岸田内閣が10日にも内閣改造と党役員人事を行うことになった。
とはいえ、麻生さんや茂木さんの留任は決まっていて、骨格は変わらない見込みだ。

参院選に勝利し当面大きな国政選挙もない岸田さんにとって、「黄金の3年間」とも呼ばれる安定した時間を使って何を果たすのか、いよいよその真価が問われる。
急拡大するコロナに対してもお得意の「何もしない」路線を変えず踏ん張った。
このまま死者数が急増しなければ、日本もようやく「ウィズコロナの時代」へと向かう転換点となるかもしれない。
第7波が収まればコロナをインフルエンザ並みの「第5類」相当に変更することも表明していて、速やかに実行してもらいたい。
今回の内閣改造で注目されるのは主人のいなくなった安倍派の扱い、そして統一教会と政治の関係の清算である。
統一教会との関係を指摘されている人をなるべく外して野党の追及をかわそうとするのだろうが、もともと統一教会の牙城である安倍派を排除できるのか?
秋には安倍さんの国葬も予定されているので、「何もしない」岸田方式のままでは臨時国会で窮地に追い込まれることも予想される。

個人的にはもう一つ大いに注目しているのが、東京地検特捜部による電通に対する捜査の行方だ。
電通の元専務で東京オリンピック組織委員会の理事を務めていた高橋治之氏をめぐる疑惑は、以前から取り沙汰されていたものの、強制捜査が始まったことによって一気に注目を集めることになった。
私もテレビ局時代、大金が乱れ飛ぶスポーツビジネスの異常な世界を伝え聞くこともあった。
その中核には常に電通がいて、海外のエージェントや競技団体との太いパイプによって日本のスポーツビジネスを牛耳っていた。
最近ではオリンピックの放送権料が高くなりすぎて、民法としては赤字を出しながら放送するというようなことが常態化しているとも聞く。
オリンピックに限らず大型のスポーツイベントの放送権は急激に上昇し、もはや制作現場では契約の判断ができず多くの案件は契約するかどうかは経営判断に委ねられた。
そうした中で、テレビ各局にも電通と経営者を繋ぐスポーツマフィアのような人たちが現れ、その人たちはビジネスクラスで世界中を飛び回るような生活を送っていた。
そうしたスポーツマフィアの頂点に君臨していたのが高橋氏だったのだろう。

