開催の是非を巡り世論が分断される中で開かれたコロナ禍の東京オリンピック。
昨夜の閉会式を最後に閉幕した。
17日間に及ぶアスリートたちの真剣勝負は、結果のいかんに関わらず多くの感動と希望と人生における示唆を与えてくれた。
一貫してオリンピックの開催を望んできた私としては、とても有意義な時間をくれた世界中のアスリートの皆さんに感謝したいと思っている。
1年の延期、無観客、厳しい行動制限・・・普通じゃない環境の中で「開催されるかどうかもわからないオリンピック」に備えてきた選手たち、どんなに大変だっただろうと思う。
だからこそ、コロナ禍の東京オリンピックは、表面的には寂しくても深い人間ドラマがそこかしこに散りばめられていた。
昨夜8時から始まった閉会式。
お台場に仮置きされていた聖火も再び国立競技場に運び込まれていた。
無観客のスタジアムの光景にもすっかり慣れてしまった。
大会が始まる前には、無観客では盛り上がらないだろうなと想像していたが、このオリンピックを待ち焦がれていたアスリートたちの熱意がそれを遥かに上回って、テレビを通じて実に多くのメッセージを世界中に発信してくれた。
選手たちの入場シーンはとても感動的だった。
各国の旗を持った旗手たちがまず入場し、その後から各国選手がスマホで撮影しながら楽しそうに会場に入ってくる。
入場行進曲は、なんと古関裕而さんの「オリンピックマーチ」の使い回し。
「予算ケチったな」と感じたが、日本人にはこれぞオリンピックという曲なのでこれはこれでありかと思う。
カメラに向かって様々なポーズをとる世界各国の若者たち。
選手たちはみんな楽しそうだ。
勝者も敗者も、オリンピックに参加した喜びを全身で表現していた。
開会式は悲惨だったけど、閉会式は彼らの笑顔を見られただけで成功だなと感じる。
選手たちの入場が終わると、プロジェクションマッピングが始まった。
光の粒が天井からこぼれ落ちてきてそれが空中に舞い上がって光の五輪マークを形作った。
これはすごい演出だ。
「また、ドローンを使ったのか?」
「空中に目に見えないスクリーンを設置していてそこにプロジェクションマッピングしているのだろうか?」
美しい映像をテレビで見ながら私なりにいろいろと想像を巡らした。
しかし実際には、テレビ放送用だけに作られたCGを使った合成映像だったようで、実際の会場では何も見えなかったらしい。
でもまあ、ここまでは悪くなかった。
しかしその後の演出はどれも残念なものばかりだった。
東京スカパラダイスオーケストラが登場し、パフォーマーたちが思い思いに動いているが、メッセージが伝わらず、日本らしくもなく、そもそも面白くない。
どうしてこんな演出になったのだろうか?
開閉会式の担当者が不祥事で次々に交替したことも影響しているのだろうが、とにかくお金がかかっていない。
元テレビマンの私の目から見ると、予算を大幅にカットされ、まず予算ありきで企画されたイベントにしか見えなかった。
日本には、もっとすごいコンテンツやキャラクターやアーティストがいるでしょう!
リオ五輪の閉会式でスーパーマリオを登場させた演出などはすごく日本的だったじゃない!
