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<吉祥寺残日録>フジテレビが犯した致命的な大失態!「常識の革命」を目指す危険なトランプ時代の先に待つものとは #250126

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岡山での畑仕事を終え、東京に戻る途上でこのブログを書き始めた。

日々の労働でクタクタになりブログの更新が滞っている間にも、世界の状況はどんどん変化していく。

しかも、絶望的なほど悪い方向へ・・・。

アメリカで2度目のトランプ政権が誕生したのは、もうかれこれ1週間前、1月20日のことだ。

初めての就任式に臨んだ2016年は、さすがのトランプ氏も少しオドオドして場違いな印象だったが、もうすっかりアメリカ大統領という世界最大の権力の椅子に馴染んだ様子で、周到に準備を重ねてこの日を迎えた。

就任式当日のワシントンは異例の寒波に襲われ、式典は急遽議事堂の中で行われたものの、それもトランプ氏が模範としたレーガン大統領以来ということで、ご本人はいささかも残念がる様子はない。

それどころか、慣行を破りイタリアのメローニ首相をはじめ各国の要人を招待、今や盟友となったイーロン・マスク氏はもちろんアップル、グーグル、アマゾンなどアメリカが誇る巨大IT企業のトップも全員顔を揃える異例の就任式だった。

日本からは岩屋外務大臣が出席、習近平氏が招待を断った中国も韓正国家副主席を派遣し、トランプさんに礼を尽くした。

歴代大統領がアメリカの理想を語ってきた就任演説でも、トランプ氏は従来通りアメリカ第一主義を繰り返し、さながら選挙演説と変わらない内容。

彼には目先の実利以外全く興味はなく、自由主義陣営のリーダーとしての理想などはなから持ち合わせていないのだ。

しかし不思議なもので、トランプさんが語る滅茶苦茶な政策もすっかり耳に馴染んでしまい、2016年当時のようなショックは驚くほどに感じない。

アメリカ国民も私と同様、すっかりトランプ流に慣れてしまったようで、8年前のような激しい抗議行動は見られなかったと伝えられている。

ただ、トランプさんが就任宣説の中で使った『常識の革命』という言葉が妙に心をざわつかせた。

就任式を終えたトランプ新大統領は、すぐに支持者たちが待ち構えるアリーナに移動し、『MAGA』と呼ばれる岩盤支持層を前にパリ協定からの脱退など選挙公約を実行に移す大統領令に次々にサインして見せた。

さらにホワイトハウスの執務室に場を移し、ここでも多くの大統領令にサイン、大統領就任初日だけで以下の26もの大統領令を乱発したことになる。

▽「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に北アメリカ大陸最高峰の山「デナリ」を「マッキンリー」に名称変更
▽ 麻薬カルテルを外国テロ組織に指定
▽ 連邦政府職員の雇用プロセスの見直し
▽「多様性」や「公平性」などを意味する政府の行き過ぎたDEIプログラムを廃止
▽ 政府が認める性別は男性と女性の2つの性のみとする
▽ “政府効率化省”の設置
▽ 国務長官主導の“アメリカ第一主義”
▽ 外国のテロリストや安全保障上の脅威からアメリカを守る
▽ アラスカの資源開発規制の撤廃
▽ アメリカ国民を侵略から守る
▽ アメリカの対外援助の見直し
▽ 国家エネルギー緊急事態の宣言
▽ “死刑制度の復活”と公共の安全の保護
▽ 国境管理の厳格化
▽ 出生地主義を見直し
▽ 移民の受け入れプログラムの見直し
▽ グリーン・ニューディール政策の終了と“EVの義務化”の撤廃など
▽ アメリカの領土を守る軍の役割の明確化
▽ 選挙妨害や機密情報の不適切な開示に対する前政権高官の責任追及
▽ 連邦政府職員の説明責任の回復
▽ WHO=世界保健機関からの脱退
▽ “TikTok禁止法”の75日間の執行を猶予
▽ パリ協定からの離脱
▽ “政府の武器化を終わらせる”
▽ 言論の自由の回復と政府による検閲の停止
▽ バイデン前政権の78の大統領令などの撤回

まさに1日にしてバイデン前大統領の4年間を全否定したことになる。

中でも物議を醸したのが「出生地主義」の見直し。

アメリカで生まれた子供はアメリカ国籍を得られるという権利は憲法で保障されているが、トランプさんは憲法改正を経ずに大統領令によってそれを無効にしようというのである。

文字通り、トランプ流「常識の革命」。

早速リベラルな州では憲法違反の訴えが相次いでいて、移民問題の根幹にあるこの規定をめぐりアメリカを二分した論争が始まろうとしている。

アメリカという国において大統領令は本当にすごい力を持っているようで、早速不法移民の摘発が始まっていて、23日には538人が拘束され、米軍機を使ったテキサス州からグアテマラへの強制移送が始まったという。