そんな時、図書館で偶然、電通に関する本を見つけた。
大下英治著『電通の深層』。
2017年に出版されたもので、中にはある一人の証言だけで書き飛ばしたような部分も散見されるような本だが、ところどころとても興味深い話が盛り込まれている。
「はじめに」の中で、大下さんはまず、電通をテーマにした本を出版することそのものの難しさを書いている。
電通と週刊誌のつながりは深い。週刊誌は、じつは、紙代、印刷費、筆者への原稿料支払い、スタッフや記者の人件費、取材費、それらの制作費と販売収入で、トントンである。では、どこで儲けるかというと、広告収入である。その広告はエージェントを通じてである。そうした広告代理店の中でも、世界一の単体売上高を誇るのが電通である。
外国では、一業種一社制が固く守られている。GMの広告をあつかう広告代理店が、ライバルの自動車会社フォードの広告も同時にあつかうことはありえない。機密保持に神経をつかう企業が、ライバル会社に秘密を漏らされることを恐れるからだ。
ところが、日本では、電通が同じ業種のCMを5社も6社もあつかっている。そのせいで、売り上げが上がるだけでなく、週刊誌やテレビに対し、絶大な威力を発揮している。出版社やテレビ局は、電通に逆らえば、まるで輸血を止められた病人のようになる。
わたしは、電通の取材を旺盛におこなった。電通の負の側面もたくさん出てきた。
「電通の秘密」は、2週にわたって『週刊文春』に掲載された。ところが、わたしの取材原稿の電通のマイナス面は、当然のごとく使われていなかった。
わたしは、それから、この取材でお世話になった小さな広告代理店の社長をはじめ、その社長から紹介された人たちを取材してまわった。
取材して集めたデータを元に、月刊『創』に120枚にわたる「電通のタブーを突く」というルポルタージュを、大下英治名で書いた。
このころの『創』は、現在の経営者とちがって、いわゆる総会屋系の雑誌であった。当時は、『文藝春秋』、『月刊現代』、『月刊宝石』など一流出版社系をのぞく総合月刊誌は、そのような総会屋系と見られるものが多かった。『創』、『新評』、『現代の眼』、『流動』、『人と日本』、『勝利』らがあった。それらの月刊誌の広告は、電通とは関係なく、オーナーが企業と直接に取り引きして出稿させていたのだ。
さて、「電通のタブーを突く」を書いたあと、『人と日本』に「小説電通」を連載することになった。ディテールは、取材したものをふんだんに使った。
わたしは、この雑誌連載を終えると、一冊の書籍にまとめて出版しようと考えた。が、内容が内容だけに、どの出版社でも出せるものではないと覚悟はしていた。
そのうち、K出版の編集者からわたしに電話があった。
「今度、ドキュメンタリー・ノベルのシリーズを、月に2冊ずつのペースで出そうと思っているんです。その第一弾として、『小説電通』を出したい」
わたしは、編集担当者と帝国ホテルのロビー喫茶で会った。編集者はリストを見せた。
「すでに、このとおり30冊分のリストができています。第一弾の2冊は、大下さんの電通と、安田二郎さんの兜町を描いた作品です。初版は3万部刷ります」
処女作で、3万部刷ってくれるというのだ。ありがたい話である。しかも、内容が内容なだけに、出版は無理かもしれない、と思っていた矢先である。
ところが、それから半月もたたないうちに、この編集担当者が、緊急に会いたいという。
<まさか、出版の話が御破産になったのでは・・・>
悪い予感をおぼえながら、その編集者と最初に会った帝国ホテルのロビー喫茶で再び会った。
編集者は、見るからに落胆した表情で告げた。
「すみません。じつは、重役にこのドキュメンタリー・ノベルシリーズの企画書を見せたんです。すると、一喝されましてね。『馬鹿者、「小説電通」なんて、出してみろ。電通が怒るぞ。ウチはいま、これまで出している週刊誌を、男性読者から女性読者に切り替えるところだ。電通への広告依存度がより高くなる。そこに向けて、この「小説電通」を出してみろ。せっかくの週刊誌の切り替えが、全部駄目になる。「小説電通」だけではない。とかくの問題を引き起こしかねないドキュメンタリー・ノベルシリーズは、一切取り止めだ!』。そこまで言われては、出すわけにはいきません。まことに、申し訳ない」
この後、数社から『小説電通』出版の話があったが、すべて最終的には潰れてしまった。
わたしは、さすがにあきらめてしまった。
引用:大下英治『電通の深層』より
最終的に、左翼系の三一書房から『小説電通』は出版されたが、それほどメディアの世界では電通は特別なのだ。
テレビ局でも、経営陣のほか営業や編成など会社の中枢部に電通は食い込んでいる。
「局担」と呼ばれる電通マンが常時局内を動き回っていて、営業担当のテレビマンからすればほとんど身内と言ってよい存在になっている。
私はほとんど現場だったので、それほど電通との深い関係はないが、初めて編成に異動になった時にはその親密ぶりには驚いたものだ。

この『電通の深層』の中にも、高橋治之氏が登場する。
その部分を引用させてもらおう。
康(プロモーターの康芳夫)は、『週刊文春』(2016年6月23日号)などで報じられている2020年東京オリンピックの招致を巡る疑惑で、フランス検察当局から、電通顧問で東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事の高橋治之の逮捕状請求が来ていると見ている。
高橋治之は、1944年4月6日生まれ。慶應大学法学部を卒業したあと、1967年4月、電通に入社した。入社後は、東京本社のISL事業局長、総本社プロジェクト21室長、国際本部海外プロジェクト・メディア局長を経て、常務執行役員、上席常務執行役員、常務取締役、専務取締役と出世し、2009年6月、電通顧問に就任している。
高橋は、サッカーワールドカップとFIFAを支える巨額のテレビ放送権料の取引の最前線に、30年以上も立ち続けている。スポーツビジネス界の超大物だ。
この不正疑惑は、世界反ドーピング機関の第三者委員会が国際陸上競技連盟のラミン・ディアク前会長らによる汚職を調査した過程で浮上した。招致を巡り東京側から多額の資金が、当時国際オリンピック委員会(IOC)委員だったディアク側に渡ったとされた。
フランス検察当局は、2013年にディアクの息子とつながりのあるシンガポールのコンサルタント会社の「ブラック・タイディングズ」の銀行口座に日本から計280万シンガポールドル(約2億2200万円)の送金があったと指摘した。その一部がディアク側に流れた疑惑が浮上した。この裏で高橋が動いたと見られている。
が、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は、あくまで業務契約に基づく正当な支払いとしていた。
しかし、この疑惑には証拠がない。康は、たとえ逮捕状請求が来ていたとしても、日本当局は絶対に発表しないだろうという。もちろん、無条件で高梁を引き渡すはずはない。仮に引き渡すことになったとしても、日本側で審査をしてからとなるはずだ。とすると、高橋が拒否することもできる。拒否した場合は、フランス検察当局から発表される可能性がある。政治的な折衝で伏せてくれと言われれば、伏せておくだろうが、いずれ高橋に対しての逮捕状が出たのかどうかは明るみに出るだろう。
今もし、高橋に対して逮捕状が出て、日本政府がそれに応じた場合、その時点で東京オリンピックは崩壊してしまう。だから、日本政府は絶対に高梁を引き渡さないはずである。オリンピック委員会の中で、高橋はそれほど力を持っているということなのだ。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元総理も、JOCの竹田恒和会長も、国際的なスポーツビジネスの駆け引きの手腕は、所詮素人。
高橋は、電通の本社内でフレンチレストランも経営しており、お金には一切困らない。ただ、どこの媒体も、なぜ高橋のことをさらに突っ込んで書かないのか、康には理解ができない。東京五輪招致を巡る疑惑の発信源は、英紙「ガーディアン」(2016年5月11日付)だった。
高橋は、とにかくプロだった。人間関係で、オリンピック利権は動く。服部、高橋の世代まではおいしい思いをしてきたはずだ。
引用:大下英治『電通の深層』より
服部とは、1984年のロサンゼルス五輪関連の仕事を担当した電通の服部庸一氏のことである。
服部氏は常にファーストクラスで世界を飛び回り、電通のスポーツビジネス部門を開拓した人物で、その流れを引き継ぎさらに発展させたのが高橋氏だったようだ。
それにしても、「電通の本社内でフレンチレストランも経営」していたという高橋氏というのは常識では捉えきれない人物のようである。

