今日は8月15日。
日本人にとっては忘れてはならない戦争に負けた日である。
戦後に生まれた日本のテレビは新聞と違って自ら戦争に加担した過去を持たず、毎年8月には胸を張って反戦をテーマにした番組や企画を放送したものだ。
しかし戦争を知る世代もほとんどいなくなった近頃では、戦争は視聴率が取れないと割り切ったようで、民放各局ではかつてのように戦争に関連した番組や企画をあまり目にしなくなったような気がする。
私はといえば特派員時代を中心に、8月にとらわれることなく戦争や地域紛争の取材をしていたため、8月になると俄かに戦争関連の番組を制作する局の方針にいささか反発する気持ちも持っていた。
さらに、年を経るごとに、日本が引き起こした「加害」の側面を描いた企画が減り、原爆を代表とする日本人の「被害」をエモーショナルに描く作品が増えた気がして、それも私の足を「8月報道」から遠のけた気がする。
戦争を知る世代が高齢化して戦争が年々遠くなるという言葉を聞くたびに、第二次世界大戦が終結した後も世界のどこかでは常に戦争は起きていて、戦争の悲惨さを知りたければ自分の目で現地に行って体感するのが一番だろうと、自ら進んで戦場取材を志した私は、マンネリ化し年中行事化する「8月報道」にはどこか背を向けて現役時代を過ごしてしまった。
今になっては、若干後悔する気持ちもある。
テレビの現場を去り、一視聴者として今年NHKが用意した戦争関連の番組をいくつか見る中で、興味を持ってくれる視聴者は多くなかったとしても、しっかりとした取材に基づいた「戦争関連番組」を放送することは、公共の電波を使うマスメディアの使命だと感じるようになった。
この夏、NHKが放送したドキュメンタリーの中から、私が面白いと思った番組について、いくつか書き残しておきたい。
まず最初に挙げるのが、私が好きなシリーズ『映像の世紀』が第二次世界大戦の始まりから終わりまでをまとめた「8K映像で描く第二次世界大戦」だ。
当時、プロパガンダのために各国が大量に撮影した戦場の高精細フィルムをNHKが誇る8K映像にリマスターして、その細部に映し出された人々の営みなどから4年以上に及んだ世界大戦の全貌を描こうという意欲作である。
週1放送の4回シリーズで、7月27日放送の第1回のサブタイトルは『熱狂』、その後『収奪』、『敗走』と続き、17日放送の最終回は『地獄』というタイトルが付けられている。
残念ながら、映像に映っている事象にとらわれるあまり、新しい事実や戦争に至った背景、政治的な思惑などへの踏み込みが甘く、個人的にはさほど面白いとは思わなかったけれど、映像技術の進化を使って戦争を知らない世代に私たちの先祖が経験した戦争というものを伝えるという意味合いは確実にあると感じた。
戦争とは、戦争を始めた権力者だけではなく、武功に飢えた軍人や勝利に熱狂した一般市民の異常な心理状況も加味されながら「作者のいない悲劇」へと発展していく。
日本が経験した最後の戦争の記録として、若い人にこそ見てもらいたい番組である。
日本の戦争を描いた番組もいろいろラインナップされてはいたが、私の興味を引くテーマのものはほとんどない。
むしろ、8月報道の一つの重要なテーマである核兵器について、私が知らない台湾をめぐる史実を教えてくれたNHKスペシャルが一番の収穫だと感じた。
番組名は、NHKスペシャル『知られざる核危機 ハルペリン文書の警告』、8月9日に放送されたものの録画を今日視聴した。
冷戦時代の「核危機」といえば1962年のキューバ危機が有名だが、その4年前、つまり私が生まれた1958年に台湾を巡る紛争で米軍が中国への核兵器使用を真剣に検討し、それに対してソ連が世界核戦争に発展することを警告するという緊迫した事態に陥っていたというのだ。
この核危機をもたらしたのは1958年8月に起きた「第2次台湾海峡危機」。
