誰が言い出したか知らないが、私は「失われた30年」という言葉が大嫌いだ。
ただいたずらに昭和を美化し、平成の30年間を貶めるこの言葉は、単に株価やGDPの数字を基準にした呪いの言葉に過ぎない。
「エコノミックアニマル」と呼ばれ、画一的な働き蜂と欧米から揶揄された日本人は「失われた30年」の間に進化を遂げ、経済以外の様々な物差しを持つ多様な国民となったと私は考える。
17日間にわたって開かれたミラノ・コルティナ五輪では、日本は過去最多となる24個のメダルを獲得するなど、世界に誇るべき才能を持つ若者たちがこの30年の間に確実に育っていることを教えてくれたのだ。

連日感動をもらったオリンピックが終わった。
異例の広域開催となったオリンピックを象徴するかのように、閉会式はロミオとジュリエットの舞台として知られるベローナに場所を移し、2000年の歴史を持つ古代ローマの円形競技場「アレーナ・ディ・ヴェローナ」が会場として選ばれた。
新たなスタジアムを作らず、あくまで既存の施設を使うのが大会のコンセプトとはいえ、その施設が世界遺産とはさすがイタリアである。

そして閉会式の演出も、イタリア発祥の総合芸術オペラで始まった。
「リゴレット」「アイーダ」「蝶々夫人」。
イタリアオペラを代表するキャラクターたちが次々に登場し、華やかな野外劇を上演する。
蝶々夫人を演じたのは、イタリアで活動する日本人俳優・市川純さんだと紹介された。
ここにもまた、我が道を歩む日本人がいた。

今回のオリンピック、心に残る名シーンがたくさんあった。
このブログにもすでに書いたが、新たな日本のお家芸となったスノーボードチームの活躍は本当に素晴らしかった。
オリンピックの重圧に負けることなく、安全策ではなく自分の限界に挑戦し続けた若い選手たち。
それは昭和のアスリートたちとは明らかに違うしなやかな日本人の姿だった。
骨折の大怪我を押して出場し、決勝でみんなが目を疑うような高難度の技に挑戦した平野歩夢の姿は決して忘れないだろう。

りくりゅうペアの大逆転劇は今大会のハイライトだったと言っていい。
まさかの失敗から一夜、涙が止まらず夜も寝られなかった木村を9歳年下の三浦が励まし続け、ハラハラしながら見つめたあの感動的なフリーの演技。
追い詰められた土壇場で世界歴代最高得点をマークした2人に心が震えた。
そのほか、今季で引退する坂本花織を中心とした日本フィギュアチームの仲の良さにも、令和の日本の底力を感じてとても嬉しかった。

日本の多様性はそれだけではない。
札幌オリンピック以来、日本のお家芸と呼ばれてきたスキージャンプ。
今大会、また新たな男女のスターが登場した。

今大会メダル第1号となった女子ノーマルヒルで銅メダルを獲得した丸山希だ。
女子のジャンプはずっと高梨沙羅が引っ張ってきたが、やっと彼女に代わるエースが登場した。
丸山は27歳、遅咲きの桜である。

男子でブレークしたのがオリンピック選手と父に持つ24歳の二階堂蓮。
個人ノーマルヒルで銅メダルを取ると、得意のラージヒルでは1本目の大ジャンプでトップに立ち、念願の金メダルに手が届きそうになる。
しかし2本目はやや距離が伸びず惜しくも2位、それでもノーマルヒルを上回る銀メダルも手にしたのだ。

そして、二階堂、丸山に、エース小林陵侑と高梨沙羅を加えたベストメンバーで迎えたジャンプ団体。
北京五輪では、高梨がジャンプスーツの違反に問われまさかの失格となった因縁の種目だ。
強豪ひしめく一進一退の展開の中、日本チームは全員安定したジャンプを見せ、最後二階堂のジャンプでメダルを確定させた。
この種目初となる銅メダルだ。
オリンピックでは苦戦が続いた高梨は、「これまでのオリンピックで一番嬉しい」と試合後喜びの涙を見せた。
デビュー当時、無敵の強さを誇った彼女の過去を知る者としては、高梨をしてここまで苦しませるオリンピックの重圧を嫌というほど感じるだけに、本当に良かったと思う。