トランプ氏は手始めに犯罪歴のある不法移民の強制送還を実施する計画で、その数は40万人に上るとされる。

その一方で、2020年に起きた議事堂襲撃事件で服役している1500人のトランプ支持者に対しては恩赦を実施、極右団体の過激な指導者たちも即日釈放された。

中でも私が危惧するのが、トランプ氏が進める連邦政府職員の大幅な入れ替えだ。

すでにトランプ氏の政策には馴染まない職員の一方的な解雇が始まっていて、その後釜にはトランプ氏を熱狂的に支持する狂信的な人々が収まると見られている。

トランプ政権の1期目では、閣僚や省庁の抵抗により政権内のゴタゴタが続いたが、今回はトランプ大統領の一存で全てがスピーディーに実行に移される体制が作られることになるだろう。

もはやアメリカは民主主義国家ではなく、ある種の独裁国家になってしまったと言えるかもしれない。

しかもトランプ氏の最大の問題は、自分に不都合な事実は全て「フェイクニュース」だと切り捨てて、ありもしない作り話をもとに自己を正当化することだ。

真実が軽んじられて権力者が自ら嘘が撒き散らす時代。

2つの世界大戦を経て、先人たちが紆余曲折の末に築き上げてきた戦後の「常識」が、目の前で呆気なく崩れ去ろうとしている。

それはまるでヒトラーが登場したドイツのようであり、超大国アメリカが主導する「常識の革命」は世界全体の未来に多大な影響を及ぼすだろう。

そんな時代の転換期、日本でも通常国会が始まった。

少数与党での難しい政権運営を迫られる石破総理は、あえて「楽しい国」というキャッチフレーズを使い、目指す国家観を語った。

 故・堺屋太一先生の著書によれば、我が国は、明治維新の中央集権国家体制において「強い日本」を目指し、戦後の復興や高度経済成長の下で「豊かな日本」を目指しました。そして、これからは「楽しい日本」を目指すべきだと述べられております。
 私はこの考え方に共感するところであり、かつて国家が主導した「強い日本」、企業が主導した「豊かな日本」、加えてこれからは一人一人が主導する「楽しい日本」を目指していきたいと考えております。
 「楽しい日本」とは、すべての人が安心と安全を感じ、自分の夢に挑戦し、「今日より明日はよくなる」と実感できる。多様な価値観を持つ一人一人が、互いに尊重し合い、自己実現を図っていける。そうした活力ある国家です。

物価高が続き国際情勢が緊迫する中で何をピンボケな話をしているのかと、野党からもメディアからもネットでも散々な不評ぶりだが、私は石破総理が掲げる国家観は悪くないと思う。

少なくとも安倍元総理が掲げた「美しい国」よりはずっと居心地が良さそうだ。

トランプさんと石破さんの演説を聴き比べた時、自分はどちらの国で暮らしたいと思うか、凡庸でもいい、やさしい社会の中で、それぞれの人が自分の夢を追える社会を目指すのであれば私も何かその一端を担いたいと思うのである。

しかしそんな「古き良き」日本でも、トランプ的な風潮は確実に強まっている。

パワハラ問題で知事が出直し選挙に臨んだ兵庫県では、百条委員会のメンバーだった竹内英明元県議が18日自殺した。

竹内さんは選挙中、斉藤知事を応援するために自らも立候補した「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首らから執拗な攻撃を受け、家族ともども精神的に追い詰められていたという。

しかも竹内さんの自殺が報道された後、あろうことか立花氏は竹内さんが警察の取り調べを受けていて逮捕直前だったとの虚偽情報を投稿、死者に鞭打つこの偽情報はたちまち拡散され、県警トップがそれを否定する異例の発言をする事態となった。

日本の刑法では暴力を振るうと直ちに罪に問われるが、言葉の暴力にはとても甘い。

立花氏はそうした法律の抜け穴をしっかり踏まえて、自らの存在を目立たせるために常に攻撃対象となる人物を探しているような輩だ。

こんなことが許されていいのか?