8月23日、中国本土の目と鼻の先に浮かぶ台湾の領土である金門島に向けて中国人民解放軍が大規模な砲撃を開始し、この最前線の小さな島に44日間にわたって50万発もの砲弾が撃ち込まれた。
当時共産主義の封じ込めを目指していたアメリカは国民党政府が支配する台湾を軍事的に支援、米軍指導部は金門島を死守するためには核兵器の使用が不可欠だという作戦計画をまとめていた。
具体的には、中国側の砲撃陣地のほか金門島に近い空軍基地に対して広島や長崎で使用された程度の威力が限定された原爆を使用するという計画だった。
もしそれでも中国軍の攻撃が収まらない場合には、上海への核兵器使用も検討され、その際には中国を支援するソ連により台湾や当時アメリカの占領下にあった沖縄が核攻撃されるシナリオも想定されていたという。
これに対し、国際世論を敵に回すこと危惧した国務省が反対、最終的にはアイゼンハワー大統領が核兵器使用の許可を出さないまま、中国軍の攻撃が止まり、核戦争の危機は回避されたのだった。
こうしたアメリカ国内の一連の動きは、アメリカの政治学者モートン・ハルペリン氏が1966年にまとめた通称『ハルペリン文書』と呼ばれる機密報告書に克明に記録されていた。
長年一般に知られることのなかったこの核危機について広く知られるようになったのは、ベトナム戦争に関する機密情報いわゆる『ペンタゴン・ペーパーズ』を暴露して有名になったダニエル・エルズバーグ氏が亡くなる直前の2021年にこの『ハルペリン文書』を公開したのがきっかけだった。
日本ではさほど大きく報道されなかったこの“知られざる核危機”について改めて深く掘り下げたのが今回のNHKスペシャルというわけである。
台湾有事に関する高市総理の国会答弁をきっかけに日中関係が極度に冷え込み、台湾海峡への関心が高まる中で、日本人もしっかり頭に刻んでおかなければならない重要な歴史であり、核保有国には常に核兵器を使用するという選択肢がテーブルの上にあることを改めて知る意味でも、放送の意義があると感じた。
3本目は、これまた私に多くの示唆を与えてくれる番組「BS世界のドキュメンタリー」から、デンマーク・チェコ制作の『名もなき反逆者 ロシア 愛国教育の現場で』。
ウクライナに軍事侵攻したロシア国内で進む愛国教育の現場を記録した長編ドキュメンタリーで、NHKが今年1月に放送したものを8月に合わせて前後編で再放送したらしい。
主人公は、ウラル山脈に近い田舎町で視聴覚の教師を務めるパシャさん。
ウクライナでの戦争開始後、ロシア政府は全国の教育現場に対し愛国心を鼓舞する教育を行うことを命じ、実施している状況を確認するためその様子を録画して当局に提出することを義務付けた。
もともと民主主義を信奉するパシャさんは急激に進む学校現場の変化に悩みながらも、愛国心を鼓舞する授業や学校行事、さらには民間軍事会社ワグネルの隊員を講師に招いての軍事訓練までを生々しい映像で記録し、同時に戸惑う教師たちの姿にもカメラを向ける。
そして、監視の目が強まる中で国外脱出を決意し、支援団体の協力を得てそれまで撮り溜めた映像と一緒に亡命したのだ。
こうしてロシア国外に持ち出された貴重な映像は、戦時下の息苦しさに留まらず、個人の思想信条を簡単に飲み込んでしまう社会の急速な変化とその恐ろしさを私たちに訴えてくる。
過去を振り返る検証番組とは異なるリアルタイムの力が凝縮された作品だ。
2025年に制作されたこのドキュメンタリーは国際的に高く評価され、今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したという。
しかし日本人である私たちは、このドキュメンタリーを単なる外国の話と思ってはならない。
