<吉祥寺残日録>能登半島地震から1か月!私は、初めての視野検査で初期の緑内障と診断される #240131

今日で1月も終わり。

能登半島の地震発生からも1ヶ月が経った。

孤立地区からの集団での避難は比較的スムーズに終わり、政府や県による呼びかけもあって、2次避難する人も確実に増えている。

今回の地震により、「2次避難」という言葉が広く国民に知られるようになったのは、今後予想される大地震に備えるためには意味があったと思う。

自衛隊やさまざまな支援団体の活動によって、寸断されていた道路も徐々に通れるようになり、それに伴って被災地の停電はほぼ解消されつつあるという。

一部ではすでに仮設住宅の建設も始まり、罹災証明証をもらうために必要な家屋の被害状況の判断を遠く離れた東京からリモートで行うサポートも進むなど、絶望的だった被災地の状況もここに来て急ピッチで改善されつつあるようだ。

とはいえ、課題はまだ多い。

依然として4万戸が断水したままで完全復旧は早くて3月と見込まれる。

また、一旦2次避難した人の中にも、わざわざ不便な避難所に舞い戻ってくる人もいるらしい。

避難先として指定されたビジネスホテルなどでは食事が提供されないケースが多く、経済的な負担から避難所に戻る人もいるというのだ。

現在2次避難している人は旅館など食事が提供されるところに集中し、県や政府が確保した2次避難所が十分に活用されていない実態があるようである。

家族を残して高齢者だけを避難させることの難しさ、顔見知りと一緒に避難したいという被災者の思い。

今回の地震では、2次避難をスムーズに進める上での問題点がいろいろと浮き彫りとなった。

平時から、2次避難を前提として仕組みや制度設計をしておかないと、いざという時に機能しないのは当たり前だろう。

それでも、被災者はいつまでも体育館で過ごすというこれまでの日本の変な常識が変わる第一歩を踏み出したという点で、今回の被災地支援には意味があったと私は思う。

でも、過疎地で起きた今回の地震対応のモデルが都市圏で起きる巨大地震でそのまま使えるわけではない。

政府も国民もメディアも、そういう視点を持って、早急に大規模な2次避難を想定したシミュレーションを始めなければならないだろう。

さて、私自身に起きた出来事についても書いておこう。

私は昨日、眼科の検査を受けた。

年1回受けている眼科検診の結果、私が吉祥寺で最も信頼する根子医師から「緑内障の検査を受けた方がいい」と言われたからだ。

コロナ禍の2020年に左目の白内障の手術を受けたばかりだが、今度は緑内障である。

根子眼科でもらった緑内障の小冊子を読むと、次のように書いてある。

『緑内障は、何らかの原因で視神経が障害され視野が狭くなる病気で、眼圧の上昇がその病因の一つと言われています。目の中には血液のかわりとなって栄養などを運ぶ、房水とよばれる液体が流れています。房水は毛様体でつくられ主にシュレム管から排出されます。目の形状は、この房水の圧力によって保たれていて、これを眼圧とよびます。眼圧は時間や季節によって多少変動しますが、ほぼ一定の値を保っています』

緑内障にはいくつか種類があって、房水の出口である線維柱帯が徐々に目詰まりし眼圧が上昇、ゆっくりと病気が進行していく「原発開放隅角緑内障」や、眼圧が正常範囲にも関わらず緑内障になる「正常眼圧緑内障」などがあるという。

ということで、昨日はまず眼圧を測った後に、視野検査を行なうという手順で進められた。

妻はもう何年か前から毎年受けているらしいが、私は視野検査は初めての体験だ。

見慣れない機械が置かれた部屋に案内され、片目ずつ中央のレンズを覗き検査を受ける。

反対の目がズルをしないように絆創膏で完全に塞がれ、垂れ気味のまぶたもテープで固定された。

部屋を暗くして、顎と額を固定して、中央の光を凝視しているように言われる。

そして、小さな光がどこかで光ったらボタンを押すよう指示されるのだが、やってみるとこれが案外難しい。

非常に弱い小さな光が一瞬どこかで光るだけなので、それが光なのか飛蚊症のような目のゴミなのか区別がつきにくい。

そして、意識を集中していないと、光ったと思った瞬間にボタンを押すことを途中で忘れてしまうこともあるのだ。

どちらかというと、見えなくて押さないことよりも、ぼーっとしていて押し忘れた回数の方が多い気がする。

片目づつ検査が終わると妙に疲れて、体がこわばっているのを感じた。

しばらく経って診察室に呼ばれ、先生から検査の結果を知らされる。

右目は視野検査の結果は必ずしも芳しくはないが、視神経の量も異常なく正常の範囲内と診断された。

しかし、白内障の手術を受けた左目は、下半分の視神経が減っていて、その結果として上部に少し見えにくい部分があると言われた。

つまり、緑内障の初期段階だというのである。

ただ、人間は両目を使って物を見るため、補い合って自覚症状は全くないのが普通らしい。

緑内障の小冊子にも、視野障害の進行について次のように記されていた。

初期『目の中心をややはずれたところに暗点(見えない点)ができます。自分自身で異常を気づくことはありません』

中期『暗点が拡大し、視野の欠損が広がり始めます。しかし、この段階でも片方の目によって補われるため、異常に気づかないことが多いようです』

末期『視野はさらに狭くなり視力も悪くなって、日常生活にも支障を来すようになります。さらに放置すると失明に至ります』

先生は私を励ますように、「初期から末期に至るまでには通常15〜20年かかりますから」と言った。

治療をするとすれば、目薬を処方して進行を遅らせることになるそうだが、自覚症状がないため私のような初期の患者の半分は途中で挫折してやめてしまうという。

だから、先生も強く治療を進めることもなく、「少し時間をあけてもう一度検査をして、同じ結果だったらその段階で目薬を始めるかどうか検討しましょうか」と実にやさしい提案をしてくれた。

1日1回目薬をさすだけなので、やろうと思えばできなくもないだろうが、今回は明らかに視野検査の機械に慣れていなかったので、再度チャレンジしてみたいという気持ちはあった。

だから、旅行から帰ってから改めて検査を受けたいと先生に伝える。

タバコ以外は特に日常生活で気をつけることもなく、車の運転にも支障はないというのでまずはひと安心だ。

でも、もし次回の検査でも同じ結果が出たら潔く目薬の治療を受けようと思う。

緑内障には早期発見・早期治療しか対処方法はないようなので、素直に従うしかないだろう。

やっぱり目が見えにくくなるのは嫌だ。

老化とは戦わず、上手に付き合っていくほかはない。

<吉祥寺残日録>白内障手術は「拷問」に似ていた #200908

コメントを残す