温泉医学の祖である香山修得が「天下一の湯」と褒め称えことから、「一の湯」という名前がつけられたとされる。

「外湯」というと何やらすごいお風呂のような響きがあるが、実際のところは共同浴場なので中の印象を一言で言えば銭湯である。
ただそれぞれに売りがあるようで、「一の湯」の特徴はこの洞窟風呂だ。
「一の湯」の裏は崖になっていて、その岩をくり抜いて洞窟風呂を作っているということらしい。

次に訪れたのは「御所の湯」。
温泉街の中ほどで「一の湯」と人気を二分するこちらの外湯は、南北朝時代に後堀河天皇の御姉安嘉門院が入湯されたことから「御所の湯」と名付けられましたそうな。
とはいえ、最近リニューアルされたらしく御所のような外観が他の外湯とは一線を画している。

「御所の湯」の特徴はその外観だけではない。
外湯の中で唯一、内風呂を持たず山から滝が流れる大露天風呂が最大の売りである。
だから開放感は他の外湯とは桁違いで、人気の理由は大いにうなづける。
ただ、施設が新しいため昨今各地にある日帰り温泉施設と同じに感じ、老舗温泉に来たという実感が薄いのが難点だろう。

「御所の湯」を出て、温泉街をさらに西に進むと、最初に宿泊する予定だった高級旅館が現れた。
「三木屋」
創業300年を数える老舗旅館で、文豪・志賀直哉が有名な『城崎にて』を執筆した宿としても知られる。
通りから見るだけで立派な宿だとわかる建物で、ちょっと我々には敷居が高い。

「三木屋」の斜向かいには、城崎温泉で随一の規模と格式を誇る「西村屋」があった。
創業165年、西村屋本館は登録有形文化財に指定されている。
どうやらこの界隈が、城崎温泉の中でも一番高級なエリアらしい。

そんな高級旅館が立ち並ぶエリアにある外湯がこちらの「まんだら湯」。
717年、温泉寺の開祖・道智上人が、一千日間に渡って八曼陀羅経(はちまんだらきょう)というお経を唱え祈願していたところ、温泉が湧き出したと伝えられる城崎温泉の起源にちなんで命名されたという。
エメラルド色の屋根をいただく唐破風様式の建物は他の外湯とは大きく異なり、「まんだら湯」の特徴となっている。

規模は小さく、こぢんまりした内湯の外に設置された小さな2つの陶器製露天桶風呂が売りである。
私もこの桶風呂に入り、裏山の崖を眺めながらしばしのんびり。
小さいながらプライベート感があって、個人的には好きなお風呂である。

4番目に訪れたのは、温泉街の西の端にある「鴻の湯」。
1400年前、足を怪我したコウノトリが傷を癒していた場所に温泉が沸いたというのが名前の由来だとか。
近くには温泉寺やロープーウェイの駅もある。

こちらの売りは山を眺める庭園露天風呂。
まあ悪くはないのだが、普通と言えば普通である。

「鴻の湯」を出る頃には、すでに時刻は5時になろうとしていた。
そろそろ宿に戻って大相撲を見なければ・・・。
下駄をカランカラン鳴らしながら、来た道を引き返すと、最初に入った「一の湯」にも灯りが入っていた。

そのまま旅館に戻ろうと思っていたのに、宿に近い「柳湯」に思わず引き込まれてしまった。
夕暮れと共に外気温がだいぶ下がってきたため、もう一度お風呂で暖まりたくなったからだ。
「柳湯」は城崎温泉で最も小さな外湯だが、純和風の建物はとても趣がある。

特徴は高い天井と立派な梁。
小さな湯船にはタトゥーをした巨漢の外国人が2人を含め5−6人が入っていて、どこから入ればいいか少し迷うほど狭い。
ただ、思いの外深さがあって、お湯の温度が高く感じた。
浴衣姿で外湯めぐりをして体が冷えているせいか、城崎温泉のお風呂は全般的に熱く感じたが、その中でも「柳湯」のお風呂は一番熱いのではないだろうか。

5つの外湯を駆け足でまわり、部屋に戻ったのは午後5時20分ごろだった。
大相撲は幕内の後半戦に入っていて、優勝争いに絡む見逃せない取り組みにはどうにか間に合った。

この日宿泊した「いちだや」は、比較的小さめな和室が多くて、私たちは各部屋2人か3人で部屋割りをした。
それぞれの部屋にコタツが用意されていたのは嬉しいポイントであり、私はひとりコタツに入り、結びの一番までしっかり見届けたうえで、服に着替えてから夕食の会場となる寿司屋に出かけた。

幹事役の友人が予約してくれた寿司屋は、一の湯近くにある「鮨処 をり鶴」。
コースでの注文はせず、各自の希望を適当に織り込んでアラカルトで料理を選んでいく。

この季節、城崎温泉の定番といえばやはりカニだが、「もうカニはいらない」という人間もいて、あえてカニを食べないという方針のもと煮魚やカマ焼きがテーブルに並んだのだが、私を含む数人が「足1本ずつでいいから、やっぱりカニを食べたい」と主張。
結局、焼いたズワイガニを1杯注文して食べたい人だけ食べることとなった。
魚も美味しく、カニも美味しく、旅館で食べるよりは安く食事を済ませることができた。

夕食を終えて宿に帰る途中、お土産に城崎の銘菓「独鈷水」を買い求める。
「独鈷水」は空海が仏具である独鈷を使って湧き上がらせた湧水として日本各地にその名が残るが、ここでは城崎温泉の開祖とされる道智上人が極楽寺境内で祈願して掘り当てた湧水を「独鈷水」と呼び、その名にあやかったお菓子も誕生したのだ。
ほぼつぶあんで作られた素朴な菓子で、帰宅後食べてみたが個人的にはとても美味しいと思った。

一夜明け、朝食前に6つ目の外湯「地蔵湯」に行ってみた。
「地蔵湯」は私たちが泊まった宿のすぐ近くなので、午前7時の営業開始と同時に突撃だ。
泉源から地蔵尊が出土したことから「地蔵湯」の名前がついたと言われ、江戸時代には村人が多く利用した庶民的な温泉でもある。
現在の建物は外湯の中で一番モダンとされ、六角形の窓はあの玄武洞の柱状節理をイメージしているという。

中に入るとまさに銭湯の趣き。
露天風呂やサウナもない代わりに、ゆったりとした広めの湯船が気持ちいい。
城崎温泉に詳しい友人の一人は、いろいろ回ったけれど結局この地蔵湯が一番好きだと話していた。

風呂から戻り急いで食堂に行くと、朝食の用意ができていた。
この日のご飯は朝粥である。
6つの温泉を渡り歩き多少湯当たり気味の胃袋にはありがたい。

食事をいただきながら、来年の旅行についてさまざまな意見が噴出した。
最後まで候補として残ったのは、五島列島と青森の酸ヶ湯だった。
議論の結果、青森が大勢となり、詳細は旅行後に詰めることになった。

念願だった城崎温泉の旅。
営業している6つの外湯を制覇する駆け足の温泉めぐりだったけれど、カランカランという下駄の音と共に私の記憶に深く刻まれた。
友人たちとの賑やかな旅行がいつまで続けられるかわからないが、みんなが元気な間にせいぜいシニアの青春旅を楽しみたいものである。
城崎温泉「いちだや」
住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島810
電話:0796-32-2107