昨日は本当にいい天気だった。
ようやく黄砂も抜けて、綺麗な青空が広がった。
私は無性にお散歩に出たくなって、前から気になっていた裏山に行ってみることにした。

集落を抜けて、いつもは通らない細い道を山の方向へ歩く。
このあたりには溜池がいくつもあって、釣りをしている人も見かけた。
真っ青な空の下で、山々の新緑が煌めいている。
古くから地域の住民が煮炊きに使う薪を集めたり、家を建てるための木材を切り出したりするために、細かく細分化され個人所有となっている裏山である。
私もこの一角にわずかばかりの山林を所有している。

溜池の中ほどに浮島のように草が生えた部分があり、そこに一羽の大きな鳥がいた。
アカデミー賞を受賞した宮崎駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」に登場するアオサギである。
今の季節、さまざまな鳥たちが家の周りを飛び回りとても賑やかなのだが、アオサギも田畑で普通に見かける。

鳥といえば、先月末あたりからツバメが我が家にもやってきて、巣作りする場所を探して家に中にまで平気で入り込むのだ。
気持ちのいい季節だからと縁側の扉を開けていると、知らぬまに部屋の中を飛び回っていたりする。
ツバメはその家に幸せを運んでくれるというが、こうも傍若無人に出入りされては迷惑だ。

そこで去年同様、家の玄関にすだれを垂らし、軒先にツバメが巣を作らないように妨害工作を行った。
納屋に眠っていたすだれを持ち出して去年ぶら下げてみたら効果覿面。
あれだけ頻繁に家の周りを飛び回っていたツバメたちが我が家には寄り付かなくなった。
これで幸せが逃げたとしても、ツバメと格闘するストレスからは解放されるのだ。

車の通行量の多い通りをしばらく歩く。
この道は山陽自動車道のインターチェンジから岡山市内に抜ける主要道路となっているのだが、歩道がないためスピードを出して走り抜けていく車の列がちょっとおっかない。
私の気配を感じたのか、浮島にいたアオサギが山のほうに飛んでいった。

緩やかな上り坂の先にうちの山に入る小道がある。
この山道沿いには産廃の施設やブドウの温室があるものの、ほとんど通る車もなく、まして歩く人などいない。
両側の山には背の高い木々が生い茂り、太陽の光を遮っている。
道沿いの沢には不法投棄されたゴミが放置されていて、薄暗い山道はあまりいい散歩道とは言えないようだ。

15分ほど山道を登ると、裏山の一番高い場所に出た。
光が当たるこの場所は少し平坦になっていて、何軒かの農家が設けたブドウの温室が並んでいる。
西日に照らされた新緑が美しく光っていて美しい。

うちの山の中で一番遠い通称「奥山」は、この頂上から反対側に下っていった先にある。
ここから先は車は通れない。
落ち葉に覆われた山道をゆっくり下っていく。
道の真ん中にシダが生えていたりして、春を感じさせてくれる山歩きである。

ところが、山道を下り始めてすぐ、こんなものが目に入ってきた。
獣を捕獲するための檻である。
おそらくは猪用だと思われるが、少し北に行くと熊も出ると聞いたので、ひょっとするとこのあたりでも熊が出るようになったのかもしれない。
まったく人間の気配のない山道でこうした仕掛けを見ると、急に身の危険を感じ始める。

せめてもの熊除けにと、スマホを取り出しYouTubeでサザンオールスターズの曲を大音量で流しながら山道を先に進んだ。
熊除けの鈴は持っていないし、武器になりそうな物も持っていないので、いざとなったら落ちている木の枝で対抗するしかない。
そんなことを思いながら、山道を進んでいくと、次第に枝や蔓が道を塞ぐ箇所が増えてきて歩きにくくなってきた。

もうこの辺りは入る人がほとんどいないのだろう。
伯母に案内してもらって初めて奥山に行った時には伯母が鎌を持って藪を切り裂きながら進んだことを思い出す。
夏にはとても近づけない奥山だが、冬には何度か一人で行ったこともあった。
でもあの当時よりも山の荒れ方がひどくなっている。
いよいよ素手では先に進めない状況になり、やむを得ずこの日は来た道を引き返すことにした。

自動車道まで戻ると、山の上に月が出ていた。
太陽が西に傾き、新緑が輝いていた山が影に覆われていく。
行く時は身の危険を感じた自動車も、山から戻ると妙な安心感を与えてくれる。
獣の世界から人間の世界に戻ってきたという安心感に違いない。

家に帰る途中、少し寄り道をしてもう一つの山にも行ってみた。
ビニールハウスの向こうの山の一角に私名義の山林があるはずなのだ。
2つの山の間の谷間に業者が残土を積み上げて、すっかり谷が埋まっていた。
この山林には伯母に一度連れてきてもらっただけなので、正確な場所も覚えていない。
ひょっとするとあの残土、私の山にもかかっているかもしれないが、この辺りの山も荒れ放題、ほとんど管理する人もいないのだろう。

山に入る道を探して付近を少し歩いてみる。
竹藪の中に1本の道を見つけたが、枯れた竹が倒れかかり、ちょっとヤバそうな感じだ。
夕暮れも迫ってきたので、この日はこのまま家に帰ることにした。
今度山に入る時には、ナタでも持ってこなければ。
獣と遭遇することもあり得るし、何より道を切り分けて進まなければならないのだ。

家に戻ろうとすると、ビニールハウスのすぐ脇にも獣用の檻が設置されているのを見つけた。
ここは山奥ではなく集落のすぐ近くである。
猪にブドウや野菜を食い荒らされたという話は頻繁に聞く。

こちらのブドウ畑では電気柵を設置していると注意書きがされていた。
山仕事や狩猟をする人が減り、獣たちは確実に人間のテリトリーに進出している。
熊が出没したというニュースももう珍しくない昨今だが、元を正せば、人間が獣のテリトリーを侵してきた歴史だ。
農村人口が減少し、山の資源を人間が必要としなくなった以上、奪ってきたテリトリーを獣たちに返すことは必然なのかもしれない。
人の手が一度入らなくなれば、たちまち自然が人間の痕跡を消していく。
そんなことを痛感させられた裏山への散歩であった。