一般的な殺人犯以上に社会にとって害悪な存在で、心の底から腹が立つ。

立花氏を支持するような人たちは、誰かがでっち上げた陰謀論を安易に信じて独善的な正義感を振りかざす傾向が強い。

そうした風潮が広がる現状は、長年メディアの世界で生きてきて、一つの事実を掴むためにどれだけの取材が必要かを知る私には、まさに悪夢という他はない。

そんな矢先、メディアの世界に激震が走った。

タレントの中居正広さんの女性問題に絡み、フジテレビ幹部社員の関与が週刊誌で報じられたのだ。

テレビ局と芸能界の普通ではない関係は、報道出身の私も多少は知っているが、女性アナウンサーを上納するような接待が行われていたという事実は聞いたことがない。

この問題についてダンマリを決め込んでいたフジテレビだが、外資ファンドからの要求によってしぶしぶ記者会見に応じることになった。

しかし、この会見があまりにもお粗末で完全に火に油を注ぐことになってしまった。

フジテレビが選んだ方法は、定例の社長会見を前倒しで実施するという形式だった。

そのため、17日に開かれた記者会見に出席を許されたのは日頃から社長会見を取材している記者会に所属する記者だけで、テレビ局は質問のできないオブザーバー参加、テレビカメラの持ち込みも許されなかった。

そんなことを知らない私は、テレビ局が行う会見でテレビカメラ禁止など予想もしなかったため、会見が始まる午後3時から各テレビ局を回してどこも中継していないことに違和感を覚えた。

女性のプライバシーを守ることを優先したとフジテレビは後日説明したが、VTR撮影も認めなかったことは完全なる逃げの姿勢だと誰の目にも映った。

ここからフジテレビに対する社会の逆風は一気に強まり、大手スポンサーが次々にCMの差し替えを要求、フジテレビの番組はAC広告ばかりという異常事態に陥った。

なぜ、フジテレビは「メディアの自殺」とも言えるこんなバカな決断をしたのか?

一説によれば、バラエティー出身の湊社長が記者会見を嫌がり、周囲の説得でしぶしぶ社長会見の前倒しという案を飲んだとも伝わる。

フジテレビの「天皇」と呼ばれる日枝相談役の関与もあったのか、そこのところは以前藪の中だが、窮地に追い込まれたフジテレビは明日改めてオープンな形での記者会見を開くという。

しかし、この騒動は単にフジテレビにとどまらず、それでなくても揺らいでいる既存メディアに対する信頼をさらに激しく毀損する致命的な失態であった。

私が働いてきたマスメディアの世界では、複数の人間の目を通しファクトチェックを行い、正しい情報を伝えることに努めるという大前提があったと思う。

しかも多くのメディアは戦後民主主義の潮流に則し、弱者の立場に立って権力を批判するスタンスが基本だった。

SNSの普及に伴いメディアの形が変わるのは致し方ないとはいえ、嘘を垂れ流すメディアが跋扈する社会で果たして民主主義は成り立つのだろうか?

トランプ革命が進行する世界では、この先、どんな時代が待ち受けているのか?

それを考える上で、一つの示唆を与えてくれたのが年末に放送されたBSスペシャル『情報は人類を滅ぼすか〜ユヴァル・ノア・ハラリ 現代を読みとく』である。

世界的なベストセラー『サピエンス全史』の著書として知られるハラリ氏は、新著『Nexus』を通じて伝えようとした警告を、番組によるインタビューに対して次のように語った。

人間がそれほど賢いのならなぜこれほど愚かなのか。なぜこれほど多くの自滅的な決定を下しているのか。問題は人間の本質にあるのではなく、私たちの情報にあるのです。人々は情報を真実だと考えます。より多くの情報が得られるのはいいことで、多くの真実を得られると考えます。しかし、それは間違いです。

真実はしばしば苦痛を伴います。自分自身、あるいは自国について知りたくないこともたくさんあります。それに対してフィクションは好きなように心地よいものに作ることができます。つまり、コストがかかり複雑で苦痛を伴う真実と安上がりで単純で心地よいフィクションとの競争では、フィクションが勝つ傾向にあるのです。

シリコンバレーで大手IT企業の経営トップと話すと彼らはより強力なテクノロジーを発明すれば真実につながると無邪気な考えを持っています。いつも活版印刷を例に挙げて、「ほら、活版印刷が東アジアから欧州に伝わって科学革命につながったじゃないか」と。すばらしい。彼らは歴史を知らないのです。これは私たち現代への警告です。

ハラリ氏が現代に似た歴史として挙げるのが、中世ヨーロッパにおける魔女狩りである。

これは活版印刷の発明とともに広く出回った一冊の本がきっかけだったという。

活版印刷という新たなテクノロジーの登場により、魔女に関する偽情報が広範囲に拡散し各地で多くの犠牲者を出したのだ。

この状況、トランプ大統領が復活した現代によく似ている。

政治制度だけでなく、経済・宗教・文化など、すべてテクノロジーにより再形成されるかもしれません。歴史上最大の変化が今まさに起こっています。

トランプ氏の世界観の問題は、戦争を好んでいるわけではないのに、普遍的価値観や国際ルールを拒絶していることです。短期的には彼は米国経済にとって良い存在となりあれこれと良い決断を下すことができます。しかし長期的には実現可能なビジョンを示していません。21世紀の大きな世界的な問題に対処しなければならないのに。

