<吉祥寺残日録>岡山二拠点生活🍇 重いコンクリートの支柱を運びながら奴隷の人生に想いを馳せる #220320

今日は3月20日、地下鉄サリン事件から27年が経った。

オウム真理教が東京都心で起こした前代未聞の化学テロ事件だが、オウムが教団武装計画のために関係を強化したのがロシアだった。

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そのロシアから届いた映像を見て、ちょっと驚いてしまった。

18日に行われたクリミア併合から8周年を祝う祝賀集会。

ロシアワールドカップの決勝戦の会場ともなったスタジアムに集まった9万5000人の大群衆は、ロシア国旗を振ってプーチン大統領を熱狂的に迎えていたのだ。

ウクライナ侵攻によって西側諸国による経済制裁を受けていても、ロシア国内の様子は私たちの想像を超えるものがあるのかもしれない。

「人々を苦しみと集団虐殺から救うことが我々の特別軍事作戦の主な原因であり、動機だ」

ウクライナの抵抗でロシア軍の軍事作戦がうまくいっていないと言われる中でも、プーチン大統領の主張には全く揺らぎがない。

そんなプーチンさんの発言で最近気になるのは、化学兵器や細菌兵器への言及が増えていることだ。

ウクライナがアメリカの支援を受けて化学兵器の開発をしているとロシアは一方的に主張していて、西側諸国はロシア自身が化学兵器を使おうとしている可能性があると見て警戒を強めている。

世の中はウクライナ危機に飽きてきていて、そろそろ停戦合意があるのではないかとの見方が出始めているが、プーチンさんが半端な妥協をするとは私には思えない。

化学兵器を使う可能性もあるかもしれない。

その時、西側メディアは大騒ぎになるはずで、NATO諸国が今の不介入の姿勢を保てるかどうか、戦争は新たな局面に入ることも予想される。

そんなウクライナの悲劇を横目に、私は耕作放棄地となっている一番大きな畑でここ数日作業をしている。

今年もこの畑で作物を作る予定はなく、せめて草刈りがやりやすい環境でも整えておこうと考えた。

数日前から畑に残っていた枯れ草を刈り、それを野焼きした。

畑が広いし、草の量も多いため、一度に数カ所に火をつけて一気に片付けようとしたのだが・・・

調子に乗りすぎて、思わぬ事態が起こった。

風向きが変わり、急に風が強くなったのだ。

穏やかに燃えていた火が隣の畑の方に燃え広がり、まだ刈っていなかった枯れ草に燃え移ってしまったのだ。

私は慌てて、スコップを使って火を消そうとする。

金属のスコップで叩くとその部分だけは消えるのだが、また別の場所で炎が上がる。

私はあっちと叩き、こっちを叩き、燃えている火を跨ぎながら広い畑を走り回った。

なんとか火を消し止めたが、危ないところだった。

遠くで心配そうに見つめる妻の姿が見えた。

妻は危ないからと野焼きには消極的である。

また小言がありそうだ。

野焼きが一段落すると、今度は畑のあちらこちらに放置されているコンクリートの支柱を1箇所に集める作業を始めた。

2000平米ほどあるこの畑は、かつてはブドウ畑だった。

コンクリートの支柱はその頃にブドウ棚を支えるために使っていたものなのだが、棚を倒した後は、重いし使い道もないため畑の所々に放置されている。

コンクリートの支柱は細いもので20キロぐらい、太い支柱は30キロ以上ある。

これを一人で運ぶのだ。

先日ノーパンクタイヤに交換したばかりの猫車を使う。

支柱の片側を持ち上げ、反対側を地面につけたまま猫車に乗せる。

猫車を支柱の中間部分に潜り込ませるのがポイントで、一輪車なので左右のバランスさえ取れれば案外楽に30キロの柱を運ぶことができる。

1本1本、猫車に乗せて運ぶ。

土に埋まっている支柱もあれば、雑草に覆い隠されている支柱もあった。

スコップで地面から浮かせて、腕力だけではなく、腰や脚力も使って持ち上げる。

コンクリートの柱を掘り返し、猫車に乗せ、集積場所まで何度も何度も往復する。

こうして集めた支柱は全部で70本ほどになった。

そんな単調な肉体労働を繰り返しながら、私は昔の奴隷や捕虜のことを思い浮かべていた。

力仕事は大変だ。

こんな作業を毎日毎日やるのは誰でも嫌になる。

そこで自分がやりたくない重労働をやらせるために、奴隷という制度を考えた。

戦争とは、領土の獲得を目的とするだけでなく、戦争に負けた民は勝者の奴隷とされることも歴史上少なくなかった。

ヨーロッパ人の人間狩りによって、ある日突然奴隷として新大陸に連れて行かれたアフリカ人はまさにその典型である。

塩野七生さんの「コンスタンチノープルの陥落」を読むと、東ローマ帝国を滅ぼしたトルコ人は、戦争で破ったセルビア人などを最前線で戦わせ、自らは剣を持ってその後ろに陣取り、逃げようとするセルビア人を殺したと書いてあった。

ロシアが、シリア人傭兵を最前線に送り込もうとしているのは、まさに昔から大国が行ってきた戦争のやり方なのだ。

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いつの時代も戦争で負けた者たちの運命は悲惨だ。

日本も戦争に負けて、多くの日本人がシベリアに抑留され重労働を強いられた。

チベットや新疆ウイグルも清朝の時代に滅ぼされ、中国の一部になった。

イラクもシリアもアフガニスタンも、大国の軍事介入で内戦となり、今も多くの人を苦しめている。

ウクライナでの戦争が始まって以来、日本では早く降伏して人命を救った方がいいという説を唱える人も多いが、戦争に負けるということは自分の望まない人生を受け入れるということであり、時には命よりも大切なものを失うリスクが高く、安易に降伏を促すような言説は慎むべきだと思う。

私の場合は、自分の意思で生産性のない労働を行なっているので、いざ嫌になればやめればいいのだが、奴隷や捕虜の場合にはそうはいかない。

いつ終わるともしれない悪夢の中で来る日も来る日も鞭打たれながら重労働に耐えるのだ。

それはどんな人生だろう?

考えるだけでゾッとする。

やはり私には命よりも自由が大切だと、コンクリートの支柱を運びながらしみじみ思った日曜日であった。

死刑執行

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