戦前の日本では、ロシア以上の同調圧力の下で徹底した愛国教育が行われ、天皇のために死ぬことを正義と疑わない多くの若者たちを育てたのだから。
高市政権に下で成立した旧内務省的な法律が悪用されて、日本が再び偏狭な愛国心を強要される息苦しい国にならないことを願うばかりだ。
そして最後にもう一本イスラエルにより執拗な破壊にさらされているガザの現状を伝える番組を取り上げる。
7月30日に放送されたBSスペシャル『マッピング・ガザ 破壊の全貌と占領の行方』。
日々の報道の中心がイラン情勢に移るに従って、日本ではほとんど報道されなくなっているガザの現状を、科学的なデータを基にして教えてくれる番組だった。
世界各地の調査機関と連携し、残された膨大な衛星画像や映像、市民や元兵士の証言を一枚のデジタル地図に統合し、最先端の技術で可視化されたデータから、ガザに住むパレスチナ市民を全てエジプト領に追い出し聖書に書かれた「約束の地」を回復しようというイスラエルの野望を明らかにしていく。
聖書を絶対視する狂信的な指導者の狂気を目の前にして、我々が持つ常識がどんどん破壊されていく現実を思い知らされ、文字通り暗澹たる気持ちにさせられてしまう。
それにしても、ウクライナといいガザといい、ましてやそれに先立って民主主義が破壊されたミャンマーといい、厳しい状況は一向に解決の方向に向かっていないにも関わらず、日本のテレビ報道を見ているとすっかり忘れ去られてしまったかのようだ。
毎日天気や物価高の話ばかり、これで報道番組と言えるのか、かつての報道マンとしては苦々しい気持ちを抱かざるを得ない。
8月に過去を振り返るだけでなく、今現在世界各地で起きている戦争の悲惨さを継続的に伝えることこそ、戦争を抑止するためには重要な報道の使命だと私は思うのだが・・・。
終戦の日にあたり武道館で行われた毎年恒例の全国戦没者追悼式。
参列した天皇はお言葉の中で過去の「反省」を口にした。
『戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。』
その言葉には、軍部に押し切られ太平洋戦争を防ぐことができなかった昭和天皇の後悔が皇室に脈々と受け継がれていることを感じさせた。
それとは対照的に、高市総理は昨年石破前総理が復活させた「反省」の文言を使わなかった。
『祖国の行く末を案じ、愛するご家族の幸せを願いながら、戦場に倒れた方々。広島と長崎での原子爆弾投下、各都市での爆撃、沖縄における地上戦などにより犠牲となられた方々。終戦後、遠い異郷の地で亡くなられた方々。今、全ての御霊の御前にあって、御霊の安寧を、心より、お祈り申し上げます。』
まるで日本は被害者であるかのような言葉を連ねた後・・・
『戦争の惨禍を、二度と繰り返させない。』と述べた。
「繰り返さない」ではなく、あえて「繰り返させない」と言ったのである。
そこには「反省」など全く入り込むことはない歴史認識。
それが、太平洋戦争を知らない今の多くの日本人にはきっと耳障りがいいのだろう。
学校では先の大戦のこと、ましてや日本が他国で行った「加害」については一切教わらない。
ほとんどの人は、太平洋戦争やそれに先立つ中国大陸や朝鮮半島での戦争について詳しい知識を持っていないのである。
だから「加害」の話が出ると『自虐史観』だと一方的に攻撃し、その歴史を無かったことにしようとしている。
しかし歴史と向き合わない民族は再び同じ誤りを繰り返す。
学校で教えてもらえないならば、自ら動いて戦争や歴史について学んでいくしかないのである。
テレビが「オワコン」と呼ばれ蔑まれるようになってからもうだいぶ経つが、今でも見る番組を選べば多くの気づきを与えてくれるメディアである。
長年テレビ局で働いた人間として、使命感を持って情報を精査するテレビの現場で働く人間を私は今も信じているのだ。