歴史は繰り返し証明しています。人類が新しいテクノロジーを発明しても必ずしも真実や合理性や科学の普及につながるわけではないのです。テクノロジーが強力だからといって安全だと考えたら完全な間違いです。私たちは以前よりも危険にさらされています。

そしてハラリ氏が特に警戒するのがAI技術の発展がもたらす危険な未来である。

21世紀の大きな問題はいま私たちが開発している新しいテクノロジー、SNSやAIのようなものが、民主主義と全体主義どちらに味方するのかということです。私たちは民主主義と全体主義を倫理観やイデオロギーの違いとして考えがちです。しかし、実際には情報の流れ方の違いです。20世紀には、全体主義は民主主義よりも効率が悪くうまくいかなかった。ソ連のようにすべての情報を得て一極集中させても中心にいる人物が膨大な情報を処理して適切な判断を下すことができなかった。おそらく21世紀は状況が異なっているでしょう。今まさにAIが台頭しているからです。AIは人間よりも膨大な量の情報をはるかに効率的に処理できます。21世紀にはAIが全体主義をもっとうまく機能させるかもしれません。

AIはまだ始まったばかりだということを理解すべきです。AI革命が始まったのは約10年前、2024年、AIはまだ赤ちゃんです。制御する方法を知らない超知能AIを急いでください開発するのは危険だと誰もがわかっています。しかし、開発を急がなければいけないのです。なぜなら、他の国が先に開発してしまうことを恐れているからです。AIが民主主義を支配するのは難しいでしょう。なぜなら民主主義のシステムは分権化されていてチェックとバランスが機能するからです。しかし、北朝鮮のような国ではたった一人の操り方を学ぶだけでAIがその国全体を支配できます。AIにとって一人の人間を操る方法を学ぶのはとても簡単です。全体主義国家の中心でAIが誤った判断を下せば結果は壊滅的です。AIが下す判断に誰も抵抗できないからです。

SNS社会が生み出したトランプ政権。

アメリカほどの民主主義国家でさえ非常識な独裁者が誕生するのだから、新たなテクノロジーが民主主義を破壊し全体主義国家の権力者にさらなる力を与えるであろうことは中国の現実を見ていれば容易に想像がつく。

しかし一旦生まれたテクノロジーを人類が手放した例はない。

AIもSNSもさらなるテクノロジーが登場するまでは私たちの世界を支配するだろう。

それでは私たちはどのように民主主義を守り、平和で寛容な社会を実現すればいいのか?

ハラリ氏の提言は次のようなものだった。

最も重要なのは自己修正メカニズムです。つまり「自分にも知らないことがある」「間違いを犯すこともある」と認める能力です。他者を修正するものではありません。他者の間違いを見つけるのは誰でもできます。大切なのは自分の間違いに気づき修正できる能力なのです。子どもが歩くことを学ぶ方法です。立ち上がって一歩を踏み出そうとして転びます。そうすると「ああ、間違っていたんだ」と理解します。再び立ち上がり別のことを試します。また転び立ち上がり、徐々に歩き方を学んでいきます。これは人間社会全体という大きなレベルでも同じです。間違いを認めて修正できれば私たちの情報は正確なものになります。悪い情報が改善されより良い意思決定ができるようになる理由です。

私たちは信頼と協力関係を非常に大きな規模で築く能力を持っていることを認識すべきです。残念ながらあまりにも多くの人々が現実の半分しか見ようとしません。一方だけを見て、他方を見ていないのです。人は2つの事実を受け入れることができるはずです。不可能ではありません。たったそれだけのことなのです。1つの事実にこだわらず事実は2つあると受け入れることです。これが平和への道の始まりです。

どんな物事でも見る角度によっては複数の真実があるというのは取材したことのある人間なら理解できることだ。

2つの事実を受け入れるということは、自分とは異なる立場の人の考えを許容するということ。

結局は、共感力や思いやりといった人間が持つ善良な部分、つまり良心に頼るしかないということなのだろう。

それができなくなっているから、今日のような社会の分断が起きているとも思えるが、人類の未来を救うのは私たち自身、それ以外の特効薬は存在しないというのはその通りだと感じた。

危険なトランプ時代をどう生き抜くか?

私たち日本人にとっても重要な岐路に立たされていることを自覚して、懸命な選択をしなければ今よりもはるかに生きにくい時代に足を踏み込むことになりかねない。

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