ウクライナの反転攻勢がついに始まった。
最初に伝えられたのは5日、ロシア国防省の発表だった。
ウクライナ側は沈黙を守ってきたが、10日の記者会見でゼレンスキー大統領が初めて公式に作戦開始を認めたのだ。

作戦はウクライナ東部と南部数カ所で開始され、西側諸国から供与された戦車「レオパルト2」や「エイブラムス」も投入されているという。
しかし、精密誘導兵器が発達した今の戦場では動く戦車は格好の標的となり、ロシア戦車がウクライナの抵抗に苦戦したように、すでに大規模な防衛線を築いたロシア軍の守りを突破するのは容易ではない。
すでに「レオパルト2」や「エイブラムス」が破壊されたとの情報も飛び交っている。
それでも、西側の軍事支援は当面続けられる見込みで、ロシア側が前線に十分な武器を補給できるかどうかが戦況の行方を左右すると私は見ている。

こうしたウクライナによる反転攻勢に合わせるかのように、6日ウクライナ南部へルソン州にあるカホフカ水力発電所の巨大ダムが決壊した。
このダムはロシア軍の支配下にあり、以前からロシア側がダムの破壊を脅しに使っていたことを考えれば、ウクライナの反転攻勢を妨害するために意図的に破壊したと考えるのが普通だろう。
戦場では思わぬことが起きる。
戦前の日中戦争では、中国側が日本軍の進撃を遅らせるためにあえて黄河の堤防を破壊し流域を水浸しにしたこともある。
だからロシアがウクライナによる破壊工作と主張するのを完全に否定することはできないが、反転攻勢を始めるタイミングで多くのウクライナ人が被害を受ける作戦を行いあえて洪水対策の負担を負うとは考えにくい。

ダム破壊の影響で、ドニエプル川流域の600平方キロが水没したとされる。
これは東京23区の面積に匹敵する膨大なエリアだ。
突然の洪水によって多くの犠牲者が出たと推定されるが、被害エリアの半分以上はロシアの支配地域にあり、被害の全体像は一向に見えてこない。
さらに水没したエリアでもロシア軍の攻撃が続き、大量の地雷が水の勢いで流出する事態まで起きていて、兵士同士が戦う通常の戦闘とは全く質の違う戦争の悲劇がここでは起きているのだ。

ドニエプル川のような大陸の大河では一度起きた洪水はすぐには治らない。
水が引くまでには相当の日数を要するため、行方不明者の捜索や被害を受けた家屋の復旧も進まないだろう。
本来ならば国際的な援助隊がすぐに入る規模の災害なのだが、そこは戦場であり、国連機関でさえ容易に近づけない。
これはとてつもない戦争犯罪である。

おまけに破壊されたダム湖はザポリージャ原発に冷却用の水を送る重要な役割も果たしていたため、今後は原発が大きな懸念材料となることも予想される。
侵略者のロシアからすれば、ウクライナ軍の進軍を食い止め、ウクライナの穀倉地帯を破壊し、ウクライナの行政機関を混乱させ、同時に原発危機も利用してウクライナを支援する西側諸国にも脅しをかけるという軍事的にはいくつものメリットがある作戦なのだろう。
戦争が長期化すると、勝利を得るために次第にタブーというものがなくなってしまう。
今回のダム破壊はまさにその典型だと言えるだろう。

ウクライナに関していえば、ロシアが意図的に行なっている占領地からの子供たちの連れ去りも重大な戦争犯罪である。
子供たちの保護を口実として連れ去った子供たちの「ロシア化教育」を進め、ロシア人家庭の養子としてシベリアを含むロシア全土に分散させている。
多民族国家のロシアでは近年スラブ系住民の比率が下がっており、ウクライナ人をロシア全土に配置することによってスラブ人国家としての体裁を整えたいとの狙いがあるとも指摘される。
中には10代後半の子供たちに軍事訓練を受けさせて、ロシア軍兵士として戦場に送っているというニュースも耳にした。
本当にひどい話だが、こうした手法は大昔から行われてきた古典的な戦術であり、自国民の犠牲を減らすために占領地の住民を拉致して兵士として利用するのだ。
特に子供たちは再教育が容易で、カンボジアのポル・ポト政権のように意図的に子供たちを洗脳して虐殺を主導させるなど共産主義国では昔から子供たちを政権維持の道具として悪用してきた。
ウクライナの子供連れ去り問題では、国際刑事裁判所が重大な戦争犯罪だと認定しプーチン大統領に逮捕状を出したことが注目されたものの、国際社会がその解決のために行なっている具体策はない。

こうした中、先日放送されたBS1スペシャル『激戦地の子どもたち セーブ・ウクライナ 救出の記録』はちょっと意外だった。
ウクライナ政府の元高官を中心にさまざまな分野の専門家が加わった「セーブ・ウクライナ」という団体がロシアに連れ去られた子供たちの救出プロジェクトを行なっているというのだ。
ロシアはウクライナ東部と南部の支配地域の住民に対して、子供たちの安全を図り娯楽を提供するとして黒海の保養地ソチでサマーキャンプを開くと大々的に宣伝した。
こうして親元を離れてロシア側に行った子供たちは期限が来ても戻ってこず母親たちは深い後悔に苛まれていた。
そうした母親たちをロシアに送り込み、自分たちの手で子供を救い出そうというのが「セーブ・ウクライナ」が始めたプロジェクトである。
ロシア側は国際的な批判に反論するために、「子供たちを一時的に保護しているだけであり親が迎えに来た子供たちは返す」と主張していることを逆手に取った作戦だ。
このプロジェクトに参加することを希望した母親たちはポーランド、ベラルーシを経由してロシアに入り、陸路による長時間移動に耐え子供たちが収容されているクリミア半島の施設に到着した。
ロシア側も親が迎えに来た子供たちの返還に応じ、33人の子供たちが無事にウクライナに戻ることができたのだ。
この番組を見て、ロシアも国際世論を想像以上に気にしているんだと感じた。
しかし、毎日ロシア国歌を歌い、ロシア語での授業を受けてきた子供たちにどんな影響が残るのかは心配だ。
吸収力の強い子供たちは教師の言葉に強い影響を受ける。
ロシアが得意とするプロパガンダが最も効果的に効く相手なのだ。

プーチン大統領は7月初めにも隣国ベラルーシに戦術核兵器を配備することを明言した。
ウクライナへの武器供与を続けるNATO諸国に対する明確な脅しだ。
ウクライナ軍の反転攻勢が始まり、ウクライナでの戦争は新たなフェーズに入った。
今後は東部や南部の最前線だけでなく、予想もしない出来事が次々に起こるだろう。
誰も正確なシナリオを持っていない、それが戦争というものだ。
西側メディアが伝える一方的な報道だけでなく、さまざまな角度の情報を見ながら冷静に事態の推移を判断しなければいけないと改めて肝に銘じておきたい。