私はテレビに向かって悪態をつきながら絶望的な気持ちで閉会式が早く終わることを願った。
こんなつまらない演出に選手を突き合わせるぐらいなら、コロナを理由に閉会式の時間を短縮し、簡潔だけど中身の濃い式典にしてもらいたかった。
正直、日本のエンターテインメント業界の無能さを世界に晒したようで、恥ずさしくさえ感じたいたたまれない閉会式だった。
オリンピックはアスリートたちが主役だ。
彼らが入場するのを観客がスタンディングオベーションで讃え、簡潔で楽しい時間があって聖火が消える。
それだけでいいし、肥大化しすぎたオリンピックを見直すいいタイミングでもあったのだ。
もっと簡潔でクオリティーの高い閉会式を意図的に作り上げれば、きっと「東京モデル」としてこれからのオリンピックに良い模範を残すことができただろう。
とても残念な閉会式であった。
さて、コロナ禍で行われた東京オリンピックを世界の人たちはどう受け止めたのだろう。
英国BBCのスポーツ編集長ダン・ローアンさんの総括記事を引用しておきたい。
ほかに類を見ない今回の大会にも、宵闇が訪れている。オリンピック関係者は荷物をまとめて、この街を離れようとしている。とすればなおのこと、現代において最も開会の是非が問われた大会の一つだった東京五輪が、今後どのように記憶されていくのかが、今後あらためて問われるようになる。
もちろん、どのオリンピックもほかとは違う。しかし「東京2020」は本当に、前例のない大会だった。この17日間で確かに、劇的なスポーツのドラマが相次ぎ展開された。しかしそれでもこの大会は今後もずっと、「コロナ五輪」、「COVID五輪」として記憶される。今のパンデミック下の初のオリンピックで、緊急事態宣言下で開かれる初のオリンピックで、そして無観客で行われた初のオリンピックだった。
これだけの難問を前に、この大会がそもそも閉会までこぎつけ、そればかりか実に多くの特別な瞬間を提供したことは、ある意味で小さい奇跡だったと捉える人もいるだろう。あるいは、スポーツの不屈の精神、そして開催国のたくましさを強力に示すシンボルとなったと評価する人もいるだろう。賭けは成功したのだと。
しかし同時に、主催者側の判断や思惑にこれほど厳しい目が集まったのも、過去にあまり例がない。とりわけ国際オリンピック委員会(IOC)については、複数の大きな疑問が浮上した。あくまでも今大会を実施するのだと突き進んだIOCの判断が、果たして賢明なものだったのか、十分に検討され評価されるまで、まだしばらく時間がかかるだろう。
私は開会式の報道を担当した。五輪の開会式といえば伝統的に、世界中が同じ経験を共有する一大イベントのひとつだ。しかし東京大会の開会式が行われた新国立競技場は、壮観ではあるものの、がらんとしていた。選手団の入場は人数が制限され、スポンサーの姿も少なく、競技場の外では五輪に反対する人が大きな音をたてて抗議デモをしていた。そして約1兆8000億円もかけた巨大なパーティーから、地元の人たちは締め出されていた。これほど悲しい、そして非現実的な経験は、私はほかにほとんど覚えがなかった。
そして、あの夜の光景ほど、パンデミックの時代を強力に象徴するものは、そうそうないはずだ。
引用:BBC『【東京五輪】 緊急事態宣言下の劇的な大会 記憶に残るのは』
国が違えど、人間が感じる感覚はさほど変わらないようだ。
私たちが無観客のスタジアムを見て感じる違和感は、海外の人からも奇異に見えたに違いない。
しかし、私と同じように、この異例のオリンピックから発信された多くの感動は間違いなく海外にも広がった。
数限りないルール、規制、そして連日の検査。加えて、いつ自分のスマホ・アプリが鳴りはしないかという絶え間ない不安(いざアプリが鳴れば2週間、隔離しなくてはならない)。そうしたもろもろが、この大会では選手にとって、関係者にとって、そして報道陣にとって、きわめて不安でストレスの多いものだった。
しかし、リオ大会も数々の難問に直面しつつも、結果的には印象深い優れた大会となった。同じように今回の東京2020も、選手たちのおかげで救われたという印象だ。イギリスでは、日本との時差はかなり厄介だったし、がらがらの会場への懸念や、開会前の相次ぐトラブルで、視聴者の関心はどうなることやらと思われたが、実際には大勢が熱心に試合を観ていたし、今回のオリンピックは実にオリンピックらしい見事なものだったと記憶するだろう。
