テレビを見ていて、あれっと思った。
右目をつぶった状態で画面を見ると、左上に表示されている時刻の数字が二重に見えたのだ。
おかしいなと思って目をこすっても直らない。
勘のいい妻はそんな私の様子を見ていてすぐにおかしいと感じたらしい。
「どうしたの?」と聞かれて、正直に数字が二重に見えると言うと、問答無用で眼科の診察を受けろという。
毎年武蔵野市から送られてくるワンコインの眼科検診を今年度はまだ受けていなかったので、それを利用してかかりつけの眼科に行くことになった。
妻が予約をした今日の午前10時前に眼科に行くと、3人ほど患者さんが並んでクリニックが開くのを待っていた。
いつも人気の根子眼科。
今日は土曜日なのでいつも以上に混むと予想していたが、思いのほか空いていてちょっとラッキーと思う。
受付を済ますとすぐに視力検査や目の写真撮影などが行われ、待合室でしばらく待っていると名前を呼ばれ、院長による診察を受ける。
いつもながらに丁寧な診察ぶりで、検査の結果は問題ないが二重に見えた原因を探るため、いつもより詳しく目の画像検査をすることになる。
結果は、緑内障の疑いがあるため、日を改めて検査をした方がいいと言われる。
左右の目を撮影した写真に特殊な処理をした画像を見せながら、左目の下半分にある視神経が少し弱くなっていると院長は指摘した。
どんどん悪化することはないので、それほど急ぐ必要はないが、今月中に緑内障の視野検査を受ける必要があるという。
白内障の次は今度は緑内障か・・・。
それでも、目が見えなくなると不便なので、次回の予約を取って帰宅した。
妻に結果を伝えると、「私が毎年受けているやつだ」と平然と言った。
なんだ、妻も受けていたんだ。
年を取れば、誰もが通る道らしい。
妻の場合、まだ治療が必要な段階ではなく、経過観察しているものの急速に悪化するようなことはないという。
人によって進み方に違いがあるようなので、油断はできないが、院長もさほど心配した様子ではなかったので、あくまで緑内障の兆しが見え始めた段階と理解した。
こうしていろんなところにガタがきはじめたのも、年齢を考えればやむを得ないだろう。
それよりも、心配なのは息子たちのことだ。
今朝、私が眼科に出かけようと準備をしていると、妻の携帯電話が鳴って次男からの電話だった。
妻は電話口で心配そうに血圧の話などをしている。
義理のお父さんが倒れたのかと思ったら、どうやら次男本人の体調のことらしい。
電話が終わって妻から話を聞くと、昨夜激しい頭痛が続き、血圧を計ると200を超えていたという。
次男はどちらかといえば脳天気な性格で、細かなことであれこれ心配するタイプではないのだが、さすがに不安になったらしく、これから検査を受けるとの電話だった。
妻がかなりの頭痛持ちなので、遺伝の可能性も考えて検査前に話を聞いておこうと思ったのかもしれない。
「そういえば、あなたも激しい頭痛になったことあったよね」という妻の言葉で思い出したが、確かに私も夕方ニュースの編集長をやっていた頃に、2週間ほど激しい頭痛が続き、珍しく脳の専門医で精密検査を受けたことがあった。
完全に忘れていたが、あれは確か40歳ごろのことだった。
次男も今月40歳の誕生日を迎える。
会社の仕事も多忙で、休みの日も家族サービスで休む暇がない。
私の場合も検査では特別な異常は見つからず、結局過労という診断だったが、おそらく次男も似たようなものだろうと思った。
午後になって、次男からまた電話があった。
検査の結果、何も異常は見つからなかったという。
やはり私のケースと同じだと思った。
次男は今、会社の経営戦略部門にいて、社長や役員の命を受けて東京と大阪を往復する日々を送っている。
自分が営業の現場にいた頃よりもストレスが多い職場らしい。
毎日帰宅するのは深夜になり、心身ともに限界に近づいているのかもしれない。
私の時代とは違い、今時の企業は社員の健康管理にもそれなりに注意を払ってくれるようなので、今回の体調の異変を会社に報告しておいた方がいいぞと一応アドバイスしておいた。
会社勤めを終えた私からすれば、社業で無理をして健康を損なうというのはあまりに馬鹿馬鹿しいことだと断定できる。
ただ私も40歳の現役バリバリの頃には、そういう風には考えられず、自分が会社を休んだら他の人に迷惑がかかると思い込んで相当無理を重ねていたものだ。
だから、次男が今後自分の体調とどんな折り合いをつけていくかについて口を挟むつもりはない。
自分でよく考えて、奥さんとも話し合って自分で決断する以外に方法はないだろう。
一つだけはっきりしているのは、今次男が倒れたら、3人の子供たちにも大きな影響が及ぶことだ。
今まさに子育て真っ只中、次男の代わりはどこにもいない。
会社での責任と家庭での責任。
40歳サラリーマンにはどうしても会社の比重が重くなってしまうが、冷静に考えれば、会社での交代要因はいくらでもいるのだ。
私があの激しい頭痛からどのように立ち直ったのか、自分でもはっきり覚えていないが、その後も編集長の重責をこなし、さらに編成局に移動してもっと遥かにストレスのたまる仕事も全うした。
私の場合はなんとか乗り切れたが、同期の中には体調を崩し突然死した奴もいた。
昔に比べれば、過労死に対するケアは進んでいるように見えるが、中間管理職が味わるストレスは昔も今も変わりないだろう。
むしろ、セクハラやパワハラなど昔以上に注意すべき言動が増え、中間管理職が抱えるストレスは私たちの時代よりもずっと大きくなっているのかもしれない。
検査を終えた次男の声は明るかったようなので、まずはひと安心ではあるが、今日はいろいろな意味で健康について考えさせられた一日であった。
とにかく、私も含めてみんなが元気で自分の人生をエンジョイできることが何よりである。