特捜部の捜査は紳士服大手の「AOKIホールディングス」との受託収賄罪ということになっているが、本丸はやはり東京オリンピックの招致に絡む高橋氏の暗躍ぶり、そして政治との関係だ。
この疑惑はオリンピック開幕前からフランスの捜査当局からの情報として報じられ、2020年の3月には日本でも報道されている。
【パリ=共同】ロイター通信は31日、東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会理事を務める広告代理店電通元専務の高橋治之氏が、五輪招致を巡り招致委員会から820万ドル(約8億9千万円)相当の資金を受け取り、国際オリンピック委員会(IOC)委員らにロビー活動を行っていたと報じた。
高橋氏はロイターに対し、五輪招致疑惑でIOC委員だった際の収賄容疑が持たれているラミン・ディアク世界陸連前会長(セネガル)にセイコーの腕時計やデジタルカメラなどの贈り物をしたが、賄賂を渡すなど不適切なことはしていないと強調した。
五輪招致疑惑は、フランスの捜査当局が調べており、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和前会長が贈賄の疑いで本格捜査の対象となった。竹田氏は容疑を否定している。
招致委員会から高橋氏に渡った約9億円の資金はどのように使われたのか、日本国内ではいまだに何の説明もない。
今回の「AOKIホールディングス」の例からも、高橋氏がこの中から多額のコミッションを受け取っていたことは想像されるが、問題はその背後で政治家の関与があったのかどうか。
当時の安倍総理や森元総理らから何らかの指示があったのかどうか。
特捜部の捜査だけではなく、フランス当局の捜査情報がどこからか出てこないとも限らない。
もしも政府の関与が明るみになれば、これはまさに国際的なスキャンダルに発展するだろう。

そもそも電通と永田町との関係は深い闇だ。
特に自民党は古くから広報や選挙戦略で、電通を手足のように使ってきた。
大下氏の著書の中でも、政治との関係が触れられている。
これまで自民党のPRは、一貫して電通が担当してきた。電通イコール自民党である。
自民党と連立を組む与党の公明党は、電通の子会社・電通東日本が担当している。
一方、民主党、民進党は博報堂が担当している。
わたしが2011年に『権力奪取とPR合戦』を上梓した際、電通と自民党がいかに一体化しているかを思い知らされた。
引用:大下英治『電通の深層』より
「永田町と電通」と題されたこの章の大半は、日本新党から民進党、自由党とつながる小池百合子都知事と電通の子会社「電通EYE」の話がメインで、肝心の電通と自民党とのエピソードはほとんど描かれていない。
それだけガードが堅く、誰も証言する人がいないのだろう。
自民党が野党時代に立ち上げた「自民党ネットサポーターズクラブ」にも電通は深く関与しているとされる。
ネット右翼を生み出す背景ともなったとされるネット上の自民党応援団は、安倍さんや麻生さんが最高顧問を務め、自民党に復党した小池百合子さんも主導的な役割を果たした。
こうした自民党と電通のつながりが、安倍政権が熱心に取り組んだオリンピック誘致活動でも大きな役割を果たしたと考える方が普通だろう。

国葬、統一教会に加え、オリンピック疑惑まで表面化すると、安定した支持率を享受してきた岸田総理も、菅さん同様、安倍さんが残した負の遺産に苦しむことになるかもしれない。
自民党内の権力闘争も含め、秋の政局は予想外に先の見えないものになるのだろうか?