イギリスの人たちは毎朝のように、チームGB(イギリス代表チーム)がまたメダルをとったという素晴らしい知らせに目を覚ました。新世代のスターが続々と誕生したほか、数々の感動的なプレー、革新的な新しい競技、ジェンダー混合種目などが、見る人たちの想像力をかきたて、夢中にさせた。
今年6月から7月にかけてのユーロ2020と同じで、COVID-19に疲れ果て、何か気を紛らして感動させてくれるものを渇望していたイギリスの人たちは、今回のオリンピックをかつてないほど必要としていたし、ありがたいと思っているようだ。
引用:BBC『【東京五輪】 緊急事態宣言下の劇的な大会 記憶に残るのは』
イギリスは今大会で日本を上回る65個のメダルを獲得した。
日本同様、各国のメディアは自国のメダリストを英雄として大々的に報じ、メダリストの数だけ感動的なドラマが生まれる。
そして今大会で私が注目していたのが、メダルを獲得した国の数である。
東京オリンピックで1個でもメダルを獲得した国は実に93か国、リオ五輪の87を超えた。
アメリカ、中国、日本、イギリス、ロシア、オーストラリア、オランダ、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、ブラジル、ニュージーランド、キューバ、ハンガリー、韓国、ポーランド、チェコ、ケニア、ノルウェー、ジャマイカ、スペイン、スウェーデン、スイス、デンマーク、クロアチア、イラン、セルビア、ベルギー、ブルガリア、スロベニア、ウズベキスタン、ジョージア、台湾、トルコ、ウガンダ、ギリシャ、エクアドル、アイルランド、イスラエル、カタール、コソボ、バハマ、ウクライナ、ベラルーシ、ベネズエラ、ルーマニア、インド、香港、スロバキア、フィリピン、南アフリカ、オーストリア、エジプト、インドネシア、エチオピア、ポルトガル、チュニジア、エストニア、タイ、フィジー、ラトビア、バミューダー諸島、プエルトリコ、モロッコ、コロンビア、アゼルバイジャン、ドミニカ共和国、アルメニア、キルギス、モンゴル、アルゼンチン、サンマリノ、ナイジェリア、マレーシア、ヨルダン、サウジアラビア、トルクメニスタン、ナミビア、バーレーン、リトアニア、北マケドニア、カザフスタン、メキシコ、フィンランド、ガーナ、クウェート、グレナダ、コートジボワール、シリア、ブルキナファソ、ボツワナ、モルドバ。
私が一度も行ったことのない国々もたくさん含まれている。
これだけの国々で、新たなヒーローやヒロインが誕生し、人々に生きる希望と勇気を与えた。
特にこれからの時代を担う若者たちや子供たちに人生の目標を与え、努力やフェアプレーの大切さを伝えた意義はとてつもなく大きい。
オリンピックのほかに、私たち人類はこうしたポジティブな共有体験を持っていないのだ。
外国人選手でも今大会注目を集めた異色のアスリートがいた。
たとえば、イギリスの飛び込み代表で金メダルを獲得したトーマス・デーリー選手は「編み物王子」として話題となった。
他にも、コロナの影に隠れ日本ではさほど報道されていないが、海外では今大会で表面化した新たな問題にも目が向けられている。
BBCのローアン編集長はこうした点も指摘していた。
東京大会では、IOCへの監視の目が他の領域にも及んでいる。
酷暑の中での開催は、選手の安全にかかわる問題だと言われた。ベラルーシの女子陸上クリスティナ・ティマノフスカヤがコーチに帰国を強制されそうになった出来事は、ベラルーシでのスポーツ選手の立場を浮き彫りにしたとともに、IOCが選手を守るためにもっと積極的に対応すべきなのかも問われた。
ニュージーランドのローレル・ハバード(ウエイトリフティング)は、生まれた時とは違う性別で五輪に出場する、トランスジェンダーだと公表した最初のアスリートとなった。スポーツ界で特に議論されているトランスジェンダーの選手の扱いをめぐり、IOCの方針についても議論が激化している。