そして絶好調の二階堂が「最後は絶対に金を取る」と言って臨んだ「ジャンプ男子スーパーチーム」。
2人1組で3回ずつ飛んでその点数を競うこの新種目では、思わぬ落とし穴が待っていた。
相棒の小林陵侑が不振でそれぞれ2回目飛んで6位と苦しむ日本チーム。
ここで二階堂が起死回生の大ジャンプを見せる。
日本は一気に2位まで順位を上げて、小林の最後のジャンプを待つ。

ここで急に雪が激しくなってきた。
ジャンプ台に雪が積もるとスピードが出なくて不利になるため、大勢のスタッフがジャンプ台に並んで送風機で雪を吹き飛ばしながら競技は続く。
しかし、雪は止むどころがますます強くなり、人力ではとても対処できないほどの降り方になってきた。
競技は中断し、雪の勢いがおさまるのを待つのかと思いきや、突然中止が決まり、2回目までの成績でメダルの行方が決まってしまったのだ。
日本は6位、二階堂の大ジャンプは幻に消えた。
試合後、二階堂は「これがオリンピックなんだな」と複雑な胸の内を語ったが、彼の成長が日本のジャンプ陣にとって新たな希望となったことは間違いない。

ジャンプ同様、日本選手が過去にメダルを取ったことのある得意種目のモーグル。
ここでは前評判の高かった北京の銅メダリスト堀島行真が、期待に応えて2つのメダルを獲得した。
個人種目のモーグルでは予選をトップで通過したが、決勝では少し乱れが出て前回同様の銅メダル。
新種目のデュアルモーグルでは、順調に決勝まで進んだが、最後にスキーが乱れ銀メダルに終わった。

そしてもう一人、冬季五輪の生きる伝説とも言えるスピードスケートの髙木美帆である。
過去7つのメダルを獲得している高木は、自身が世界記録を持つ1500mで金メダルを取ることを目標にこの大会に臨んだ。
最初に行われた1000mでは、オランダ勢の後塵を拝して3位、とても悔しそうだった。
続く500mでは、会心の滑りを見せ暫定トップに立ったが、ここでもオランダ勢に抜かれて3位となった。
しかし、500mの銅メダルは高木自身上出来な様子で、レース後コーチに飛びついて嬉しさを爆発させたのが印象的だった。

高木の3種目目となる団体パシュートは、平昌で金、北京でも銀メダルを取った日本の得意種目である。
しかし、ここでもオランダが立ちはだかった。
準決勝でオランダにわずかな差で敗れ、3位決定戦に回り銅メダル。
高木は通算10個目のメダルを手にしたが、それほど嬉しそうではなかった。

そしていよいよ高木が金メダルを狙う1500m。
残り1周を残して2位と好タイムで来ていたため、金メダルの期待が膨らんだが、結果は6位、最後の1周で失速してしまった。
高木ももう31歳。
全盛期の持続力は失われつつあるのかもしれない。
それでも、1人で10個のメダルを獲得した選手は日本ではもちろん世界的に見てもごく少数しかいない。
レース後悔し涙を流した高木だが、その後は3つの銅メダルを見せてメディアの取材に応じた。
今後彼女が引退するのか、次のオリンピックまで現役を続行するのか、その答えはまだこれからのようだ。
いずれにせよ、彼らの活躍により、このオリンピックで日本が獲得したメダル数は金5個、銀7個、銅12個の合わせて24個となり、これまで最多だった北京五輪の18個を大きく上回り過去最多を記録したのである。

いずれにせよ、時代は移り、選手たちも入れ替わる。
女子フィギュアに現れた新星、17歳の中井亜美は、これまでの日本選手には感じたことのない不思議な個性を輝かせ、それが世界を魅了した。
「オリンピックを100%楽しめた」と語る彼女はリンクの上でずっと笑顔だった。
彼女に限らず、若い日本選手たちには笑顔が目立った。
かつて欧米からエコノミックアニマルと呼ばれた日本人は、令和の時代となりさらなる多様化を遂げている。
そんな人間的な魅力や文化の力が、「訪れたい国No.1」として世界から選ばれる今の日本を作り出したのだろう。
経済大国よりも文化大国へ。
「失われた30年」などと勝手に卑下する奴などクソ喰らえである。
私はバブル時代の日本よりも今の日本の方が何倍も好きだ。
いたずらに愛国心を煽ったり、外国を誹謗するのではなく、日本の良さをきちんと理解して、自信を持って今のまま、自由で多様性のある日本で暮らしたい。
オリンピックで活躍する若き日本人を見ながら、私はその意を改めて強くしたのである。