吉祥寺に戻った翌日、妻はちょうど昼時に医者の予約があるというので、久しぶりの吉祥寺ランチに出かけた。
選んだのはプチロードにある老舗のジャズバー「JOHN HENRY’S STUDY」。
以前から一度行こうと思いながら、いざ店選びを始めるといつも思いつかなくて行きそびれていたお店なのだ。

まるで映画のセットのような渋い外観。
つい先日閉店した定食屋の「コペ」があったビルの3階にあるそのジャズバーは、伝説のライブハウス「MEG」のオーナーで吉祥寺らしいお店をいくつも作ったジャズ評論家の寺島靖国さんがオーナーを務めるお店である。

狭い急な階段を登り、2階にある同じく寺島さん経営の「モア」の前を通り過ぎて、3階まで一気に上がる。
階段脇の花柄の壁紙や途中に置かれたピンクの公衆電話が独特の美的センスを感じさせる。

階段を登り切ったところに木製のドアが待っている。
創業は1981年。
落ち着いた佇まい、今時のお店とはどこか雰囲気が違う。

店内に入ると、大きな窓が目に飛び込んでくる。
窓際には小さなテーブルが二つ置かれていて、向かいのビルの2階にはやはり寺島靖国さん経営の「SCRATCH」を見下ろせる。
「お好きな席にどうぞ」と促され、私はその窓際の席に座ろうと思ったが、まだ直射日光が当たっていたのでやめた。

「ジョン・ヘンリーの書斎」という店名が示す通り、このお店は海外の重厚な書斎をイメージして作られ、本棚には古い洋書が並んでいる。
ジョン・ヘンリーとは、アメリカにおいてアフリカ系アメリカ人の英雄として語り継がれる伝説の名前で、20世紀に入ってから「ジョン・ヘンリー・ブルース」など彼を扱った数多くの歌や物語が作られた。

天井に設けられたスピーカーからは絶え間なくジャズが流れ、ベンチシートにゆったりと座って静かな時間を過ごすことができる。
予想に違わず、実にいいお店だ。
惜しむらくは、空調のノイズがジャズの音色を妨げていたこと。
オープンから40年も経てば、いろいろと不具合も出てくるのだろう。

ジャズバーなので、本来は夜の営業がメインなんだろうが、11時半から夕方まではランチ営業も行なっている。
メニューは、ハンバーグステーキやメンチカツ、ナポリタンにオムライスと人気の洋食が並んでいて、ドリンク付きでどれも1200円だった。
「一番人気は何ですか?」と聞くと女性スタッフは「黒オリーブとアンチョビソースチキン」だというので私は迷わずそれを注文した。

お店はその女性が一人で切り盛りしていて、注文を取ると奥の厨房で料理を始めた。
私の前にいたのは2人づれの男性客だけ、私の後から別の男性客が1人来ただけだったので、一人でも特に混乱する様子もない。
料理が出来上がるまでの時間、私は店内を観察する。
壁際に並べられたジャズ関連の書籍には、きっと寺島さんが書いた記事が載っているのだろう。

10分ほどで、私が注文した「黒オリーブとアンチョビソースチキン」が運ばれてきた。
ライスが別につくのではなく、チキンの下に敷かれていた。

まず目につくのは黒オリーブのインパクト。
口に運ぶと鶏肉はジューシーで、しっかりと塩味がついていて、何かの香辛料もかかっている。
美味い。
これは、間違いなくご飯が進む男子向けの一品だ。

夜はどんな料理が出るのだろうと興味を覚え、夜用のメニューを見せてもらった。
ウィスキーからラムやカクテルなど実に多種類のドリンクが並んでいたが、食べ物はおつまみ中心。
「ポップコーン」「キスチョコ」「レーズンバター」と昭和の酒場を思わせる懐かしいメニューが並んでいた。
今度、友人と吉祥寺で飲む時には、この店に連れてこよう。
そんなことを思った。

セットのドリンクは基本コーヒーと紅茶で、私は食後にホットコーヒーをお願いした。
特別美味しいコーヒーではなかったが、図書館で借りてきたばかりの本を読みながら、ゆっくりとした食後の時間を過ごさせてもらった。

何かと人の多い吉祥寺の街で、こんなにも静かな時間を過ごせる場所があるんだ。
私はいっぺんで気に入ってしまった。
2階の「モア」もいいが、3階の「JOHN HENRY’S STUDY 」は一段と異空間である。
こういうお店は吉祥寺から消えないでほしい、そう願わずにはいられなかった。
食べログ評価3.38、私の評価は3.50。
「JOHN HENRY'S STUDY」 電話:0422-21-3854 営業時間:ランチ 11:30~17:00 バー 17:00~24:00 定休日:不定休