ほかにも、メンタルヘルス(心の健康)の問題を理由に体操女子団体決勝を途中棄権したアメリカのシモーン・バイルス、女性選手の体型をからかう「ボディー・シェイミング」を指摘した女子棒高跳びの米ホリー・ブラッドショウ、気候変動に言及したイギリスのハナ・ミルズ、表彰台の上で両腕を上げて頭上で交差させ人種・社会的差別に抗議した陸上女子砲丸投げの米レイヴン・ソーンダース、ロシアのドーピング問題への懸念を示したイギリスのルーク・グリーンバンク(競泳)など、オリンピックの重要性はメダル獲得にとどまらなくなっている。
引用:BBC『【東京五輪】 緊急事態宣言下の劇的な大会 記憶に残るのは』
陸上競技ベラルーシ代表のツィマノウスカヤ選手は東京五輪で予定外のリレーへの出場を求められ、コーチ陣を批判したところ、強制帰国を命じられた。
羽田空港に向かう車中で祖母から電話があり、「ベラルーシに戻っては駄目だ」と言われ、亡命を決断した。空港ではグーグル翻訳を使い「助けてください」と日本語を見せ、五輪関係者や空港警察に助けを求めた。
ポーランド政府が亡命受け入れを表明し彼女は無事ワルシャワに到着したが、ベラルーシのような一党独裁国家は世界中にある。
ニュージーランドの重量挙げ代表ローレル・ハバード選手は、五輪史上初めて男性から女性へ性別を変更した選手として注目された。
結局3回の試技に失敗し記録なしに終わったが、SNS上ではトランスジェンダーの選手の五輪参加をめぐり賛否両論の激しい議論が戦わされた。
いかに心が女性だとはいえ、男性ホルモンを多く持って育った肉体は女性とは違う。
女性アスリートたちからの不平等との訴えも十分考慮されなければならない。
男女の身体能力には大きな違いがあるだけに、難しい問題だ。
体操女子の絶対女王アメリカのシモーン・バイルス選手が提起したメンタルの問題も欧米を中心に大きな話題となった。
リオ五輪で団体総合、個人総合、跳馬、床運動の4冠を制し、今大会でも金メダルを絶対視されていたバイルスは団体決勝の最初の種目跳馬で着地が乱れた後、残りの種目の演技を取りやめ、個人総合にも出場しなかった。
「自分のメンタルヘルスに集中しようと思った。年をとったせいか分からないけれど、自分を以前ほど信じられなくなったし、楽しめなくなっていた」
「この五輪は自分のために戦いたかった。自分の好きなものが、他の人を喜ばすためのものになっているのがつらかった」
アメリカのスーパースターであるバイルスはテニスの大坂なおみにも影響されたという。
国家のために勝利を求められるアスリートたち。
SNSによって直接誹謗中傷にさらされることも増えた選手たちの心をどう守るのか、これも東京オリンピックで浮上した新たな難題である。
東京オリンピックの期間中、東京を中心に日本全国でコロナ感染が急拡大した。
先週は連日東京の新規感染者が4000人を超え、収まる気配はまったく見えていない。
オリンピックがなくても感染拡大は起きただろうと街の人出を見ながら感じはするが、感染対策を怠った人たちを中心にいつまでも感染が収まらず、社会全体の行動が制約される事態は本当に困ったものだ。
私も岡山への帰省を繰り返しているので他人を批判できないが、吉祥寺にいる間はほとんど家から出ずに過ごしている。
当初オリンピックを誘致した時には想像もできなかった異例の大会になり、世界中から人と金銭を呼び寄せる皮算用も完全に狂って大赤字になることは必至だが、それでもオリンピックができてよかったと私はしみじみと感じている。
すべてが順調で去年予定通りに大会が開かれ大成功していたとしても、きっとそれは普通のオリンピックであって歴史の中で埋もれていく。
しかしパンデミックの中で行われた無観客のオリンピックというのは今後二度とないだろう。
その意味で、東京オリンピックは間違いなく歴史に深く刻まれて未来永劫語り続けられるのだ。
私はテレビで連日オリンピックを見ながら1つの目標を立てた。
生きている間に、オリンピックに出場したすべての国々を訪れること。
コロナ後を見据えて、そうした国々の情報をしこしこ集めることに自粛中の時間を使うつもりだ。
人間はポジティブなことを考える方が有意義に生きられる、私はそう信じている。
