ラッキーというか、アンラッキーというか、私がアイスランドから戻った直後、警戒が続いていた火山がついに噴火した。
アイスランド南西部にあるレイキャネス半島で火山噴火が起きたのは現地時間の18日。
4キロに及ぶ地面の裂け目から溶岩が噴出した。
噴火地点は4000人の住民が避難したグリンダビーク北東の無人の荒野で、これまでのところ人的被害はない。
最も心配されていた航空機への影響もなさそうで、多くの観光客が遠くから噴火の様子を見守っている。
私の滞在中に噴火していれば、私も迷うことなく現場に駆けつけただろう。
首都レイキャビクからレイキャネス半島の先端にある国際空港に向かう主要道路から噴火の様子がよく見えるようで、今の季節夜が長いアイスランドでは、空を赤く染める噴火の様子は滅多に見られない大自然のショーとなっているらしい。
いやあ、見たかったなあ。
私がアイスランドを発ったのが9日なので、10日ほど早かった。
しかし、噴火の規模がそれほど大きくなかったからよかったが、2010年のような大噴火であれば、アイスランドだけでなくヨーロッパ全体の航空網が完全に麻痺して、とても旅行どころではなくなっていただろう。
危険と興奮は、まさに紙一重なのである。
ヨーロッパの旅から戻った私は、早速次の旅行の計画を立て始めた。
行き先はカリブ海。
私にとって旅の空白地帯だ。
カリブへの直行便はないので、まずはアメリカのどこかの街に飛ぶことになる。
いろいろ調べた結果、ロサンゼルス往復7万7360円という格安チケットを確保した。
カリブ海の旅行というと豪華船によるクルーズを思い浮かべるが、調べてみるとルートが今ひとつ満足できるものがなく、飛行機を使ったアイランドホッピングで手作りの旅行計画を作ることにした。
ロサンゼルスからパナマ経由でバルバドスに入り、セントルシア、セントビンセントおよびグレナディーン諸島、グレナダを経て、2月12日にはトリニダード・トバゴに行くことにした。
2月12日と13日に首都ポート・オブ・スペインで開かれるカーニバルを見るためだ。
それぞれの国にだいたい2泊ずつする予定で飛行機を抑えてから、ホテルを探し始めた。
驚くのはその値段。
さすがにアメリカのお金持ちがバカンスに訪れるカリブ海諸国だけに、1泊10万円とか20万円以上する高級リゾートがいくつもある。
たとえば、バルバドスの「Fairmont Royal Pavilion」というリゾートは平日で最低1人1泊35万円から。
とても庶民が宿泊できる施設ではない。
セントルシアの世界遺産「ピトン山」を望む高級リゾート「Jade Mountain Resort」。
眺望が最高なので泊まってみたいと思ったら、1泊40万円だった。
こんなバカみたいな値段を見ていると、1泊3万円のホテルが安く見えてしまうから不思議だ。
カーニバルシーズンのトリニダード・トバゴでは、首都ポート・オブ・スペイン市内のホテルはほとんど空いておらず、仕方なく20キロほど離れた空港近くのホテルを予約した。
普通の素朴なホテルだが、それでも1泊5万円。
ビックリする値段である。
トリニダード・トバゴから出国する飛行機はカーニバルシーズン割増になっているようで、比較的安かった南米ガイアナ行きのチケットを予約した。
ということで、ガイアナの首都ジョージタウンに2泊することになったのだが、予約が確定した後で俄にガイアナがニュースになった。
隣国ベネズエラのマドゥーロ大統領が、ガイアナ西部の「エセキボ地域」の領有権を主張し、「グアヤナエセキバ」と名付けた新しい州の創設を指示したのである。
問題の「エセキボ地域」はガイアナの国土の3分の2を占める広大なジャングル地帯。
今回の旅行を計画する際に、生まれて初めてガイアナの地図をまじまじと見た時に、謎の点線が国土の中央を南北に走っているのを見つけ、この線はないだろうと疑問に思っていたところ、今回の騒動でガイアナとベネズエラの間に100年以上前から続く国境紛争があることを知った。
「エセキボ」をめぐっては、1899年にパリ仲裁協定で現在の国境線が認められたものの、ベネズエラはまだ納得していないという事情があるらしい。
1899年というと、ガイアナはまだ存在せずイギリスの植民地だった。
つまり、イギリスが世界の覇者だった時代に決められた国境線なので、ベネズエラ側にも言い分があるに違いない。
日本人にとってラテンアメリカの歴史は遠い世界の物語ではあるが、ベネズエラは英雄シモン・ボリーバルがスペインからの独立戦争に勝利し建国した名誉ある国なのである。
南米大陸はかつてスペインの勢力地だったが、その北東部にオランダが進出し、さらにイギリスが植民地を築く。
スペインに勝利して独立したベネズエラとしては、「エセキボ」はもともとスペインが領有していた土地で、イギリスによって収奪されたという解釈をしているのだと思う。
ここに来て、急にベネズエラがエセキボの領有を主張し始めた背景には、2015年にこの地で発見された大規模な油田の存在があるとされる。
ベネズエラも世界的な産油国だが、チャベス前大統領時代から続く強烈な反米政策によって厳しい経済状況が続いているとされる。
世界的に原油価格が下落する中で、エセキボに眠る原油を手に入れることで国内の不満を解消する狙いもあるのだろう。
しかし、ベネズエラで実施された国民投票とマドゥーロ大統領の“領有宣言”を受けて、ガイアナは強く反発、アメリカを筆頭に西側諸国もガイアナ支持の姿勢を明確にした。
国際的な原油価格にも影響を及ぼすほどの緊張の高まりにより、ほとんどその国名さえ聞くことのなかったガイアナの国境紛争が、いきなり日本でもニュースになったのである。
ベネズエラのマドゥーロ大統領は14日、仲介役のセントビンセント・グレナディーンでガイアナのアリ大統領との会談に臨んだ。
武力紛争に発展することも危惧されていたが、「お互いに直接、間接の威嚇や武力行使を行わない」ことで一致したとの発表があり、ひとまず国際社会は胸を撫で下ろした。
しかし、国民投票で95%の国民がエセキボの領有を支持するとされたベネズエラが、本当にこのまま大人しく現在の国境線を守るかどうかは予断を許さないだろうと私は見ている。
来年2月、私がガイアナを訪れる頃に、再び緊張が高まっていることも想定しておかねばならないだろう。
このところ、どうも私が旅行しようとすると危機が発生することが続いている。
アイスランドに行こうとすると、火山が噴火しそうだと非常事態宣言が出され、その前にパプア・ニューギニアに行こうとした時には、暴徒が空港を占拠して閉鎖されてしまうというとんでもない事態が発生した。
そして次回のカリブ海旅行では、ガイアナ問題が最大の懸念事項となりそうである。
危機と興奮は紙一重。
何もない平穏な時に訪れるよりも、何かハラハラするような事態が起きている時にその国を訪れた方が、どうも私はワクワクするのである。
これも長年テレビ業界で働き、みんなが逃げ出す場所に行くことに喜びを感じる習性が身についてしまっているからであろうか。
さて、2024年はどんな年になるのだろう?
定年後の私の生活に、「退屈」という二文字は当面現れそうにない。
今日から再び、私は岡山に飛ぶ。
